第三十話 月光浴のお菓子
あとは……。
「タツキ、この世界の人間は月光浴か、それに似た習慣はないのか?」
「ヴァンパイアの月光浴っていうと、たしか月の光を浴びながらお菓子をつまんだり生き血を飲んだりするんだっけ?」
「そうだ。だが、生き血を飲んでたのは昔の話で、今はお茶を飲むんだ。菓子は昔から変わらなくて、ベッラベファ―ナという焼菓子を食べる。この世界には似たようなものは無いのか?」
「う~ん……。近いのは中秋の名月かなぁ? もう今年は終わったけど。年に一回か二回、満月の晩に月を見ながらお団子を食べたりお酒を飲んだりするね。それが、どうしたの?」
「年に一、二回しかやらないのか。……僕のおじい様が好きだったんだ。月光浴でお茶を飲みながらゆっくりとベッラベファーナを食べていると、心が休まると言っていた。こっちにも似たような習慣があるなら、マエダにお茶と菓子を買って帰ろうかと思ったんだが」
「……前田さんと月光浴をしたかったのか」
「疲れやすいと言っていたからな。疲れには月光浴がいいだろう」
「月光浴じゃなくても、お茶とお菓子でくつろぐことは、こっちの世界でもよくあるよ。だから、前田さんにお茶とお菓子、買って帰ろう。きっとすごく喜んでくれるから」
「そうなのか?」
タツキは僕から顔を逸らし、肩に手を置いた。
少し震えた指が、それでもきつく肩を掴むから、ちょっと痛かったけど何も言わなかった。
マエダへの土産の茶は、アッサムというやつを買った。店で色んな茶を飲み比べさせてくれたから、その中からトロキオで飲んでいた茶に近い香りの物を選んだ。
茶葉は一度買うとしばらく飲み続けることになるから、色々と試せるのは良いな。
菓子もベッラベファーナに似た物を探したが、こっちは少し難しい。
数種類のナッツやドライフルーツをチーズと一緒に生地に包んで焼き上げた物。
こっちの世界の菓子にもナッツやドライフルーツやチーズは使われているが、いくつもの種類を一度に使う事はあまりないらしい。
一番見た目が似ていたナッツ入りのゲッペイというのを買ってみた。
この世界の隣の国の郷土菓子だそうだが、月を見ながら食べる風習があり、幸福や健康を願い食べるのだと店員が教えてくれた。
これも良い物を見つけたぞ。
「タツキ、お前は何を買ったんだ? 花束? 花びらは少ないし茎も葉も貧相で、あまり美味そうな花じゃないな。そんなのが欲しかったのか?」
「こっちの世界の花は、だいたい観賞用なんだよ。食べないの」
「食べないで見てるだけか。そんなの、何が良いんだ?」
「……季節を知ってもらいたいんだよ。部屋の中にずっといると、時間に取り残されたみたいに感じるだろうから」
タツキは花束に顔をうずめた。
今度は笑うでもなく、ただただ涙をこらえているように見える。
「……パンツは履きなおしたのか?」
「あ、あぁ! そうだった。履きなおしてくる。ちょっと荷物持ってて」
僕を壁際に取り残し、タツキはトイレに駆け込んでいった。
隠すように手で涙を拭う素振りを、僕が見逃すと思ったのか?
トイレに隠れて、タツキは泣くんだろうか?
何も言わず、嘘をついて、ごまかして、それでも漏れ出る感情を制御できてない。
だから、おかしいように見えるんだ。
喜んだり、はしゃいだり、あれは泣くのを隠すための嘘だったのか?
「ごめん、待たせた」
目は腫れてないな。泣いてるわけじゃなかったのか?
「たいして、待ってない。買う物は全部買ったのか?」
「うん、もう買い物は終わり」
「じゃあ、帰ろう。またバスに乗るんだろう?」
「うん。でも、帰りにちょっと寄りたいところがあるんだ。ルネにも会わせたい人がいるから、ちょっと付き合ってくれる?」




