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第十三話 焼肉バイキング

「いらっしゃいませ~! お名前を書いてお待ちくださ~い!」

 マエダが連れてきたのは、やたら喧しい店員がバタバタと動き回る店だった。

 周りの客は四、五人組が多く、家族らしいのもいるが、ほとんどが同じ服を着た若い連中だ。おそらく士官学校の学徒か何かだろう。

 騒がしくて、目障りで、臭い。

 こういう、群れる阿呆が僕は一番嫌いだ。


「なぁ、マエダ。店を間違えたんじゃないのか?」

 横を見やると、マエダも辟易しているようで、苦笑いを浮かべている。

「実は私も初めて来たんですが、だいぶ賑やかですね。人気がある証拠かな」

 なんとなく良い感じに言ってみても『嫌悪』を抑制しきれてないぞ。

「ルネ君にはきっと喜んでもらえるんじゃないかと思って、この店を選んだんですよ。少し騒々しいですが、食事はきっと気に入ると思いますよ」

 そう言ったマエダの目には『期待』と『高揚』が揺らめいた。


「二名様でお待ちのマエダ様~」

 でかい声で叫ぶ店員に「はい」と返事をすると、マエダは僕の手を取って案内されるままに店内へ進んだ。


「ルネ君、焼き肉は食べた事ありますか?」

「焼いた肉だろう?」

「あぁ、そう言う意味じゃなくて。小さく切ってあるお肉を、自分で焼きながらタレをつけて食べるんですよ。このテーブルの真ん中の網で焼くんです。中に炭が入ってるでしょう?」

 確かによく見ると網の奥で炭が赤く爆ぜている。

 ここは魔具で料理するわけじゃないのか。

「建物の中で焼きながら食べるのは初めてだな。野営の時に焚火で焼いて食べることはあったが……」

「あぁ! 欧米の方はバーベキューの方が身近ですよね。このお店は、決まった金額を払えば、どれだけ食べてもいいんです」

「どれだけ食べても⁉」

「そうですよ。あっちに沢山お肉や野菜が並んでるでしょう? 好きなだけお皿に盛りつけて、持ってきていいんです。ご飯やお味噌汁。カレーに唐揚げ、ポテトやサラダもありますよ」

「どれだけって、あの大皿全部でもいいのか?」

「九十分の時間制限がありますから、その時間内に食べきれれば大丈夫ですよ。食べ残しは厳禁です」

 九十分なんて時間制限のうちに入らないじゃないか。そんなにゆっくり食べられるなら、あの棚の肉なんて全部食えるぞ。

 どれだけ食べてもいいなんて、いったいいくら払うんだ? 言っても、学徒風情がこぞって集まるような店だからな。そんなに高額ではないだろうが……。

 そんな売り方をして、この店は大丈夫なのか?

 この店の店主は計算ができないんじゃないのか?


「じゃあ、お肉を取りに行きましょう」

 マエダに連れられて食材が並ぶ棚に向かう。

 すごいな。本当にみんな思い思いに食材を皿にとっている。

「ルネ君、食材はその横に置いてあるトングでとるんですよ。人が多いから、ぶつからないように注意してくださいね」

「マエダ。本当に好きなだけ取っていいのか?」

「良いんですよ。焼く時間があるから、お肉の他にカレーライスやポテトも持っていきましょうか。足りなければ何度でも取りに来られますし」

「何度でも⁉」

 なんていい店だ! 

 タツキのなんちゃらストアーも、こういう店だったら良かったのに。



「そうですか。熊楠さんのご友人が」

「そうなんだよ。そいつもしばらく一緒に住むとか言われたんだ。冗談じゃない、まったく」

 僕は次々と肉をタレに付けては口に放り込むが、マエダが空かさず次の肉を焼いてくれる。

 甘辛いタレもうまいが、柑橘の汁も肉の味が引き立ってなかなかイケるな。

「その熊楠さんのご友人と気が合わなくて困っているという事なんですね」

「気が合わないとかじゃない。あいつは僕の敵なんだ。油断するとやられる」

「そうですか、敵なんですね」


 この葉っぱは肉を巻いて食うのか。葉っぱなんて添え物だと思ってたが、口直しになるな。

 ミソとか言うのが、タレとはまた違った甘辛さだ。こっちの方が複雑なうま味がある。

 肉は、牛と豚と鶏。僕の世界の肉と比べると、どれも薄味だが悪くはない。

 ミソと一緒に葉っぱで巻くのは豚が旨いな。甘みのある脂が合う。


「このピンクの石ころはなんだ?」

「あぁ、これは岩塩ですね。おろし金で擦って粉にして、お肉に少しつけて食べるんですよ」

 なんだ、岩塩か。こっちの世界の岩塩はピンクなんだな。

 でも、自分で粉にするのか。こんなのは初めてだ。

「うん。うまい。塩だけも旨いな」

「お肉とごはんを一緒に食べるのもおいしいですよ」


 ごはんってのは、リブランの事だな。

 僕の世界にもパンはあったが、肉とタレには断然こっちだ。

 この世界のリブランは、ふんわりモチモチしていて嚙み心地がいいし、甘みと香りが良い。

 肉汁とタレが染み込んだところがたまらなく美味い。

 僕の世界のリブランはサラダや付け合わせだったが、これだけで食べても美味いんだから、異世界人が主食にするのもわかるな。


「それで? その敵さんと一緒にいるのが嫌で、そうだい君の家に?」

「そうそう。だから、僕はソーダイの家に行くって言ったんだ。それなのに、あいつ、僕の事をすっかり忘れやがって!」

「そうだい君は、ルネ君が熊楠さんのご友人と一緒に居たくないという事を、知っているんですか?」

 水を口に含むと、そこにも僅かだが柑橘の風味がした。

「……言われてみれば、知らないと思う」

「そうだい君に理由を説明して、もう一度ちゃんと泊めてほしいとお願いしてみてはどうでしょう? 彼は、納得すれば精一杯応えてくれる人ですから」

「そうなのか? でも『お願い』するのは嫌だな。僕がソーダイに?」

 僕の手が止まると、マエダは焼きあがった肉を僕の取り皿に移して、または新しい肉を焼き始める。

 僕は焼かれた肉にタレを回しかけ、まとめて口の中に突っ込んだ。

 口内が火傷しそうなほどの熱々の肉汁。タツキが食わせた揚げ肉もそうだった。

 こんなに熱い肉が、この世界では当たり前なんだな。


「ルネ君。ルネ君にとって、そうだい君は職場の先輩です。そうだい君が住んでいる場所は、そうだい君が働いて得たお金で借りて維持している場所ですよ。そこに泊めてほしいのなら、キチンと理由を説明して『お願い』するのが、かっこいい大人の所作だと思いませんか?」

 そうか。なるほど。そうかもしれないな。

 おじい様が重用していた執事も、自分の立場をわきまえていた。それでいて卑屈ではなく、おじい様に忠誠を尽くすことに誇りと信念を持っていた。

 だから、伯父上でも入れない、おじい様の寝室に立ち入ることを許されてたんだ。

 その立ち姿も、僕に跪いて頭を下げる姿すらかっこよかった。

「わかった。『お願い』してみる」

「それが、いいです」

『満悦』を称えた笑顔。こんな顔は初めて見たかもしれない。

 ちょっと胸の奥がこそばゆい。

 敵意を向けられているわけじゃないのに、なぜか逃げたくなる。

 僕はマエダの顔を見ていられなくて、肉の山に目線を落とした。


「……でも、どうだろうな? ソーダイはタツキの部屋に泊まりたがってるから。僕の事は邪魔に思ってるだろうし」

「おや、そうなんですか? ポテトもどうぞ。冷めちゃいますよ」

 冷めちゃうどころか、もうこれは温いな。このポテトも持ってきたばかりの時は熱々だったのかもしれない。カリっとした中にホクホクの芋。塩加減が丁度いい。

「そうだよ。あいつは自分がタツキと一緒にいたいんだ。だから、僕の事もユーゴの事もきっと邪魔に思ってる」

「そうだい君から聞いたんですか?」

「聞かなくたって、見てりゃわかる」

 恋愛感情なんだと理解すれば、案外わかりやすいからな。

 感情も、言動も。


「もしルネ君が、そうだい君から邪魔に思われてると感じるような雰囲気があったとしても、それは別の理由があっての事かもしれませんよ?」

「それは、ないな」

 あいつに視えたのは『焦り』と『興奮』、それに『恋慕』なんだから。

 あぁ、思い出すだけでムカつく。あいつ、『恋慕』から発展した『焦り』で横やり入れやがって。おかげで、話がうやむやになったじゃないか。

「おや、ルネ君はずいぶん、そうだい君の事をよく知っているんですねぇ」

「……まぁ」

 ヤバい。うっかり能力の事を喋るところだった。


「これは、私から話しちゃいけないことかもしれないですが、そうだい君は自分の事をあまり話したがらないですから……。まぁ、でも、いずれわかることでしょうし……」

「なんだよ? もったいぶるなよ」

「そうだい君はね、ルネ君と同じように熊楠さんが連れてきたんですよ。ある日とつぜん『今日からアルバイトとして雇うことになりました』と言われて、ビックリしました」

 マエダは僕がカレーライスを食ってる姿を見て、少し笑った。

 なんだよ。何が可笑しいんだ。

 ほら、笑うから肉を落とすんだ。

「ルネ君、ほっぺにカレーがついてますよ」

 そう言って、布で僕の顔を拭いた。

 食ってるんだから顔が汚れるのは当たり前だろう? いちいち拭いてたら食う時間が無くなるじゃないか。

「その頃のそうだい君も、ルネ君のように熊楠さんの部屋に泊まっていたんですよ。今のアパートを自分で借りて生活できるようになるまで、一年ちょっとかかったかな? だから、そうだい君はルネ君の事を一番理解してくれると思います」

「そういうものなのか?」

 このカレーの汁も少し冷たくなってるな。これは温かいほうがうまいんだ。

 あとで、また取ってこよう。


「似た経験をするという事は互いを知る上でとても重要です。そういう意味で、そうだい君とルネ君はとても良い仲間になる可能性があるという事です。それに、そうだい君はルネ君に親愛のようなものを感じているんじゃないかと思いますよ? 私にはそんな風に見えます」

 これは……、マエダも僕と同じスキルを持ってるんじゃないか?

「マエダもクレアエンパシーが使えるのか?」

「クレア……なんですか?」

「だから、相手の感情を目で視ることが出来るんじゃないのか?」

「いやいや。そんな超能力みたいなものはありませんよ。ただ、経験からの憶測というか。長く接客業をやってるとね、人を観察して想像する癖がつくんです。この人はどんな人なんだろう? いま何を考えてるだろう? 何をしたら喜んでくれるだろう? 何を言ったら怒るだろうか? そんなことを、相手を観察しながらずっと考えているんです。その人の髪形や服装・持ち物から、目線や手の癖や体の動かし方まで見えるところは全て見ます。喋り方や発声の仕方にも性格が出ますね。もちろん、憶測が外れることもありますし、当たることもあります。それを繰り返していくと、当たりやすくなるというか……。まぁ、本当の事は本人にきかなくちゃわかりませんが、想像通りの結果が得やすくなっていくんですよ」

 スキルってわけじゃないのか。

 僕はスキルで感情を視認できるけど、だからといって何を考えてるのかはわからない。

 何を考えて、何をすれば、喜ぶか、怒るか、想像する。

 たぶん、それが出来ればスキルを使いこなす事になるんだろうな。


「僕はどう見える?」

 マエダは一瞬固まって、すぐに解けた。

『驚嘆』『喜び』『期待』なんだか、変な感情だな。

 何を驚くことがあった? 喜びとか期待とか、なぜこのタイミングで出てくる?

「なにか驚くことがあるか?」

「いえ。こういった話をしたときに、自分はどう見えるのか? と聞かれたことが今までなかったものですから。少しビックリしました」

 そうか。普通は自分の感情やら思考やらが知られているなんて気味が悪いだろうからな。

 マエダは「ほら、当たらないでしょ」と言い訳をしながら、また肉を焼いた。


「僕にもできるか? その、観察して想像するって」

 マエダの顔に『歓喜』が揺らぐ。

 やっぱり僕には『なぜその感情が出現するのか』がわからない。

「そうですね。安易に出来るとは言えませんし、出来ることが良いという訳でもありませんが……。ルネ君が望んで努力をすれば、得られるものはたくさんあると思いますよ」

「そうなのか?」

「一つアドバイスをするなら、……そうですね。『何を考えているんだろう?』と考えるよりも、『いま自分が何をすれば相手が喜ぶだろう?』と考えて実行してみることです」

「僕が喜ばせてやんなきゃいけないのか?」

「『その人が何に喜びや怒りを感じるのか?』を知れば、何を考えているのかがわかりやすくなります。怒らせるのも方法のひとつですが、喜んでくれれば心の内を話してくれることもある。喜ばせるという表現が媚びるようで抵抗があるなら、メリットを与えると言い換えてもいい。要は、相手のために何かをやってみる。そして、どんな反応を示してくれるのか? を観察すること。難しいのは、自分が思う『相手のため』と、相手が望むことが必ずしも一致しないところですが……、ルネ君は勘がいいですからきっとすぐに出来るようになりますよ」

「そっか」

 相手のためになんて、今まで考えたこともなかったな。

 いや、おじい様のために、一族のために、それは考えてた。

 でも、うまくいかないのは、僕がスキルを使いこなせなかったからなのか? それとも、僕が思う『おじい様のため、一族のため』が、間違っているのか?

 どちらにせよ、僕が未熟だって事か。


「あと、先ほどの質問の答えですが、私から見たルネ君は、とても責任感が強く、勤勉で、向上心があるように見えます。そして、きっと優しく賢い」

「そうなのか? 自分がどう思われてるかなんて、よくわからないな」

「では、私はどうでしょう? ルネ君から見て、どんな人間に見えますか?」

 う~ん……。

 大きな『期待』と、『親愛』、『愛護』。

 これらが全部、僕に向けられている物だとすれば……。

「おじい様みたいに見える」

「そうですか!」

 マエダはトングを置き、これまで以上の笑みを浮かべた。

 僕のおじい様が見せたことがない笑顔だ。おじい様はいつも辛そうな表情をしていた。

 僕にもっと力があって、おじい様の助けになれていたなら、こんな風に笑ってくれたんだろうか?


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