↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『黒歴史ノートが異世界で最強の魔導書になっていました』  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/95

第73話 第四班の連携練習で、俺の魔法が一番邪魔になりました


 翌朝、王立魔道学院の中庭には、昨夜の強い風が運んできた落ち葉が散らばっていた。


 石畳の隙間に入り込んだ葉を清掃係の学生たちが集めており、校舎へ向かう道では、制服姿の生徒たちが少し冷たい風に肩をすくめている。空はよく晴れていたが、建物の陰にはまだ朝の涼しさが残り、日なたとの温度差がはっきり感じられた。


 シュウ・アルヴェインはエリオット・ファーレンと並んで歩きながら、鞄の中に入れた第四班の準備ノートを思い浮かべていた。


 昨日の放課後、第四班は演習準備室で地形図を使った話し合いを行った。途中で予定が変わった場合の対応を考えるつもりだったのだが、実際には、シュウ自身が結論を急ぎすぎていることに気づかされる時間になった。


 フィン・ラデルは、障害物を見つけたときにどこまで確認するべきかを考えていた。セシリア・ノールは、勝手に動かしてよいものかどうかを心配していた。そしてミリア・ハーゼンは、何を決めるべき段階なのかという、話し合いの順序そのものを見直してくれた。


 おかげで、四人は最初より納得できる結論にたどり着いた。


 ただ、シュウにはまだ気になっていることがあった。


(机の上では考え直せたけど、実際に身体を動かしているときも同じようにできるのかな)


 来週に予定されている合同演習は、模擬森林区域での観察と記録を含む実地活動だ。実際の地形や天候を確認して判断する必要があり、紙の上だけで準備を終わらせることはできない。


 もちろん、すでに第四班は第二実技場で簡単な連携練習を行っている。セレナ・ヴァイスの監督下で、互いの動きや魔法の扱い方を確認する機会もあった。


 しかし、そのときは基本的な動作が中心だった。


 進路が変わった場合や、複数の作業が同時に必要になった場合については、まだ十分に確かめられていない。


「シュウ、今日は少し考え事が多そうだね」


 エリオットが隣から声をかけてきた。


 シュウが顔を向けると、彼は穏やかな表情でこちらを見ていた。


「昨日の第四班のこと?」


「うん。話し合いはうまくいったんだけど、実際に動いたときのことを考えてた」


「そっか。僕も第二班で似たことを考えてるよ」


 エリオットは少し笑い、前方の校舎へ視線を向けた。


「ユリウスが、役割を決めるだけじゃなくて、役割を変えるときの伝え方も考えた方がいいって言ってたんだ」


「役割を変えるとき?」


「うん。例えば、僕が足場を確認するつもりでも、別の場所で水属性が必要になったら、誰かに今の仕事を引き継がないといけないでしょ。何も言わずに移動したら、ほかの人は僕がまだ確認していると思うかもしれない」


 シュウは足を少し緩めた。


 その考え方は、昨日の第四班では十分に話していなかった。


「確かに。自分が何をするか決めるだけじゃ足りないんだな」


「そうみたい。僕たちも、まだ練習できてないけどね」


 エリオットはそう言って笑ったが、シュウはすぐには笑えなかった。


 自分が魔法を使って何かを解決しようとするとき、ほかの仲間が何をしているのか、どこまで把握できているだろう。


 特に、シュウは六つの通常属性を扱える。


 できることが多い分、目の前に問題があれば、つい自分が動こうとしてしまう。


(俺が動けば早い、って考え方そのものが危ない場合もあるのか)


 シュウはその疑問を胸に、エリオットと一緒に校舎へ入った。


     ◇


 午前の授業が終わったあと、シュウは教室の出口でセシリアに呼び止められた。


 彼女は数枚の資料を胸元に抱えており、いつもより少し真剣な表情をしていた。


「シュウさん。今日の放課後、セレナ先生が第四班の練習についてお話ししたいそうです」


「セレナ先生が?」


「はい。合同演習前に、連携の確認をもう一度行う時間を取れるそうです。ただし、先生の監督下で、第二実技場の指定された範囲だけを使うとのことでした」


 シュウは思わず顔を明るくした。


 ちょうど、実際に身体を動かして確かめたいと思っていたところだった。


「それはありがたいな。フィンとミリアにも連絡してくれた?」


「はい。お二人とも参加できるそうです。ただ、ミリアさんは午後の授業が終わってから記録用具を取りに行くので、集合には少し余裕を持たせたいとおっしゃっていました」


「分かった。じゃあ、俺も授業が終わったら準備して向かうよ」


 セシリアは頷いたものの、その場を離れず、少しだけ言いにくそうに視線を落とした。


「それから、シュウさん。今日は魔法を使うことよりも、四人で動くことを確かめる練習だそうです」


「うん。それは分かってるつもりだけど……」


 シュウが答えると、セシリアは穏やかに微笑んだ。


「私も、自分の担当だけを見てしまわないように気をつけます。昨日、皆さんと話し合って、そういうところも大切だと思いましたから」


 シュウは少し安心した。


 注意されているように感じたのは、自分が朝から同じことを考えていたせいかもしれない。


「ありがとう。俺も気をつけるよ」


 セシリアと別れたあと、シュウは廊下の窓際で足を止めた。


 第二実技場での練習は、実際の合同演習とは違う。危険な地形へ入るわけでもなければ、未知の魔物と遭遇するわけでもない。


 それでも、四人が同時に動く場面を作れば、机上の話し合いでは分からなかったことが見つかるはずだった。


《マスター》


 頭の中に、アルカディアの声が響いた。


(何だよ)


《本日の訓練に際し、極めて有効な提案がございます》


(その言い方、嫌な予感しかしないんだけど)


《マスターが全属性の魔法を使用し、ほかの班員の役割をすべて代行すれば、連携上の問題は発生しません》


(それ、連携練習じゃなくなるだろ)


《はい。したがって、連携の失敗も発生しません》


(目的そのものが消えてるんだよ!)


 シュウは廊下で額を押さえそうになり、慌てて手を下ろした。


 近くを通った学生が不思議そうにこちらを見たため、何事もなかったように歩き始める。


(……でも、今の冗談、ちょっと笑えないな)


 アルカディアはいつもの調子で極端なことを言っただけだ。


 しかし、自分ができることを全部引き受けてしまえば、仲間と連携する必要がなくなるという指摘は、別の意味で胸に残った。


     ◇


 放課後の第二実技場には、まだ昼間の熱がわずかに残っていた。


 高い天井から差し込む光が床を明るく照らし、壁際に並んだ訓練用の標的や木箱の影を長く伸ばしている。別の授業で使用された器具はすでに片づけられており、中央には低い台座と、色の異なる木製の札がいくつか置かれていた。


 シュウが到着したとき、フィンはすでに準備を終えていた。


 彼は軽く肩を回しながら、中央の台座を興味深そうに眺めている。


「お、シュウ。今日は何をやるんだろうな」


「俺も詳しくは聞いてないよ。セレナ先生が連携の確認をするってことだけ」


「だったら、昨日の話し合いが役に立つかもしれないな」


 フィンは楽しそうに笑った。


 シュウはその言葉に頷き、近くに置かれた札へ目を向けた。


 赤、青、黄、白。


 色の違う四枚の札には、それぞれ小さな番号が記されている。


 札の周囲には低い障害物が配置され、床には白い線で区切られた通路が描かれていた。


 やがてセシリアが到着し、少し遅れてミリアも姿を見せた。


 ミリアは記録帳と筆記具を入れた小さな鞄を持っており、三人へ挨拶してから、訓練場の配置を静かに確認していた。


 四人が揃ったところで、セレナ・ヴァイスが実技場の奥から歩いてきた。


 彼女は手に薄い板を持ち、学生たちの前で足を止めた。


「揃ったわね。今日は、来週の合同演習に向けて、第四班の連携をもう一度確認します」


 セレナは四人を見回し、中央の訓練区域を示した。


「ただし、今日の目的は速さでも魔法の威力でもありません。自分が何をしているか、仲間が何をしているか、それを互いに把握できるかどうかを見ます」


 シュウは背筋を伸ばした。


 セレナの言葉は、今朝エリオットから聞いた話とも重なっていた。


「練習は二つの段階に分けます。最初は決められた順番で札を確認し、記録するだけ。次は、途中で条件を一つ変更します」


 フィンが興味深そうに顔を上げた。


「条件が変わるんですか?」


「ええ。ただし、何が変わるかは始めるまで教えません。危険な仕掛けは使わないから、必要以上に身構えなくていいわ」


 セレナは少し笑ってから、声を落ち着かせた。


「それと、今日は黒い魔力や特別な能力を試す場ではありません。使用する魔法は、通常の属性魔法の基礎的なものに限ります。私が許可した範囲を超えて、勝手に装置や障害物へ干渉しないこと」


「はい」


 シュウはほかの三人と一緒に返事をした。


 黒い魔力については、グレイ・ハルバートとの観測が装置の調整待ちになっている。通常闇属性の比較は行ったものの、黒い魔力そのものはまだ測定していない。


 今日の練習に、それを持ち込むつもりはなかった。


 セレナは説明用の板を開き、四人へ見せた。


「今回の課題は、四枚の札を決められた順番で確認し、番号と状態を記録して、最後に開始地点へ戻ること。札を持ち帰る必要はありません。各地点には簡単な作業を一つずつ設定してあります」


 彼女は最初の台座を指した。


「一つ目では、札の番号と周囲の状態を確認する。二つ目では、指定された線を越えずに、軽い木製の標識を正しい位置へ戻す。三つ目では、魔力を使わずに通れる経路を選ぶ。四つ目では、全員の記録を照合する」


 シュウは説明を聞きながら、頭の中で順番を整理した。


 魔法が必要になりそうなのは、二つ目の標識を戻す作業だろう。


 それ以外は、観察と判断が中心になる。


「班長はシュウね。開始前に役割を決めて構わないけれど、途中で変更してもいいわ。ただし、誰かが担当を離れる場合は、ほかの班員に分かるように伝えること」


 セレナはそこで一度言葉を切った。


「そして、今日の練習では、班長が全部の作業を引き受ける必要はありません。むしろ、それをすると確認したいことが見えなくなるわ」


 シュウは思わず苦笑しそうになった。


 まるで自分の考えていたことを見抜かれたようだった。


 セレナは四人に準備の時間を与え、訓練区域の外側へ移動した。


     ◇


 シュウたちは開始地点の近くに集まり、役割を相談した。


 フィンは二つ目の標識を戻す作業に興味を示し、セシリアは周囲の安全確認を担当したいと申し出た。ミリアは記録を中心にしながら、各地点の状態を確認する役割を希望した。


 シュウは三人の意見を聞き、少し考えた。


「じゃあ、俺は全体の進行を確認する。必要なときは手伝うけど、最初から全部の作業に入らないようにするよ」


 フィンは頷いた。


「いいと思う。俺も、土属性が使えそうだからって、勝手に動かさないようにする」


「私も、危険だと思ったことがあれば、その場で伝えます」


 セシリアはそう言って、ミリアへ視線を向けた。


「ミリアさんは、記録している途中でも気づいたことがあれば教えてくださいね」


「はい。ありがとうございます」


 ミリアは少し微笑んだ。


 四人は簡単な合図も決めた。


 作業を始める前には、誰が何をするか声に出す。


 途中で担当を変える場合は、引き継ぐ相手を確認する。


 危険や不明点を見つけた場合は、作業を止めて共有する。


 昨日の話し合いで決めた方針を、実際の動作に置き換えた形だった。


 セレナが開始を告げると、四人は最初の札へ向かった。


 第一地点は、開始位置から少し離れた場所にある低い台座だった。


 周囲には障害物がなく、札も見やすい位置に置かれている。


 ミリアが番号を確認し、セシリアが周囲の状態を見た。


 フィンは通路の先を確かめ、シュウは三人の報告を聞いてから次へ進むことを決めた。


 最初の作業は、特に問題なく終わった。


「いい感じだな」


 フィンが小さく笑った。


 シュウも頷いた。


 しかし、次の地点では、思ったほど簡単には進まなかった。


 第二地点には、低い台座の上に木製の標識が置かれていた。


 標識は少し傾いており、床に描かれた白い線の内側へ入らずに、正しい位置へ戻す必要がある。


 フィンは台座を確認し、手を軽く上げた。


「ここは俺がやる。土属性で下から少し支えれば、動かせると思う」


 シュウは頷きかけた。


 だが、そのとき、標識の横に細い木片が挟まっていることに気づいた。


 フィンが魔法を使えば、標識と一緒に木片も動くかもしれない。


 それが問題になるかどうかは分からないが、少なくとも確認してから作業した方がよさそうだった。


「フィン、ちょっと待って。横に木片がある」


 シュウが声をかけると、フィンは手を止めた。


「あ、本当だ。気づかなかった」


 セシリアも台座へ視線を向けた。


「標識を戻すときに、木片が落ちるかもしれませんね」


 ミリアは記録帳へ目を落としながら、慎重に口を開いた。


「木片が最初から置かれていたものなのか、標識が傾いたことで挟まったものなのかは分かりません」


 シュウは頷いた。


 四人で確認したことで、最初には見えていなかった条件が増えた。


「じゃあ、先生に確認しよう。標識を動かしていいのは分かってるけど、木片については説明がなかったから」


 セレナへ声をかけると、彼女は台座を見てから答えた。


「その木片は訓練用の補助材よ。動いても危険はないけれど、標識を戻すときに周囲の状態を確認できるかを見るために置いてあります」


 フィンは納得したように頷いた。


「なるほど。じゃあ、動かす前に気づけてよかったです」


「そうね。続けていいわ」


 セレナはそれだけ告げ、再び訓練区域の外へ戻った。


 フィンは台座の前へ立ち、魔力を整えた。


 土属性の魔法で標識の下を支え、少しずつ傾きを戻していく。


 急に力を加えるのではなく、木片の位置を確かめながら動かしていた。


 シュウはその様子を見守り、必要なら補助しようと考えていた。


 ところが、標識が半分ほど戻ったところで、木片がわずかにずれた。


 フィンはすぐに魔力の出力を弱めた。


「ちょっと止める。木片が動いた」


 セシリアが台座を確認し、ミリアが位置の変化を記録する。


 シュウは三人の動きを見ながら、ふと一つの方法を思いついた。


(俺が風属性で木片を押さえれば、フィンはそのまま標識を戻せるんじゃないか)


 風属性なら、木片へ強い力を加えずに位置を保つことができる。


 自分の魔力制御なら、細かな調整も難しくない。


 そう考えたシュウは、ほとんど反射的に右手を上げた。


「フィン、そのまま待って。俺が木片を押さえる」


 言い終えるより早く、シュウの指先に微かな風が集まった。


 木片へ向けて弱い気流を送り、動かないように支える。


 魔法そのものは、狙った通りに働いた。


 しかし、次の瞬間、フィンが困ったような声を上げた。


「シュウ、ちょっと待ってくれ!」


 シュウは慌てて魔力を止めた。


「えっ、どうした?」


「風が当たって、俺の土属性の力のかかり方が分かりにくくなったんだ。標識は動いてないけど、今のままだと調整しづらい」


 シュウは台座を見た。


 確かに、標識は倒れていない。


 木片も落ちていない。


 しかし、フィンは魔法を維持したまま、慎重に出力を抑えていた。


 そこへシュウの風属性が加わったことで、標識と木片にかかる力の関係が変わってしまったらしい。


「ごめん。手伝えば早いと思って……」


 シュウが謝ると、フィンは首を振った。


「いや、助けようとしてくれたのは分かる。でも、俺がどのくらいの力で支えてるか、シュウには伝えてなかっただろ?」


 その言葉に、シュウは口を閉じた。


 フィンは続けた。


「俺も、木片が動いたって言っただけで、どうするつもりかまでは伝えてなかった。だから、シュウが手伝おうとしたのも分かるんだけどさ」


 セシリアが二人の間へ視線を向けた。


「今は、フィンさんが標識を支えている状態ですよね。でしたら、先にフィンさんの魔法を止められるか確認した方がよいかもしれません」


 ミリアも頷いた。


「木片の位置は記録できています。急いで戻す必要はないと思います」


 シュウは小さく息を吐いた。


 自分の魔法は失敗していない。


 狙った場所へ、狙った強さで風を送ることはできた。


 それなのに、連携としてはうまくいかなかった。


(魔法が正確でも、仲間の作業を邪魔することがあるんだな)


 その事実は、思っていた以上に胸へ残った。


     ◇


 フィンはセレナの指示を受け、標識が安全に支えられていることを確認してから、ゆっくりと土属性の魔法を解除した。


 標識は少し傾いた状態で止まったが、倒れることはなかった。


 四人は一度作業を中断し、台座から離れた場所へ集まった。


 セレナは腕を組み、シュウへ視線を向けた。


「シュウ。今の魔法について、自分ではどう思う?」


 シュウは少し考えた。


「風属性の制御自体は、問題なかったと思います。木片を押さえる力も、強すぎなかったはずです」


「そうね。魔法の精度だけを見るなら、十分に安定していたわ」


 セレナは頷いた。


 その言葉に、シュウは少し安心しかけた。


 しかし、彼女は続けた。


「でも、フィンの作業に必要だったかどうかは、別の問題よ」


 シュウは顔を上げた。


 セレナは台座を指した。


「フィンは、木片が動いたことを報告して、作業を止めようとしていた。その段階で、あなたが風属性を使う必要はあった?」


「……ありませんでした。まず、フィンがどうするつもりなのか聞くべきでした」


「そうね。それから、ほかの班員が何を確認しているかも見ておく必要があるわ」


 シュウはセシリアとミリアへ目を向けた。


 二人は、木片の状態を確認しようとしていた。


 その途中で、自分だけが先に魔法を使ってしまったのだ。


 セレナは四人を見回した。


「連携では、魔法を使えることと、魔法を使うべきことを分けて考えなさい。特に、複数の属性を扱える者ほど、自分が補助すれば早く終わると思いやすいわ」


 シュウはその言葉を、黙って受け止めた。


 自分ができることを増やしてきたのは、困ったときに役立てるためだった。


 けれど、できるからという理由だけで動けば、仲間の判断を奪ってしまうこともある。


 セレナはフィンへ視線を向けた。


「フィンも、作業を止めるときには、どの状態で止めているのかを伝えるといいわ。今のように、魔法を維持したまま待っているのか、解除できる状態なのかで、ほかの人の対応も変わるから」


「はい。俺も、そこまで伝えてませんでした」


 フィンは素直に頷いた。


 セレナは続けて、セシリアとミリアへも目を向けた。


「二人はよく周囲を見ていたわ。ただ、気づいたことを伝えるのが、もう少し早くてもよかったかもしれないわね。もちろん、相手の話を遮ることを恐れる必要はないけれど、何でも同時に話せばいいわけでもない。伝える順番も練習していきましょう」


 セシリアとミリアは、それぞれ頷いた。


 シュウは四人の顔を見回した。


 自分だけが悪かった、と考えるのは簡単だった。


 しかし、それだけでは次の練習に生かせない。


 自分の判断を見直すことと、班全体の動きを見直すことは、どちらも必要なのだろう。


「先生。もう一度、同じ作業をやってもいいですか?」


 シュウが尋ねると、セレナは少しだけ微笑んだ。


「ええ。そのための練習よ。ただし、今度は始める前に、誰が何をするのか確認してからにしなさい」


 四人は再び台座の前へ戻った。


     ◇


 二度目の作業では、最初にフィンが説明した。


「俺が土属性で標識を支える。途中で木片が動いたら、一度魔力を止めるか、そのまま維持するかを伝えるから、勝手に補助しないでくれ」


 シュウは頷いた。


「分かった。俺は周囲を確認して、必要なら補助するけど、先にフィンへ聞く」


 セシリアは標識の横へ視線を向けた。


「私は、木片と台座の状態を確認します。危険がありそうなら、すぐに止めるよう伝えますね」


 ミリアは記録帳を開いた。


「私は、最初の位置と動いた範囲を記録します。変化があったら、作業中でも声をかけます」


 四人は互いの役割を確認してから、作業を再開した。


 フィンが土属性を使い、標識を少しずつ起こしていく。


 シュウは手を出さず、台座の周囲を見守った。


 木片が再び動きかけたところで、ミリアが声をかけた。


「木片が右へ少しずれています。最初の位置から、指一本分ほどです」


 フィンは魔力を維持したまま答えた。


「分かった。今は標識を支えてるから、このまま止める。セシリア、危なくないか見てもらえる?」


「はい。木片が落ちる位置には誰もいません。ただ、これ以上動くなら、いったん魔法を解除した方がよいと思います」


 セシリアは落ち着いた声で答えた。


 シュウは二人のやり取りを聞きながら、必要な補助があるか考えた。


 風属性を使えば、木片を押さえられるかもしれない。


 しかし、今はフィンが標識を支え、セシリアが安全を確認している。


 自分が新しい力を加える必要はない。


「フィン。今の状態で、少しずつ戻せそう?」


 シュウが尋ねると、フィンは台座を見つめたまま答えた。


「うん。力のかかり方は分かってる。木片がこれ以上動かなければ、ゆっくり戻せると思う」


「分かった。じゃあ、そのまま続けよう。何か変わったら止めて」


 フィンは小さく頷き、魔力を調整した。


 標識が少しずつ起き上がる。


 木片はわずかに動いたものの、台座から落ちることはなかった。


 やがて標識が正しい位置へ戻ると、フィンは魔力をゆっくり解除した。


「よし、できた!」


 フィンは嬉しそうに笑った。


 セシリアが標識の状態を確認し、ミリアが最後の位置を記録する。


 シュウは三人の報告を聞いてから、作業の完了を告げた。


 今度は、誰かが無理に動くこともなかった。


 特別な魔法を使ったわけでもない。


 ただ、互いに何をしているかを伝え、必要なときに確認しただけだった。


 それなのに、最初よりずっと安心して作業を終えられた。


 セレナは四人の様子を見て、満足そうに頷いた。


「今の方がいいわね。作業そのものは少し時間がかかったけれど、誰が何をしているかが分かりやすかった」


 フィンは額の汗を拭いながら笑った。


「最初は、魔法を使うだけなら簡単だと思ってました。でも、ほかの人に伝えながらやるのって、意外と難しいですね」


「そうね。だから練習するのよ」


 セレナは穏やかに答えた。


 シュウはその言葉を聞きながら、胸の奥に残っていた緊張が少しずつほどけていくのを感じた。


     ◇


 残りの二つの地点では、大きな問題は起きなかった。


 第三地点では、床に描かれた通路の一部が障害物で塞がれていたが、四人は無理に通ろうとせず、周囲を確認して別の経路を選んだ。


 第四地点では、それまでの記録を照合した。


 ミリアの記録は丁寧で、番号や位置の変化も分かりやすかった。しかし、フィンが途中で口にした判断の理由が、一か所だけ記録から抜けていることに気づいた。


 ミリアは少し申し訳なさそうにしたが、フィンは首を振った。


「俺も、あのときはちゃんと説明してなかったと思う。あとから見返すなら、理由まで言った方がいいんだな」


 セシリアも頷いた。


「私も、危険がないと判断した理由を、もう少し具体的に伝えるようにします」


 シュウは二人の言葉を聞きながら、ノートへ小さく書き込んだ。


 結果だけでなく、判断の理由も共有する。


 それは、これまでの北方調査でも何度も意識してきたことだった。


 しかし、実際に仲間と動いてみると、記録に残すべきことは思っていたより多い。


 誰が何を見たのか。


 どの時点で判断したのか。


 何を確認していないのか。


 そして、途中で何が変わったのか。


 それらが分かれば、あとから考え直すこともできる。


 四人が開始地点へ戻ると、セレナは最後の記録を確認した。


「今日の練習はここまでにしましょう。全体としては、よくできていたわ」


 フィンが嬉しそうに笑い、セシリアも少し安心したように息を吐いた。


 ミリアは記録帳を閉じながら、静かに頷いた。


 シュウも胸を撫で下ろしたが、セレナの表情を見ると、まだ話が続きそうだった。


「ただし、今日うまくできたからといって、合同演習でも同じように進むとは限りません」


 セレナは四人を見回した。


「実際の演習では、地形も天候も、その場で確認する必要があるわ。ほかの班が近くを通ることもあるし、予定通りに進めない場面もあるでしょう」


 シュウは頷いた。


 今日の練習は、あくまで限られた条件の中で行ったものだ。


 実際の森林区域では、もっと多くのことを同時に考える必要がある。


「それでも、今日の経験は無駄にならないわ。自分が何をしているかを伝えること。仲間の作業を確認すること。そして、必要がないときには、あえて手を出さないこと」


 セレナはそこでシュウへ視線を向けた。


「シュウ。あなたは魔法の扱いが上手いし、選択肢も多い。でも、それを全部使うことが、班長の仕事ではないわ」


「はい。今日、よく分かりました」


 シュウは素直に答えた。


 セレナは少しだけ微笑んだ。


「それならいいわ。来週までに、今日の内容を四人で振り返っておきなさい。新しい練習を増やすより、何が分かったかを整理する方が大切な場合もあるから」


 四人は揃って返事をした。


 その後、訓練用の札や道具を元の位置へ戻し、第二実技場を後にした。


     ◇


 実技場を出ると、廊下には夕方の光が差し込んでいた。


 窓の外では、校舎の影が中庭へ長く伸び、学生たちがそれぞれ寮や図書館へ向かって歩いている。


 フィンは少し疲れた様子で肩を回しながら、シュウへ顔を向けた。


「なあ、シュウ。さっきのこと、あんまり気にするなよ」


 シュウは少し驚いた。


「え?」


「最初に風属性を使ったことだよ。俺も、魔法を止めるつもりなのか、そのまま続けるつもりなのか、ちゃんと伝えてなかったしさ」


 フィンは明るく笑った。


「それに、二回目はうまくいっただろ? だったら、今日の練習は意味があったってことじゃないか」


 シュウは少しだけ笑った。


「ありがとう。でも、気にしないっていうより、忘れないようにしたいかな」


「そっか。それなら俺も同じだな」


 フィンは頷いた。


 セシリアが二人の会話を聞きながら、穏やかに口を開いた。


「私も、今日の練習で気づいたことがあります。安全確認をしているつもりでも、その内容を伝えなければ、ほかの方には分からないんですよね」


 ミリアも静かに頷いた。


「私も、記録していることをその場で共有する大切さが分かりました。あとから正確に残すことだけでは、間に合わない場合もありますから」


 シュウは三人の顔を見回した。


 それぞれが、今日の練習から違うことを学んでいる。


 しかし、その違いがあるからこそ、第四班としてできることが増えていくのだろう。


「じゃあ、明日の昼休みにでも、今日の内容を少し整理しようか」


 シュウが提案すると、三人は頷いた。


 フィンは楽しそうに笑った。


「いいな。俺、今日の標識のところは、もう一回考えておきたい」


「私は、作業を始める前の確認事項を整理しておきますね」


 セシリアが続けると、ミリアも記録帳を軽く持ち上げた。


「私は、今日の記録を見返して、共有が必要だったところをまとめておきます」


 シュウは頷いた。


「ありがとう。俺も、自分が補助に入るときの判断を考えておくよ」


 四人はその場で明日の予定を確認し、それぞれの帰り道へ分かれた。


 シュウはフィンの背中を見送りながら、今日の出来事を思い返した。


 魔法が上手く使えたことと、仲間の役に立てたことは、必ずしも同じではない。


 そのことを、忘れずにいたかった。


     ◇


 夕食後、第一男子寮三百十七号室へ戻ると、エリオットが机に向かっていた。


 彼は第二班の準備ノートを開いており、シュウが入ってくると顔を上げた。


「おかえり。今日は練習だったんだよね?」


「ただいま。うん。結構勉強になったよ」


 シュウは鞄を置き、椅子へ腰を下ろした。


 エリオットは興味深そうに首を傾げた。


「何かあった?」


「俺の魔法が、フィンの作業を邪魔しちゃったんだ」


 シュウがそう言うと、エリオットは少し驚いた表情を浮かべた。


「シュウの魔法が?」


「うん。制御を失敗したわけじゃないんだけど、フィンが土属性で標識を動かしてるところへ、俺が風属性を加えちゃってさ」


 シュウは今日の出来事を順番に説明した。


 木片が動きかけたこと。


 自分が補助しようとしたこと。


 しかし、その補助がフィンの魔法の調整を難しくしてしまったこと。


 そして、四人で役割を確認し直したら、二度目は落ち着いて作業を終えられたこと。


 エリオットは最後まで静かに聞いていた。


「そっか。魔法が上手く使えても、相手の作業を邪魔することがあるんだね」


「そうなんだよ。俺、手伝えば早く終わると思ったんだけど、そもそもフィンが手伝ってほしいかどうか聞いてなかった」


 シュウは苦笑した。


「自分ができることばっかり考えてたんだなって思った」


 エリオットは少し考えてから頷いた。


「でも、それに気づけたのはよかったんじゃないかな。僕も第二班で気をつけたいよ」


「うん。エリオットが朝言ってた、役割を変えるときの話も思い出した」


 シュウはノートを開き、今日の反省を書き込んだ。


『第四班・連携確認』


『魔法の精度が高くても、仲間の作業に干渉する場合がある』


『補助に入る前に、相手が何をしているか、何を必要としているか確認する』


『作業を止める場合は、魔法を維持しているのか、解除できるのかを共有する』


『記録は、あとから残すだけでなく、その場の判断にも利用する』


 そこまで書き終えると、シュウは少し考えた。


 今日の練習では、黒い魔力を使っていない。


 特別な能力も使っていない。


 それでも、自分にとって大切なことを学べた。


 力が強いことと、上手く使うことは違う。


 そして、上手く使うことと、仲間の役に立つことも違う。


 シュウはその違いを、忘れないようにしたかった。


《マスター》


 頭の中に、アルカディアの声が響いた。


(……何だよ)


《本日の訓練結果について、極めて重要な分析がございます》


(また変なこと言うつもりだろ)


《いいえ。今回は、マスターの能力が高すぎることによって生じた、連携上の問題についてです》


 シュウは少し意外に思った。


 アルカディアが真面目な分析を始めることもあるが、こういう前置きのあとには、たいてい余計な一言が続く。


(まあ、確かに俺が余計なことをしたんだけどさ)


《かつてのマスターは、すべての戦場を一人で支配する絶対的存在として設定されていました》


(……やっぱり昔の設定か)


《そのため、味方との連携に関する記述は極めて少なく、主な指示は『我に続け』および『我が道を開く』の二種類でした》


(それ、仲間が何するか全然決まってないじゃん)


《はい。なお、暗黒皇帝が単独で敵軍を壊滅させた場合、味方は歓声を上げる役割を担います》


(戦う必要すらないのかよ!)


 シュウは思わず額を押さえた。


 エリオットが顔を上げ、少し楽しそうに笑う。


「また昔の設定?」


「うん。昔の俺の軍団、どうやら俺が全部戦って、ほかの人は歓声を上げるだけだったらしい」


「それは……連携の練習にはならなさそうだね」


「本当にそう思う」


 シュウは苦笑しながら頷いた。


 昔の自分は、誰よりも強く、何でも一人で解決できる存在に憧れていたのかもしれない。


 しかし、今は違う。


 フィンが自分の魔法を信じて作業しているなら、それを尊重したい。


 セシリアが安全を確認しているなら、その情報を待ちたい。


 ミリアが記録を整理しているなら、その気づきを判断に生かしたい。


 そして、自分が必要なときには、きちんと役に立ちたい。


(最強って、何でも一人でやることじゃないんだろうな)


 シュウはそう思いながら、ノートを閉じた。


 来週の合同演習では、今日よりも多くのことを考えなければならないだろう。


 それでも、四人で相談し、互いの役割を確かめながら進めばいい。


 自分が全部を解決しようとする必要はない。


 そう考えると、胸の奥に残っていた小さな緊張が、少しだけ和らいだ。


 窓の外では、夜の風が木々を揺らしている。


 エリオットは再び教科書を開き、シュウも翌日の授業の準備を始めた。


 第四班の連携は、まだ完成していない。


 けれど、今日の失敗を通して、四人はまた一つ、互いのことを理解できた気がしていた。


 シュウは机の端に置いた準備ノートへ視線を向け、明日の話し合いで伝えるべきことを頭の中で整理した。


 今度は、誰かの作業を助けたいと思ったとき、まず相手へ声をかけよう。


 それから、自分が本当に必要なのかを確かめよう。


 そんな当たり前のことを、今度こそ忘れずにいたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。