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第十二話 レジ研修

「じゃ、じゃあ、レ、レ、レジの使い方を教えますね」

 そう言いながら、アイは僕を直視するのを避けているようだ。

『緊張』『高揚』『興奮』。そして、それを抑制する感情の動き。

 本当に奇妙な奴だ。

 平静を装っているようだが、目は泳いでいるし、無駄な動きが多いし……。

「こ、この鍵のい、位置が、と、『登録』になってるのを確認して、……します!」

 どもるし。

「トーロクがわからん」

 最初に「わからないことがあったら聞いてください」とか言うから聞いてんのに「ひゃっ」

とか言うな。

「は、は、はい! えっと、えっと『登録』はですね、こ、この左下から数えて……三個目の、ここです。この位置に、カ、カギを合わせて。しょ、しょ、商品の値段シールに書いてある数字を……入力します!」

「ニューリョクってなんだ?」

 だから、いちいち『ひぃ!』とか言うんじゃない。

 アイが本に顔をうずめながら喋るから、何を言ってるのか聞き取りずらいんだ。

 よけいな奇声をはさむな。

「にゅ、にゅーりょくとは、ですね? このキーを押して、え、液晶部分……ここ‼

 この黒いところです! ここに表示~……表示はわかりますか?」

「わからん」

 正直、お前の奇天烈な動きと喋り方が気になって、何もわからん。

「……OKです! だいじょーぶ! 何の問題もありません! 無知な俺様ショタ、ぜんっぜん有りです! えぇ~『表示』ですよね、『表示』とは? 表し示す! とは? あぁ~えぇ~……」

「お前が何を言ってるのか、わからないんだ。とりあえず、やってみろ。マネするくらいできるから」

「は、は、は、はい! じゃあ、えぇっと~、このお団子を買う人がいたとしますよ? あ、別にお団子じゃなくてもいいんですよ? ただ、たまたま! ここにお団子があってですね。私がお団子を好きだからというわけではなく、いえ、けして嫌いではないんですよ? むしろ好きっていうか、三兄弟ヤバすっていうか、三兄弟×三組とかトライアングル重なりすぎて、もはや万華鏡か? っていうか……」

「で? トーロクがニューリョクでヒョージなんだろ?」

『興奮』の周囲を『愉悦』がクルクル回ってるのが気持ち悪いんだよなぁ。

 サキュバスのチャームに魅了されてる時のオッサンみたいだ。

「そうです、そうです。登録、入力、表示でした。お、お、お団子のケースに貼ってあるこの値札シールに、す、数字が書いてあります。この数字と同じ数字のキー……ボタンを、左から順に押していきますね。2・4・0。そして、こ、この商品の種類が書かれたボタンを押します。お団子は『日配』のボタンです」


 また新しい単語が出たな。

「ニッパイ?」

「あ、あ、あぁ、……すみませぬ! 日配がわからないですよね? ついつい専門用語を使ってしまい大変遺憾でござります! 日配、とは! 毎日お店に納品される品物の事です。『納品』は……おわかりいただけますでしょうか?」

「売るための物が店に届く事だろう。それくらい知ってる。バカにしてんのか?」

「は! とんでも! バカにするなどと、とんでもござりません! さすがでございまする。このお団子は市内の和菓子屋さんから毎日新しい物がお店に届きます。ね、ね、値札シールの数字の横にアルファベットが書いてありますね? この、このアルファベットと同じものが書いてある部門キー、ボ、ボ、ボ、ボタンを押せば大丈夫です。はい! この黒いところに、『ニッパイ 240』と出ました。こ、このボタンを押すのが『入力』でございまして、黒いところに押したものと同じ内容が出るのを『表示』。にゅ、入力して表示されることにより、このレジ君は『日配の240円の商品を一つ売る』という事を、覚えたというわけなのであります。レジ君に何を売るのかをボタンで教えて、覚えたかを表示で確認する。こ、これが『登録』というのです!」

『自負』『達成感』『満悦』

 いやいや、お前、何もしてないだろう。

 何をやり切った気でいるんだ。

「わかった。要するに、このレジとかいう魔具は何をいくらで売ったのかを記憶させる魔具なんだな?」

「ザッツライト! でございます!」

 いちいち慇懃無礼なほどの丁寧口調が癪に障るな。

 ソーダイやマエダの方が、まだ言う事がわかりやすいんだが、なぜアイに教えられなきゃならないんだ。

 こいつ、これまで見た異世界人の中でもダントツに意味不明な言動ばかりで、あまり関わりたくないんだよなぁ。

「こんなことまで魔具に頼るのか。記録なんて紙に書けばいいのに」

「いえいえ、ルネさん。レジ君の実力はこんなものではござらぬよ? た、例えば、このお団子の他にも商品を……このロリポップキャンディーを買ったとしますね? あぁ! 別にロリポップキャンディーじゃなくても! けして、けっして、私が甘ロリ派とかいうわけではなく!」

「そういうのはもういいから、先に進めろ!」

「こほん。と、取り乱しまして、失礼いたしました。さき、先ほどお団子の金額と部門を『入力』して、このお団子を一点売るという事を『登録』いたしました。つ、続いて、ロリポップキャンディーの金額と部門を入力します。で、では! ルネさん、やって……みますか?」

 早口でまくし立てるようにしゃべったかと思えば、どもるし、ロリポップなんちゃらを差し出す手は震えてるし、本の上から見開いた目が血走っていて、魔物そのものだな。

 その骨ばった手といい、白く乾燥した肌といい、ちょっと新鮮なグールってところか。

 ずいぶん元気なグールがいたもんだ。



 レジという魔具の操作自体は、そんなに難しくもなかった。

 商品の金額を自動計算するのが、なかなか面白い。

 ショーヒ税という税金が2種類あるのに、別々に計算しなくてもレジを使えば一気に計算できる。

 まぁ、僕はこんな魔具に頼らなくても計算くらいできるけどな。

 ボタンに書いてある文字は読めなくても、形で覚えればどうにかなる。

 アイが隣で凝視しているのは居心地が悪いが、何回かの練習でスムーズに操作できるようになった。

 所詮は人間が使う魔具だからな。僕には簡単すぎたな。


「ルネ君、今日はそろそろ上がりの時間ですよ」

 マエダが遠くから声をかける。

 どうやら、僕の恐ろしさに気づいたらしく、マエダの顔には大きく『忌避』が立ち上っている。僕がヴァンパイアであることには気づいてないはずだが、年寄特有の勘か何かで僕を異質なものと感じ取ったのだろう。

 僕の訓練をアイに押し付けて近寄ってこなかったのは、きっとそのせいだ。

 僕と対峙した人間は『恐怖』と『忌避』が交差する。それが当たり前の人間の感情だ。

 ここでまともなのはマエダだけだな。マエダの顔だけは見てて安心する。

 ……ちょっと、おちょくってやるか。


 僕は商品棚の奥に隠れていたマエダに近づいた。

「おい、マエダ! 僕はレジなんてとっくにマスターしたぞ。しばらくレジの練習だけさせとくつもりだったんだろうが、残念だったな!」

「そうですか! それは良かった。やっぱりアイちゃんに任せて正解でした」

 ……? ん? なんでこいつ笑ってるんだ?

『安堵』『喜び』『期待』『興味』

 おかしな感情変化だな。

 てっきり僕の有能さに恐れおののいてひれ伏すかと思ったんだが……?

「では、熊楠さんから特別な指示がなければ、次回もレジをお任せしようかな? ルネ君は力が強いから倉庫業務の方が向いてるかと思ったけど、機械も得意なのは頼もしいですね」

「お、おう」

 なんだ、わかってるじゃないか。

『畏怖』に転じるんじゃなくて『畏敬』になるタイプか。

 それにしては『尊敬』や『敬意』が現れないんだよな。

 まぁ、いいか。そのうち思い知るだろう。

「ルネさんは、しばらくは熊楠さんの部屋に泊まるんですよね?」

「いやいやいや、僕はソーダイの家に行く」

「え? そうだい君はもう帰りましたよ?」

「は?」

 帰った⁉ あいつ、この僕に断りもなく勝手に帰っただと⁉

「ソーダイの家はどこだ⁉ あいつ勝手に僕を置いていきやがって‼」

 背後でアイが「ふぅん」と声を漏らして、何やらクネクネ悶えている。

「あぁ、聞いてなかったんですね。そうだい君は、今日は夜勤もあるので、早上がりだったんですよ。でも、今夜からそうだい君も熊楠さんの部屋に泊まるんでしょう? 荷物を取りに帰るんだって言ってたから、熊楠さんの部屋で待ってれば戻ってきますよ」


 ガタンッ‼ 


 アイが大きな音を立ててカウンターに突っ伏した。

 もう、いい。アイの行動をいちいち気にしてたら身が持たん。あれはグールだ。グールがのたうち回ってるだけだ。そういう事にしておこう

「ルネ君、熊楠さんの所に行きづらいなら、ちょっと私と食事に行きませんか? 私ももう仕事上がりなので、よかったら御馳走しますよ」

 マエダがエプロンを外して笑いかける。

『興味』『期待』『心配』

 ん? 『心配』? 僕の事を心配してるのか? なんでだ?

 まぁ、いいか。『忌避』はすっかり消えているし、『興味』に『期待』が伴っていると『崇拝』に転じやすい。

 しかも飯を奢りたいとは、こいつなかなか見込みがあるな。

「わかった。おごられてやる。どこへ行けばいいんだ? デマエか?」

「いえ、ちょっと遠いですが、街へ出ましょう。熊楠さんには私から伝えておくので、エプロンを取ったらイートインスペースで少し待っててください」

 マエダは腰をかばいながら立ち上がると、カウンターへ向かっていった。

 エプロン……、ジムショにでも置いとけばいいか。


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