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ただ、一輪の花を  作者: 詞乃端


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13/15

彼女の知らない彼らの話『対すとーかー抗戦記~王鞘の場合~』

*子供に対する虐待の表現があるため、注意してください。

 がらんとした薄暗い部屋。

 その中にぽつんと置かれた、寝台の上に、小さな子供が転がっていた。

 赤銅色の癖のある髪と同色の瞳はどことなく虚ろで、明り取りの窓から差し込む光に、茫洋とした眼差しを向けていた。

 体の中から響く、絶え間のない痛みが子供を襲う。

 体中の骨を砕かれた故に、子供は碌に動けやしない。

 苦痛への耐性を養う為に、本来治癒魔法を使うべきところを、必要最低限の手当を施すのみで、子供は放置されている。

 空虚な瞳に、涙はない。

 ——子供の耳には、生温い、と(わら)う女の声が残っていた。


 それでもなお、戦え、と——。


 その首を()ねるまで。

 その命を刈り取るまで。

 ——()()れし、と望まれた刃。


 子供は、剣になる途上の研磨の最中に在った。


 大の男ですらのた打ち回る激痛の中、時間は曖昧に流れていた。


 不意に、存在を忘れ去られていた扉が、音も無く開く。

「ヘンアン」

 声変りしたばかりの掠れた声は、労りに満ちていた。

 そっと子供の頭を撫でる掌は、温かく優しい。

 子供を産んだという女とは、酷く異なる手であった。

「わがきみ」

「無理はしなくていい」

 痛ましげに子供を見る少年の瞳は、微かに濁っている。

 少年は不恰好な眼鏡で視力を矯正しているものの、裸眼では光の判別程度しかできないらしい。

 自分をそんな状態にした相手に対し、けれど、少年は怒りも憎悪も見せたことがない。

 ただ、相手との間にある決定的な断絶を、悲しげに眺めるだけ。

 子供は、少年のその表情が嫌いだった。

「——がんばる」

「お前は頑張りすぎだよ。ヘンアン」

 困ったように微笑む少年。

「もう少しぐらい、休んでも罰は当たらない」


 ちがう。

 違うのだ。

 擦り減らしているのは少年の方だ。

 早く、一刻も早く子供が手を伸ばせるようにならなければ、——きっと、いなくなってしまう。


「わがきみも、にげても、いいとおもう」

 子供の言葉に、少年は虚を突かれたように目を(みは)った。


「……逃げられないよ……」

 長い沈黙の後、呟くように少年は言った。


 いずれ担う、重責からか。

 生まれながらに背負った、宿命からか。


 ——彼等は何も言わずに、いなくなる。



 ——まって。

 待って。

 ……頼むから——。


「がんばる」


 早く、強くなるから。

 頭を撫でる温もりが消え去る前に。

 この掌が届かなくなる前に。


「がんばるから」


 遠くに行くなら、せめて、一緒に行ける様に。

 だから、もうこれ以上悲しい顔をしないでほしい。

 ……どこか遠くへ、逃げていいから。


 ……どうかどうか、いなく、ならないで——。


 ***


 ——ほんの一瞬だけだが、白昼夢を見たらしい。


「ええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~っ?!?!?!」

 素っ頓狂な声をあげて飛んでいく痴れ者を見て、ようやく自分が反射的に殴り飛ばしたことに気がついた。

 害虫以上にしぶとい集団であるから、景気よく飛んで行ってもすぐさま復活するだろうが。

 殴った相手はかなりわざとらしく『新たな幻術を喰らえっ!!!』などと叫んでいたから、恐らく先程の白昼夢はかけられた幻術とやらのせいだろう。

 生憎と、血統的に、彼は呪術やそれに似通った精神系の魔法への耐性は極めて高い。

 その為、通常ならば悪夢に囚われ身動きが取れなくなる程の幻術であっても、彼の場合は一瞬の白昼夢で済んでいた。

「ししょーっ!!!」

「おのれ、ヒト型最終兵器~っ!!!!!!」

 奇声を上げたり雄叫びをあげたりと、大騒ぎを継続する魔法馬鹿集団に、正直頭が痛くなる。

 そもそも、彼の主君の魔法に関する才は、他と共有できる類の境地にはないのだ。……だから、むしろおーけー目標は身近で高い方がいいよね☆と、目を爛々と輝かせながらのたまった相手は紛う事なき変人だ。

 魔法馬鹿集団は変態的と評しているが、主君の能力は、彼が知る限り主君の次に優秀な魔導士をして、キチガイと言わしめたものである。

 ——一国を滅ぼすだけなら簡単だし、その後が面倒だからやる意味を見いだせないと、真顔で言い切る存在がそこら辺に転がっていたらたまらない。

 主君や世界を彷徨う人外は兎も角、そんな者がいたら即刻排除しなければ彼は安心できない。


 主君を害されたら困るのだ。


「とりゃ~っ!!!」

 気が抜ける叫び声と共に、周囲から隙間なく白い球体が彼に襲い掛かった。

 彼が身体中に仕込んでいた暗器で叩き落としたそれは、言うなれば、強力な鳥もちである。

 勿論、受けてしまえば、その強力すぎる粘着力のおかげで身動きなどとれなくなる。

 彼は以前、魔法馬鹿集団の鳥もち攻撃に巻き込まれた使用人が、一週間ほど行動不能になってしまったのを目撃している。

「——っ! このっ!!」

「!!!!!っ れっとかーどぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっ!!!!!!!!!!」

 僅かに殺気を見せた一人が、背後から跳び蹴りを見舞われたのを皮切りに、周囲の者達から袋叩きにあっていた。

 幻術に鳥もち魔法、挙句の果てには巨大な虫捕り網やら投げ縄やらを装備と、見るからに捕獲する気満々な魔法馬鹿集団だが、最期の一線は守るつもりであるらしい。

 彼はそれを、少しばかり口惜しく思う。

 る気があるなら、被害を受ける前に殺しつくすまでだ。

 けれど、その口実がなければ、魔法馬鹿集団を駆逐できない。

 誠実には誠実を。害意には害意を。

 彼はその存在意義のために、鏡のように振る舞うことを己に義務付けている。

『この世に顕現した地獄』とも謳われる、故国の壮絶な環境故か、魔法馬鹿集団の危機察知能力はいっそ天晴と思うほどに高かった。

 ついでに言えば、この魔法馬鹿集団、常日頃は好き勝手にてんでバラバラな行動しているくせに、何故かいざというときには意味不明な団結力を発揮する。

 今も袋叩きにした者を手際良く簀巻きにして、瞬く間に構築した転移用の魔法陣の中に放り込んでいる。

「いっくぞ~っ!!!」

「お~っ!!!!!!!!!」

 無駄にやる気十分な魔法馬鹿集団に、彼は理不尽なものを感じた。

 ……今すぐ妻の頭を撫でたい。

 妻の頭を撫でると、吊り目気味の彼女が猫のように目を細めて体を彼にすり寄せてくる。

 主君は兎も角、他の者が近づいて来るのは彼にとって警戒心を呼び起こすものだが、妻のそれは癒しだと最近気が付いた。

 主君の心労の元であるだけではなく、妻を怯えさせた魔法馬鹿集団に対する、彼の心証は生涯最低を更新し続けている。

 はっきり言ってこの集団の存在すら赦し難い。しかし、大騒ぎする割には国益を大きく損ねるところまでいかず、逆に何かと役立つ献上品を必ず持参してくるので、ひたすらにやりにくい。


 ——とりあえず目の前の集団をさっさと片付けようと、彼は愛用の三節棍を構える。


 この騒動が集結したら、気晴らしに三人でどこかへ行こうと考えながら。


王鞘の苦手なもの:何かと鬱陶しい癖に、主君への好意・尊敬は100%、国の利益になるので抹殺しない方が得な相手。

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