第二十四話 魔術文明と科学文明
「ドアが閉まります。お立ちのお客様はつり革、手すりにおつかまりください」
僕はタツキと一緒にバスという大型の車に乗っている。
何十人も乗れそうな大きな箱型の車だ。
乗合馬車のようなものかと思ったが、規模が違うな。
「タツキは車の操作は出来ないのか?」
「う~ん、言い方が難しい。できなくはないんだけど、出来ない。まぁ、出来ないでいいよ」
「なんだそれは?」
「それより、ルネにこの世界の事を少し教えないとね。こっちの世界には、ルネ達のような悪魔族はいない。ドワーフやオーガも、エルフやノームもいない。言葉を使い社会を構成している生き物は、この世界には人間しかいないんだ」
「人間だけの世界? そんなもん、あるわけないだろう? エルフが吐く息が大気の精霊を浄化し、ノームの排せつ物が大地の精霊を生かすんだ。彼らがいなければ風も土も力を失ってしまう」
「そうだね。たぶんルネの世界とは、自然界の法則自体が違うんだと思う。魔物も魔植物もないし、精霊やアンデットの類もいない。一部、都市伝説的な目撃談や物語には登場するけどね」
「精霊がいなくて、どうやって魔法を使うんだ? 魔素はどうする? 源魔石ばかり大量に採掘しなけりゃならないじゃないか」
「あぁ、魔石もないよ。出てくるのは普通の鉱石だけ。ついでにいうと、ミスリルもオリハルコンも存在しない」
「じゃあ、魔術が使えないじゃないか!」
「そうなんだよ。この世界は魔術文明ではなく、科学文明が発達した世界なんだ」
「カガク文明?」
「科学って言うのは自然界からの産出物を利用したり、自然法則を利用する技術だよ。この世界の人間は石炭や石油を燃やして炎を作り出し、そこから雷電に似た電気というエネルギーを生み出した。そのエネルギーを貯めておく技術や、電線というロープ状のものを通して、どこででも使える技術も出来た。ルネの世界でも、科学技術による文化はあるでしょ? 薪や炭で火を使ったり、鉱石や砂鉄を使って金属製品を作ったり、ガラスやレンガも科学技術だ。ルネの世界では、科学で補えない部分を魔術に頼ることが出来るけど、こっちの世界では全てを科学で解決しなきゃならない。だから、科学がこれだけ発展しているんだよ」
驚きだな。
このバスも人間が魔術を使わずに動かしているのか。
帝国には人間しかいないというが、魔石を使った魔術は存在する。
こんな世界があったなんて……。
窓ガラスは曇り一つなく、まるで何も存在しないかのように向こう側の景色を見通すことが出来る。魔術に頼れなくてガラス作りを究めるとこうなるのか。
通り沿いの家の窓ガラスの向こうにいる猫の模様まではっきり見える。
「動物や植物は、僕たちの世界とあまり変わらないんだな。猫や犬、鳥もいる。でも、魔物はいないのか」
「そう。だから、ルネにはこっちの世界では人間のふりをしていてもらいたいし、オスカーには日中は部屋から出ないで欲しい。羽根も魔法もこっちでは無し」
「もし、バレたらどうなる?」
「どうなるか……。一昔前なら、怪しい研究室に監禁されて実験体にされるとか言ったんだけど……。いまだと、たぶん動画を撮られるかな?」
「は? ドーガ? なんなんだ? そのドーガってのは。何かを奪われるのか?」
「説明が難しいんだ。俺も最初は意味が分からなかった。動く写真、いや写真も無理か、ルネの世界の基準で説明すると……、過去の風景の一部を切り取って映しだすっていう感じかな?」
「水晶占いみたいなもんか?」
「……見てもらった方が早いけど、バスの中はよくない。帰ったらソーダイ君にでも見せてもらって。ほら、次で降りるよ」
タツキが窓枠の横のボタンを押す。
押すと同時にけたたましい音が鳴り、姿が見えない女の声が響く。
これが全部、自然法則を利用しているのか。にわかに信じがたいが……。
言われてみれば、空気にも違和感があった。あれは、大気の精霊がいなかったからなのか。
言葉が通じるから、あまり実感が無かったんだな。
ここは異世界。僕が知っている常識は通じない。
あの店を使わなきゃ、けして国には戻れない。
僕は、なんで今までこんな世界にいて怖いと感じなかったんだろう?
タツキの手が、僕の手に重なった。




