第十四話 ようこそ、異世界へ
「おはようございます!」
二十一時三十分。
待ち合わせしていた店舗横の駐車場に現れたソーダイは、小さな車いっぱいに荷物を詰め込んでいた。
タツキの部屋に泊まるつもりで荷物を取ってくるって、本当だったのか。
「そうだい君、その荷物は?」
タツキの顔が若干引きつっている。その様子を見て、ユーゴは腹を抱えて笑っていた。
「僕も泊めてもらおうと思って! とりあえず、一週間分の荷物を持ってきました!」
「ソーダイ……、僕はお前に話があるんだが……」
「ルネ君! 話はあとで聞くので、先に荷物を運ぶのを手伝ってください」
「いや、そうじゃなくて……」
「わかった!」
タツキがパンっと手を打った。
「開かずの間を解放する」
開かずの間だと?
この店にそんなものがあるのか?
そこを開けて、何をする気だ?
―っていうか、今⁉
「そうだい君の荷物はとりあえず置いといて、みんな付いてきてくれる?」
タツキが向かったのは、店がある建物の三階。タツキの居室の隣にあるドアの前。
そこには数字や記号が書かれた金属製のレリーフのようなものが取り付けられている。
なるほど、開かずの間か。
おそらく、あのレリーフが扉を封じる封術の印になっているんだな。
タツキはいつも手に持っている小さな板を見ながら、レリーフの数字に指を伸ばした。
封印術には解呪に抵抗する呪符がセットだ。正当な方法で解呪しようとしても必ずなんらかの反撃を受けることになる。
「ソーダイ、僕の後ろにいろ」
「何で、ですか?」
「危険だからだよ。お前、見てくれのわりに弱っちいんだから、大人しくしろ」
「開いたよ? 何してんの?」
振り返ると、タツキとユーゴはすでに開かずの間(もう開いてるから元・開かずの間か?)に足を踏み入れている。
「え? 開いたの? 抵抗符は?」
「無いよ? テンキーロックだもん。そんなの、ないない」
「テン……。え?」
タツキの背後でユーゴが笑い転げている。
「ルネ君、危なくないみたいだから行きましょう」
開かずの間なんて言うから、てっきり邪竜でも封印されてるのかと思ったけど、埃をかぶった傘立てと廊下があるだけだった。
「ここは電気もガスも別だから使いたくなかったんだけど……」
タツキは金属の小さな扉を開け、何かをカチャカチャと操作した。
すると、天井に付いている球体が光を放つ。
なるほど、照明魔具の操作をしていたのか。
「ここ、前から気になってたんですけど、何の部屋なんですか?」
廊下をまっすぐ突き当りまで進む。
四つ目のドアを開けると、ガランとした何もない部屋だった。
「そうだい君には話したことがあったかな? この建物は、元々ドライブインだったんだよ」
「あ、はい。それは聞いたことがあります。もう一人のオーナーさんが廃業したドライブインの建物を買い取ったって」
「そう。ドライブインとして営業していた当時は、一階に土産物屋とテイクアウトの軽食屋があって、二階にはレストラン。三階は管理人の居室と、従業員用施設になってたんだ。いまキラキラもときストアーとして使っている部分が土産物屋だった場所。俺の部屋は、管理人室があった場所。軽食屋部分とレストラン部分は使ってないから、閉めてある。時々掃除くらいはするけどね。ここは従業員用の休憩室だったところ。隣二つは更衣室兼ロッカー室で、その向こうは出納室。今夜は、ここを掃除して君たちの寮を作ろうと思いまーす」
寮ってことは、ユーゴと一緒に住むって事には変わりないじゃないか。
「いや、ちょっと待て!」
「意義あり!」
「い~や、意義は認めない! これはオーナー権限で決定事項です! ほら、とりあえず早くそうだい君の荷物を運ばないと、駐車場に出入りできなくなるまであと二十分だよ!」
「あと二十分って、何の話ですか⁉ せっかくお泊りセットもってきたのに! 俺はお隣なんて嫌ですよ!」
「ソーダイ! 車を出せ! 僕と一緒にお前の家に帰るぞ!」
もう『お願い』なんて言ってられるか!
異世界でも何でもいい、とにかくユーゴから離れないと!
「い・や・ですよ! 俺はタツキさんの部屋に行くんです!」
「四の五の言うな! ここに居たら帰れなくなるんだぞ!」
「俺は帰れなくてもいい~‼」
ドアにしがみついて駄々をこねるな!
とにかく、建物から離れさえすれば……!
あぁ、クソッ! ちっとも剥がれない。こいつ、こんなに力あったか?
「ソーダイ! この際、車まででいいから! とにかく、っここから、はなっれろって‼」
「嫌です! チャンスはつかんだら離すなって言われたんです!」
「親の教えなんて、いま思い出すな!」
「親じゃないもん! タツキさんに言われたんだもん!」
「幼児退行するな~!」
「あぁ~、取り込み中のところ悪いんだけどね、君の荷物は部屋に移動しといたよ。俺が見えた荷物っぽい物だけ運んだから、これで全部か確認よろしく」
ドアに抱き着いたままのソーダイにユーゴが耳打ちする。
「え?」
振り返ると、確かに大きなカバンやトランクが、何もない部屋の中心に積まれている。
「え? え? ドア通った……? え? いつの間に」
ソーダイが目を白黒させて、それでもまだドアにしがみついている。
ドアにしがみついているソーダイを剝がそうともがいていた僕が出入口を塞いでいたはずだ。ドアからは誰も出入りしていない。
窓枠の埃を見る限り、開けたとは思えないから、あそこから出るのは不可能だろう。
だとしたら、考えられるのは瞬間移動か、それに類似した特殊スキルだな。
荷物の下、床にはみだした汚れのような黒ずみが見える。
転移の魔方陣か。
荷物は車の中にあっただろうから送出陣は描けないはずだ。着点陣への視認送転術だな。
車の窓からの視認で荷物だけを送転したって言うのか……。
さすが冒険者ランクS。高難度魔術の扱いが桁外れだ。
これは、ただ逃げても無駄だな。
「ソーダイ。とりあえず、いったん落ち着こう。これは誰がどの部屋で寝るかなんて些末な問題じゃない。今夜、お前が過ごすのは……」
窓の外の景色が歪む。空間転移が始まったんだ。
地震に似た軽微な揺れと、一瞬の浮遊感の後、静まり返った室内の空気が変わる。
「ようこそ、おいでませ。俺の世界へ」
ユーゴが窓を開け放つと、なじみ深い風が吹き込んだ。
乾燥した刺々しい、それでいて生ぬるい風。
窓の外に明かりは一切なく、虫や鳥の声に混じって、遠く魔獣の嘶きがこだまする。
「え? どういうことですか?」
ソーダイの顔に『困惑』と『恐怖』が湧き上がっている。
未だ張り付いたドアから顔を覗かせて開け放たれた窓を見つめるが、足も手も震えて、とても動けそうにない。
「そうだい君、大丈夫。手をつないであげるから、こっちへおいで」
タツキに手を引かれて、ようやく歩みを進めるソーダイにポジティブな感情は現れない。
『恐怖』が『恋慕』に勝ったな。
「タツキさん? なんなんですか? これって……停電? でも、部屋の電気はついてるし」
「そうだい君。この店の秘密を教えるって言っただろ? この店は、夜の二十二時から朝の六時までは、この世界で営業してるんだ。この異世界でね」
ソーダイは、今度はドアの代わりにタツキにしがみつきながら窓の外を見下ろした。
『疑念』『困惑』『恐怖』そして、『混乱』。
「……道路がない」
「うん。ここ、登山道から外れてるんだよね」
「自販機もない」
「うん」
「駐車場も?」
「そうだね」
「でも、だからって、異世界だなんて! あ、わかった。みんなして俺の事をからかってるんでしょう? もう、やだなぁ。異世界なんて、そんな、中二病みたいな……ルネ君じゃないんだから」
おい、僕がなんだって?
「信じられないなら、ちょっと外に出てみる? まぁ、こんなところじゃ魔獣でも出ない限りタダの山林なんだけど」
ソーダイはタツキにしがみついたままで、首をぶんぶんと振っている。
その様子を眺めていたユーゴは「この様子じゃあ、そうだい君に深夜帯の店長は無理じゃないのかなぁ?」と意地悪く笑う。
ソーダイの『恐怖』が大きく膨らんだ。
ん? よく見ると、『恐怖』の色が少し違うな。
何に対する『恐怖』なのかが違うのか?
観察、推測、……う~ん。よくわからん。
「やめろ、ユーゴ。そうだい君は大丈夫だよ。誰だって、初めて異世界に放り込まれれば狼狽えもする。そうだい君は相手の属性で接し方を変えたりしない。誰に対しても丁寧だし親切だ。それは、この世界での商売に必要な素養だって、俺が見込んだんだよ」
「タツキさん……」
おぉ、あんなに大きかった『恐怖』と『困惑』が一気に消えた。
恋愛感情ってすごいな。
ソーダイが『愛』と『恋』にすっぽり包まれて、能力を切らないと顔が見えないぞ。
まるでゴミ屑の山に落ちたスライムのようだ。実に、気持ち悪い。
「そうだい君、ここはいわゆる剣と魔法の世界で、危険な魔物もたくさんいる。それでも、この世界の人たちに買い物をする楽しみを経験してほしいんだ。ユーゴは口が悪いけど魔法も剣も使えるし、ルネ君もこの世界の出身だから、二人ともそうだい君をきっと守ってくれる」
タツキは今まで見たこともないくらいキラキラした目を僕とユーゴに向け「ね!」と大声で念を押す。
「あ、あぁ……」
「おまかせあれ‼」
「だから、そうだい君。ぜひ、俺の右腕として、この世界の人たちのために働いてくれないだろうか!」
何が『この世界の人たちのために』だ。お前の行動原理は金だろうが。
いくらソーダイでも、こんなに芝居がかった嘘に騙されるわけが……、
「はい! 俺でよければ、精一杯がんばります!」
あぁ~、恋は盲目って言葉のお手本のようだ。
あれだけ『好き』で顔面覆われてたら、そりゃあ何も見えんだろうさ。




