第十五話 ネタばらし
「だ~か~ら~! 俺はそうだい君には自立して巣立って欲しかったの! 親心なの!」
「俺は、そんなことは望んでないです! タツキさんは親じゃないし!」
最悪だ。
酔っ払い二人が口論する様子を、なぜ僕は敵と一緒に眺めてなきゃならないんだ。
いくら違う世界に連れてこられて狼狽えるソーダイを落ち着けるためとはいえ、酒盛りなんて始めるなよ。
そして、なんで僕だけジュースなんだ。
「ルネ君? だよね?」
「……そうだけど」
この場面だと、どうしたって僕とユーゴが話す流れになる。
いつどんな術を仕掛けてくるかわからない。
なるべく目は合わせないようにしなくては。
「ルネ君さぁ、俺の事、知ってるでしょ」
「……いや」
鋭いな。気取られたか? それとも人間のくせにテレパシーが使えるとでも?
「えぇ~? そうなのぉ~? そっか、知らないかぁ。けっこう、売れてきたと思ったんだけどなぁ、俺もまだまだってことかぁ」
カラカラと笑う。
感情が視えないって、こんなに恐怖心を駆り立てられるのか。
『相手が何を考えてるのか? じゃなく、自分がどうすれば相手が喜ぶかを考えろ』ってマエダは言ったけど、無理だ。
怒りと恐怖で、どうにかなりそうだ。
ヴァンパイアハンターを喜ばせるなんて、僕に死ねと言うようなものじゃないか。
「俺は、知ってるんだけどね。ルネ=ノワ君」
「なんで、その名前!」
「あ、やっとこっち向いた」
しまった!
「俺は一介の冒険者でしかないけどさ、君は有名悪魔だもんなぁ。白い肌に白い髪、ピジョンブラッドの瞳。ベルゼビュート家の次期当主。世が世なら王子様じゃないか。お会いできて光栄ですよ、殿下(笑)」
目が、離せない。
体が、動かない。
これが、例の精神支配系魔術か?
「そんなに、怖がるなよぉ。仲よくしようぜぇ?」
クスクス笑う声も、酒をあおる手も、殺気は感じられない。
なのに、この威圧感はなんだ?
「……僕を、どうする気なんだ? 言っとくが、僕を餌にしても一族は動かないぞ?」
「う~ん。おじさん、イジワルだからさぁ。そんな目で見られると、もっとイジメたくなっちゃうんだけども……。あんまり君をイジメると、保護者がうるさそうだし? そろそろネタばらししちゃおうかなぁ?」
ネタばらしだと? 何をする気だ?
「俺は信用ないみたいだから、共通の知り合いから説明してもらおっか」
ユーゴは、おもむろに左の袖をまくり上げる。
その手首の内側にある文様。
あれは、魔術文身じゃないか!
術式を大量の魔素とともに身体に彫り込む古代魔術の一つだ。彫り込む際に伴う苦痛はショック死する者も多く、施術に耐えられたとしても半月は痛みにもがき苦しむ。
だから、昔は家畜の肌に彫り込んで、生き残った者を魔具の代わりに使ったと歴史書に書いてあった。
それを、自身の体に刻むなんて……。
ユーゴは文様の中に指を差し入れ、一枚のカードを取り出した。
指から離れて浮かび上がったカードが、閃光を放つ。
その光の渦の中から現れたのは……。
「ルネ様‼ お会いしとうございました‼」
「エステル⁉ お前、死んだんじゃなかったのか⁉」
エステル・ヴァンピール・ド・ドラクール。
ドラクール家がユーゴに襲われたとの報告の時、死亡者リストの筆頭にあがってたはずだ。
偽物か? いや、そんなわけがない。
この独特な甘酸っぱい匂いはエステルの物だ。僕が間違えるわけがない。
「それは、陰謀ですわ! わたくしとルネ様の仲を引き裂かんとする何某かが、そのような出まかせを広めたんですのよ」
「ちょ~っとぉ! なんれ人が増えてんでしゅかぁ? 俺にも紹介してくだしゃいよ~!」
ソーダイの奴、あんなにぐらんぐらんでもまだ飲み続けてたのか。
「では、ご紹介いたしましょう‼ こちらにおわすはエステル嬢。ルネ君の婚約者で~っす」
「うふふ、お初にお目にかかりますわ。良しなにしてくださいませね」
「婚約者⁉ その歳で? ボンボンってすごいな」
「ルネ君、ずるい! リア充だにゃんて言ってなかったじゃないれしゅか!」
あぁ~、もう! ソーダイは面倒くさいな!
なんで、よりによってエステルがこんなところに……。
「―って、そうだよ! エステル、お前なんでユーゴのカードから出てきた? まさか、そこに封じられてるのか?」
「まぁ、嬉しい! わたくしを心配してくださるなんて。でも、ご安心くださいませ。このカードは封術ではなく亜空間ゲートですのよ。わたくし、今はユーゴ様がお創りになられた亜空間で生活しておりますの。亜空間は穏やかな森と静かな湖があって、わたくしは湖畔の屋敷で何不自由なく過ごせておりますわ。それでも、ルネ様とお会いできない日々はわたくしの心に重い影を落とし……」
「もういい。ユーゴ、亜空間というのはどういう事だ? ドラクール家を襲ったのはお前ではないのか? なぜ死んだはずのエステルがお前の亜空間にいるんだ」
「そうれすよ‼ なんでルネきゅんの彼女がいるんでしゅか⁉」
「ソーダイ、頼むから寝ててくれないか」
「いやれしゅ‼ 俺は、タツキしゃんのとこで寝りゅんれしゅ‼」
「―だ、そうだ。今夜くらいは連れて帰ってやればぁ? 俺はルネ君と仲良くしてるからさ」
ユーゴに言われ、タツキはしぶしぶソーダイを担いで自室に移動した。
「それで? ネタばらしとやらをしてもらおうじゃないか」
「ユーゴ様はヴァンパイアハンターではありませんわ。我がドラクール家とブラドラ家の一部のヴァンパイア達を亜空間に保護し、生き血に代わる食料を提供してくださっておりますの」
「保護って、いったい何から?」
「ルネ様も襲われたのでしょう? トリスタン・ヴァンピール・ド・ベルゼブラですわ。彼は次期当主の座を奪うために、リシャール様を支持するヴァンパイア達を全員消すつもりでしたの。真っ先に狙われたのが我がドラクール家の当主である父上でした。父上はなんとか刺客を返り討ちに出来たのですが、暗殺が失敗したと知ったトリスタンは、ドラクール家の全滅を狙って農園に火を放ったのです。父上がその数日前にユーゴ様に助けを求めていましたので、トリスタン側に付いている者以外のドラクールは亜空間の屋敷に保護されたという事なのです」
「おじい様の元に進言書を持ってきた使者はトリスタン側だったって事か」
「俺をベルゼビュート家から遠ざける狙いがあったんだろうさ」
たしかに辻褄は合うな。
ドラクールはバラの花を主食とし、月に数回少量の血液を摂取すれば生きられる種族。戦闘力が低く温和で、人間にとってはもっとも安全な悪魔族だ。ドラクールを狙ったところでヴァンパイアハンターに金を払う奴はいない。
少し考えればわかることだ。冒頭で死亡者リストを見せられて判断が鈍ったな。
そうか。あれもトリスタンの仕業だったのか。
「ルネ様! わたくし、ルネ様が行方不明になられたと聞いて、生きた心地がしませんでしたわ! 本当に、生きていてくださって本当に良かった!」
「あぁ、それはいいから。ヴラドラ家はどうなった?」
「冷たいなぁ。生き別れた婚約者との感動の再会! 良い場面じゃなぁい。チューして抱擁くらいしてやんなよ~」
「そういうのは、あとだ。まずはヴラドラ家の現状を」
「はいはい。さすが次期当主様は冷静でいらっしゃることで。まず、ヴラドラ家はルネも知ってるだろうが、元々がトリスタン側に近い思想をもった一族だ。人肉食を禁ずる意思を示したリシャール、君のおじいさんに不満を持つ者も多くいる。俺が保護できたのは四人。全員がヴラドラの名を継ぐものの、中枢からは遠いはみ出し者ばかり。ヴラドラ家がどの程度トリスタンと繋がっているかはまだ探り切れていないが、結託していると見ておいたほうが良いな」
なるほど、そこは大方の予想通りだな。
「エストリア家は? あそこはベルゼビュートに領地を取り上げられ準貴族の地位を失った。恨みを持っていてもおかしくないと思うが?」
「ところがどっこい。意外とエストリアは中立を守っている。あそこは生態がドラクールに近いからな。国から配給される血液で『食事』が事足りているんだろう。あの家は過去に起こしたスキャンダルがいまだに尾を引いてっから、新しい魔王の反感を買うようなテロには加わりたくねぇんだろうな。そのせいで襲撃は受けたようだが、これはトリスタン側が返り討ちにあってる。地位は落ちたが、元はベルゼビュートに次ぐ武力を保持した一族だからな。そう簡単には落ちないだろう」
そうなのか。それなら、エストリア家の動向次第ではトリスタンを抑える目が見つかるかもしれないな。
「まっさきに気にしなきゃなんねぇのは、お前の家の方だろう? リシャール亡き後、ベルゼビュート家ではトリスタンが当主のように振舞ってる。反抗した家臣や奴隷は次々と処分されたって話だぜ? でも、ベルゼビュート家の当主になるには進化の儀式が必要。その方法が書かれた魔導書をお前の伯父さんが持ってるんじゃないかって事で、トリスタンは目の色変えて彼を探してる」
「そうか……。楽観できる状況ではないな」
「でもでも、希望はありますわ! ベルゼビュート家の当主になるには、儀式を経て『真のベルゼビュート』として進化しなくてはなりません。その方法を、ルネ様はご存じなのでしょう? だって、次期当主として教育を受けていたのはルネ様なんですもの。ルネ様が儀式をしてしまえば、トリスタンを含む全てのヴァンパイアはルネ様に従わなければならなくなる。ルネ様はわたくしたちの希望なんですわ」
希望なんて、そんなに良い物じゃない。
僕は一族のためと言いながら、ただ逃げ回っているだけだ。
やらなければと思い立ったことも、どうすればいいかわからずに右往左往してばかり。
人間に代わる食料を探し出すというおじい様の遺志を継ぐんだと自分に言い訳をして、己の腹を満たすために放浪してきた。
帰る家もなく、家族もいない。
「ルネ様?」
僕はエステルの顔を見ることが出来ない。
僕は希望なんかじゃない。
頼むから、そんな目で僕を見るな。
「ユーゴ・ドルトー。我が同胞を救ってくれたこと、礼を言う。エステル達を助けてくれて、ありがとう。そして、一時でも敵と誤解してしまったこと、申し訳なかった」
「おぉ、……さっすが。―いや、わかってくれればそれで……」
「重ねて負担をかけることになるが、もうしばらくエステル達を保護していてくれないか?」
「そりゃあ、まぁ……」
「嫌ですわ! わたくしはルネ様の傍に居ります! わたくしは許嫁ですもの。ルネ様のお役に立たせてくださいませ!」
まぁ、エステルはそう言うだろうとは思ってたよ。
「エステル。少し外を歩かないか?」
僕はエステルを連れて、建物の外に出た。
地面が少し濡れている。僕が異世界へ行っている間に雨が降ったのか。
木々の間から見えるか細い月は、明かりのないこの世界を照らすには頼りない。
「フライム」
魔法で指先に灯した僅かな炎で足元を照らす。
エステルは「一緒に散歩なんて久しぶり」と、嬉しそうだ。
「そうだな。昔はよくドラクール家のローズガーデンを一緒に歩いた」
「ベルゼビュート領地の農園も行きましたわ。ドラクール領の農地は牛と馬しかいませんから、羊や山羊やウサギが可愛くて! ルネ様の妻となった暁には、毎日動物を見て回りたいと思っておりましたのよ」
「……もう、あの農園はない」
エステルがハッと息をのむ。
ベルゼビュート領の惨状を聞いていないわけではないだろうが、記憶の中の景色は変わらず美しいままなのだろう。
この目で燃え盛る領地を見ている僕だって、平和だったころの景色ばかり思い出すんだ。
「エステル。お前が死んだと聞いて、すぐにドラクール領へ向かった。焼けた農地やローズガーデン。それに崩れたドラクールの居城。その光景は、お前たちの死を裏付けるには充分なありさまだったが……生きていてくれて良かった」
生きて、目の前で元気そうな姿でいる。
もし、彼女がユーゴに洗脳されていたとして、それが僕を陥れる罠だとしても、元気なエステルのままでいるのなら、それでもいい。
敵を討つと意気込んで、結局なにもできなかった。
敵だと思っていた相手に助けられていたとは、皮肉だな。
「ルネ様」
「今夜限りで、僕たちの婚約を解消する」
「なぜですの⁉ いやですわ‼」
「僕にはもう屋敷も領地もない。家同士が取り決めた婚約が、家がなくなっても有効なんておかしな話だ」
「家は復興できますわ! 領地だって! また牧場や畑を作って、家畜を飼って、苗を植えて、ルネ様がベルゼビュートを継ぎ、わたくしと結婚して、子どもができて、孫ができて、そうしたら、また……」
そんなに大粒の涙を流さないでくれ。
僕のクレアエンパシーが人間にしか効かなくて良かった。
こんな表情に感情まで重なったら、きっと僕まで泣いてしまう。
「残った同胞たちを、いつまでもユーゴの亜空間に閉じ込めておくわけにはいかない。お前たちの新たな生活の場を確保し、トリスタン派の連中を止めなければ。それが、最後のベルゼビュートとしての僕の責務だ」
「なぜ‼ なぜ、そうなるのです‼ ルネ様が儀式をすれば、真ベルゼビュートとして当主になれば、ヴァンパイアは誰も逆らえません。リシャール様に不満を持つもの達が、それでもリシャール様が亡くなるまでベルゼビュート家に手を出せなかったのは、真ベルゼビュートだからです。真ベルゼビュートはわたくしたちヴァンパイアにとっての唯一神のようなもの。例え意にそぐわぬ事でも、ベルゼビュート当主が下した命令には抗う事ができません。一番平和的に確実に解決できる策ですのに!」
エステル。もう、初めて出会った時の事は忘れているんだろう。
僕の方が年上なのに、僕は彼女よりも頭一つ小さく、手足も細く、とても屈強なベルゼビュート家の男子らしいとは言えなかった。
ヴァンパイアの中で最も弱く病気がちな血族と言われるドラクール家のエステルの方が、よほど体格がよく、活発で溌剌としていた。
君は背の高い見目麗しい青年が婚約者として現れると思い込んでいて、鶏がらのような僕にひどく落胆していたんだ。
その時のままだったら、こんなに泣かせることもなかっただろうに。
何もかも、僕の責任だな。
「エステル、僕は……」
うん? なんだか……空気に変な匂いが混じっているな。
さっきまではなかった匂いが……風向きのせいか?
「ルネ様! わたくしは納得できません。わたくしは、ルネ様を……」
「ちょっとまて」
「待ちませんわ!」
「いや、待てって」
「いいえ! この際、はっきり言わせていただきます!」
やっぱり、茂みの先から漂ってくる。
思い出したぞ、この匂い。
これは、唐揚げの匂いだ。
「エステル! 落ち着け!」
「わたくしはルネ様を愛しております‼」
でかい声で言うな! ほら、茂みがガサゴソ揺れてるじゃないか!
「まさか、お前は気づいてないのか? この匂い」
「もちろん。気づいておりましてよ? 気配を消すのが大層お上手ですけど、これだけ強い匂いを放っていたら、隠れていても意味ありませんのに」
「気づいていて、あんなことを叫んだのか⁉」
「だって、証人は多いほうが良いじゃありませんか」
「お前には恥じらいってもんが無いのか!」
「ルネ様が、恥じらう姿がお好きだとおっしゃるのなら、いくらでも恥じらいますわ!」
「僕を変態みたいに言うな!」
茂みがガサゴソと……、茂みごと近づいてくるな‼
「おい! 気づかれていることに気づけないバカなのか、バカのふりして笑いが取れると思ってるバカなのか、はっきりしろ」
草木の隙間から、タツキとユーゴの顔がにゅっと現れる。
まるで双面の魔物だな。
「怒ってる?」
「チューしろ」
同時に喋んな。
「当たり前だ」
「どっちだったら許してくれる?」
「チューしろ」
「前者なら焼いてから食う。後者なら焼きながら食う」
「どっちにしても食われるじゃん!」
「チューしろ」
……ずっと同じことを呟いてるユーゴがうるさいな。
「だって、ユーゴが二人で外に出たって言いに来るから、これは覗き……見守りにいかないとって思って。枯れたオッサンの楽しみなんて、若者をからか……応援するくらいしかないんだよ。許して? ね?」
ちょいちょい本音が隠せてないんだよ!
「チューしろ」
しつこいな、こいつは!
「許しますわ!」
「おい、勝手に決めるな」
「チューしろ」
「チューしましょう、ルネ様!」
「するか!」
「若いカップルが夜の森にしけこんだら、フツーするだろうが!」
「知らん! もういい、帰る!」
なんだか、バカバカしくなってきた。
まったく、どいつもこいつも……。
「まってくださいまし! ルネ様!」
この時、僕は「帰る」と言って店の建物に向かった。
無意識に、あの店を『帰る場所』だと認識していたことを少し後になって気が付き、僕は心底ゲンナリした。




