第三十四話 指輪
さて、エステルは亜空間か。
テンキーロックの開け方は教わったし、土産を渡しに行くか。
「おかえりなさいませ、ルネ様。亜空間までお運びいただけて光栄ですわ」
小さな木製の屋敷と畑、いくつかの建物に湖。周囲の霧がかった森が空間の端だとすると、思ったほど広くはないな。
畑の土壌を長期間維持するのにリソースを割いたのか。
「一度、この場所を見ておきたかった。畑の向こうの建物は使用人の住居か?」
「いえ、使用人だけでなく、ブラドラ家の者も含め皆あの建物に居ります。カイルさんとエリオさんも、今はあちらの医務室に。わたくし共も当初はあそこに住まうつもりでしたが、父の采配のおかげでここに来られたからと、皆が亜空間の領主として屋敷を建ててくれたのです」
そうか。さすがエミールだな。命令をして従わせるのではなく、皆が進んで協力し団結する。
先代の頃の負債をわずか数年で返済し、取りつぶし寸前だったドラクール家を建て直したとの話は伊達じゃないのか。
話していると、ただの可笑しなオッサンなのに。
「今は何をしていたんだ?」
「バラを収穫してましたの。そろそろお夕食の準備をしようかと思いまして。ルネ様もご一緒に召し上がります?」
「せっかくだが、まだやることがあるんだ。エステルに土産を持ってきたから、これを渡したらすぐに帰る」
ピンクの袋を差し出すと、エステルはバラを乗せたカゴを地面に置き、綿布で手を拭って恭しく受け取った。
おずおずと袋から、リボンがかけられた箱を取り出す。
「開けても、よろしいのでしょうか?」
「もちろんだ。お前が好きそうなものを選んだつもりだ。趣味に合うと良いんだが」
ゆっくりとリボンをほどき、包装紙を開いていく。
やっぱりラッピングは余計だったかな? なかなか中身が出てこないじゃないか。
時間がかかって仕方ない。
「これは、可愛らしい。ハート形の小箱ですわね。ありがとうございます。大切にしますわ」
「違う。それは仕舞っておくためのただの箱だ。土産はその中の指輪だ」
「まぁ! ウサギの飾りが付いた指輪ですのね。なんて素敵!」
「うちの農園のウサギは見られなくなってしまったからな。代わりになるかはわからんが」
「……わたくしの話を覚えていてくださったんですのね」
エステルは指輪が入った箱を両手で包み胸元に寄せた。
この狭い空間での避難生活は不自由もおおかろうに、そんな素振りは全く見せない。
僕は一人でどこへでも行けたのに、思えば泣き言ばかりだった気がする。
不甲斐ないな。これではどちらが主かわからない。
「あぁ、そうだ。三十一日にユメからパーティーの誘いを受けた。お前もぜひ一緒に参加してほしいとのことだったから、勝手に伺うと返答してしまったが良かったか?」
「もちろんです! ぜひご一緒させてくださいまし。異世界でのパーティーですわよね。ユメさんから作法など教えていただけますかしら?」
「頼めば、教えてくれるだろう。衣装の準備にも手を貸してくれるそうだ。だが、その前にエステルには異世界について説明することがある。僕も今日タツキから知らされたばかりだが、立ち話には向かないからな。また改めて時間を取ってもらいたい」
「もちろんですわ。いつでもお声をかけてくださいまし。あの……、パーティーの日には、この指輪を付けてもよろしいでしょうか?」
「指輪? 好きにしたらいいんじゃないか?」
エステルは俯いて、小さな声で「ありがとうございます」と呟いた。
変なことを聞くな。くれてやったんだから、好きにしたらいいのに。
あぁ、そうだ。あと、ついでにこれも頼んでおくか。
「今日は僕の服を買いに行ってきたんだが、人間の店だったんでな。羽根穴が開いてないんだ。直してもらえるか?」
僕が差し出す袋を、エステルは両手で抱えて嬉しそうに頷いた。
「もちろんですわ! すぐに取り掛かります!」
指輪をやった時より喜んでないか?
「じゃあ、僕は店に戻るから」
「皆に会って行かれないのですか? 父母をはじめ、ルネ様にお会いすることを心待ちにしておりますのよ?」
正直、今はまだ合わせる顔がないな。
危機に瀕した際に役に立たなかった守護なんて、同胞たちが許してくれても僕が許せない。
「いずれ、折を見て顔をだす。じゃあな」




