第95話 合同実習の班分けが発表されたんだが、どうして俺が一番心配されているんだ?
合同実習の追加説明を受けた翌朝、王立魔法学院の第三組では、いつもより早く教室へ来る学生が目立っていた。
窓の外には薄い雲が広がっていたが、雨の気配はなく、中庭を囲む木々の枝が穏やかな風に揺れている。教室の後方では数人の学生が机を寄せ合い、昨日の説明を書き留めたノートを見せ合っていた。
俺は鞄を机の脇へ置き、窓際に立っているエリオットへ声をかけた。
「おはよう。今日は早いな」
「おはよう、シュウ。僕も今来たところだよ。掲示板に新しいお知らせが出ていたから、少し見てきたんだ」
エリオットはそう言って、手に持っていたノートを開いた。
そこには、合同実習に関する簡単な連絡事項が書き留められている。
「実習の班分けについて、今日の朝の連絡で説明があるみたいなんだ。掲示板には、詳しいことは担当の先生から聞くようにって書いてあったよ」
「そうなんだ。じゃあ、いよいよ具体的に動き始めるのか」
「うん。ただ、実習そのものの日程や場所については、まだ掲示されていなかったから、そこは先生の説明を待つしかないね」
俺は頷いた。
昨日の説明では、複数の確認地点を設け、そこで得られた情報を整理しながら行動するという話があった。
けれど、具体的な班の組み合わせや、どのような状況が与えられるのかまでは分かっていない。
だからこそ、今日の発表には少し期待していた。
(……まあ、できればあまり目立たない役割がいいんだけどな)
《マスター。合同実習における役割について、希望があるようですね》
(うん。できれば普通に協力して、普通に終わりたい)
《承知いたしました。では、旧設定に存在する《絶対統率王》の使用は推奨いたしません》
(そもそも、そんな能力が今使えるとは限らないだろ)
《はい。なお、当時の設定では、マスターが存在するだけで周囲の者が最適な行動を理解し、完全な連携を実現することになっております》
(……それじゃ実習の意味がないじゃないか)
《当時のマスターは、それを究極の指導力と考えていたようです》
俺は心の中でため息を吐いた。
前世の俺は、どうして何でも自動的に解決する能力ばかり考えていたのだろう。
今の俺には、仲間と相談しながら進める方がずっと面白く思える。
そんなことを考えていると、教室の扉が開き、フィン・ラデルが勢いよく入ってきた。
「おはよう! なあ、聞いたか? 今日、合同実習の班分けが発表されるらしいぞ!」
その声に、近くの学生たちが振り返った。
フィンは少し興奮した様子で俺たちのところへ来ると、机へ両手をついた。
「どんな組み合わせになるんだろうな。俺、ちょっと楽しみなんだよ!」
「フィン、まだ発表されてないんだから、あまり騒がない方がいいと思うよ」
後ろから入ってきたユリウス・ベルンが、落ち着いた声で注意した。
フィンは少し照れたように笑った。
「分かってるって。でも、こういうのって気になるだろ?」
「気になるのは分かるけどね。班分けだけで全部決まるわけじゃないし、まずは先生の説明を聞こう」
ユリウスはそう答え、隣の席へ鞄を置いた。
そのやり取りを見ながら、俺は自然と笑ってしまった。
フィンは相変わらず元気だが、以前より周囲の意見を聞くようになっている。
ユリウスも、ただ注意するだけではなく、相手の気持ちを理解したうえで言葉を選んでいるように見えた。
そんな二人の関係が、少し羨ましくもあった。
◇
朝の連絡が始まると、リディア・フェルン先生は教室の前へ立ち、黒板へいくつかの項目を書き込んだ。
「皆さん、おはようございます。今日は、合同実習に向けた班分けについて説明します」
教室の空気が、少しだけ引き締まった。
学生たちは姿勢を正し、先生の話へ耳を傾ける。
「今回の合同実習では、普段の授業で使用している班とは別に、実習用の協力班を編成します。ただし、これは合同実習のための一時的な編成です。普段の班が変更されるわけではありません」
俺はその説明を聞き、少し安心した。
普段の班まで変更されるとなれば、授業や実技での連携にも影響が出るかもしれない。
けれど、今回の班分けはあくまで合同実習のためのものらしい。
リディア先生は続けた。
「協力班は、異なる班の学生が一緒に行動することを前提としています。普段から同じ相手と組んでいる人だけでなく、別の班の学生とも情報を共有し、役割を分担する練習をしてもらいます」
その言葉に、フィンが少しだけ身を乗り出した。
俺も興味深く話を聞いていた。
以前の救助訓練では、俺たち六人が一時的な訓練班として行動したことがある。
そのときは互いの得意なことをある程度理解していたため、役割分担も比較的スムーズに進んだ。
けれど、今回の合同実習では、普段あまり話したことのない学生と協力する可能性もある。
そうなれば、情報の伝え方や役割の決め方も変わってくるだろう。
「なお、今回の班分けでは、魔法の得意分野だけでなく、記録や判断、周囲確認などの役割も考慮しています。特定の学生へ負担が集中しないよう、互いに協力してください」
先生はそう言って、用意していた紙を取り出した。
教室のあちこちから、小さな緊張の気配が伝わってくる。
俺も思わず背筋を伸ばした。
そして、リディア先生は順番に名前を読み上げ始めた。
◇
最初に発表されたのは、普段の第二班と第四班の学生を組み合わせた協力班だった。
俺は自分の名前が呼ばれるのを待ちながら、先生の声へ耳を傾ける。
「シュウ・アルヴェイン、エリオット・ファーレン、ミリア・ハーゼン、セシリア・ノール、フィン・ラデル、ユリウス・ベルン」
その六人の名前が続けて呼ばれた瞬間、俺は思わずエリオットと顔を見合わせた。
「……あれ?」
フィンが小さく声を漏らした。
俺たち六人は、以前の救助訓練でも一緒に行動したことがある。
今回も同じ組み合わせになるとは、少し意外だった。
リディア先生は学生たちの反応を見て、説明を加えた。
「この協力班については、以前の救助訓練で一定の連携が確認できています。ただし、今回の合同実習では、ほかの協力班との情報共有も必要になります。身近な仲間だけで完結しないようにしてください」
なるほど。
同じ六人で行動するからといって、前と同じことをすればいいわけではないらしい。
むしろ、今回は別の班とのやり取りが重要になるのだろう。
俺は少し安心しながらも、先生の言葉をノートへ書き留めた。
隣ではエリオットが静かに頷いている。
フィンは嬉しそうな表情を浮かべていたが、すぐに真剣な顔へ戻った。
「よし。今回はちゃんと周りと連携するぞ」
その小さな呟きに、ユリウスが微笑んだ。
「そうだね。前の訓練でできたことも、今回の状況では通用しないかもしれないから、確認しながら進めよう」
フィンは頷き、先生の説明へ意識を戻した。
その様子を見ながら、俺は少しだけ胸が温かくなった。
仲間たちと一緒に行動できることは、やはり心強い。
けれど、今回の目的は、ただ仲のいい相手と協力することではない。
別の班とも情報を共有し、状況に応じて判断すること。
そのためには、俺たち自身がしっかり準備しておく必要があるのだろう。
◇
班分けの発表が終わると、リディア先生は合同実習に向けた準備について説明を続けた。
「各協力班には、事前に簡単な打ち合わせをしてもらいます。ただし、実習の具体的な状況は当日まで知らせません。今の段階では、互いの得意分野や、情報を伝える際の方法について話し合ってください」
先生はそう言って、黒板へ新しい項目を書き加えた。
『情報共有の方法』
『役割変更の判断』
『安全確認の手順』
俺はその三つの項目を見ながら、昨日の授業を思い出した。
位置確認の練習では、自分が感じ取った魔力反応をエリオットへ伝えるとき、最初は歩幅を基準に説明してしまった。
けれど、歩幅は人によって違う。
共通の目印を使うようにしたことで、ようやく正確に伝えられた。
今回の合同実習でも、同じようなことが起こるかもしれない。
自分では分かっているつもりでも、相手には伝わっていないことがある。
だからこそ、確認する必要がある。
「また、魔導具を使用する場合は、事前に状態を確認し、異常があれば担当教員へ報告してください。安全確認を省略して使用することは認めません」
その言葉に、俺は少しだけ緊張した。
昨日、セレナ・ヴァイス先生から聞いた標的装置の追加情報が、頭をよぎったからだ。
同じ型の装置で、似た放出時間の遅れが報告された記録が一件見つかった。
けれど、測定条件が十分に残っておらず、原因はまだ分かっていない。
俺自身の魔力についても、今後追加の比較を行う予定だと聞いている。
そのことを考えると、合同実習で魔導具を使う可能性があるという説明には、少しだけ落ち着かない気持ちになった。
(……まあ、まだ何を使うかも決まってないんだし、今から心配しても仕方ないか)
《マスター。現時点で、合同実習に使用される魔導具と以前の標的装置との関連は確認されておりません》
(そうだな。分かってるよ)
《また、マスターの魔力が異常の原因であると断定する情報もございません》
(うん。だから、今は先生たちの確認を待つしかないんだよな)
俺は心の中でそう答え、ノートへ視線を戻した。
アルカディアは、それ以上何も言わなかった。
普段なら黒歴史の設定を持ち出してきそうなところだが、今回は珍しく静かだった。
そのことが少しだけ不思議に感じられた。
◇
午前の授業が終わると、俺たち六人は食堂の一角へ集まった。
昼食を取りながら、合同実習に向けた最初の打ち合わせをするためだ。
食堂には学生たちの話し声が広がり、食器の触れ合う音があちこちから聞こえてくる。
窓際の席には明るい陽射しが差し込み、外では風に揺れる木々の葉がきらきらと光っていた。
「いやあ、また六人で組めるとは思わなかったな!」
フィンが嬉しそうに言った。
「そうだね。でも、今回はほかの協力班との情報共有もあるから、前と同じようにはいかないと思うよ」
ユリウスがそう答えると、フィンは頷いた。
「分かってるって。だからこそ、ちゃんと準備しようと思ってるんだよ」
その言葉に、セシリアが微笑んだ。
「そうね。前の救助訓練で学んだことも活かせると思うけど、今回は新しいことも多そうだもの」
ミリアも小さく頷いた。
「……私、情報を記録する役割なら少し自信があるかもしれない。でも、ほかの班へ伝えるときには、もっと分かりやすく説明できるようになりたいな」
俺はその言葉を聞き、ミリアへ視線を向けた。
彼女は以前より、自分の考えを言葉にすることが増えている。
それでも、慣れない相手へ説明することには少し不安があるらしい。
「ミリアの記録はいつも丁寧だから、きっと役に立つと思うよ。伝えるときも、最初から全部完璧に説明しようとしなくていいんじゃないかな」
俺がそう言うと、ミリアは少し安心したように微笑んだ。
「……ありがとう、シュウ」
エリオットも頷いた。
「僕もそう思う。分からないところがあれば、相手に確認してもらえばいいし、必要なら説明を変えればいいんだから」
俺たちはそう話しながら、少しずつ役割について考え始めた。
フィンは魔法を使う場面で力になりたいと言い、ユリウスは状況を整理する役割に興味を示した。
セシリアは安全確認や負傷者への対応が必要な場合に協力したいと話し、ミリアは記録と情報整理を担当してみたいと考えているらしい。
エリオットは、周囲の状況を確認しながら情報をまとめる役割が向いているかもしれないと言った。
そして、自然と全員の視線が俺へ向いた。
「……え?」
俺は思わず箸を止めた。
フィンが笑顔で口を開いた。
「シュウはやっぱり、魔法を使う場面で頼りになるよな!」
「いや、ちょっと待て。まだどんな魔法が必要になるかも分からないだろ?」
「それはそうだけどさ。シュウって色んな属性を使えるし、魔力の調整も上手いじゃないか」
フィンは悪気のない表情でそう言った。
ユリウスも少し考えるように頷いた。
「確かに、シュウの対応力は高いと思う。ただ、特定の役割を最初から任せきりにするのは避けた方がいいね」
俺は内心でほっとした。
ユリウスがそう言ってくれたことで、話が少し落ち着いたからだ。
「そうそう。俺も、できることはやるけど、全部一人でやるつもりはないよ」
俺がそう答えると、セシリアが穏やかに微笑んだ。
「そうね。シュウが頼りになるのは分かっているけど、だからこそ、無理をさせないようにしたいわ」
その言葉に、俺は少し驚いた。
「……俺が無理するって?」
「ええ。シュウは自分でできることが多いから、つい一人で何とかしようとすることがあるでしょう?」
セシリアは責めるような口調ではなく、心配するようにそう言った。
俺はすぐには答えられなかった。
確かに、今までの実技でも、自分が動けば解決できそうだと思った場面はあった。
けれど、それが必ずしも正しい判断とは限らない。
以前の救助訓練でも、周囲の安全を確認しながら、みんなで役割を分担することが大切だった。
「……そうだな。気をつけるよ」
俺がそう答えると、セシリアは少し安心したように微笑んだ。
その横で、ミリアも小さく頷いた。
「……私も、シュウが一人で頑張りすぎないように、ちゃんと周りを見ていたいな」
俺は思わず苦笑した。
どうやら、みんなから頼りにされているだけではなく、少し心配もされているらしい。
(……俺、そんなに無茶してるつもりはないんだけどな)
《マスター。周囲の方々は、マスターの能力だけでなく、行動傾向についても観察しているようです》
(……それは分かるけど、何かちょっと恥ずかしいな)
《旧設定のマスターは、仲間から絶対的な信頼を寄せられる存在とされております》
(……またその話か)
《ただし、現在のマスターは、信頼に加えて心配もされているようですね》
(そこをわざわざ指摘するなよ!)
俺は心の中で突っ込みながら、苦笑した。
けれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
誰かに心配されるということは、それだけ自分のことを見てくれているということなのかもしれない。
そう思うと、少しだけ胸が温かくなった。
◇
昼食のあと、俺たちは中庭のベンチへ移動した。
食堂では周囲の話し声が多く、落ち着いて相談するには少し騒がしかったからだ。
中庭には穏やかな風が吹き、木々の葉がさらさらと音を立てている。
俺たちは日陰になっている場所へ座り、午前の説明をもとに情報共有の方法を考え始めた。
「まず、情報を伝えるときには、何を確認したのかをはっきりさせた方がいいと思う」
エリオットがそう言うと、ユリウスが頷いた。
「そうだね。例えば、通路が安全だという情報でも、誰がいつ確認したのかが分からなければ、判断しにくいから」
「じゃあ、記録するときも、時間と場所を一緒に書いた方がいいのかな」
ミリアが尋ねると、エリオットは微笑んだ。
「うん。できれば、確認した人の名前もあると分かりやすいと思う」
ミリアは頷き、ノートへ書き込んだ。
その様子を見ながら、俺は昨日の授業で学んだことを思い出した。
情報を正確に伝えるためには、相手と共有できる基準が必要になる。
それは、場所だけでなく、時間や状況についても同じなのだろう。
「それなら、何か分からないことがあったときは、無理に答えを出さずに、確認が必要って書いておくのもいいかもしれないな」
俺がそう言うと、ユリウスが頷いた。
「そうだね。分からないことを分かったように扱うと、あとで判断を間違える可能性があるから」
フィンは少し考え込むように腕を組んだ。
「なるほどなあ。俺、今までは分からないことがあっても、とりあえず動いてみようって考えることが多かったけど、今回はそういうわけにはいかないんだな」
「そうね。でも、動くことが悪いわけじゃないと思うわ。必要な確認をしたうえで行動することが大切なんじゃないかしら」
セシリアがそう答えると、フィンは納得したように頷いた。
「うん。じゃあ、今回はちゃんと確認してから動くようにするよ」
俺たちはそんな話を続けながら、少しずつ合同実習に向けた準備を進めていった。
まだ具体的な状況は分からない。
だからこそ、今の段階でできることは限られている。
けれど、互いの考え方を知り、情報を共有する方法を決めておくことには意味があるはずだ。
◇
午後の授業が終わったあと、俺はエリオットと一緒に実技棟へ向かった。
目的は、セレナ・ヴァイス先生へ確認したいことがあったからだ。
昨日、先生から標的装置について追加の情報を聞いた。
同じ型の装置で似た放出時間の遅れが報告された記録が見つかったが、原因はまだ分かっていない。
俺自身の魔力についても、今後追加の比較を行う予定だという。
そのことを考えると、合同実習で魔導具を使う可能性がある以上、何か注意しておくべきことがあるのか確認しておきたかった。
実技棟の廊下には、授業を終えた学生たちの足音が響いている。
俺たちはセレナ先生のいる準備室の前まで来ると、扉を軽く叩いた。
「どうぞ」
中から声が聞こえ、俺たちは扉を開けた。
準備室には、訓練用の魔導具や部品が整然と並べられていた。
棚の上には小さな結晶や金属の枠が置かれ、机の上には点検用の記録用紙が広げられている。
セレナ先生は俺たちを見ると、少し驚いたように眉を上げた。
「シュウさん、エリオットさん。どうしましたか?」
「先生、少し確認したいことがあって来ました」
俺がそう言うと、先生は頷いた。
「構いませんよ。何でしょうか?」
「合同実習で魔導具を使う可能性があるって聞いたんですけど、以前の標的装置の件で、俺が何か気をつけた方がいいことはありますか?」
先生は少し考えるように視線を落とした。
それから、落ち着いた声で答えた。
「現時点では、シュウさんだけに特別な制限を設ける必要があるとは判断していません。ただし、以前の測定結果については、まだ確認が必要です」
俺は静かに頷いた。
「分かりました」
「それから、合同実習で使用する魔導具は、事前に点検を行います。異常が確認された装置を、原因が分からないまま使用することはありません」
先生はそう続けた。
その言葉を聞き、俺は少し安心した。
エリオットも頷き、質問を重ねた。
「先生、以前の標的装置について、何か新しいことは分かりましたか?」
セレナ先生は記録用紙へ視線を向けた。
「大きな進展はまだありません。ただ、同型装置の記録について、もう少し詳しく確認する予定です。測定条件が異なる可能性もありますから、比較には慎重になる必要があります」
「そうなんですね……」
俺は少し残念に思ったが、すぐに気持ちを切り替えた。
今の段階で大切なのは、確認できた事実を整理することだ。
先生は俺たちへ穏やかに微笑んだ。
「焦る必要はありません。原因を調べることも大切ですが、安全に授業へ参加できることが最優先です」
「はい。ありがとうございます」
俺たちは礼を言い、準備室をあとにした。
◇
実技棟を出ると、夕方の風が少し冷たく感じられた。
空には薄い雲が広がり、学院の建物が柔らかな光に包まれている。
俺とエリオットは石畳の道を歩きながら、今日の出来事を振り返っていた。
「合同実習の班分けも決まったし、少しずつ準備が進んできたね」
エリオットがそう言った。
「そうだな。まだ詳しい内容は分からないけど、何を意識すればいいかは少し分かってきた気がする」
「うん。情報を正確に伝えることと、分からないことをそのままにしないこと。それから、必要なときには周りへ相談することかな」
俺は頷いた。
今日の昼休み、仲間たちは俺が一人で頑張りすぎないようにしたいと言ってくれた。
その言葉を思い出すと、少しだけ照れくさくなる。
けれど、同時に嬉しくもあった。
「……なあ、エリオット」
「どうしたの?」
「俺って、そんなに一人で何とかしようとしてるように見えるのかな」
俺がそう尋ねると、エリオットは少し考え込んだ。
すぐに答えず、しばらく歩きながら言葉を選んでいる。
その様子を見て、俺も黙って待った。
「……そうだね。シュウは、自分でできることが多いから、周りが困っているときに自然と動こうとすることがあると思う」
エリオットはそう言って、こちらを見た。
「でも、それが悪いことだとは思わないよ。僕たちも、シュウに助けてもらったことがあるし」
「……うん」
「ただ、シュウが何でも一人でやろうとすると、僕たちが手伝えることまで見えなくなってしまうかもしれない。だから、困ったときにはちゃんと相談してほしいんだ」
その言葉に、俺は少し胸が温かくなった。
エリオットは責めているわけではない。
俺のことを理解しようとしたうえで、仲間として一緒に考えたいと言ってくれているのだ。
「……ありがとう。俺も、もっと周りを頼るようにするよ」
俺がそう答えると、エリオットは穏やかに微笑んだ。
「うん。僕も、シュウに頼ることはあると思うしね」
俺たちはそんな話をしながら、男子寮へ向かって歩き続けた。
◇
男子寮317号室へ戻ると、俺たちはそれぞれ机へ向かった。
窓の外では夕陽が学院の建物を赤く染め、廊下からは夕食へ向かう学生たちの話し声が聞こえている。
俺はノートの新しいページを開き、今日の合同実習に関する情報を整理し始めた。
今回の協力班は、俺、エリオット、フィン、ユリウス、セシリア、ミリアの六人。
普段の班が変更されるわけではなく、合同実習のための一時的な編成であること。
ほかの協力班との情報共有が必要になること。
具体的な状況は当日まで知らされないこと。
そして、役割分担は状況に応じて決める必要があること。
そこまで書き終えたところで、俺は一度ペンを止めた。
次のページには、セレナ先生から聞いた標的装置についての情報を書き込む。
同じ型の装置で似た放出時間の遅れが報告された記録が見つかったが、原因はまだ分かっていないこと。
俺自身の魔力についても、今後追加の比較を行う予定であること。
ただし、現時点では特別な制限を設ける必要があるとは判断されていないこと。
俺は書き終えた文章を見直し、少しだけ息を吐いた。
(……こうして整理すると、分かってないことの方が多いな)
《マスター。未知の情報が多いことは、必ずしも悪いことではございません》
(そうだな。少なくとも、何を調べればいいかは少しずつ分かってきたし)
《はい。今後の調査において、確認された事実と仮説を区別することが重要であると考えられます》
俺は頷いた。
前世の俺が書いた黒歴史ノートには、最初からすべてを知っている最強の存在が登場していた。
どんな敵も倒せて、どんな謎も解けて、誰からも尊敬される。
そんな存在になりたいと思っていたのだろう。
けれど、今の俺は少し違う。
分からないことがあれば調べる。
間違えたら修正する。
困ったときには仲間へ相談する。
それは、昔の俺が考えていた最強の姿とは違うかもしれない。
でも、今の俺には、そうやって少しずつ進んでいく方がずっと大切に思えた。
「シュウ、そろそろ夕食へ行こうか」
エリオットが声をかけてきた。
「ああ、そうだな。ちょうどノートもまとめ終わったところだよ」
俺は立ち上がり、机の上を片づけた。
合同実習の詳しい内容は、まだすべてが分かったわけではない。
古い記録の謎も、標的装置の不具合も、今のところ答えは出ていない。
それでも、今日一日で確かめられたことはあった。
少なくとも、俺たちは何も知らないまま立ち止まっているわけではない。
そう思うと、少しだけ気持ちが軽くなった。
《マスター。最後に一点、申し上げてもよろしいでしょうか》
(……何だよ。今度はどんな黒歴史だ?)
《旧設定のマスターは、あらゆる集団行動において、周囲の者を完全に導く存在とされております》
(……さっきも似たような話を聞いた気がするけど)
《その名も、《絶対統率王》。マスターが一言「任せた」と告げるだけで、すべての者が最適な行動を理解し、完全な連携を実現することになっております》
(便利すぎるだろ! それじゃ俺が何もしてないじゃないか!)
《当時のマスターは、それを真の指導者の資質と考えていたようです》
(……昔の俺、絶対に面倒なことを人任せにしたかっただけだろ)
俺は心の中でそう呟き、苦笑した。
エリオットが不思議そうにこちらを見たので、俺は笑って首を振った。
「何でもないよ。行こう、エリオット」
「うん。今日は何が出るかな」
俺たちは並んで部屋を出た。
廊下には夕食へ向かう学生たちの声が響き、窓の外には、ゆっくりと夜の色が広がり始めている。
合同実習の準備は、まだ始まったばかりだ。
けれど、今の俺には、一緒に考えてくれる仲間がいる。
分からないことを調べ、困ったときには相談し、少しずつ前へ進んでいく。
それは、前世の俺が夢見た最強の存在とは、随分違う生き方なのかもしれない。
それでも、今の俺は、そんな毎日を大切にしたいと思っていた。
そして、その思いだけは、どんな黒歴史の設定よりも確かなものだった。




