第68話 第四班の作戦会議は、最短距離を選ぶところから揉めました
王立魔法学院の朝の中庭には、前夜の雨が残した湿り気が漂っていた。
校舎を囲む木々の葉には小さな水滴が残り、雲の隙間から差し込む日差しを受けて淡く輝いている。石畳はほとんど乾いていたものの、建物の陰にはまだ濃い色の部分があり、そこを避けながら歩く学生たちの足音が朝の空気に重なっていた。
シュウ・アルヴェインは第一男子寮三百十七号室の机に向かい、合同演習の説明書を読み返していた。
来週実施される演習では、森林環境を模した区域を四人一組で移動し、指定された確認地点の状況を記録することになっている。
昨日発表された班編成によって、シュウは第四班の班長を務めることになった。
班員はセシリア・ノール、フィン・ラデル、ミリア・ハーゼンの三人である。
セシリアは以前から親しくしている友人だが、フィンとは同じ三組で授業を受ける程度の付き合いであり、ミリアとは挨拶以上の会話を交わしたことがほとんどなかった。
昨日の顔合わせでは、それぞれの得意分野を確認した。
しかし、実際に一緒に何かを判断したわけではない。
(班長になったはいいけど、まだ三人のことを十分に知らないんだよな)
シュウは説明書の端を指で押さえながら考えた。
自分には比較的多くの魔法が使える。
魔力量にも余裕がある。
けれど、それだけで班をまとめられるとは思わなかった。
むしろ、自分が何でもできると思ってしまう方が危険かもしれない。
昨日、エリオットにもセシリアにも、全部を一人で引き受けないように言われたばかりだった。
「また合同演習の説明書?」
背後からエリオット・ファーレンが声をかけてきた。
振り返ると、彼は制服の上着を整えながら、少し楽しそうにこちらを見ていた。
「うん。今日の放課後、第四班で作戦会議をすることになったから」
「もう決めたんだ?」
「昨日、別れる前に相談した。最初から難しいことをするつもりはないけど、地形図を見ながら話しておこうと思って」
エリオットは頷き、机の上の説明書へ目を向けた。
「いいね。僕たちの第二班も、明日少し集まる予定だよ」
「ユリウスも一緒だよな」
「うん。ユリウスはもう確認したい項目をまとめてるみたい」
「さすがだな」
シュウが笑うと、エリオットも笑った。
「でも、シュウも似たようなことしてるよ」
「俺はまだ何も決めてないって」
「だからこそ、みんなで話すんでしょ?」
その言葉に、シュウは少しだけ考え込んだ。
確かに、班長だからといって最初から答えを用意する必要はない。
四人で考えるための場を作ることも、班長の役割なのだろう。
「そうだな。今日は、俺が正解を出す日じゃない」
「うん。第四班がどういう班になるか、楽しみだね」
エリオットはそう言って鞄を持ち上げた。
シュウも説明書を閉じ、机の上を片づけた。
◇
午前の授業が終わったあと、シュウは昼食を取りながら、第四班の作戦会議についてセシリアへ確認した。
「今日の放課後、予定通りで大丈夫?」
「はい。フィンさんとミリアさんにも確認しました。お二人とも問題ないそうです」
「ありがとう。助かった」
セシリアは穏やかに微笑んだ。
「いえ。シュウさんが班長を引き受けてくださったので、私もできることはお手伝いしたいですから」
その言葉に、シュウは少し嬉しくなった。
セシリアは普段から周囲へ気を配ることが多い。
しかし、今回の班では単なる補助役として扱いたくなかった。
彼女自身が考え、判断し、必要なときには意見を言えるようにしたい。
「今日、気になることがあったら遠慮なく言ってくれよ」
「もちろんです」
セシリアは少しだけ表情を引き締めた。
「むしろ、言わなければいけないことは、ちゃんと言うつもりです」
シュウはその言葉を聞き、思わず笑った。
「頼もしいな」
「シュウさんが無理をしそうになったら、止めますから」
「やっぱりそこなんだ」
二人が笑っていると、向かい側のダンが身を乗り出してきた。
「何だよ、第四班だけ楽しそうじゃん!」
「ダンも自分の班で話し合いするんだろ?」
「するけどさ。俺たちの班、最初から意見が分かれてるんだよ」
ダンは少し困ったように頭を掻いた。
「俺は早く確認地点を回りたいんだけど、別のやつが慎重に進もうって言っててさ」
「それ、合同演習らしい悩みだね」
エリオットが笑った。
ユリウスは食事の手を止め、ダンへ尋ねた。
「どうして早く回りたいの?」
「早く終わった方がいいだろ?」
「評価は速さだけじゃないよ」
「分かってるって。でも、遅すぎても駄目じゃないか?」
ユリウスは少し考えた。
「だったら、どこで時間を使うべきか決めたらいいと思う。全部慎重に進む必要もないし、全部急ぐ必要もない」
ダンはしばらく黙り、それから大きく頷いた。
「なるほどな。じゃあ、今日それ言ってみる!」
シュウはそのやり取りを見ながら、少し安心した。
自分たちだけでなく、ほかの班もそれぞれ準備を進めている。
意見が分かれること自体は、悪いことではない。
大切なのは、そこからどうやって一つの判断へまとめるかだ。
◇
放課後、第四班の四人は校舎の一階にある小さな演習準備室へ集まった。
室内には長机が二つ置かれ、壁には学院の演習区域を示した地図が掲げられている。窓際には予備の記録板や筆記具が整理され、ほかの班も使用できるようになっていた。
シュウが到着したとき、フィンはすでに机へ地形図を広げていた。
「お、アルヴェイン。待ってたぞ」
「早いな、フィン」
「こういうの、結構好きなんだよ。地図見てると、どこから行くのが早いか考えたくなるだろ?」
フィンは楽しそうに笑い、地形図の一角を指した。
そこには演習区域の入口と、複数の確認地点が描かれている。
「俺、もう一応考えてきたんだ。入口からこの道を通って、中央の確認地点へ行く。それから東側を回って、最後に南の出口へ戻れば、かなり短い距離で済むと思う」
シュウは地形図を覗き込んだ。
確かに、フィンが示した経路は直線的で、無駄が少ないように見える。
ただし、中央へ向かう途中には小さな斜面が描かれていた。
「この斜面、結構急なのかな」
「そこは土属性で足場を整えればいいんじゃないか?」
フィンはすぐに答えた。
「俺、土属性ならある程度使えるし。ちょっとした段差くらいなら補助できると思う」
その言葉には自信があった。
シュウは頷きかけたが、そこでセシリアが静かに口を開いた。
「フィンさん、その斜面を通る場合、足場を整えるためにどれくらい魔力を使うことになりますか?」
フィンは少し驚いたように顔を上げた。
「え?」
「演習はそこだけではありませんよね。最初の移動で魔力を使いすぎると、そのあと必要になったときに困るかもしれません」
セシリアは責めるような口調ではなかった。
けれど、言葉ははっきりしていた。
フィンは地形図へ視線を戻し、少し考え込んだ。
「……確かに、どれくらいの斜面か分からないな」
「それに、足場を整えたとしても、四人全員が安全に通れるか確認する必要があります」
「そうか。俺が通れるだけじゃ駄目なんだよな」
フィンは頭を掻き、苦笑した。
「悪い。ちょっと早く行くことばっかり考えてた」
「いえ、最短経路を考えてくださったのは助かります」
セシリアは微笑んだ。
「ただ、その経路を使うかどうかは、実際の条件を確認してから決めた方がいいと思います」
シュウは二人のやり取りを聞きながら、地形図へ目を向けた。
フィンの案には合理性がある。
セシリアの指摘にも理由がある。
どちらか一方が間違っているわけではない。
(こういうとき、班長はどうまとめればいいんだろう)
シュウが考えていると、ミリアが静かに手を挙げた。
「あの、少しよろしいでしょうか」
「うん。何か気づいた?」
シュウが尋ねると、ミリアは地形図の右下を指した。
「この図面、中央の斜面について注記があります」
四人が顔を寄せる。
ミリアの指先には、小さな文字が書かれていた。
『降雨後、表層滑りに注意。必要に応じて迂回路を使用すること。』
シュウは思わず目を見開いた。
「……本当だ」
フィンも身を乗り出した。
「うわ、全然気づかなかった」
ミリアは落ち着いた声で続けた。
「昨日から今朝にかけて雨が降っています。ただ、この演習区域が実際にどの程度濡れているかは分かりません。ですから、必ず危険だと決めることもできませんが、少なくとも確認せずに通るべきではないと思います」
シュウはゆっくり頷いた。
「なるほど。じゃあ、フィンの経路は候補として残しておいて、当日の状態を確認する必要があるってことか」
「はい」
ミリアは小さく頷いた。
「それから、こちらに迂回路も描かれています。少し遠回りになりますが、斜面を通らずに中央の確認地点へ向かえます」
セシリアが地形図を確認する。
「こちらなら、魔力を使わずに移動できる可能性がありますね」
「そうですね。ただし、距離が長くなる分、時間はかかります」
フィンはしばらく二つの経路を見比べていた。
そして、少し笑った。
「なるほどな。俺、地図の線ばっかり見てたわ」
シュウが顔を上げる。
「線?」
「うん。どこを通れば早いかってことばっかり考えて、細かい注意書きをちゃんと読んでなかった」
フィンはミリアへ向き直った。
「助かったよ、ハーゼンさん。気づいてくれてありがとう」
ミリアは少し驚いたように瞬きをした。
「いえ。私も、たまたま目に入っただけですから」
「いや、そういうの大事だろ。俺、絶対見落としてたし」
フィンは素直にそう言った。
ミリアは少しだけ表情を和らげた。
「……ありがとうございます」
シュウはそのやり取りを見ながら、胸の奥に小さな手応えを感じた。
四人が初めて、同じ問題についてそれぞれの考えを出した。
フィンは移動の速さと実行方法を考えた。
セシリアは安全と魔力消耗を気にかけた。
ミリアは図面の細かな注記を見つけた。
そして、自分はその意見をまとめる役割を担っている。
(これが、第四班なんだな)
シュウは地形図の横へ二つの経路を書き込んだ。
「じゃあ、今のところはこうしよう。中央の斜面を通る経路と、迂回路の二つを候補にしておく。当日は斜面の状態を確認して、危険がありそうなら迂回する」
三人が頷いた。
「それから、もし斜面を通る場合でも、土属性で無理に足場を作るかどうかは別に判断する。魔力を使う必要があるか、使って安全になるかを確認してから決めよう」
フィンが笑った。
「いいな、それ。俺も納得」
セシリアも頷く。
「私も賛成です」
ミリアは記録用紙へ内容を書き込みながら、静かに答えた。
「では、判断条件も一緒に残しておきますね」
シュウはその言葉に少し驚いた。
「判断条件?」
「はい。どちらの経路を選んだかだけでなく、なぜ選んだかを記録しておけば、演習後に振り返りやすいと思います」
シュウは思わず笑った。
「それ、すごくいいな」
ミリアは少し照れたように視線を落とした。
「ありがとうございます」
◇
作戦会議は、そこから少しずつ活気を帯びていった。
最初は互いに遠慮していた四人だったが、一つの経路について意見を交わしたことで、話しやすくなったらしい。
フィンは地形図を見ながら、別の確認地点へ向かう道を提案した。
「こっちはどうだ? 少し遠回りだけど、平坦そうだし、途中に広い場所がある」
セシリアが確認する。
「休憩を取るなら、確かにこちらの方がよさそうですね。ただ、周囲が開けている分、風が強い場合は注意が必要かもしれません」
「風か。そういうのもあるのか」
フィンは感心したように頷いた。
ミリアは地形図の縮尺を確認し、距離を概算した。
「こちらの経路なら、中央の確認地点までの移動距離は少し長くなります。ただ、斜面を避けられるので、移動速度が安定する可能性があります」
シュウはその説明を聞きながら、二つの経路を比較した。
距離だけならフィンの最初の案が短い。
しかし、斜面で時間を使う可能性を考えると、迂回路の方が結果的に早くなることもあり得る。
「結局、最短距離が最短時間とは限らないんだな」
シュウが言うと、フィンが大きく頷いた。
「それ、今日一番勉強になったかも」
セシリアが微笑んだ。
「でも、最初にフィンさんが短い経路を見つけてくださったから、比較できたんですよ」
「そう言われると嬉しいな」
フィンは少し照れくさそうに笑った。
ミリアも静かに頷く。
「最初の案がなければ、注意書きの意味もそこまで意識しなかったと思います」
シュウは三人の顔を見回した。
それぞれの得意分野が違う。
考え方も違う。
けれど、その違いがあるからこそ、一人では気づかなかったことを見つけられる。
シュウはそのことを、実際の話し合いを通して理解し始めていた。
◇
話し合いが一段落したころ、フィンが椅子の背へ身体を預けた。
「いやあ、思ったよりちゃんとした作戦会議になったな」
「思ったよりって何だよ」
シュウが笑うと、フィンは少し慌てた。
「いや、悪い意味じゃないぞ! 最初はもっと簡単に決まると思ってたんだ」
「俺もそう思ってた」
シュウは素直に答えた。
「でも、実際に話してみると考えることが多いな」
セシリアが頷いた。
「それに、今のうちに意見を言いやすくなっておくことも大切だと思います」
ミリアは記録用紙を整えながら、静かに口を開いた。
「私も、少し安心しました」
シュウが顔を向ける。
「安心?」
「はい。私は、あまり大きな声で意見を言うのが得意ではありませんので」
ミリアは少しだけ視線を落とした。
「今日も、最初は注記に気づいても、すぐに口を挟んでいいのか迷いました」
その言葉に、フィンが驚いたように目を見開いた。
「えっ、そうだったのか?」
「はい。皆さんが経路について話していたので、途中で止めてしまうのは失礼かもしれないと思って」
セシリアが穏やかに首を振った。
「そんなことはありませんよ。大切なことに気づいたなら、遠慮なく言ってください」
シュウも頷いた。
「俺も同じ意見だよ。むしろ、気づいたことを言ってもらえない方が困る」
ミリアは少し驚いたように顔を上げた。
「……そうでしょうか」
「うん。今日だって、ミリアが言ってくれなかったら、斜面の注意書きを見落としたままだったかもしれないし」
フィンも大きく頷いた。
「本当にそうだよ。俺なんか、完全に見落としてたからな」
ミリアは三人の顔を見回した。
それから、少しだけ微笑んだ。
「ありがとうございます。次からは、もう少し早くお伝えするようにします」
シュウはその言葉を聞き、嬉しくなった。
班長として何か特別なことをしたわけではない。
けれど、四人が少しずつ話しやすくなっている。
それだけでも、今日集まった意味はあったと思えた。
◇
作戦会議が終わるころには、窓の外が夕方の色へ変わっていた。
四人は地形図と記録用紙を片づけ、演習準備室を出た。
廊下へ出ると、ほかの班の学生たちも話し合いを終えたところらしく、あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。
「じゃあ、次は演習前にもう一回確認するか?」
フィンが尋ねた。
「そうだな。今日決めたことを忘れないように、短く確認できる時間があるといいと思う」
シュウが答えると、セシリアが頷いた。
「そのときは、当日の持ち物や連絡方法も確認しましょう」
「記録用紙は私が整理しておきます」
ミリアが言った。
「次に集まるとき、皆さんが見やすいようにまとめておきますね」
「ありがとう、ミリア」
シュウが礼を言うと、ミリアは少し照れたように笑った。
フィンはその様子を見ながら、楽しそうに言った。
「何か、いい班になりそうだな」
シュウも自然と笑みを浮かべた。
「うん。俺もそう思う」
四人はそこで別れ、それぞれの寮へ向かった。
◇
夕食時、いつもの五人が集まると、エリオットが早速尋ねてきた。
「第四班の作戦会議、どうだった?」
「結構面白かったよ」
シュウは今日の出来事を話した。
フィンが最短経路を提案したこと。
セシリアが魔力消耗と安全面を指摘したこと。
ミリアが地形図の注意書きを見つけたこと。
そして、四人で二つの経路を候補として残すことにしたこと。
話を聞いたユリウスは、静かに頷いた。
「いい判断だと思う。実際の状況が分からないうちに、一つへ決めない方がいい」
「うん。今回はその辺りを意識した」
ダンは少し残念そうな顔をした。
「でもさ、最短経路を使わないかもしれないんだろ? もったいなくないか?」
「危ない可能性があるからな」
「まあ、それは分かるけど」
ダンは少し考え、それから笑った。
「でも、フィンってやつ、俺と気が合いそうだな!」
「確かに、行動的なところは似てるかも」
シュウが言うと、エリオットが笑った。
「でも、フィンはちゃんと注意書きを見落としたって認めたんでしょ?」
「おい、それどういう意味だよ!」
ダンが抗議すると、五人の間に笑いが広がった。
セシリアはその様子を見ながら、穏やかに口を開いた。
「フィンさんは、思ったことを素直に言ってくださる方ですね。少し勢いがありますけど、ほかの人の意見もちゃんと聞いてくれます」
「ミリアは?」
エリオットが尋ねる。
「ミリアさんは、とても丁寧に周囲を見ている方だと思います。今日も、私たちが気づかなかった小さな注記を見つけてくださいました」
シュウも頷いた。
「それに、記録をまとめるのが上手い。何を決めたかだけじゃなくて、どうしてそう決めたかまで残してくれるんだ」
ユリウスが少し感心したように言った。
「それは助かるね。演習後の振り返りにも使える」
「うん。俺もそう思う」
シュウは食事を進めながら、今日の四人の様子を思い返した。
昨日までは、第四班という名前だけが先にあった。
今は、その中にいる三人の顔や声が、少しはっきり浮かぶ。
それぞれの得意なこと。
考え方。
話し方。
そして、まだ少し遠慮している部分。
来週の演習までに、もっと互いを知ることができればいい。
◇
夜、第一男子寮三百十七号室へ戻ったシュウは、合同演習用のノートを開いた。
今日の作戦会議で決まったことを整理する。
『第四班・事前協議』
『班長:シュウ・アルヴェイン』
『班員:
セシリア・ノール
フィン・ラデル
ミリア・ハーゼン』
『経路候補:
中央斜面経由――距離は短いが、降雨後の足場に注意。
迂回路経由――距離は長いが、斜面を避けられる。』
『当日の判断:
斜面の状態を確認する。
魔法で足場を補助する場合も、安全性と魔力消耗を確認する。
危険がある場合は迂回する。』
『班員の特徴:
セシリア――安全面、魔力消耗、補助術式への配慮。
フィン――行動力、経路の提案、土属性による地形補助。
ミリア――細部の観察、注記の発見、判断理由の記録。
シュウ――複数属性への対応、意見の整理。』
そこまで書いてから、シュウは少し考えた。
この記録は、単なる役割分担ではない。
今日の話し合いで、それぞれがどんな考え方をするのか分かった。
フィンは最初に行動へつながる案を出せる。
セシリアは、その案が誰かへ負担をかけないか考えられる。
ミリアは、皆が見落とした細かな情報を拾える。
そして自分は、その意見をまとめ、必要なときに判断する。
(俺一人じゃ、あの結論にはならなかったな)
シュウは筆を置き、少し笑った。
班長になったからといって、自分が一番偉いわけではない。
強い魔法を使えるからといって、何でも決めていいわけでもない。
むしろ、三人の力をきちんと活かせるかどうかが、今回の自分の課題なのだろう。
エリオットは向かい側で教科書を閉じ、シュウへ声をかけた。
「何か、いい顔してるね」
「そう?」
「うん。作戦会議、楽しかったんでしょ?」
「結構な。最初はどうなるかと思ったけど、みんなちゃんと意見を出してくれた」
エリオットは嬉しそうに笑った。
「それならよかった」
「でも、俺もまだ班長として慣れてないからな。来週までにもう少し考えておきたい」
「うん。でも、考えすぎないようにね」
「分かってるって」
シュウが苦笑すると、エリオットは少し真面目な顔になった。
「それに、明日は黒い魔力の観測があるんでしょ?」
シュウは一瞬、動きを止めた。
そうだった。
三日後と聞いていた観測日は、もう明日に迫っている。
合同演習の準備へ意識が向いていたため、少しだけ頭の片隅へ追いやっていた。
「……そうだな」
「緊張してる?」
「少しは。でも、先生たちが準備してくれてるし、無理に何かを試すわけじゃないから」
エリオットは頷いた。
「それならいい。明日も、ちゃんと自分の状態を伝えてね」
「うん」
シュウは静かに答えた。
明日の放課後、研究棟の観測室でグレイとセレナによる魔力観測が行われる。
黒い魔力について、何か新しいことが分かるかもしれない。
しかし、結果を急ぐつもりはなかった。
今日の第四班の作戦会議でも、最初に思いついた経路をそのまま選ばず、条件を確認して判断した。
魔力観測も同じだ。
分からないことを無理に決めつけず、確かめられる範囲から進めればいい。
《マスター》
アルカディアの声が響いた。
(……何だよ)
《第四班の作戦会議、順調だったようですね》
(まあな)
《かつてのマスターは、暗黒帝国の軍議において、すべての作戦を一人で決定する絶対司令官という設定でした》
(またその話かよ)
《しかし、軍議の参加者は十三名と記載されています》
(どうせ十二人未設定なんだろ?)
《その通りです》
(もう驚かねえよ!)
《なお、軍議の最終決定方法は多数決です》
(……は?)
《十三名による多数決で決定すると記されています》
(俺以外いないのに!?)
《はい。さらに、マスターはすべての議題において必ず満場一致で支持されるとあります》
(それ多数決の意味ある!?)
シュウは思わず机へ突っ伏した。
エリオットが顔を上げる。
「今度は何?」
「昔の俺、軍議を十三人でやる設定だったらしい」
「へえ」
「でも十二人未設定」
「また?」
「しかも多数決で決めるのに、俺の意見が必ず満場一致で通る」
エリオットは数秒黙ったあと、笑い始めた。
「それ、話し合いになってないね」
「そうなんだよ!」
シュウは顔を上げ、深いため息をついた。
中学生のころの自分は、誰よりも強く、誰よりも偉く、すべてを決められる存在に憧れていたのかもしれない。
けれど、今日の作戦会議を経験した今は、少し違うことを思う。
自分一人の意見が必ず通るより、誰かが見落としを指摘してくれる方がありがたい。
自分の案を無条件で褒められるより、危険なところを教えてもらえる方が安心できる。
そして、全員が同じ考えを持つより、違う考えを持つ人が集まった方が、いい判断につながることもある。
(昔の俺には分からなかったんだろうな)
シュウは少し笑い、合同演習のノートを閉じた。
第四班は、まだ始まったばかりだ。
今日の作戦会議だけで、すべてが上手くいくと決まったわけではない。
それでも、セシリア、フィン、ミリアの三人となら、互いの違いを活かしながら進める気がした。
明日は黒い魔力の観測。
来週には合同演習。
北方調査も、まだ終わっていない。
やるべきことは少しずつ増えているが、不思議と以前ほど焦りはなかった。
シュウは机の上を片づけ、窓の外へ視線を向けた。
夜の学院は静かで、遠くの校舎にはまだいくつか灯りが残っている。
その穏やかな景色を眺めながら、シュウは明日の予定をもう一度思い返した。
黒い魔力の観測では、どんな結果が出るのだろう。
答えが分かるかどうかは、まだ分からない。
けれど、少なくとも今の自分には、結果を一緒に考えてくれる先生たちがいる。
心配してくれる友人たちもいる。
そして、来週の演習では、自分とは違う得意分野を持つ三人と協力することになっている。
シュウは小さく息を吐き、部屋の灯りを落とした。
明日もまた、新しい一日が始まる。




