第70話 第四班の初めての実地確認で、俺は班長の仕事を勘違いしていました
黒い魔力の観測を終えた翌朝、シュウ・アルヴェインは第一男子寮三百十七号室の机に向かい、二冊のノートを見比べていた。
一冊は昨日の観測内容をまとめたもの。もう一冊は、来週に予定されている合同演習のために用意した第四班の準備ノートだった。
研究棟での観測では、黒い魔力そのものを測定することはなかった。
グレイ・ハルバートとセレナ・ヴァイスは、通常の闇属性を使って観測器の反応を確認し、追加の調整が必要だと判断した。黒い魔力の測定は、装置の状態を改めて確認したあとに検討されることになっている。
シュウ自身の体調には、昨日から特に変化がない。
そのことを確かめるように、シュウは右手を開いたり閉じたりしてから、観測記録のノートを閉じた。
(今日は、こっちを進めよう)
机の上へ残したのは、第四班の準備ノートだった。
先日の作戦会議では、セシリア・ノール、フィン・ラデル、ミリア・ハーゼンの三人と一緒に、合同演習で使用する予定の地形図を確認した。
フィンは最短経路を提案し、セシリアは魔力の消耗や足場の安全性を指摘した。そしてミリアは、地形図の小さな注記から降雨後の斜面に注意が必要だと気づいた。
その結果、第四班では中央の斜面を通る経路と、迂回路の二つを候補として残すことにした。
どちらを選ぶかは、当日の状況を確認してから決める。
それが四人で出した結論だった。
(あの話し合いは上手くいったと思う。でも、実際に動いたらどうなるんだろうな)
シュウはノートの端へ書き込んだ言葉を見つめた。
『班長は、全員の意見を聞く』
自分で書いた一文だった。
間違っているとは思わない。
ただ、それだけで十分なのかは分からなかった。
「シュウ、また第四班のこと考えてる?」
背後から声がして振り返ると、エリオット・ファーレンが寝台の横で制服の袖を整えていた。
明るい茶色の髪には、今朝も少しだけ寝癖が残っている。
「うん。昨日は観測のことで頭がいっぱいだったから、今日は演習の準備を進めようと思って」
「そっか。第四班は、もう経路の候補まで決めてるんだよね」
「一応な。でも、実際に歩くときは、地図を見てるだけじゃ分からないこともありそうだろ?」
エリオットは頷き、机の上のノートへ視線を向けた。
「それなら、何か小さな練習をしてみたらどうかな。演習区域へ勝手に入るわけにはいかないけど、普通の実技場なら使える時間があるかもしれないし」
シュウは少し考えた。
確かに、合同演習の本番を待たなくても、班員同士で協力する練習はできる。
魔法の威力を競う必要はない。
例えば、簡単な目標を決めて、四人で確認するだけでも何か分かるかもしれない。
「それ、いいな。今日、先生に聞いてみる」
「うん。でも、無理に難しい課題を作らないようにね」
「分かってるって」
シュウが答えると、エリオットは少し笑った。
「昨日の観測でも、先生たちは普通の闇属性から始めたでしょ。第四班も、最初は普通の練習でいいと思う」
その言葉に、シュウは頷いた。
大きな成果を急がない。
まず、確かめられることから始める。
北方調査でも魔力観測でも学んできたことが、合同演習の準備にもつながっている気がした。
◇
午前の授業が終わったあと、シュウはリディア・フェルンへ相談した。
第四班で簡単な連携練習をしたいこと。
合同演習の区域ではなく、学院内の通常の実技場を使いたいこと。
そして、危険な魔法や大きな術式を使用するつもりはないこと。
リディアは最後まで説明を聞いてから、少し考えた。
「目的は、班員同士の連絡と判断の練習ですね」
「はい。作戦会議ではそれぞれの得意分野を確認できたんですけど、実際に動いたときにどうなるかは、まだ分からないので」
「よい考えだと思います。ただし、合同演習の課題を先に体験できるわけではありませんし、実技場の使用には教員の許可が必要です」
「分かっています」
リディアは手元の予定表を確認した。
「今日の放課後なら、第二実技場の一角が空いています。セレナ先生にも確認しておきましょう」
シュウは思わず表情を明るくした。
「ありがとうございます!」
「ただし、練習の内容は簡単なものにしてください。四人で協力することが目的なら、難しい魔法は必要ありません」
「はい」
リディアは穏やかに頷いた。
「それから、アルヴェイン君。昨日は研究棟で観測を受けたばかりですね。体調に変化はありませんか?」
「ありません。今朝も普段通りでした」
「それならよかったです。観測後だからといって通常の授業を避ける必要はありませんが、何か違和感があれば必ず知らせてください」
シュウは改めて頷いた。
先生たちは、黒い魔力のことだけを特別扱いしているわけではない。
学生としての生活を続けながら、必要な確認を重ねていく。
その方針が、シュウにはありがたかった。
◇
昼休み、シュウが第四班の三人へ相談すると、最初に反応したのはフィン・ラデルだった。
「実技場で連携練習? いいじゃん!」
フィンは目を輝かせ、食堂の卓へ身を乗り出した。
「俺、昨日の作戦会議から、実際に動いてみたいと思ってたんだよ。地図を見て考えるのも面白かったけど、やっぱり身体を動かさないと分からないことってあるだろ?」
「そう思って、先生に相談してみたんだ」
シュウが答えると、フィンは嬉しそうに笑った。
「さすが班長!」
その隣で、セシリアが少しだけ眉を寄せた。
「フィンさん、楽しみなのは分かりますけど、今日は合同演習の本番ではありませんよ。危険なことはしないという条件ですからね」
「分かってるって。俺だって、いきなり大きな魔法を使うつもりはないよ」
フィンはそう言ってから、少し考えた。
「でも、何するんだ? 四人で魔法を撃ち合うわけじゃないんだろ?」
「もちろん違うよ」
シュウは苦笑した。
「簡単な確認課題を作って、四人で相談しながら進める練習にしようと思ってる」
ミリア・ハーゼンは、手元の小さな記録帳へ視線を落としていた。
彼女はしばらく考えたあと、静かに顔を上げた。
「それでしたら、結果だけでなく、途中で何を確認したかも記録しておきたいです」
「うん。お願いできる?」
「はい。ただ、私がずっと記録をしていると、周囲を見る時間が減るかもしれません」
その言葉に、シュウは少し驚いた。
先日の作戦会議では、ミリアが記録をまとめる役割を自然に引き受けてくれていた。
しかし、実際に動く練習では、記録だけを担当させるのが正しいとは限らない。
「そうだな。今日はミリアにも周囲を確認してもらいたいし、記録は交代してもいいかもしれない」
ミリアは少し安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます。私も、観察だけでなく、皆さんと一緒に判断する練習をしたいと思っていました」
フィンが大きく頷いた。
「いいな、それ。じゃあ俺も記録やってみるか!」
セシリアが少し笑った。
「フィンさん、記録は丁寧にお願いしますね」
「分かってるって! 字はちょっと勢いがあるけど、読めないほどじゃないから」
「勢いがある字って何だよ」
シュウが思わず尋ねると、フィンは得意げに笑った。
「見れば分かる!」
その返事に、四人の間で笑いが起こった。
ミリアも口元へ手を添え、小さく肩を揺らしていた。
シュウはその様子を見ながら、少し嬉しくなった。
最初の顔合わせでは、互いに遠慮していた四人だった。
それが今では、冗談を交えながら意見を言えるようになっている。
まだ付き合いは短い。
それでも、第四班という集まりが少しずつ形になってきたように感じられた。
◇
放課後、第二実技場の一角には、簡単な確認課題が用意されていた。
広い石床の上に低い木製の目印がいくつか置かれ、その間には小さな障害物が配置されている。さらに、指定された場所には魔力を流すと淡く反応する確認板が設置されていた。
課題を準備してくれたのはセレナだった。
「今日は、四人で指定された確認板を調べ、結果を記録する練習をしてもらいます」
セレナは実技場の端に立ち、四人へ説明した。
「ただし、確認板へ魔力を流すだけでは終わりません。途中にある障害物をどう避けるか、誰がどの役割を担当するか、班で相談して決めてください」
シュウは頷いた。
「分かりました」
「魔法の使用は最小限にしてください。危険な術式や大きな出力は禁止です。今日は速さを競う練習ではありません」
フィンが少し残念そうな顔をしたが、すぐに頷いた。
「はい。安全第一でやります」
セレナはその返事を聞き、少しだけ微笑んだ。
「それから、アルヴェイン君。班長として一つだけ覚えておいてください」
「はい」
「班長は、すべての作業を自分で行う人ではありません。全員が安全に判断できるよう、状況を共有する役割もあります」
シュウはその言葉を胸に留めた。
昨日までにも、似たようなことを何度も言われている。
けれど、実際にできるかどうかは別だ。
「分かりました。気をつけます」
セレナは頷き、四人へ開始の合図を出した。
◇
最初の確認地点は、実技場の中央から少し離れた場所にあった。
そこへ向かうには、二つの経路がある。
一つは障害物の間を通る短い道。
もう一つは、少し遠回りになるものの、障害物を避けられる広い道だった。
フィンが地面の目印を見比べ、すぐに口を開いた。
「短い方でも行けそうだな。障害物もそんなに高くないし」
シュウは頷いた。
「そうだな。じゃあ、まず短い方を――」
そこまで言いかけて、セシリアが静かに手を挙げた。
「シュウさん、少し待ってください」
「どうした?」
「確認板へ到着する前に、周囲の状態を調べることも練習の目的ですよね。今の段階では、障害物の向こう側がどうなっているか分かりません」
シュウは目を向けた。
確かに、手前から見える範囲だけでは、障害物の向こう側の状態までは確認できない。
「……そうだな。先に確認しよう」
フィンも頷いた。
「俺、ちょっと前へ行って見てくるよ」
「待ってください」
今度はミリアが声をかけた。
フィンが足を止める。
「何かある?」
「この目印、確認板の方向を示しているだけで、通行可能な経路を示しているわけではないと思います」
ミリアは床に置かれた小さな木札を指した。
そこには確認地点の番号が記されている。
しかし、進行方向を示す矢印は描かれていなかった。
「つまり、短い方を通るよう指定されているわけではないんですね」
セシリアが言うと、ミリアは頷いた。
「はい。どちらの経路を選んでもよいのなら、まず安全に確認できる場所から見た方がいいと思います」
シュウは少し考えた。
フィンの案は間違っていない。
短い経路を通れる可能性はある。
けれど、今はその安全性を確認できていない。
「じゃあ、まず広い方から少し進んで、障害物の向こうを確認しよう」
三人が頷いた。
シュウはそのまま先頭へ出ようとした。
だが、フィンが声をかける。
「シュウ、俺が前を見てもいいか?」
「え?」
「さっき短い方を通れそうだって言ったの、俺だしさ。実際にどこが見えて、どこが見えないか確かめたいんだ」
シュウは一瞬考え、それから頷いた。
「分かった。じゃあフィンに先頭をお願いする。俺は後ろから全体を見るよ」
「任せろ!」
フィンは嬉しそうに笑い、歩き始めた。
セシリアがその後ろへ続き、ミリアは周囲の目印を確認しながら進んだ。
シュウは最後尾から三人の様子を見守った。
最初は少し不思議な感覚だった。
班長なのに、先頭を歩いていない。
自分が一番早く確認できるかもしれないのに、ほかの人へ任せている。
しかし、三人の動きを見ているうちに、その違和感は少しずつ薄れていった。
フィンは足元を確認しながら進み、障害物の向こう側が見える位置で立ち止まった。
「ここからなら見えるぞ。向こう側に小さい段差がある」
セシリアが覗き込む。
「確かにありますね。短い経路を通るなら、そこも確認が必要そうです」
ミリアは記録帳へ簡単な図を書き込んだ。
「段差の位置と、見える範囲を残しておきます」
シュウは三人のやり取りを聞きながら、頷いた。
自分が先頭を歩いていたら、同じことに気づけたかもしれない。
けれど、今はフィンが見つけ、セシリアが安全面を確認し、ミリアが記録している。
自分一人で行うより、情報が整理されている気がした。
◇
最初の確認板へ到着すると、四人は魔力反応を調べる準備を始めた。
確認板は低い台座の上に固定され、表面には簡単な術式が刻まれている。
指定された量の魔力を流すと、板の一部が淡く光る仕組みだった。
「誰がやる?」
フィンが尋ねた。
シュウは少し考えた。
自分なら安定して魔力を流せる。
けれど、今日は連携練習だ。
「ミリア、最初の確認をお願いできる?」
ミリアは少し驚いたように顔を上げた。
「私ですか?」
「うん。観察が得意だって言ってたし、反応を見ながら魔力を流す練習にもなると思う」
ミリアは一瞬迷ったあと、頷いた。
「分かりました。やってみます」
彼女は確認板の前へ立ち、右手をかざした。
魔力がゆっくりと流れ、板の一部が淡く光る。
その光は強くも弱くもなく、安定した状態を保っていた。
シュウは少し感心した。
ミリアは大きな魔法を使うのが得意ではないと言っていたが、細かな調整は丁寧だった。
確認板の反応を見ながら、必要以上に魔力を流さないようにしている。
「いい感じだね」
シュウが声をかけると、ミリアは小さく頷いた。
「ありがとうございます。ただ、少しだけ反応が遅れている気がします」
「遅れてる?」
「はい。魔力を流し始めてから、板が光るまでに少し間がありました」
フィンが首を傾げた。
「そういうものじゃないのか?」
「そうかもしれません。でも、確認しておいた方がいいと思います」
ミリアは慎重に答えた。
シュウは頷いた。
「じゃあ、もう一度同じように測ってみよう」
ミリアは再び魔力を流した。
今度も、板が光るまでにわずかな間があった。
セシリアがその様子を見ながら言った。
「魔力を止めたあとも、少しだけ光が残っていますね」
「本当だ」
フィンが目を丸くした。
シュウも確認板へ視線を向けた。
確かに、魔力を止めた直後に光が消えるわけではない。
ほんの短い間だけ、淡い反応が残っている。
シュウは昨日の観測を思い出した。
記録補助器の反応遅れ。
観測板の揺れ。
同じ条件で測っても、完全に一致しない記録。
(ここでも、似たようなことがあるんだな)
ただし、昨日の装置と今日の確認板は別のものだ。
同じ原因だと決めつけるべきではない。
「反応が遅れることと、魔力を止めたあとに光が残ることを記録しておこう」
シュウが言うと、ミリアは頷いた。
「はい。ただ、私の魔力の流し方が一定だったかどうかも分かりませんので、その点も書いておきます」
シュウは少し笑った。
「そうだな。そこも大事だ」
フィンは感心したように腕を組んだ。
「すげえな。俺だったら、光ったから成功って思って終わってた」
ミリアは少し照れたように微笑んだ。
「私も、皆さんと一緒に見ていなければ気づかなかったかもしれません」
セシリアが頷いた。
「一人で見るより、複数の人で確認した方が分かることもありますね」
シュウはその言葉を聞き、静かに頷いた。
◇
二つ目の確認地点へ向かう途中、第四班は小さな問題に直面した。
通路の一部に、低い障害物が並べられていたのである。
障害物の間には細い隙間があり、通れないわけではない。
しかし、四人が並んで進むには狭く、足元を確認しながら一人ずつ通る必要がありそうだった。
フィンが前へ出て、隙間を覗き込んだ。
「ここ、土属性で少し動かせば通りやすくなるんじゃないか?」
シュウも障害物を見た。
確かに、魔法で動かせそうな大きさだった。
自分なら簡単に移動できるだろう。
そう考えた瞬間、シュウは無意識に右手を上げかけた。
「じゃあ俺が――」
「シュウさん」
セシリアの声がした。
シュウは動きを止めた。
セシリアは怒っているわけではなかった。
ただ、まっすぐこちらを見ている。
「その障害物、動かしてもいいものなのでしょうか?」
シュウは一瞬言葉に詰まった。
確かに、セレナからは確認板を調べるように言われていたが、障害物を動かしてよいとは説明されていない。
勝手に配置を変えてしまえば、練習の条件そのものが変わってしまうかもしれない。
「……確認してなかった」
シュウが答えると、セシリアは穏やかに頷いた。
「それなら、まずは動かさずに通れるか考えた方がいいと思います」
フィンも少し驚いた顔をしたあと、苦笑した。
「俺も動かすことしか考えてなかったわ」
ミリアは障害物の横へ回り込み、床に描かれた細い線を確認していた。
「こちら側に、通行可能な範囲を示す線があります。障害物を動かさなくても、一人ずつなら通れそうです」
シュウはその線を見た。
確かに、障害物の間を通るための幅が確保されている。
ただし、足元には小さな段差があり、急いで進むと躓く可能性があった。
「じゃあ、一人ずつ通ろう。先にフィンが確認して、問題なければ順番に進む」
フィンが頷いた。
「了解。ゆっくり行く」
彼は足元を確かめながら障害物の間を通り抜けた。
そのあと、セシリア、ミリア、シュウの順で続く。
全員が無事に通過したところで、シュウは小さく息を吐いた。
魔法を使う必要はなかった。
障害物を動かす必要もなかった。
ただ、周囲を確認し、通れる場所を選べばよかったのだ。
(俺、また自分で解決しようとしてたな)
シュウは少し苦笑した。
セシリアが気づいて止めてくれなければ、確認もせずに魔法を使っていたかもしれない。
それは班長として、あまりよい判断ではなかった。
◇
二つ目の確認板へ到着すると、今度はフィンが魔力を流す役を引き受けた。
フィンは土属性を得意としている。
確認板へ必要な魔力を流すだけなら難しくないはずだったが、最初の試行では少し出力が強くなり、板の光が一瞬だけ明るくなった。
「あっ、ちょっと強かったか」
フィンはすぐに魔力を止めた。
セシリアが確認板の状態を見た。
「壊れてはいないようですね。でも、次は少し出力を抑えた方がよさそうです」
「分かった。もう一回やってみる」
フィンは深呼吸し、再び魔力を流した。
今度は先ほどよりもゆっくりとした反応が現れ、板の光も安定した。
シュウはその様子を見ながら、フィンの集中した表情に気づいた。
普段は勢いよく話し、思ったことをすぐ口にする。
けれど、魔法を扱うときには、失敗をそのままにせず、どうすればよくなるか考えている。
フィンは決して、勢いだけで動く学生ではないのだ。
「今の、かなりよかったと思う」
シュウが声をかけると、フィンは嬉しそうに笑った。
「だろ? 俺、細かい制御はまだ苦手だけど、少しずつ慣れてきたんだ」
ミリアは記録帳へ結果を書き込みながら言った。
「一度目と二度目で、光の強さが違いました。魔力量の差による可能性がありますが、正確な原因は分かりません」
フィンは頷いた。
「そうだな。俺も一回目は強く流しすぎた感じがしたし」
セシリアが穏やかに微笑んだ。
「でも、二度目は落ち着いていましたよ。自分で調整できたのは大きいと思います」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいな」
フィンは少し照れくさそうに笑った。
シュウはそのやり取りを見ながら、第四班の雰囲気がさらに柔らかくなっていることを感じた。
誰かが失敗しても、責めるのではなく、次にどうすればいいか考える。
誰かが気づいたことを、ほかの人が受け止める。
その積み重ねが、少しずつ信頼につながっているのかもしれない。
◇
練習が終わるころ、セレナが四人のもとへ歩いてきた。
「お疲れさまでした。どうでしたか?」
シュウは少し考えた。
「思っていたより、確認することが多かったです」
「例えば?」
「最初の経路では、短い道を選ぶ前に障害物の向こう側を確認する必要がありました。それから、確認板の反応にも少し遅れがあって、魔力を流すだけでは分からないことがありました」
セレナは頷いた。
「ほかには?」
シュウは少し迷った。
そして、正直に答えた。
「俺が、何でも自分でやろうとしてしまいました」
三人がシュウへ視線を向けた。
シュウは少し苦笑した。
「障害物を見たとき、確認もせずに魔法で動かそうとしたんです。でも、セシリアが止めてくれて、ミリアが通れる場所を見つけてくれました」
セレナは静かに頷いた。
「それは大切な気づきですね」
「はい」
「アルヴェイン君は魔法の適性が広く、魔力量にも余裕があります。だからこそ、できることをすぐに実行しようとするかもしれません」
シュウは頷いた。
「でも、班長として必要なのは、自分が一番多くの作業をすることではありません」
セレナは四人を見回した。
「誰が何を確認し、どんな情報を共有するか。その判断を班全体で行えるようにすることが重要です」
フィンが大きく頷いた。
「今日、俺も結構勉強になりました。最初は短い道を通ることばっかり考えてたんですけど、実際には確認しないと分からないことが多かったです」
セシリアも続けた。
「私は、安全面を気にすることが多いのですが、慎重になりすぎて進めなくなるのもよくないと思いました。必要な確認をしたうえで、判断することが大切ですね」
ミリアは少し考えてから口を開いた。
「私は、記録を残すことに集中しすぎると、周囲の動きを見落とすかもしれないと感じました。今日は皆さんと一緒に確認できたので、少し安心しました」
セレナは三人の言葉を聞き、満足そうに頷いた。
「よい振り返りだと思います。合同演習では、今日よりも多くの判断が必要になるでしょう。でも、最初から完璧である必要はありません」
シュウはその言葉を聞き、少し肩の力が抜けた。
完璧でなくてもいい。
ただし、間違いに気づいたら修正する。
それが、今の第四班に必要なことなのだろう。
◇
第二実技場を出るころには、夕方の風が少し冷たくなっていた。
四人は並んで校舎へ向かいながら、今日の練習について話した。
「いやあ、思ったより面白かったな!」
フィンが楽しそうに言った。
「最初はもっと簡単な練習だと思ってたけど、実際にやると色々あるんだな」
「そうですね。私も、皆さんと一緒に動いてみて分かったことがありました」
セシリアが頷いた。
ミリアは記録帳を胸元へ抱え、少しだけ微笑んだ。
「私もです。作戦会議のときより、皆さんの考え方が分かった気がします」
シュウは三人の顔を見回した。
「俺も同じだよ。今日はありがとう」
フィンが少し驚いた顔をした。
「何だよ、急に」
「いや、俺が班長なのに、何度も助けてもらったから」
シュウが答えると、フィンは笑った。
「それでいいんじゃないか? 班なんだし」
セシリアも微笑んだ。
「そうですよ。班長だからといって、全部一人でできる必要はありません」
ミリアは静かに頷いた。
「私も、皆さんに助けていただきました。今日の練習は、四人で進められたから意味があったと思います」
シュウはその言葉を聞き、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。
第四班は、まだ始まったばかりだ。
けれど、今日の練習を通して、少しだけ本当の班になれた気がした。
◇
夕食時、いつもの五人が集まると、エリオットが早速尋ねてきた。
「第四班の練習、どうだった?」
「結構面白かったよ。でも、俺が何でもやろうとして、ちょっと反省した」
シュウが答えると、エリオットは少し笑った。
「やっぱり?」
「やっぱりって何だよ」
「昨日も言ったでしょ。シュウはできることが多いから、つい自分でやろうとしそうだって」
シュウは苦笑した。
「本当にその通りだった」
ダンが身を乗り出した。
「何があったんだ?」
シュウは今日の練習について話した。
短い経路を選ぶ前に周囲を確認したこと。
ミリアが確認板の反応の遅れに気づいたこと。
フィンが魔力の出力を調整し直したこと。
そして、障害物を魔法で動かそうとしたところをセシリアに止められたこと。
ユリウスは静かに頷いた。
「いい練習だったと思う。実際に動くと、地図だけでは分からないことが出てくるから」
「うん。俺もそう思った」
セシリアが微笑んだ。
「それに、フィンさんもミリアさんも、思っていた以上に頼もしかったです」
「へえ。第四班、結構いい感じなんだな」
ダンが笑った。
「うん。来週の演習が楽しみになってきたよ」
シュウは素直に答えた。
エリオットは少し嬉しそうに頷いた。
「それならよかった」
◇
夜、第一男子寮三百十七号室へ戻ったシュウは、第四班の準備ノートを開いた。
今日の練習で分かったことを整理する。
『第四班・連携練習第一確認』
『実施場所:第二実技場』
『目的:
班員同士の連絡、判断、役割分担の確認。』
『確認事項:
短い経路が必ずしも最適とは限らない。
障害物の配置を勝手に変更しない。
確認板の反応には遅れがある場合がある。
魔力の出力は必要な範囲に抑える。
記録だけでなく、周囲の状況も確認する。』
『班員の特徴:
セシリア――安全面への配慮が的確。必要なときにははっきり意見を言える。
フィン――行動力があり、失敗を認めて修正できる。
ミリア――細かな変化に気づき、慎重に記録できる。
シュウ――複数属性へ対応できるが、自分で解決しようとしすぎる傾向がある。』
そこまで書いてから、シュウは少し考えた。
最後の一行は、今日一番大切な気づきかもしれない。
自分が強い魔法を使えることと、班長としてよい判断ができることは別だ。
むしろ、できることが多いからこそ、周囲へ任せることを覚えなければならない。
シュウは筆を置き、ノートを閉じた。
エリオットは向かい側で教科書を読んでいたが、シュウが顔を上げると、少し笑った。
「何か、今日は満足そうだね」
「うん。第四班のこと、少し分かった気がする」
「よかったね」
「でも、まだ本番じゃないからな。来週までにもう少し準備したい」
エリオットは頷いた。
「うん。でも、今日みたいに少しずつでいいと思うよ」
シュウも頷いた。
黒い魔力の観測は、次の予定が決まるまで待つことになっている。
北方調査も、まだ確認すべきことが多い。
そして、来週には合同演習がある。
どれも一度に答えを出せるものではない。
それでも、今日の第四班の練習を通して、少しだけ前へ進めた気がした。
《マスター》
アルカディアの声が響いた。
(……何だよ)
《本日の連携練習、お疲れさまでした》
(おう。結構勉強になったよ)
《かつてのマスターは、暗黒帝国の最高司令官として、すべての部下へ完璧な指示を出す設定でした》
(またその話かよ)
《しかし、今回確認した設定資料には、少々問題があります》
(問題?)
《マスターは、部下の能力を最大限に引き出すため、すべての作業を自ら行うと記載されています》
(……それ、部下いらなくない?)
《はい。さらに、部下はマスターの働きを見守り、全員で称賛する役割です》
(ただの観客じゃねえか!)
シュウは思わず机へ額をつけた。
エリオットが顔を上げる。
「また昔の設定?」
「うん。俺、昔は部下の能力を引き出すために、全部自分でやる司令官だったらしい」
「……それ、部下は何するの?」
「俺を褒める」
エリオットは数秒黙ったあと、笑い始めた。
「それなら、今日の第四班の方がずっといいね」
「本当にそう思う」
シュウは苦笑しながら顔を上げた。
昔の自分は、誰よりも強く、誰よりも偉く、すべてを一人で解決できる存在に憧れていたのかもしれない。
けれど、今は少し違う。
自分が見落としたことを教えてくれる仲間がいる。
自分にはない得意分野を持つ仲間がいる。
そして、失敗しても一緒に考えてくれる仲間がいる。
その方が、ずっと心強い。
シュウは窓の外へ視線を向けた。
夜の学院は静かで、遠くの校舎にはまだいくつか灯りが残っている。
来週の合同演習では、今日よりも難しい判断が必要になるだろう。
それでも、第四班の四人なら、きっと一緒に考えて進める。
シュウはそう思いながら、机の上を片づけた。
黒い魔力の謎も、北方の古い記録も、まだ答えは出ていない。
けれど、学院で過ごす日々の中には、確かに小さな前進がある。
その一つ一つを大切にしながら、シュウは部屋の灯りを落とした。




