第5話 今ある力で、この人を助ける
客室の空気は、昼間とはまるで違っていた。
壁際に置かれた魔導灯の淡い光が室内を照らしているものの、その光さえ黒紫色の靄に遮られ、寝台の周囲だけ薄暗く沈んで見える。窓は閉められているはずなのにカーテンの裾が微かに揺れ、薬草と湯の匂いに混じって、街道で嗅いだ生臭い土のような臭気が鼻の奥へまとわりついてきた。
寝台の上では、街道から救助した男が苦しそうに呼吸を繰り返していた。額には大粒の汗が浮かび、左腕から始まった黒紫色の筋は肩を越え、胸元へ向かって何本にも枝分かれしている。
シュウには、その筋が単なる皮膚の変色ではないことがはっきりと見えていた。
黒紫色の魔力が男の身体の中を流れている。
しかも、その流れは男の中だけで完結していない。
どこか遠くから細い糸を引かれているように、魔力の向きが北へ揃っていた。
『アルカディア。さっきより増えてるよな?』
《はい。客室到着後に確認した残留量と比較し、明確な増加を確認しています》
『このままだとどうなる?』
《対象者への影響を正確には予測できません。ただし生命反応は緩やかに低下しています。現状を維持することは推奨できません》
冷静な声だった。
だからこそ、シュウは余計に焦りを感じた。
今すぐ死ぬわけではない。
だが、このまま朝まで待っていいわけでもない。
その二つは同時に成立する。
「シュウ」
隣に立つローデリックが低い声で呼んだ。
「見えているものを、もう一度説明してくれ」
「この人の左腕から広がってる黒い筋に、街道で見たのと似た魔力が流れてる。さっきまでは身体の中に少し残ってるだけだと思ってたんだけど、今は外から新しい魔力が入ってきてるみたいなんだ」
「外から?」
「うん。目に見える糸が繋がってるわけじゃない。でも、魔力の流れには向きがある」
シュウは寝台の脇まで近づきすぎないよう注意しながら、男の左腕から胸元へ伸びる黒紫色の筋を目で追った。
「流れを逆に辿ると、北へ向かってる。森から来てるって断定はできないけど、少なくとも方向は同じだと思う」
ローデリックは窓の向こうへ一度だけ目を向けた。
この部屋から北部森林を見ることはできない。夜の領都の屋根が連なり、その先には暗い丘陵があるだけだ。
それでも、昼間に救助した男が残した言葉を知っている今、北という方向を偶然として片づけることは難しかった。
「治癒術師殿」
ローデリックが呼ぶと、寝台の反対側に立っていた治癒術師が頷いた。
「先ほどより状態は悪いのか?」
「はい。脈はまだ保たれていますが、先ほどより速く、呼吸も浅くなっています。熱も上がり始めています」
治癒術師は男の身体へ直接触れず、薄い光を掌へ集めながら慎重に状態を確認していた。
「通常の治癒魔法をもう一度試しました。しかし、黒い筋そのものには効果がありません。体力の消耗を僅かに補うことはできますが、原因を取り除けていない以上、このままでは追いつかなくなる可能性があります」
「あとどの程度持つ?」
「申し訳ありません。分かりません」
治癒術師は悔しそうに首を振った。
「私が知る毒や呪詛なら、ある程度の見通しを立てられます。しかしこれは、どちらにも似ているのに、どちらとも違うのです。無理に強い治癒魔法を流せば、逆にこの異常な魔力を刺激する可能性も否定できません」
シュウは唇を噛んだ。
《生命回帰》なら助けられるかもしれない。
少なくともアルカディアの説明では、生きている対象であれば異常魔力汚染も正常な状態へ戻せる。
しかし、今は使えない。
今朝《心装武器》を選択してから、まだ二十四時間が経過していないからだ。
『あとどれくらいで選択時間が終わる?』
《現在の《心装武器》固定時間終了まで、約六時間四十分です》
『長いな……』
《はい》
夜明けより少し後になる。
男の状態がそこまで保つ保証はない。
シュウは無意識に右手を握った。
自分には助けられる力があるかもしれないのに、今は使えない。その事実が、思っていた以上にもどかしかった。
昨夜、二十四時間に一つという制限を初めて聞いたときは、十四歳の自分が余計な設定を作ったとしか思わなかった。能力を選ぶたびに一日固定されるなど、使い勝手が悪いだけだと感じていた。
だが、今は違う。
選択には意味がある。
一つを選べば、別の一つは使えない。
どれだけ強い能力を持っていても、その場で都合のいいものを何でも取り出せるわけではない。
目の前で苦しんでいる人間がいると、その重さが嫌というほど分かった。
「……何かできないかな」
小さく漏れた言葉を、ローデリックが拾った。
「今使える力では無理なのか?」
「分からない。《生命回帰》っていう治癒能力なら、たぶん一番確実なんだけど、使えるようになるまで六時間以上ある」
「昼間使った浄化の水は?」
「水の形態自体が使えなくなってる。《聖澄浄界》を使った代わりに、今の二十四時間が終わるまで水だけ封じられるんだ」
「他の五つは?」
「炎、風、雷、光、闇なら使える」
ローデリックはそこで黙り、息子の返事を考えるように寝台へ視線を戻した。
「なら、その五つで何ができるか考えろ」
「でも、治癒用じゃないよ?」
「治すことだけを考える必要はない」
シュウは父を見る。
ローデリックは寝台の男ではなく、黒紫色の筋へ目を向けていた。
「お前の話では、この男は外から異常な魔力を受け続けているのだろう?」
「たぶん」
「なら、それを止めるだけでも状態が悪化する速度を抑えられるかもしれない。完全に治す力が今使えないなら、使えるようになるまで持たせる方法を考えればいい」
その発想はなかった。
シュウは男の身体を改めて見る。
確かにそうだ。
《生命回帰》が使えないからといって、何もできないと決まったわけではない。
今すぐ完全に治す必要もない。
六時間四十分。
そこまで命を繋ぐ。
それも立派な目的になる。
『アルカディア。外から入ってくる魔力だけ遮断できない?』
《方法を検索します》
返答まで数秒の間があった。
シュウはその間も、男の身体を流れる魔力から目を離さなかった。
《現在使用可能な《心装武器》五形態のうち、異常魔力との干渉適性が最も高いものは光形態です》
『さっき糸を切ったときと同じか』
《はい。《光閃》によって物理的に顕在化した接続を切断できた実績があります》
『でも今は糸が見えない』
《その点が問題となります》
シュウは眉を寄せた。
『見えないだけで、繋がりはあるんだよな?』
《少なくとも、魔力の流入経路は存在すると判断します》
『じゃあ、その経路を見つければ切れるかもしれない?』
《可能性はあります。ただし、対象者の身体そのものへ《光閃》を使用することは推奨しません》
『それは俺もやらないよ』
いくら光属性が異常魔力へ有効そうだからといって、苦しんでいる男へバスターソードの斬撃を撃ち込む気にはなれない。
必要なのは、男と北の何かを繋いでいる部分だけを見つけることだ。
「父さん。試したいことがある」
「危険は?」
「まだ分からない。だから、いきなり攻撃はしない。まず繋がりがどこにあるのか探したい」
「どうやって?」
「光の武器を出して、魔力の反応を見る」
ローデリックは少し考え、治癒術師へ視線を向けた。
「患者を動かす必要は?」
「今のところありません。刺激を与えないのであれば、私は構いません」
「分かった。シュウ、やってみろ。ただし異変があればすぐ止める」
「うん」
シュウは寝台から十分な距離を取り、右手を胸の前へ上げた。
《心装武器》そのものは今朝すでに選択済みだ。新たに能力を解放する必要はなく、六つの形態から現在使用可能なものへ転装すればいい。
「――転装、光」
静かな客室へ声が響く。
右手の周囲へ白い光が集まり、それが腕を包みながら両手へ広がっていった。淡い金色の線を内部へ宿した白銀の刀身が形を成し、やがてシュウの身体ほどもある巨大なバスターソードが完全に姿を現す。
昼間の街道でも見ていたローデリックは驚かなかったが、治癒術師は思わず一歩だけ後ろへ下がった。
「これが……」
「大きいですけど、振り回したりしないので大丈夫です」
「そういう問題なのか判断に困いますが……分かりました」
シュウは苦笑しながら、剣先を床へ向けた。
武器そのものを男へ向けるつもりはない。
『アルカディア。どうすればいい?』
《光形態へ魔力を流し、攻撃として放出せず維持してください。対象者へ流入している異常魔力が光属性へ反応する可能性を確認します》
『分かった』
シュウはバスターソードの柄を握り直した。
攻撃するのではなく、魔力を流す。
昼間に《光閃》を使ったときよりもずっと弱く、刀身を維持するための力を少し増やす程度に留めた。
白銀の刀身を走る金色の線が、ゆっくりと明るさを増した。
部屋の壁や天井へ柔らかな光が反射する。
その瞬間だった。
寝台の男が苦しそうに身体を強張らせた。
「うっ……!」
「止める?」
シュウがすぐに魔力を弱めようとすると、治癒術師が男の脈を確認しながら首を振った。
「お待ちください。脈は大きく乱れていません」
《マスター。異常魔力に変化を確認しました》
シュウは剣を維持したまま、男の身体へ目を凝らす。
黒紫色の筋から滲み出していた魔力が、先ほどよりはっきり見える。
光を嫌っているようだった。
男の身体の中へ広がろうとしていた黒紫色の魔力が、白銀の剣から漏れる光へ触れるたびに僅かに縮み、その流れが一本の方向へ集まり始めている。
「……見えてきた」
「何がだ?」
ローデリックの問いに、シュウは目を逸らさず答えた。
「繋がってるところ。たぶん」
男の左腕から胸へ広がっていた魔力を逆に辿る。
肩。
首の付け根。
さらに、その少し後ろ。
そこから細い黒紫色の流れが空中へ伸びていた。
物理的な糸ではない。
昼間のものより遥かに薄く、普通ならシュウの魔力感知でも見落としていただろう。しかし光のバスターソードが放つ魔力によって異質なものだけが押し出され、輪郭を現し始めている。
その細い流れは壁を通り抜け、北へ向かっている。
『これだよな?』
《流入経路である可能性が極めて高いと判断します》
『切れる?』
《《光閃》による切断を試行することは可能です。ただし、対象者との距離が近いため通常出力は推奨しません》
『もっと弱くできる?』
《可能です》
シュウは少し考えた。
昼間の《光閃》は、黒紫色の糸を簡単に切断した。だが今は、狙う対象が男の首のすぐ後ろにある。
少しでも狙いを外せば危険だ。
「……近すぎるな」
呟くと、ローデリックがすぐに意味を察した。
「切れる場所は見つけたが、男に近いのか?」
「うん。首の後ろから伸びてる。ここで斬撃を飛ばすのは怖い」
「なら、無理にやるな」
「でも、このままじゃ魔力が入り続ける」
「別の場所で切れないのか?」
シュウはその言葉に、北へ伸びる流れを追った。
男の身体から離れれば離れるほど、黒紫色の流れは薄くなっていく。それでも光を維持している間だけは、辛うじて軌跡を確認できた。
首のすぐ後ろで切る必要はない。
流れが繋がっているのなら、少し離れたところでもいいはずだ。
「……できるかも」
シュウはバスターソードを持ったまま、ゆっくり横へ移動した。
寝台から一歩。
二歩。
壁の手前。
黒紫色の流れは、そのまま壁を抜けている。
『壁の向こうでも追える?』
《マスターの魔力知覚範囲内であれば可能です。ただし建材によって精度は低下します》
『じゃあ、外に出た方がいいな』
シュウは父へ説明した。
「この人から離れた場所で繋がりを切れるか試したい。外まで流れを追ってみる」
「俺も行く」
「患者は私が見ます」
治癒術師がすぐに答えた。
「何か変化があれば、騎士を呼びます」
「頼む」
ローデリックとシュウが部屋を出ると、廊下で待っていたレイモンドとエレノアがすぐに近づいてきた。
「どうだった?」
エレノアに尋ねられ、シュウはバスターソードをできるだけ壁へぶつけないよう抱えながら答えた。
「この人と外を繋いでる魔力みたいなのが見つかった。今から屋敷の外まで追ってみる」
「その剣を持ったまま?」
「光を出してると、黒い魔力が見やすくなるんだ」
「廊下の飾りを壊すなよ」
レイモンドが真面目な顔で言う。
「今それ言う?」
「お前の剣は大きすぎる」
「俺が決めたんじゃ……」
そこまで言って、シュウは止まった。
正確には自分が決めた。
十四歳の神代修司が。
《マスターが設定されました》
『分かってるから補足しなくていい』
心の中で返しながら、シュウはバスターソードを少し斜めにして廊下を進んだ。
夜中だというのに、屋敷の一階にはすでに数人の騎士や使用人が起きていた。客室から苦しむ声が聞こえたことで集まってきたらしく、巨大な白銀の剣を抱えて歩くシュウを見て驚いている。
「シュウ様、何か?」
「まだ分からない。危ないかもしれないから、みんな客室と北側の庭には近づかないで」
「承知しました」
騎士が即座に答え、使用人たちを別の廊下へ誘導する。
誰も《心装武器》について騒がなかった。朝から何度も見せたせいで慣れ始めたのか、それとも今がそんな状況ではないと理解しているのかは分からない。
玄関を出ると、夜の冷たい空気が頬へ触れた。
昼間まで暖かかった地面もすっかり冷え、庭の草には薄く夜露が降り始めている。雲の切れ間から月が覗き、屋敷の屋根や木々の輪郭を青白く浮かび上がらせていた。
シュウは足を止め、光の剣へもう一度魔力を流す。
白銀の刀身が明るくなる。
それに反応するように、屋敷の壁を通り抜けていた黒紫色の魔力が再び輪郭を現した。
「こっちだ」
北側の庭へ進む。
ローデリックとレイモンドが少し離れてついてくる。エレノアは客室へ戻り、治癒術師と一緒に男の状態を見ることになった。
庭の端まで来たところで、シュウはようやく十分な距離が取れたと判断した。
ここなら男の身体へ斬撃が届く危険はない。
ただし、別の問題がある。
流れが細すぎる。
少しでも光を弱めると見失いそうになるほど淡く、しかも一定の場所に固定されているわけではない。風に揺れる糸のように僅かに位置を変えながら、それでも北へ伸び続けている。
「父さん。ここで切ってみる」
「男への影響は分かるのか?」
「切ってみないと分からない。だから弱い出力で一本だけやる」
昼間と同じだ。
分からないなら、一度に大きなことをしない。
小さく試して、変化を見る。
シュウはバスターソードを構えた。
『アルカディア。《光閃》をできるだけ小さくする』
《出力調整を補助します。通常使用時の約八パーセントを推奨します》
『そんなに下げて切れる?』
《昼間の接触時に確認した抵抗値から算出しています》
『じゃあ、それで』
刀身へ流す魔力を絞る。
昼間に使ったときは剣全体が明るく輝いたが、今回は刃先の一部分だけに淡い光が集まった。
黒紫色の流れを狙う。
深く息を吸い、ゆっくり吐く。
「――《光閃》」
剣を小さく振る。
放たれた光は、昼間のように街道を横切る斬撃にはならなかった。指ほどの長さしかない白い線が夜の空気を走り、黒紫色の魔力へ正確に触れる。
ぱちん、と小さな音がした。
流れが切れた。
切断された先端が黒い粒子へ変わり、夜の空気へ溶けるように消えていく。
「切れた……」
シュウはすぐに剣を下げた。
「レイモンド!」
ローデリックが兄へ声を飛ばす。
「客室へ行け。男の状態を確認してこい」
「はい!」
レイモンドが屋敷へ駆け戻る。
シュウはその場を動かず、切断した場所を見続けた。
最初の数秒は何も起きなかった。
やがて、北側に残っていた黒紫色の魔力が僅かに揺れ始める。
『アルカディア?』
《切断を確認しました。ただし――》
声が途中で止まった。
『どうした?』
《北方側の魔力反応が再接続を試みています》
「え?」
消えたはずの流れが、少しずつこちらへ伸びてくる。
生き物が手探りで何かを探しているような動きだった。
昼間、切断した黒い糸が男へ戻ろうとした光景を思い出す。
「父さん、まだ終わってない。向こうからまた繋ごうとしてる」
「もう一度切れるか?」
「切るだけなら。でも、同じことを繰り返すだけになるかもしれない」
シュウは考えた。
切る。
戻る。
また切る。
それでは六時間以上持たせるのは難しい。
必要なのは、一度切ったあとに再び繋がらないようにすることだ。
『光で遮る方法は?』
《検索します》
今度は少し長かった。
シュウは黒紫色の流れがこちらへ近づく様子を見ながら待つ。
《光形態の通常機能として、固定型結界は登録されていません》
『じゃあ無理?』
《代替案があります》
『何?』
《光形態の刀身を地面へ固定し、魔力放出を継続することで、周辺に高濃度の光属性領域を形成できます》
『剣を置いとくってこと?』
《はい。ただし《心装武器》はマスターの心と直接接続されているため、一定距離以上離れることはできません。また睡眠中の維持も推奨しません》
『六時間ずっと庭に立ってろってことか』
《最長で》
シュウは思わず顔をしかめた。
できなくはない。
だが、それが最善とも思えない。
「何か問題か?」
ローデリックが尋ねる。
「光の剣をここに出したままにすれば、近づいてくる魔力を抑えられるかもしれない。でも俺がずっとここにいないと駄目みたい」
「朝までか?」
「最長六時間くらい」
「却下だ」
「早いな」
「昼間に戦った人間を、夜通し庭へ立たせる領主がいるか」
「でも、あの人は」
「お前が倒れれば明日使える治癒能力まで使えなくなる可能性がある。今夜だけを見るな」
まただ。
自分は目の前のことだけを考えていた。
男を朝まで持たせる。
そのためなら自分が六時間起きていればいい。
単純な話に思えた。
だが明日、その男を治す役割まで自分が担う可能性がある。
「……じゃあ、交代できないかな」
「何とだ?」
「光そのものなら、魔導灯とか普通の光魔法でも少しは効かない?」
シュウはアルカディアへ確認する。
『俺の光じゃないと駄目?』
《異常魔力が反応しているのは、単純な可視光ではなく光属性魔力です。ただし、この世界の一般的な光属性魔法が同様の抑制効果を持つかは未確認です》
『試す価値はある?』
《あります》
シュウは父へそのまま説明した。
「普通の光属性魔法でも効くかもしれない。俺の剣ほど強くなくても、繋がり直す速度を遅くできるなら朝まで持たせられるかも」
「光魔法を扱える騎士は?」
ローデリックが周囲を見回す。
同行していた夜番の騎士が一人、少し迷いながら手を挙げた。
「生活魔法程度であれば扱えます。照明と、小さな光球を作る程度ですが」
「十分。試してみよう」
シュウは少し安心した。
何もかも自分の力だけでやる必要はない。
父に夕食の席で言われたばかりだった。
「ここに光を出してもらえますか?」
「承知しました」
騎士が右手を前へ出し、短い詠唱を行う。
掌の上に拳ほどの白い光球が生まれた。
シュウのバスターソードほど眩しくはないが、確かに魔力を含んだ光だった。
「もう少し、こっちへ」
黒紫色の流れへ近づけてもらう。
反応はすぐに現れた。
北から伸びてきていた魔力の先端が、光球の近くで僅かに揺らぐ。
「効いてる」
「本当か?」
「完全に止まってはいない。でも、進むのが遅くなった」
シュウはバスターソードの光を少しずつ弱めた。
自分の光がなくても、騎士の光球へ黒紫色の魔力が反応している。
『アルカディア。これなら?』
《流入速度は切断前と比較して大幅に低下しています。ただし完全な遮断には至っていません》
『十分。繋がったらまた切ればいい』
その言葉を口に出してローデリックへ伝える。
「夜番を交代させよう」
ローデリックはすぐに方針を決めた。
「光属性を扱える者を確認し、二人一組でここを監視させる。再び接続が確認された場合はシュウを起こす。ただし、それまでは休ませる」
「俺じゃないと切れないの?」
「今のところはな。だが、ずっと起きている必要もないだろう」
確かにそうだった。
再接続には時間がかかる。
普通の光属性魔法でも進行を遅らせられるなら、数時間くらいは稼げる可能性がある。
そこへ屋敷からレイモンドが戻ってきた。
「父上!」
「どうだ?」
「男の呼吸が少し落ち着きました。治癒術師によれば、黒い筋の広がりも止まっているそうです」
シュウは大きく息を吐いた。
完全に治ったわけではない。
それでも、切断には意味があった。
「よかった……」
緊張が抜けた瞬間、脚に疲労を感じた。
昼間の戦闘からずっと動き続けている。
夕食を食べて一度眠ったとはいえ、身体はまだ十分に回復していなかったらしい。
レイモンドがそんな弟の様子に気づく。
「シュウ、部屋へ戻れ」
「でも」
「父上の指示を聞いていなかったのか?」
「聞いてたけど、もう少し様子を」
「その顔で言っても説得力がないぞ」
レイモンドが近づき、シュウの肩へ手を置いた。
「お前が明日、その治癒能力を使うつもりなら、今は寝ろ。ここは俺たちも見ている」
シュウは兄を見る。
心配そうではあるが、不安だけではない。
任せろと言っている顔だった。
「……分かった」
「素直だな」
「今日だけで何回も同じこと言われたからね」
「なら少しは学んだらしい」
「兄さん、急に偉そうじゃない?」
「兄だからな」
「便利だな、その言葉」
少しだけ笑う。
それだけで、張り詰めていた空気が和らいだ。
シュウは光のバスターソードを消した。
白銀の刀身が淡い粒子となって崩れ、夜風へ溶けるように消えていく。
その瞬間、光球を維持していた騎士が感心したように呟いた。
「何度見ても美しい魔法ですね」
「今は褒めなくていいです」
「申し訳ありません」
「謝られると、それはそれで困る……」
騎士は本気で褒めただけなのだろう。
《心装武器の視覚的評価は極めて良好です》
『お前も今はいいって』
《承知しました》
シュウは父と兄へ任せ、自室へ戻った。
廊下を歩いている途中、客室の前でエレノアとすれ違う。
「もう大丈夫なの?」
「完全には。でも、外から入ってくる魔力を一度切った。普通の光魔法でも戻ってくるのを遅くできそうだから、騎士たちが見てくれるって」
「そう」
エレノアの表情が僅かに緩む。
「なら、あなたは寝なさい」
「母さんまで」
「何か問題が?」
「ありません」
即答すると、エレノアは満足そうに頷いた。
シュウが横を通り過ぎようとしたところで、母の手が肩へ触れる。
「シュウ」
「何?」
「今ある力で助ける方法を考えたのね」
「父さんに言われたからだけど」
「それでも、できたのでしょう?」
「……うん」
「なら、それで十分よ」
優しい声だった。
シュウは少しだけ照れくさくなり、視線を逸らす。
「まだ助かったわけじゃないけどね」
「だから、明日のために休みなさい」
「分かった」
「おやすみ」
「おやすみ、母さん」
自室へ戻り、今度こそベッドへ入る。
枕へ頭を置くと、身体が一気に沈むような感覚があった。
『アルカディア』
《はい》
『何かあったら起こして』
《承知しました》
『でも、どうでもいい報告では起こさないで』
《「どうでもいい」の定義をお願いします》
『……俺の昔の設定を思い出したとか』
《それは重要情報に分類されています》
『分類を変えて』
《検討します》
『検討じゃなくて変えて』
《おやすみなさい、マスター》
『逃げたな?』
返事はなかった。
シュウは小さく息を吐いたが、追及する気力も残っていなかった。
目を閉じる。
今度は眠りに落ちるまで、ほとんど時間がかからなかった。
◇
次に目を覚ましたとき、窓の外は薄く明るくなり始めていた。
春の朝特有の冷たい空気が、僅かに開いていた窓から入り込んでいる。遠くでは鳥が鳴き始め、屋敷の一階からは早起きした使用人たちが動く小さな音も聞こえていた。
シュウはしばらく天井を見つめた。
昨日の出来事が一瞬だけ夢のように感じられる。
だが、胸の奥にはアルカディアの存在があり、机の上には昨夜書いた三つの能力候補が置かれている。
「アルカディア」
《おはようございます、マスター》
「男の人は?」
《夜間に一度、異常魔力の再接続兆候が確認されました》
シュウはすぐに身体を起こした。
「起こされてないけど?」
《光属性魔法を維持していた騎士の出力を増加することで、接続進行が停止しました。マスターを起床させる必要はないと判断しました》
「……そうか」
肩の力が抜ける。
「状態は?」
《私が直接確認可能な範囲では、生命反応は昨夜より安定しています》
「よかった」
少なくとも、夜は越えられた。
シュウはベッドから降り、服を着替える。
「《心装武器》の残り時間は?」
《一時間十二分です》
まだ少しある。
選択が解除されたら、次に何を選ぶのか決めなければならない。
昨夜までは《生命回帰》《万象探知》《心装武器》の三つを候補にしていた。
だが、今は優先順位が少し変わっている。
客室の男には異常魔力が残っている。
森に残された二人の状態も分からない。
もし生きているなら。
「……《生命回帰》かな」
《現時点で選択しますか?》
「まだできないでしょ」
《確認したのみです》
「それに父さんとも話す」
昨夜の自分なら、男を見た瞬間に《生命回帰》を選んでいたかもしれない。
だが今は、一度立ち止まる。
森で何が起きているか分からない。
救助隊の構成も決まっていない。
男が意識を取り戻して、新しい情報が得られる可能性もある。
選択できるようになったからといって、すぐに選ぶ必要はない。
シュウは顔を洗い、客室へ向かった。
廊下では夜番の騎士と朝番の騎士が交代しているところだった。北側の庭には今も小さな光球が浮かべられているらしく、窓越しに淡い白色の光が見えている。
「おはようございます、シュウ様」
「おはよう。夜、大丈夫だった?」
「はい。一度だけ黒い魔力が近づいたそうですが、光を強めたところ止まったと引き継ぎを受けています」
「ずっと見てくれてたんだよね。ありがとう」
「いえ、当然の務めです」
騎士はそう答えたあと、少しだけ笑った。
「それに、シュウ様が方法を見つけてくださったからこそです」
「俺だけじゃないよ。普通の光魔法でも効くって分かったから、みんなでできたんだ」
自分で言ってから、昨夜父に言われたことを思い出す。
自分一人で全部できる能力を探す必要はない。
少しずつ、その意味が分かってきた気がした。
客室の扉を軽く叩く。
「入っていい?」
「どうぞ」
治癒術師の声が返ってきた。
中へ入ると、昨夜まで漂っていた黒紫色の靄はかなり薄くなっていた。完全に消えてはいないものの、魔導灯の光が遮られるほどではない。
寝台の男も、呼吸が落ち着いている。
左腕から胸元まで広がっていた黒い筋は残っているが、それ以上増えた様子はなかった。
「先生、寝てないんですか?」
シュウが尋ねると、治癒術師は苦笑した。
「少しは休みました。年齢的には、シュウ様より夜更かしが堪えるのですがね」
「すみません」
「謝る必要はありません。患者を診るのが私の仕事です」
治癒術師は椅子から立ち上がり、男の顔を見る。
「夜半より状態は安定しています。外部から流れ込んでいた魔力を止めたことが大きかったのでしょう」
「意識は?」
「まだ戻っていません。ただ、昨夜のように苦しむことはなくなりました」
『アルカディア。黒い筋は?』
《残留しています。ただし増加は確認できません》
シュウは少し安心した。
完全に治せてはいない。
だが、朝まで繋ぐという昨夜の目的は達成できた。
「シュウ」
背後から声がした。
振り返ると、ローデリックが扉のところに立っている。すでに普段の服へ着替えており、夜中まで起きていたとは思えないほどいつもの姿だった。
「父さん、寝た?」
「少しはな」
「絶対俺より寝てないよね」
「領主というのは、そういう日もある」
「それ、格好よく言って誤魔化してない?」
「お前にだけは言われたくないな」
昨日から似たようなことを互いに言っている。
シュウは苦笑した。
ローデリックは寝台へ近づき、治癒術師から状態を聞く。
「朝食後に、騎士団の責任者と北部森林について話す。昨夜のうちに、最近森へ入った者の記録も集めさせている」
「何か分かった?」
「まだ詳しくは確認していない。ただ、三日前に森へ入った木こりからは異常の報告がない。二日前に浅い区域へ入った薬草採取者からも同様だ」
「じゃあ、かなり最近なのかな」
「その可能性はある。ただし、彼らが入った範囲で異常がなかっただけかもしれん」
ローデリックは断定しない。
シュウも頷いた。
「この人が起きたら、どこまで入ったのか聞きたいね」
「ああ。それが最も重要だ」
話していると、寝台から小さな音がした。
男の指が動いた。
治癒術師がすぐに近づく。
「聞こえますか?」
瞼が僅かに震える。
シュウとローデリックは邪魔にならないよう一歩下がった。
しばらくして、男の目がゆっくり開く。
昨日の街道で一度目を覚ましたときよりも、焦点が合うまでの時間は短かった。
「……ここ……」
「アルヴェイン家の屋敷です。昨夜から治療を続けています」
治癒術師が落ち着いた声で答える。
男は天井を見たあと、ゆっくり周囲へ視線を動かした。
ローデリックを見つけたところで、昨日の記憶が戻ったらしい。
「……男爵、様」
「そのままでいい。起き上がるな」
ローデリックは寝台の横まで進んだ。
「まず確認する。名前を聞いてもいいか?」
男は乾いた唇を僅かに動かした。
「……ディーン」
「ディーンだな。職業は?」
「冒険者……です」
ローデリックが頷く。
「仲間は二人と言っていたな」
ディーンの表情が変わった。
弱っていた目に、焦りが戻る。
「二人……!」
「落ち着け。助けに向かうためにも、まず状況を聞かせてほしい」
「でも……まだ、森に……」
「分かっている。だからこそ、何も知らずに入るわけにはいかない」
ディーンは何か言い返そうとしたが、身体に力が入らないらしい。治癒術師に肩を支えられ、荒くなりかけた呼吸を少しずつ整える。
シュウはその様子を見ながら、胸が苦しくなるのを感じた。
自分だけ助けられた。
二人が残っている。
昨日、ディーンの顔に浮かんでいた罪悪感は、まだ消えていない。
「ディーンさん」
シュウが声をかける。
男がこちらを見る。
「俺たち、助けに行かないって言ってるわけじゃないです」
「……君は……」
「昨日、街道であなたを見つけた一人です」
ディーンの目が僅かに見開かれる。
「だから教えてください。二人がどこにいるのか。森で何を見たのか。分かれば、その分だけ早く助けに行けます」
すぐに急げと言うより、その方が届くと思った。
ディーンはしばらくシュウを見ていた。
やがて、ゆっくりと頷く。
「……分かりました」
ローデリックが椅子を寝台の横へ持ってくる。
「長く話す必要はない。まず場所だけでいい。どこから森へ入った?」
「北部森林の……西側です。古い見張り小屋へ続く道から……」
ローデリックの眉が僅かに動く。
「旧西監視路か」
「はい」
シュウも場所を知っていた。
北部森林の中でも領都から比較的近い側だ。昔は森の魔物を監視するための小屋が使われていたが、現在は別の位置に新しい詰め所が作られている。
「目的は?」
「薬草採取の護衛……でした。依頼主は……領都の薬師です。俺たち三人で、採取人二人を護衛して……」
「採取人は?」
「先に帰しました」
ローデリックの目が鋭くなる。
「何があった?」
ディーンは一度目を閉じた。
「森の奥で……黒い木を見つけたんです」
客室が静かになる。
昨日の街道で聞いた言葉と同じだった。
「最初は、一本だけでした。枯れているのかと思って……近づかなかった。でも、その先にもあった」
「何本だ?」
「分かりません。十本より多かったと思います。でも……全部が黒いわけじゃない。普通の木の間に、何本かずつ混じっていた」
シュウはその光景を想像した。
森全体が一度に黒く染まっているわけではない。
普通の木々の間に異常なものが点在している。
「それで戻ろうとしたのか?」
「はい。採取人を連れて戻ることにしました。でも帰り道で……地面から黒い根が出てきた」
ディーンの呼吸が僅かに乱れる。
昨日シュウたちが戦ったものと同じだ。
「根が道を塞いだ?」
「最初は一本でした。斬っても……すぐ別の場所から出てきて、俺たちを追ってきた。採取人を逃がして、三人で足止めしました」
「採取人二人は領都へ戻ったのか?」
「分かりません。でも、俺たちより先に森を出たはずです」
ローデリックは扉の近くにいた騎士へ顔を向けた。
「薬師組合へ人を出せ。二日前から今日までに北部森林へ採取人を出した者がいないか確認し、該当者がいれば屋敷へ来てもらえ。無理に連れてくるな。事情を説明して協力を頼め」
「承知しました」
騎士が部屋を出ていく。
ディーンはその背中を見たあと、話を続けた。
「俺たちも逃げました。でも、途中で森の道が……変わってた」
「変わっていた?」
ローデリックが聞き返す。
「木が増えてたんです。昨日まで道だった場所に……黒い木が立ってた。根も地面を這ってて、通れなくなってた」
シュウは父を見る。
単純に魔物が数体出現したという話ではなさそうだった。
「仲間二人はどこに?」
「古い見張り小屋です」
ディーンの声が震えた。
「俺たち、そこまで逃げて……一度、中に入りました。黒い根は小屋の中までは入ってこなかった。だから朝まで待とうって……」
「それなら、なぜ君だけ街道にいた?」
ディーンの右手がシーツを掴んだ。
「夜になる前に……変な音が聞こえたんです」
「音?」
「地面の下から……何かが動いてるみたいな。小屋の床まで震えて……それから壁の隙間から、黒い霧が入ってきた」
シュウの視線が男の左腕へ向く。
黒紫色の筋。
今も残っている異常魔力。
「その霧に触れた?」
「たぶん……」
ディーンも自分の腕を見る。
「左腕が冷たくなって、それから力が入らなくなった。仲間の一人が、俺だけでも外へ知らせろって言って……」
「なぜ君だった?」
「俺が一番……足が速いからです」
短い答えだったが、それだけで状況は十分伝わった。
三人とも残れば、誰にも異常を知らせられない。
だから一人を外へ出した。
それがディーンだった。
「二人の名前は?」
「ガレスと……ミーナです」
「状態は?」
「俺が出たときは、二人とも怪我はしてました。でも歩けてた。ガレスは右肩を根にやられて、ミーナは脚を切って……でも、意識はありました」
「最後に見た場所は古い見張り小屋で間違いないな?」
「はい」
ローデリックは一つずつ確認し、必要な情報だけを聞いていく。
シュウはその横で黙って話を聞いていた。
場所が分かった。
二人の名前も分かった。
少なくともディーンが出発した時点では生きていた。
そして、古い見張り小屋には黒い根が入ってこなかった。
まだ希望はある。
「父さん」
「ああ」
「場所が分かったなら、《万象探知》じゃなくてもいいかもしれない」
ローデリックも昨夜の三候補を覚えていたらしい。
「治癒を優先するか?」
「うん。二人とも怪我してる。それに、ディーンさんみたいな黒い魔力が入ってる可能性もある」
ディーンが戸惑ったように二人を見る。
「治癒……?」
シュウは少し迷った。
《生命回帰》の詳しい効果は、必要以上に広めない方がいいと父から言われている。
「俺、特殊な治癒魔法を使えるかもしれないんです。ただ、今はまだ使えなくて、もう少し時間が必要です」
「俺は……いい」
ディーンは即座に言った。
「二人を……先に」
「それは駄目です」
シュウもすぐに返した。
ディーンが驚いたように目を見開く。
「二人を助けるのと、ディーンさんを助けるのは別の話です。あなたも助けます」
「でも……」
「三人で入ったんですよね?」
「……はい」
「なら、三人で帰ってきてください」
シュウは自分でも少し青臭いことを言っている気がした。
だが、そう思った。
二人を助けるために一人を諦める必要などない。
少なくとも今は、そうしなくて済む可能性がある。
ディーンはしばらく何も言わなかった。
やがて目を閉じ、掠れた声で答える。
「……お願いします」
「はい」
シュウは頷いた。
ローデリックが立ち上がる。
「救助隊の準備を始める。まだ森へ入るとは決定していないが、入る場合に備える」
「父さん」
「お前も候補に入れる。ただし、条件がある」
「何?」
「次の能力を選択する前に、朝食を食べろ」
シュウは一瞬だけ言葉を失った。
「そこ?」
「そこだ」
「もっとこう、危険になったら退けとか、命令を守れとかじゃなくて?」
「それも後で言う。だが昨日からのお前を見ていると、先に食わせておいた方がいい」
治癒術師が小さく笑った。
ディーンまで、苦しそうではあるものの僅かに口元を緩めている。
「父さん、患者さんの前なんだけど」
「事実だろう」
「否定できないのが悔しい……」
《適切な栄養摂取を推奨します》
『お前まで父さん側につくなよ』
《健康管理は補助機能の範囲内です》
『そんな設定まで書いたのか、昔の俺……』
《はい。『最強の戦士とは己の肉体管理にも一切の隙が――』》
『読まなくていい』
《承知しました》
危うく朝から黒歴史を追加されるところだった。
それでも、胸の奥にあった重さは少しだけ軽くなっていた。
何も分からなかった昨日とは違う。
森に残された二人の場所が分かった。
異変が起き始めた範囲についても、少しだけ情報が増えた。
そして今の自分に、何ができるかも見えてきた。
まだ原因は分からない。
森を黒くしているものの正体も分からない。
昨日浄化した木が、このまま普通の木として戻るのかさえ分からない。
だから今日は、全部を解決しに行くのではない。
ガレスとミーナを見つける。
二人を助ける。
そして帰ってくる。
まずはそれだけでいい。
シュウは客室の窓から差し込み始めた朝の光を見た。
《心装武器》の選択時間が終わるまで、あと一時間ほど。
その先で何を選ぶかについては、もうほとんど心が決まっていた。
生きているなら助けられる。
十四歳の自分が、いったいどんな顔をしてそんな能力を書いたのかは考えたくない。
それでも今日だけは、その馬鹿みたいに強すぎる設定があることを、少しだけありがたいと思った。




