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第二十話 仕事終わりの一杯

「母さんや、息子たちは随分と楽しそうだのう」

「父さんや、俺が母さんポジなのかい?」

 崇大とルネの笑い声が響く店内を覗き込むユーゴと達樹は、酒とつまみを求めて降りてきたものの、入っていくタイミングを見失っていた。


「そろそろ入っていっても不自然じゃないかな?」

「いやぁ~、いやいや。お前と子ども作るとかどうとかって言ってんのよ? 無理でしょうよ~。気まずいでしょうよ~」

「じゃあ、ユーゴだけチョロっと行って酒買ってきてよ」

「え、俺? 俺一人で? やっだよぉ~。この雰囲気の中に入っていけないって。無垢な性少年が楽しそうに恋バナしてんのよ? クソ虫みたいなオッサンが行ってごらんなさいよ。ピュアオーラに殺菌されて消滅するわ。お前の部屋に酒のストックくらい無いの?」

「三年前に土産でもらったどこだかの地酒と、半年前にたわむれに買ったイチゴミルク梅酒ならある」

「それでいいじゃん。うまいの?」

「美味かったら、残ってないだろ」

「なるほど。理解。……じゃあさ、裏の倉庫から持っていこう。それなら殺菌されずに酒が手に入る」

「ダメだよ。商品管理にイレギュラー発生するとスタッフの負担になるから」

「じゃあ、ここから酒だけ転移させる」

「同じことだろ。レジ通さないと万引きだよ」

「そんな! 俺はただ一仕事終えた後に一杯の酒が飲みたいだけなのに! あぁ~、酒が飲みたいだけなのにぃ~!」

「あ! 前にエルヴェが置いて行ったカルヴァドスがあるかも。瓶に入ってるのなんて注ぎにくいから開けなかったんだ」

「いいじゃん! もうそれでいいじゃん! 母さんや、何かつまみを作っておくれ」

「仕方ない。非常用の缶詰でも開けるか」


 二人は当たり前に達樹の部屋へ入っていく。

 ユーゴの部屋として用意した元・ロッカー室は、掃除はそこそこ出来ているが、家具は何一つ用意されていない。

 ユーゴは最初から従業員用スペースでなんて寝起きする気は無かった。

 理由の一つは若い連中の世話係を回避するため、もう一つは元樹の死が目前に迫る中、達樹を一人にしておかないため。


「オーナーさん、いかがでした? 初日の滑り出しは」

 乾杯もそこそこにユーゴは注いだばかりの酒を一気に飲み干した。

「予想以上の収穫だよ。俺が飲み食いさせた物でルネがちゃんと羽根や魔法を使えるかを見たかっただけなのに、飛翔どころか召喚術まで出来てたから。向上心も見られたしね。俺や前田さんが言った言葉を自分の物にしようとしてるのには驚いたよ。さっきのそうだい君との様子を見ても人間との付き合い方を学ぶ意欲が見て取れるし。歴代のベルゼビュートとは違って、ドラクールとの関係性が深かったからなのかもしれないな」

 達樹は少々興奮気味に語った。

 よほど嬉しいのだろうと思うと、それがユーゴには少々妬ましい。


「まじ、帰ってくるの明日とかになると思ってたからさぁ、内心ビビったよね。はやっ! って(笑) それにしても、羽根ださせるためにわざわざハキューネまで連れてくとか、スパルタすぎでしょう。普通に『ちょっとお前、やってみ?』って言やぁいいのに」

「ルネ様は人間に能力を試されるようなことは、きっとお気に召さないよ。変に壁を作られるより、こっちが困ってる素振りを見せて助けさせたいんだ。ルネは統治者になる立場だからね。ハキューネに預けてきたオスカーの様子も気になってたみたいだったから、なるべく早い段階で連れて行こうとは思ってたんだ。でも、本当はもっと早く帰ることになるかと思ってたんだよ。ハキューネに着く前に音を上げて飛んでいくか、飛んで戻るかすると思ってた。ルネは、俺が思った以上に我慢強いよ。何事もなければ、飛ばなかったかもしれない。帰るまでに何日かかかるのを見越してたから」

「え! そうなん? あんな『ちょっと行ってくるね』ぐらいの感じで出てったのに?」

「出発前にゼリー飲料で補給してたみたいだし、ルネに持たせたカバンに弁当や菓子パンがぎっしり詰まってたよ。水も二リットル入ってた。サプリやゼリー飲料が入ってなかったのは、きっとそこまで魔力を使う気が無かったんだろうな」

「俺からすると、歩くより飛ぶ方が速いよってかんじだけどねぇ」

「帰りに聞いたんだ。なんで魔法や羽根に頼らないのか。体力や魔力を無駄に使いたくないんだってさ。びっくりじゃない? ベルゼビュートだよ? 体力も魔力も、食えば食っただけ回復・強化する一族だよ? そうまでして、これまで『食事』を我慢してきたのかと思うと、俺は……涙が出そうだよ」

 冗談めかして言ったはずの言葉に、達樹は思わず落涙した。


 人魔大戦以後、自由に人間を食べられなくなったヴァンパイア達の中に、育ち盛りの子どももいるだろうとは思っていた。

 いざ目の当たりにすると、その子どもは自身の存在を否定する戦後教育を遵守しようと努め、満足に生育できていない小さな細い体で、懸命に生きている。

 つい、自身の息子の幼い頃と重ねてしまう。

 ユーゴは、静かに達樹の肩を抱き寄せた。

「これから、腹いっぱい食わせてやればいいじゃないか。ルネにも、エステルにも。もう、食えません! 無理! っていうまで、美味い物いっぱい食わせてやろう。……それが俺たちの後始末だろ?」

「うん。そう……そうだな。俺たちの責任だからな」


 どこか遠くに何かを探すような達樹の横顔に、ユーゴは話題を変えようと考えを巡らせたが、どうしても何も思いつかない。

 なんとか絞り出した言葉は「子ども、好きだよな」だった。

「そうだな。昔々、まだ若かったころは考えたこともなかったけど。時代的に大人になれば結婚して子ども作って育てるのが当たり前だったから、好きか嫌いかなんて考える対象じゃなかったんだよね、子どもって。……うん、好きかもしれない。成長するのに必要な物を用意して、学べる環境を作ってやって。その時はうまくいかなくて焦るんだけど、少し時間をおいて俯瞰してみると劇的に成長してて……。面白いよ。子ども育てるのって」

「そんなもんかねぇ? 俺は一人の方が自由気ままで好きだけどなぁ」

 達樹はユーゴの肩を組み返し、その顔を覗き込む。


「ユーゴは自分が甘えたい側だもんな。寂しがりだし一人じゃいられないでしょ? 何かにつけ理由作っては店に来るし。パーティー組んでは脱退を繰り返して、ミッレフォーリアの冒険者ギルドは登録抹消されたんだって? どうせ、パーティーのパワーバランス崩して脱退させられてるんだろ? それでも寂しいから懲りずにパーティー組んで、最終的に危険人物扱いとか……ウケる(笑)」

「はいはい、そうですよ! 俺はね、若い連中の成長を見守れるほど気が長くないんだわ。魔獣相手にモタモタしてんの見てっと、俺がパパッとやっちゃった方がはえぇじゃん? ってなるわけ。せっかく俺が罠解除して、魔獣倒して、しっかりクエストクリアしてやってんのにさ、あいつらドン引きよ? そりゃあ、ないでしょうよ。ちょっとは感謝してくれてもよくない? おじさん、泣いちゃうよ? っていうか、それ誰に聞いたの? メリセント?」

「マルコさん。いやぁ、情報通の偉いさんとは仲良くなっておくもんだよねぇ。おかげで、特級冒険者の弱みも握れるし?」

「ほんっとう、性格悪いよなぁ、お前さぁ。あぁ~あ、この腹黒さが可愛い子ども達に受け継がれなきゃいいよなぁ」

「だったら、お前も一緒に育てたらいいよ。ねぇ? 父さんや」

「また、子どもに先立たれるんだぞ? いいのか?」

「一度くらいは、大人になるまで育て上げたいじゃないか。それに、俺の人生にはお前がいるんだろう?」

 達樹を慰めるつもりが、いいように掌で転がされているようで、それもまぁいいかと、ユーゴは息をついた。


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