第二十七話 フードコート
やっと、飯だ。
買い物はもうたくさんだ。
飯食って、さっさと帰る!
最初は物珍しくて、ちょっと、すっごくちょっとだけ面白いとか思ったが、食えもしない人間が大量にいてもうるさいだけだ。
ずーっと鳴り続けてる音楽も、喋り続けてる女の声も、とにかく喧しい。
そんなに聞いて欲しいなら姿を現せ! セイレーンだって、もっと謙虚だぞ⁉
「ついたよ。まずは席に座ろうか」
大きな広場のような店内に無数に並ぶテーブルとイス。
僕とタツキは壁際の席に座り、横に荷物を置いた。
「勝手に座っていいのか? 給仕係が見当たらないが」
「ここはフードコートっていって、給仕はいないんだよ。自分で空いてる席を見つけて座って、自分で料理を運んでくるんだ。あっちに色んなお店が並んでるでしょ? あそこまで行って、注文して、お会計して、出来上がったら呼んでくれるから、自分で取りに行く」
「面倒な店だな」
「それを楽しむところなんだよ。色んなお店の料理が食べられるでしょ? 何が食べたい?」
「肉」
「言うと思った。じゃあ、適当に買ってくるから、座って待ってて。他の人に席とられちゃうから、離れるなよ」
マエダと行った焼き肉屋も自分で食い物を取ってきたけど、席に案内はしてくれたのに。
モンポワの一膳酒場だって給仕係くらいいたぞ?
周りはみんな家族連れか。
子が座ってて、母親が食事を食べさせ、父親が料理を取って戻ってくる。
ソーダイが言っていたのは、これか。
男と女が番って子をなすってやつ。
なるほど、これがこの世界の『普通』なのか。
どいつもこいつも忙しそうにバタバタと食事をとって、まるで楽しそうじゃないが、本当にこれが羨ましいのか?
まともに食えてるのは子どもだけで、母親はさっきから怒鳴ってばかりじゃないか。
父親の方はずっと中腰で座る事さえできていない。
「お待たせ。他の物は出来たら取りに行くから、まず前菜ね」
タツキは僕の前に、妙な形の皿を置いた。
皿に描かれた絵は……これは熊か?
半球状に盛られたリブランには小さな旗のようなものが刺さっている。
小さな肉団子と、フライドポテト、これはサラダか?
「これが前菜? お前は食わないのか?」
「うん。前菜はルネだけ。俺はコーヒーがあるから。このお皿、色んな柄があったけど、熊のやつにしてもらったんだ。オスカーみたいで良いでしょ?」
オスカーは熊ではないんだが……。
まぁ、いいか。
ポテトは温いし、肉団子も温い。リブランは固まって表面が少し乾いている。
野菜は茹でただけか。ずいぶん柔らかいな。茹ですぎじゃないのか?
僕が食べている姿を、タツキはカップの向こうから眺めている。
今日は機嫌が良いと思ったけど、なんで泣きそうな顔で笑っているんだろう?
「おいしい?」
「おいしくはない」
「そうか」
なにが可笑しい!
「この店はハズレだ。どれも冷めてて温いし、野菜は茹ですぎだ。料理人に文句を言った方がいいんじゃないか?」
「これは、そういう料理なんだよ。火傷しないし、噛む力が弱くても食べられるでしょ?」
「僕は熱くても火傷しないし、骨もかみ砕ける。もっと美味い物がいい」
「そうだね。ごめん、ごめん。これは俺が食べて欲しかっただけだから。メインはちゃんと美味しいお肉用意したからさ」
なんだか、様子がおかしいな。
いや、こいつはいつもおかしいんだが。
喜んだり、はしゃいだり、機嫌が良いのかと思えば時々ふさぎ込むような眼をする。
「なにかあったのか?」
「え? なにかって……何が?」
わかりやすく狼狽えるじゃないか。これで能力が使えれば楽なんだがな。
「今日は様子がおかしい」
「そんな事はないと思うけど……。なんで、そう思うの⁉」
「顔を近づけるな。なんか、少しわかってきたぞ? お前がやたらと顔や体を近づけたり、奇妙な話を語りだしたりするのは、なにかを胡麻化したいときだろう。僕を混乱させてうやむやのうちにお前が作った流れに引き込んでいく」
タツキは椅子に深く座り直した。
観念したのか、一つ大きくため息をついた。
「もしかして、ヴァンパイアのサーチスキル?」
「スキルじゃない。観察と想像だ」
「……前田さんか。あれは彼の長年の経験があって発揮できるものだから、教わってもおいそれとは出来ないはずなんだけど、そこはさすがヴァンパイアってところか」
「それで、何があったんだ? 言ってみろよ」
タツキは少し間をおいて肘をついた。
手で口元を覆い、目線を落とす。
言いづらいことなのか?
「ここに来る前に、シャワー浴びて着替えたでしょ? その時にさ、どうやらとんでもないことをやらかしちゃったみたいなんだよね」
「とんでもないこと?」
「そう……。ずっと半信半疑でさ、まさかそんな事を自分がするなんて思わないし、でも、違和感はずっとあって、考えないようにすればするほど、そのことばかり気になっちゃって、本当はずっと居心地悪くて、ちゃんと確かめたかった。でも、言いたくなかったんだ。ルネと買い物に来たかったのは本当で、嬉しかったから変な空気にしたくなくてさ。まして、今は食事中だし。飯屋でするような話じゃない」
「いいから、とっとと言え。お前の様子が変なのはいつもの事だが、さらに輪をかけて変だとこっちが疲れる」
タツキは慎重に周囲を警戒しながら、僕の耳元に口をよせた。
「パンツを後ろ前逆に履いちゃったみたいなんだよね」
ビー! ビー! ビー!
「なんだ⁉ なんか動いてるぞ⁉ これは、なんだ⁉」
「立ち上がるほど驚かなくても大丈夫だよ。料理が出来たみたいだから、取ってくるね」
なんだったんだ? あの板みたいなやつは。
急にでかい音を鳴らしながらテーブルの上でガタガタしやがって。
まったく、鳴るなら鳴ると先に知らせろ。ビックリするじゃないか。
しかし、何がパンツだ! あいつ、あんな話で僕を煙に巻いたつもりか?
こっちは心配してやってるってのに、何がパンツ⁉
いや、そもそもタツキは秘密主義というか情報の出し惜しみをするところがある。
ユーゴの事を話すとき、最初は常連客としか言わなかった。
たしかにその側面はあるだろうが、あいつらの様子を見ていると、友人関係の方がしっくりくる。でも、タツキは最初から『友人』とは言わなかった。
そう言えば店の上の階に住んでいるってのも、最初は言わなかったな。
吹雪の夜がナンタラって話を聞いた後だったから、てっきり家は別にあるのに帰れないで事務所に寝泊まりしてんのかと思った。
重要なことは、とりあえず隠しておく。
大丈夫そうだと思った情報から小出しにして信頼を得る。
どこかで聞いたことのある処世術だな。
『なんでも素直に話すもんじゃない。言わないのも生まれ持った権利だ』
誰の言葉だったっけ?
「おまたせ! 一ポンドステーキと、ハワイアンミックスグリルプレートだよ」
「全部食っていいのか?」
「俺のぶっかけうどんは食べないでね」
メインディッシュはちゃんと美味い。
ハワイアンなんとか言ったか? 大皿にいくつもの料理が盛り付けられている。
焼いた肉が三種類に、卵と野菜。エビも山盛りだ。
甘みのあるソースと、スパイス。
この変な形の物はなんだ? これもフライドポテトか? 他のフライドポテトと違って、ねっとりとした歯ごたえと薄く味がついている。これも美味いな。
しかし、やっぱりステーキが美味い。熱々の鉄板のままで供されるのが粋じゃないか。
この世界の料理は熱々のままで食うのが醍醐味だな。
僕の世界では熱々と言えば、焼きたてのパンとかスープくらいの物だったが、こうして鉄板から直接食べればステーキまで熱々で食える。
野営の焚火で焼いた串焼きも熱々ではあるが、ソースをかければその分さめるし、肉汁が落ちてしまう。
熱々の肉汁と鉄板で温められたソースを絡ませた肉。
この世界の肉は少し味が薄い。もし僕の世界の肉でこのステーキを作れたら最高だろうな。
「この鉄板、持って帰れないかな?」
「え? この鉄板が欲しいの? これは返却しなきゃいけないやつだから無理だよ」
「そうか」
「じゃあさ、食べ終わったら売ってないか探してみる? たしか、キッチン用品のお店があったはずだから。午後はルネが欲しい物を買いに行こう。残りの支度金はルネに渡すから、自分で考えて使ったらいいよ。金種はレジ研修の時に教わったでしょ?」
「それなら土産を買いに行く」
「お土産?」
「ソーダイが言ってたからな」
タツキは驚いたように目を見開き、すぐにまた泣きそうな笑顔を見せた。
「そっか、そうだね。お土産を買いに行こう。そして、そんな仲間思いのルネには、これをプレゼントするよ」
「なんだこれ?」
「お子様ランチのオマケ」
オコサマランチ? オマケ? 何のことだ?
オコサマ……ランチ。
お子様……ランチ。
まさか、あの前菜‼
「おい! さっきの前菜って‼」
「こらこら、食事中に立ち上がっちゃだめだよ? 大きな声もやめましょうね」
こいつっ! 何をニヤついて……? どこを見てるんだ?
⁉
後ろの席のガキと僕を見比べるな~‼‼




