第十九話 ルームメイト
ユーゴに頼んだ亜空間への常設ゲートは、エステルの部屋の隣に作られた。
ここは、昔はスイトー室という財務処理用の部屋だったそうで、この部屋に入るためにもテンキーロックとかいう封印を解かなければならない。
外からのドアと、廊下からのドア。二か所のテンキーロックで守られている。
これなら、まぁ安心か。
「ルネ君、そこに座ってください」
「なんだ? ソーダイ。さっきから座ってるじゃないか」
カイルとエリオを連れて亜空間へ入っていったユーゴとエステルを待つ間、僕とソーダイは誰も客が来ない店のイートインスペースで飯を食っている。
―が、なぜかソーダイの機嫌が悪い。
『恐怖』は少し減ったが、『不快』か……。
異世界転移だけであんなに怯えていたこいつを、もう少し気遣うべきだったか?
それにしては隣でオスカーが横になってても気にする様子がない。
「ルネ君、その……、さっきの羽根は本物ですか?」
「あぁ。まがい物じゃ飛べないだろう?」
「そうですか……」
そうか、こいつは僕を人間だと思っていたんだ。
いきなり羽根を見せられたら、こういう反応になるのは当然か。
「言っただろう? 僕は八十五歳だって。僕はヴァンパイアで寿命が人間より長いんだ。嘘じゃなかっただろう?」
「そうですね。嘘じゃなかったです」
『不平』『不満』『不快』。
まったく……、なにが気に食わないのかさっぱりわからん。
「何を怒ってるんだ? 意味がわからん」
「何をって! 一言も言ってくれなかったじゃないですか! 友達だと思ってたのに!」
「言ったって、信じなかっただろう⁉」
「言ってみなきゃ、わからないじゃないですか!」
「言わなくてもわかる! こっちの世界の人間ならな、年齢を言っただけで『あぁ、こいつは長命種なんだな』と察しがつくんだよ! それを、頭から嘘だと思い込むやつに何を言っても無駄だろう!」
「じゃあ、全部ちゃんと説明してくれたら良かったじゃないですか!」
「お前だって、僕に何か隠してるのを言わなかったじゃないか!」
「……それは、そうですけど」
やっと大人しくなったか。
こいつの思考回路はよくわからないな。
僕が悪魔族なのを言わなかったからって、不機嫌になる理由なんてあるか?
隠して近づいて食われたって状況なら被害の訴えくらい聞いてやらんでもないが、ただ言わなかっただけで僕には何の落ち度もないじゃないか。
クソむかつく。
「ソーダイ。お前の隠し事って、タツキに惚れてるって事だろう」
ガタガタガターン‼
「な、ななな、なっぁん……なんっで、それ……!」
これは愉快な狼狽えようだな。
異世界人ってのは、図星を突かれると後方に吹っ飛ぶのか。
「なぁ、ソーダイ。僕が人間じゃないことを言わなかった詫びに、タツキとの仲を取り持ってやろうか?」
そして、僕の思い通りにこき使ってやる。
「……気持ち悪くないんですか?」
うん? 二つ返事で食いつくと思ったのに『疑念』とは変な奴だな。
また『期待』と『恐怖』が交差している。
「気持ち悪いって、何が?」
「俺が、タツキさんの事を好きって……」
「そりゃあ、色恋に我を見失ってる奴なんて、大概みんな気持ち悪いじゃないか」
「ひどい! エステルさんだってルネ君の事を好き好きって言ってるじゃないですか!」
「エステルのあれは、そういうのじゃないから良いんだ」
「やっぱり、男同士なんて気持ち悪いんでしょう⁉ 知ってますよ! だから言いたくなかったのに」
「男同士だと何が気持ち悪いんだ?」
ソーダイの顔に大きな『困惑』が浮かんだ。
それまであった全ての感情をかき消すほどの大きな『困惑』に、僕の方が『困惑』する。
僕は、何かおかしなことを言ったか?
「何がって、だって男は女性を好きになるのが普通で、男同士で恋愛なんて異常だって……」
「お前の世界ではそうなのか?」
「ルネ君の世界は違うの?」
改めて聞かれると返答に困るな。
今まで、つがいが異性同士なのか同性同士なのかなんて考えながら見た事が無いからな。
そもそも、どいつとどいつがつがいなのか? なんてことを考えながら人間や他の悪魔を見たことがない。
たしかおじい様の伴侶は同性だった気がする。僕が屋敷に来るずっと前に亡くなってたから、よく知らないけど。
エステルの両親はエミールとアンリエットだから、異性だな。
他の奴らはどうだったっけ?
「僕の世界って言っても全部知ってるわけじゃないからな。僕たちヴァンパイアに限って言えば、伴侶を選ぶのに、たぶん性別は関係ないと思う」
「そうなんですか? だって、子供が生まれないから自然に反してるって……俺は言われた」
「人間はそういうものなのか?」
「ヴァンパイアは違うの?」
「ヴァンパイアは血族を増やす方法がいくつかあるからな。同性同士のつがいでも子は成せるし、子を作らんでも血族は増やせるし。そもそも女しか生まれない一族もいる」
「そうなんですね~。いいな、ヴァンパイアは」
「ヴァンパイアになりたいのか?」
「だって、男同士でも子どもが作れるんでしょ?」
「それはそうだが、お前は子どもが欲しいのか? 子どもなんか作ってどうするんだ?」
ソーダイが黙り込んだ。
今度は『当惑』で埋め尽くされている。
「子どもは、ほしいですよ。可愛いし。俺、子ども好きだし」
「そういうもんか? おまえ、実は子どもを作るってことを、あまり深く考えてないんじゃないのか?」
「ルネ君は、エステルちゃんと結婚して子ども作ってって……するんでしょう? そういう、普通みたいなのが、俺もしたいんです! でも、好きになるのはいつも男性なんです!」
「僕とエステルは婚約を解消するんだ」
「えぇ~⁉ なんで? エステルちゃんは、あんなにルネ君が好きなのに?」
「だから、エステルのあれはそういうのじゃないから。好きとかは関係ないんだ。家同士が決めた婚約だったけど、もうその必要がないから解消する。それだけだ」
「政略結婚でも、好きなら解消しなくてもいいんじゃないですか? ルネ君だって、エステルちゃんの事が好きなんでしょう?」
好きか? どうだろうな? そんな風にエステルを見たことはない。
申し訳ないって気持ちと、ベルゼビュートとしての責務で守らなきゃとは思う。
あと、一番大きな気持ちは……。
「美味しそうだとは思う」
ソーダイがまた後方に吹っ飛んだ。
赤い顔を両手で覆い、その上から『羞恥』が張り付いている。
「ルネ君、そんなあからさまにエロい事を暴露しなくても……」
「エロい? そんなわけないだろう? じゃあ、お前はカレーライスを美味しそうだとは思わないのか?」
『羞恥』『困惑』『高揚』『興味』てんでバラバラな感情がクルクルと回る。
マエダよ。こいつのこの状態も、望みを叶えてやればわかるようになるのか?
僕にはサッパリ理解できる気がしない。
「ルネ君、もしかして『美味しそう』って比喩じゃないんですか? 触りたいとか、キ、キスしたいとか、な……な、舐めたいとか、そう言うんじゃなくて?」
「比喩なんて使う必要があるのか? ……あぁ、そうか。お前は人間だからわからないんだな。僕たちヴァンパイアは人間の血肉を食うから、人間を見て美味しそうとかマズそうって思うんだ」
「エステルちゃんはヴァンパイアじゃないんですか?」
「そこなんだよ。エステルはヴァンパイアだから、本当は美味しそうには見えないはずなんだ。でも、今まで食べたどんな人間や料理よりもエステルは美味しそうなんだ。だから、空腹の状態でエステルの近くには行かないようにしてる」
「食べないようにって事ですか?」
「もちろん。僕には全てのヴァンパイアを統率する義務があるんだ。だから、ヴァンパイアであるエステルを食う訳にはいかないだろう」
「なんだか、色々な意味でエステルちゃんが可愛そうに思えてきました」
「僕たちの話はいい。それより、お前の望みをまとめると、タツキとつがいになって子どもを作りたいってことで良いのか?」
「やめてくださいよ! そんなあけすけに!」
「だって、要するにそういう事だろう? だったら、お前とタツキをヴァンパイアにしなきゃならんが、僕一人じゃ難しいからエステルにも手伝ってもらうことになる」
「それって……、どういうことですか?」
「お前とタツキが、僕とエステルの子どもになるって事だな」
こいつとタツキが僕たちの子どもか、考えただけで鳥肌が立つ。
「それは、……ちょっと嫌です」
「僕も嫌だ」
「じゃあ、ダメじゃないですか」
ソーダイは呆れたように笑い、僕も笑った。
くだらないな。実にくだらない会話だ。
だが、ソーダイの『恐怖』は取り除かれたようだし、僕もなんだか気分がいい。
足元にオスカーがいて、鼻を鳴らしながら寝返りをうった。




