彼女の知らない彼らの話『対すとーかー抗戦記~中継ぎ王の場合~』
ギチリ、ギチリと、音がする。
彼にしか聞こえない、軋みの音が。
これ程真剣に魔法を使うのは聖戦以来かもしれない。
彼は死んだ魚の目になりながら、そんなことを思った。
現在進行形で、魔法の展開を行い続けているが、手加減しているせいか、短時間で復活する者ばかりで徒労感ばかりが募る。
それは相手が不死者だというわけではなく、元々体力値が高いことに加え、第一級の装備品を身に纏っているせいであろう。
彼が、相手側に問い詰めたいことは山ほどある。
……第一に、何故(相手側曰く)勧誘を、魔物用の重装備で行うのだろうか?
相手側の『ししょー』という分類項目にどのような説明がつくのか、知りたいような、知りたくないような、何とも言えない気分に彼はなっていた。
今彼を襲撃している集団は、ある意味暗殺者よりも性質が悪かった。
好意を向けられているのも、多大なる尊敬を受けているのも分かる。
——ただ、その行動はひたすらに迷惑だ。
言わせてもらえば、四六時中監視されていて心地良いと思う神経は、彼にはないのだ。
彼の才が惜しいと、彼等は主張する。
けれど、彼は別に望んでその才を持った訳ではない。
彼が王に向いていない、と彼等は言う。
……それが事実だと、彼は知っている。
——ギチリ、ギチリと音が聞こえる。
それは、彼にしか聞こえない、過去の残響だ。
部屋の隅で、義理の妹が必死に彼が展開する魔法の陣を書き写しているのを見て、彼は苦笑を溢した。
互いに歪みを引きずりながらも、お互いを思いやろうと努力する異母弟夫妻は、確かに彼の救いなのだ。
ふと、彼の脳裏に、軋みを上げながら揺れる躰が、ちらついた。
――未だに彼を貫く罪を償う術は、永遠に断たれている。
いくら己の罪を贖いたくとも、贖罪の対象はもうどこにもいない。
王の役目は、より少数を切り捨て、より多くを生かすことだ。
王としての生が続く限り、理不尽ともいえる選択は続く。
だから、切り捨てたモノに、いつまでも囚われていては、身が持たない。
それを知って、それでも囚われ続けることを選んだ彼は、確かに王としての適性は無いのだ。
——彼が家族以外で産まれて初めて愛し、愛してほしいと願った人は、彼の目の前で命を絶った。
聖戦の折、敵国へと寝返った、国境付近の町で生まれ育った娘。
臣下と共にその町へ潜入していた彼は、敵軍を屠ることを優先したせいで、彼女が壊されるのを止められなかった。
——人を殺すのは得意なくせに、愛する者を守ることは上手くできない。
彼の血統に下された評価は、そのまま彼にも当てはまっていた。
——ギチリ、と。
幻でしかない音が、今でも彼を詰っている。
魔法の、ひいては人を殺す才能しかない彼に、聖戦で疲弊した国を立て直す才覚は無い。
彼が出来ることは、中継ぎの王として、今あるものを取りこぼすことなく、次代の王へと渡すことだ。
確かに、彼の適性と、選んだことは合致しない。
それでも、自ら掴んだ選択を、外野からの妨害で取りこぼしたくはなかった。
——そうでなければ、強いわけでもない彼は、切り捨てたモノたちの意味を見失ってしまうから。
*擦り切れ果てるまで歩き続けられることが、彼等の強みで、哀れなところ。




