↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『黒歴史ノートが異世界で最強の魔導書になっていました』  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/98

第68話 第四班の作戦会議は、最短距離を選ぶところから揉めました



 王立魔法学院の朝の中庭には、前夜の雨が残した湿り気が漂っていた。


 校舎を囲む木々の葉には小さな水滴が残り、雲の隙間から差し込む日差しを受けて淡く輝いている。石畳はほとんど乾いていたものの、建物の陰にはまだ濃い色の部分があり、そこを避けながら歩く学生たちの足音が朝の空気に重なっていた。


 シュウ・アルヴェインは第一男子寮三百十七号室の机に向かい、合同演習の説明書を読み返していた。


 来週実施される演習では、森林環境を模した区域を四人一組で移動し、指定された確認地点の状況を記録することになっている。


 昨日発表された班編成によって、シュウは第四班の班長を務めることになった。


 班員はセシリア・ノール、フィン・ラデル、ミリア・ハーゼンの三人である。


 セシリアは以前から親しくしている友人だが、フィンとは同じ三組で授業を受ける程度の付き合いであり、ミリアとは挨拶以上の会話を交わしたことがほとんどなかった。


 昨日の顔合わせでは、それぞれの得意分野を確認した。


 しかし、実際に一緒に何かを判断したわけではない。


(班長になったはいいけど、まだ三人のことを十分に知らないんだよな)


 シュウは説明書の端を指で押さえながら考えた。


 自分には比較的多くの魔法が使える。


 魔力量にも余裕がある。


 けれど、それだけで班をまとめられるとは思わなかった。


 むしろ、自分が何でもできると思ってしまう方が危険かもしれない。


 昨日、エリオットにもセシリアにも、全部を一人で引き受けないように言われたばかりだった。


「また合同演習の説明書?」


 背後からエリオット・ファーレンが声をかけてきた。


 振り返ると、彼は制服の上着を整えながら、少し楽しそうにこちらを見ていた。


「うん。今日の放課後、第四班で作戦会議をすることになったから」


「もう決めたんだ?」


「昨日、別れる前に相談した。最初から難しいことをするつもりはないけど、地形図を見ながら話しておこうと思って」


 エリオットは頷き、机の上の説明書へ目を向けた。


「いいね。僕たちの第二班も、明日少し集まる予定だよ」


「ユリウスも一緒だよな」


「うん。ユリウスはもう確認したい項目をまとめてるみたい」


「さすがだな」


 シュウが笑うと、エリオットも笑った。


「でも、シュウも似たようなことしてるよ」


「俺はまだ何も決めてないって」


「だからこそ、みんなで話すんでしょ?」


 その言葉に、シュウは少しだけ考え込んだ。


 確かに、班長だからといって最初から答えを用意する必要はない。


 四人で考えるための場を作ることも、班長の役割なのだろう。


「そうだな。今日は、俺が正解を出す日じゃない」


「うん。第四班がどういう班になるか、楽しみだね」


 エリオットはそう言って鞄を持ち上げた。


 シュウも説明書を閉じ、机の上を片づけた。


     ◇


 午前の授業が終わったあと、シュウは昼食を取りながら、第四班の作戦会議についてセシリアへ確認した。


「今日の放課後、予定通りで大丈夫?」


「はい。フィンさんとミリアさんにも確認しました。お二人とも問題ないそうです」


「ありがとう。助かった」


 セシリアは穏やかに微笑んだ。


「いえ。シュウさんが班長を引き受けてくださったので、私もできることはお手伝いしたいですから」


 その言葉に、シュウは少し嬉しくなった。


 セシリアは普段から周囲へ気を配ることが多い。


 しかし、今回の班では単なる補助役として扱いたくなかった。


 彼女自身が考え、判断し、必要なときには意見を言えるようにしたい。


「今日、気になることがあったら遠慮なく言ってくれよ」


「もちろんです」


 セシリアは少しだけ表情を引き締めた。


「むしろ、言わなければいけないことは、ちゃんと言うつもりです」


 シュウはその言葉を聞き、思わず笑った。


「頼もしいな」


「シュウさんが無理をしそうになったら、止めますから」


「やっぱりそこなんだ」


 二人が笑っていると、向かい側のダンが身を乗り出してきた。


「何だよ、第四班だけ楽しそうじゃん!」


「ダンも自分の班で話し合いするんだろ?」


「するけどさ。俺たちの班、最初から意見が分かれてるんだよ」


 ダンは少し困ったように頭を掻いた。


「俺は早く確認地点を回りたいんだけど、別のやつが慎重に進もうって言っててさ」


「それ、合同演習らしい悩みだね」


 エリオットが笑った。


 ユリウスは食事の手を止め、ダンへ尋ねた。


「どうして早く回りたいの?」


「早く終わった方がいいだろ?」


「評価は速さだけじゃないよ」


「分かってるって。でも、遅すぎても駄目じゃないか?」


 ユリウスは少し考えた。


「だったら、どこで時間を使うべきか決めたらいいと思う。全部慎重に進む必要もないし、全部急ぐ必要もない」


 ダンはしばらく黙り、それから大きく頷いた。


「なるほどな。じゃあ、今日それ言ってみる!」


 シュウはそのやり取りを見ながら、少し安心した。


 自分たちだけでなく、ほかの班もそれぞれ準備を進めている。


 意見が分かれること自体は、悪いことではない。


 大切なのは、そこからどうやって一つの判断へまとめるかだ。


     ◇


 放課後、第四班の四人は校舎の一階にある小さな演習準備室へ集まった。


 室内には長机が二つ置かれ、壁には学院の演習区域を示した地図が掲げられている。窓際には予備の記録板や筆記具が整理され、ほかの班も使用できるようになっていた。


 シュウが到着したとき、フィンはすでに机へ地形図を広げていた。


「お、アルヴェイン。待ってたぞ」


「早いな、フィン」


「こういうの、結構好きなんだよ。地図見てると、どこから行くのが早いか考えたくなるだろ?」


 フィンは楽しそうに笑い、地形図の一角を指した。


 そこには演習区域の入口と、複数の確認地点が描かれている。


「俺、もう一応考えてきたんだ。入口からこの道を通って、中央の確認地点へ行く。それから東側を回って、最後に南の出口へ戻れば、かなり短い距離で済むと思う」


 シュウは地形図を覗き込んだ。


 確かに、フィンが示した経路は直線的で、無駄が少ないように見える。


 ただし、中央へ向かう途中には小さな斜面が描かれていた。


「この斜面、結構急なのかな」


「そこは土属性で足場を整えればいいんじゃないか?」


 フィンはすぐに答えた。


「俺、土属性ならある程度使えるし。ちょっとした段差くらいなら補助できると思う」


 その言葉には自信があった。


 シュウは頷きかけたが、そこでセシリアが静かに口を開いた。


「フィンさん、その斜面を通る場合、足場を整えるためにどれくらい魔力を使うことになりますか?」


 フィンは少し驚いたように顔を上げた。


「え?」


「演習はそこだけではありませんよね。最初の移動で魔力を使いすぎると、そのあと必要になったときに困るかもしれません」


 セシリアは責めるような口調ではなかった。


 けれど、言葉ははっきりしていた。


 フィンは地形図へ視線を戻し、少し考え込んだ。


「……確かに、どれくらいの斜面か分からないな」


「それに、足場を整えたとしても、四人全員が安全に通れるか確認する必要があります」


「そうか。俺が通れるだけじゃ駄目なんだよな」


 フィンは頭を掻き、苦笑した。


「悪い。ちょっと早く行くことばっかり考えてた」


「いえ、最短経路を考えてくださったのは助かります」


 セシリアは微笑んだ。


「ただ、その経路を使うかどうかは、実際の条件を確認してから決めた方がいいと思います」


 シュウは二人のやり取りを聞きながら、地形図へ目を向けた。


 フィンの案には合理性がある。


 セシリアの指摘にも理由がある。


 どちらか一方が間違っているわけではない。


(こういうとき、班長はどうまとめればいいんだろう)


 シュウが考えていると、ミリアが静かに手を挙げた。


「あの、少しよろしいでしょうか」


「うん。何か気づいた?」


 シュウが尋ねると、ミリアは地形図の右下を指した。


「この図面、中央の斜面について注記があります」


 四人が顔を寄せる。


 ミリアの指先には、小さな文字が書かれていた。


『降雨後、表層滑りに注意。必要に応じて迂回路を使用すること。』


 シュウは思わず目を見開いた。


「……本当だ」


 フィンも身を乗り出した。


「うわ、全然気づかなかった」


 ミリアは落ち着いた声で続けた。


「昨日から今朝にかけて雨が降っています。ただ、この演習区域が実際にどの程度濡れているかは分かりません。ですから、必ず危険だと決めることもできませんが、少なくとも確認せずに通るべきではないと思います」


 シュウはゆっくり頷いた。


「なるほど。じゃあ、フィンの経路は候補として残しておいて、当日の状態を確認する必要があるってことか」


「はい」


 ミリアは小さく頷いた。


「それから、こちらに迂回路も描かれています。少し遠回りになりますが、斜面を通らずに中央の確認地点へ向かえます」


 セシリアが地形図を確認する。


「こちらなら、魔力を使わずに移動できる可能性がありますね」


「そうですね。ただし、距離が長くなる分、時間はかかります」


 フィンはしばらく二つの経路を見比べていた。


 そして、少し笑った。


「なるほどな。俺、地図の線ばっかり見てたわ」


 シュウが顔を上げる。


「線?」


「うん。どこを通れば早いかってことばっかり考えて、細かい注意書きをちゃんと読んでなかった」


 フィンはミリアへ向き直った。


「助かったよ、ハーゼンさん。気づいてくれてありがとう」


 ミリアは少し驚いたように瞬きをした。


「いえ。私も、たまたま目に入っただけですから」


「いや、そういうの大事だろ。俺、絶対見落としてたし」


 フィンは素直にそう言った。


 ミリアは少しだけ表情を和らげた。


「……ありがとうございます」


 シュウはそのやり取りを見ながら、胸の奥に小さな手応えを感じた。


 四人が初めて、同じ問題についてそれぞれの考えを出した。


 フィンは移動の速さと実行方法を考えた。


 セシリアは安全と魔力消耗を気にかけた。


 ミリアは図面の細かな注記を見つけた。


 そして、自分はその意見をまとめる役割を担っている。


(これが、第四班なんだな)


 シュウは地形図の横へ二つの経路を書き込んだ。


「じゃあ、今のところはこうしよう。中央の斜面を通る経路と、迂回路の二つを候補にしておく。当日は斜面の状態を確認して、危険がありそうなら迂回する」


 三人が頷いた。


「それから、もし斜面を通る場合でも、土属性で無理に足場を作るかどうかは別に判断する。魔力を使う必要があるか、使って安全になるかを確認してから決めよう」


 フィンが笑った。


「いいな、それ。俺も納得」


 セシリアも頷く。


「私も賛成です」


 ミリアは記録用紙へ内容を書き込みながら、静かに答えた。


「では、判断条件も一緒に残しておきますね」


 シュウはその言葉に少し驚いた。


「判断条件?」


「はい。どちらの経路を選んだかだけでなく、なぜ選んだかを記録しておけば、演習後に振り返りやすいと思います」


 シュウは思わず笑った。


「それ、すごくいいな」


 ミリアは少し照れたように視線を落とした。


「ありがとうございます」


     ◇


 作戦会議は、そこから少しずつ活気を帯びていった。


 最初は互いに遠慮していた四人だったが、一つの経路について意見を交わしたことで、話しやすくなったらしい。


 フィンは地形図を見ながら、別の確認地点へ向かう道を提案した。


「こっちはどうだ? 少し遠回りだけど、平坦そうだし、途中に広い場所がある」


 セシリアが確認する。


「休憩を取るなら、確かにこちらの方がよさそうですね。ただ、周囲が開けている分、風が強い場合は注意が必要かもしれません」


「風か。そういうのもあるのか」


 フィンは感心したように頷いた。


 ミリアは地形図の縮尺を確認し、距離を概算した。


「こちらの経路なら、中央の確認地点までの移動距離は少し長くなります。ただ、斜面を避けられるので、移動速度が安定する可能性があります」


 シュウはその説明を聞きながら、二つの経路を比較した。


 距離だけならフィンの最初の案が短い。


 しかし、斜面で時間を使う可能性を考えると、迂回路の方が結果的に早くなることもあり得る。


「結局、最短距離が最短時間とは限らないんだな」


 シュウが言うと、フィンが大きく頷いた。


「それ、今日一番勉強になったかも」


 セシリアが微笑んだ。


「でも、最初にフィンさんが短い経路を見つけてくださったから、比較できたんですよ」


「そう言われると嬉しいな」


 フィンは少し照れくさそうに笑った。


 ミリアも静かに頷く。


「最初の案がなければ、注意書きの意味もそこまで意識しなかったと思います」


 シュウは三人の顔を見回した。


 それぞれの得意分野が違う。


 考え方も違う。


 けれど、その違いがあるからこそ、一人では気づかなかったことを見つけられる。


 シュウはそのことを、実際の話し合いを通して理解し始めていた。


     ◇


 話し合いが一段落したころ、フィンが椅子の背へ身体を預けた。


「いやあ、思ったよりちゃんとした作戦会議になったな」


「思ったよりって何だよ」


 シュウが笑うと、フィンは少し慌てた。


「いや、悪い意味じゃないぞ! 最初はもっと簡単に決まると思ってたんだ」


「俺もそう思ってた」


 シュウは素直に答えた。


「でも、実際に話してみると考えることが多いな」


 セシリアが頷いた。


「それに、今のうちに意見を言いやすくなっておくことも大切だと思います」


 ミリアは記録用紙を整えながら、静かに口を開いた。


「私も、少し安心しました」


 シュウが顔を向ける。


「安心?」


「はい。私は、あまり大きな声で意見を言うのが得意ではありませんので」


 ミリアは少しだけ視線を落とした。


「今日も、最初は注記に気づいても、すぐに口を挟んでいいのか迷いました」


 その言葉に、フィンが驚いたように目を見開いた。


「えっ、そうだったのか?」


「はい。皆さんが経路について話していたので、途中で止めてしまうのは失礼かもしれないと思って」


 セシリアが穏やかに首を振った。


「そんなことはありませんよ。大切なことに気づいたなら、遠慮なく言ってください」


 シュウも頷いた。


「俺も同じ意見だよ。むしろ、気づいたことを言ってもらえない方が困る」


 ミリアは少し驚いたように顔を上げた。


「……そうでしょうか」


「うん。今日だって、ミリアが言ってくれなかったら、斜面の注意書きを見落としたままだったかもしれないし」


 フィンも大きく頷いた。


「本当にそうだよ。俺なんか、完全に見落としてたからな」


 ミリアは三人の顔を見回した。


 それから、少しだけ微笑んだ。


「ありがとうございます。次からは、もう少し早くお伝えするようにします」


 シュウはその言葉を聞き、嬉しくなった。


 班長として何か特別なことをしたわけではない。


 けれど、四人が少しずつ話しやすくなっている。


 それだけでも、今日集まった意味はあったと思えた。


     ◇


 作戦会議が終わるころには、窓の外が夕方の色へ変わっていた。


 四人は地形図と記録用紙を片づけ、演習準備室を出た。


 廊下へ出ると、ほかの班の学生たちも話し合いを終えたところらしく、あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。


「じゃあ、次は演習前にもう一回確認するか?」


 フィンが尋ねた。


「そうだな。今日決めたことを忘れないように、短く確認できる時間があるといいと思う」


 シュウが答えると、セシリアが頷いた。


「そのときは、当日の持ち物や連絡方法も確認しましょう」


「記録用紙は私が整理しておきます」


 ミリアが言った。


「次に集まるとき、皆さんが見やすいようにまとめておきますね」


「ありがとう、ミリア」


 シュウが礼を言うと、ミリアは少し照れたように笑った。


 フィンはその様子を見ながら、楽しそうに言った。


「何か、いい班になりそうだな」


 シュウも自然と笑みを浮かべた。


「うん。俺もそう思う」


 四人はそこで別れ、それぞれの寮へ向かった。


     ◇


 夕食時、いつもの五人が集まると、エリオットが早速尋ねてきた。


「第四班の作戦会議、どうだった?」


「結構面白かったよ」


 シュウは今日の出来事を話した。


 フィンが最短経路を提案したこと。


 セシリアが魔力消耗と安全面を指摘したこと。


 ミリアが地形図の注意書きを見つけたこと。


 そして、四人で二つの経路を候補として残すことにしたこと。


 話を聞いたユリウスは、静かに頷いた。


「いい判断だと思う。実際の状況が分からないうちに、一つへ決めない方がいい」


「うん。今回はその辺りを意識した」


 ダンは少し残念そうな顔をした。


「でもさ、最短経路を使わないかもしれないんだろ? もったいなくないか?」


「危ない可能性があるからな」


「まあ、それは分かるけど」


 ダンは少し考え、それから笑った。


「でも、フィンってやつ、俺と気が合いそうだな!」


「確かに、行動的なところは似てるかも」


 シュウが言うと、エリオットが笑った。


「でも、フィンはちゃんと注意書きを見落としたって認めたんでしょ?」


「おい、それどういう意味だよ!」


 ダンが抗議すると、五人の間に笑いが広がった。


 セシリアはその様子を見ながら、穏やかに口を開いた。


「フィンさんは、思ったことを素直に言ってくださる方ですね。少し勢いがありますけど、ほかの人の意見もちゃんと聞いてくれます」


「ミリアは?」


 エリオットが尋ねる。


「ミリアさんは、とても丁寧に周囲を見ている方だと思います。今日も、私たちが気づかなかった小さな注記を見つけてくださいました」


 シュウも頷いた。


「それに、記録をまとめるのが上手い。何を決めたかだけじゃなくて、どうしてそう決めたかまで残してくれるんだ」


 ユリウスが少し感心したように言った。


「それは助かるね。演習後の振り返りにも使える」


「うん。俺もそう思う」


 シュウは食事を進めながら、今日の四人の様子を思い返した。


 昨日までは、第四班という名前だけが先にあった。


 今は、その中にいる三人の顔や声が、少しはっきり浮かぶ。


 それぞれの得意なこと。


 考え方。


 話し方。


 そして、まだ少し遠慮している部分。


 来週の演習までに、もっと互いを知ることができればいい。


     ◇


 夜、第一男子寮三百十七号室へ戻ったシュウは、合同演習用のノートを開いた。


 今日の作戦会議で決まったことを整理する。


『第四班・事前協議』


『班長:シュウ・アルヴェイン』


『班員:

セシリア・ノール

フィン・ラデル

ミリア・ハーゼン』


『経路候補:

中央斜面経由――距離は短いが、降雨後の足場に注意。

迂回路経由――距離は長いが、斜面を避けられる。』


『当日の判断:

斜面の状態を確認する。

魔法で足場を補助する場合も、安全性と魔力消耗を確認する。

危険がある場合は迂回する。』


『班員の特徴:

セシリア――安全面、魔力消耗、補助術式への配慮。

フィン――行動力、経路の提案、土属性による地形補助。

ミリア――細部の観察、注記の発見、判断理由の記録。

シュウ――複数属性への対応、意見の整理。』


 そこまで書いてから、シュウは少し考えた。


 この記録は、単なる役割分担ではない。


 今日の話し合いで、それぞれがどんな考え方をするのか分かった。


 フィンは最初に行動へつながる案を出せる。


 セシリアは、その案が誰かへ負担をかけないか考えられる。


 ミリアは、皆が見落とした細かな情報を拾える。


 そして自分は、その意見をまとめ、必要なときに判断する。


(俺一人じゃ、あの結論にはならなかったな)


 シュウは筆を置き、少し笑った。


 班長になったからといって、自分が一番偉いわけではない。


 強い魔法を使えるからといって、何でも決めていいわけでもない。


 むしろ、三人の力をきちんと活かせるかどうかが、今回の自分の課題なのだろう。


 エリオットは向かい側で教科書を閉じ、シュウへ声をかけた。


「何か、いい顔してるね」


「そう?」


「うん。作戦会議、楽しかったんでしょ?」


「結構な。最初はどうなるかと思ったけど、みんなちゃんと意見を出してくれた」


 エリオットは嬉しそうに笑った。


「それならよかった」


「でも、俺もまだ班長として慣れてないからな。来週までにもう少し考えておきたい」


「うん。でも、考えすぎないようにね」


「分かってるって」


 シュウが苦笑すると、エリオットは少し真面目な顔になった。


「それに、明日は黒い魔力の観測があるんでしょ?」


 シュウは一瞬、動きを止めた。


 そうだった。


 三日後と聞いていた観測日は、もう明日に迫っている。


 合同演習の準備へ意識が向いていたため、少しだけ頭の片隅へ追いやっていた。


「……そうだな」


「緊張してる?」


「少しは。でも、先生たちが準備してくれてるし、無理に何かを試すわけじゃないから」


 エリオットは頷いた。


「それならいい。明日も、ちゃんと自分の状態を伝えてね」


「うん」


 シュウは静かに答えた。


 明日の放課後、研究棟の観測室でグレイとセレナによる魔力観測が行われる。


 黒い魔力について、何か新しいことが分かるかもしれない。


 しかし、結果を急ぐつもりはなかった。


 今日の第四班の作戦会議でも、最初に思いついた経路をそのまま選ばず、条件を確認して判断した。


 魔力観測も同じだ。


 分からないことを無理に決めつけず、確かめられる範囲から進めればいい。


《マスター》


 アルカディアの声が響いた。


(……何だよ)


《第四班の作戦会議、順調だったようですね》


(まあな)


《かつてのマスターは、暗黒帝国の軍議において、すべての作戦を一人で決定する絶対司令官という設定でした》


(またその話かよ)


《しかし、軍議の参加者は十三名と記載されています》


(どうせ十二人未設定なんだろ?)


《その通りです》


(もう驚かねえよ!)


《なお、軍議の最終決定方法は多数決です》


(……は?)


《十三名による多数決で決定すると記されています》


(俺以外いないのに!?)


《はい。さらに、マスターはすべての議題において必ず満場一致で支持されるとあります》


(それ多数決の意味ある!?)


 シュウは思わず机へ突っ伏した。


 エリオットが顔を上げる。


「今度は何?」


「昔の俺、軍議を十三人でやる設定だったらしい」


「へえ」


「でも十二人未設定」


「また?」


「しかも多数決で決めるのに、俺の意見が必ず満場一致で通る」


 エリオットは数秒黙ったあと、笑い始めた。


「それ、話し合いになってないね」


「そうなんだよ!」


 シュウは顔を上げ、深いため息をついた。


 中学生のころの自分は、誰よりも強く、誰よりも偉く、すべてを決められる存在に憧れていたのかもしれない。


 けれど、今日の作戦会議を経験した今は、少し違うことを思う。


 自分一人の意見が必ず通るより、誰かが見落としを指摘してくれる方がありがたい。


 自分の案を無条件で褒められるより、危険なところを教えてもらえる方が安心できる。


 そして、全員が同じ考えを持つより、違う考えを持つ人が集まった方が、いい判断につながることもある。


(昔の俺には分からなかったんだろうな)


 シュウは少し笑い、合同演習のノートを閉じた。


 第四班は、まだ始まったばかりだ。


 今日の作戦会議だけで、すべてが上手くいくと決まったわけではない。


 それでも、セシリア、フィン、ミリアの三人となら、互いの違いを活かしながら進める気がした。


 明日は黒い魔力の観測。


 来週には合同演習。


 北方調査も、まだ終わっていない。


 やるべきことは少しずつ増えているが、不思議と以前ほど焦りはなかった。


 シュウは机の上を片づけ、窓の外へ視線を向けた。


 夜の学院は静かで、遠くの校舎にはまだいくつか灯りが残っている。


 その穏やかな景色を眺めながら、シュウは明日の予定をもう一度思い返した。


 黒い魔力の観測では、どんな結果が出るのだろう。


 答えが分かるかどうかは、まだ分からない。


 けれど、少なくとも今の自分には、結果を一緒に考えてくれる先生たちがいる。


 心配してくれる友人たちもいる。


 そして、来週の演習では、自分とは違う得意分野を持つ三人と協力することになっている。


 シュウは小さく息を吐き、部屋の灯りを落とした。


 明日もまた、新しい一日が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。