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『黒歴史ノートが異世界で最強の魔導書になっていました』  作者: 伊佐波瑞樹


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第21話 普通に測るだけだったはずなのに

入学式当日の昼、王立魔法学院の学生食堂は、昨日までとは比べものにならないほど混雑していた。


 午前中に入学式と学級発表を終えた新入生たちが一斉に押し寄せたうえ、在校生の授業も通常通り行われているらしく、広い食堂のあちこちから食器の触れ合う音と話し声が重なって聞こえてくる。開け放たれた窓からは春の風が入り、焼いた肉や温かなスープの匂いを運びながら、掲示板に貼られた献立表の端を小さく揺らしていた。


「席、ないぞ!」


 料理を載せた盆を持ったダンが、人で埋まった食堂を見渡して眉を寄せる。その後ろではセシリアがスープをこぼさないよう慎重に盆を持ち、ユリウスはパンと煮込み料理だけを選んで静かに立っていた。


「だから先に席を確保した方がいいと言ったでしょう」


「飯取ってる間に空くと思ったんだよ」


「皆さん同じことを考えています」


「ダン、あっち」


 エリオットが食堂の奥を指した。


 六人ほど座れそうな長卓から、ちょうど上級生らしい三人組が立ち上がったところだった。シュウたちが向かうより先に別の新入生二人が席へ近づいたが、卓の端にはまだ十分な空きがある。


「行こう」


 シュウが声をかけると、五人は人の間を抜けて卓へ向かった。


 幸い、全員が並んで座れるだけの場所が残っていた。シュウは盆を置いて腰を下ろし、正面に座ったダンが既に山盛りにしている肉料理を見て、思わず眉を上げる。


「朝も結構食べてなかった?」


「午後は測定だからな」


「朝も同じこと言ってたよね」


「昼になったらもっと必要になるだろ」


「何がですか?」


 セシリアが隣へ座りながら尋ねると、ダンは当然のように胸を張った。


「魔力」


「食事直後に魔力の最大量が急増するという話は、少なくとも私は聞いたことがありません」


「でも腹減ってたら力出ないだろ?」


「それは否定しません」


「じゃあ食う!」


 結論だけは一切揺らがない。


 セシリアは何か言い返そうとして、やめたらしい。小さく息を吐いて自分のスープへ手を伸ばす姿を見て、シュウは笑いながらパンをちぎった。


 こうして五人で食事をすることにも、少しずつ慣れてきた。


 最初に顔を合わせたのは、まだ数日前だ。ローデンの検問所付近で偶然見かけ、その後ミレアで再会し、リーデンから王都までは同じ道を進んだだけだった。


 それなのに今は、入学式が終われば自然に合流し、一緒に昼食を取っている。


 友達。


 そう呼んでもいいのだろうか。


 シュウは口へ運ぼうとしていたパンを一瞬だけ止めた。


「どうした?」


 正面のダンが気づいた。


「いや、何でもない」


「午後の測定が怖くなった?」


「それはちょっとある」


「よし、勝負だな!」


「どうしてそうなるの?」


 間髪入れず返すと、エリオットが隣で笑った。


「ダン、朝からずっとシュウと勝負したがってるよな」


「だって気になるだろ。シュウ、普通に強そうだし」


「普通にって何?」


「何となく」


「一番困る理由だな……」


 シュウは苦笑しながら水を飲んだ。


 北部森林で戦った姿を、ダンたちは知らない。漆黒魔力も、心装武器も、生命回帰も見せたことはなく、シュウがアルヴェイン領でどの程度の魔法訓練を受けてきたのかさえ詳しく話していない。


 だから、ダンが何を根拠に「強そう」と感じているのか、本当に雰囲気程度なのだろう。


「そもそも、午後の測定は勝負ではありませんよ」


 セシリアがスプーンを置いた。


「担任の先生からも説明されたでしょう。今後の授業編成や指導方針のために、現在の能力を確認するものです」


「分かってるって。ただ結果出たら気になるじゃん」


「それは……まあ」


 セシリアの返事が少し鈍った。


 ダンがすぐに気づく。


「ほら、セシリアも気になるんだろ!」


「自分の結果は気になります」


「俺のは?」


「少しは」


「少しかよ!」


「大声を出さないでください」


 近くの席から何人かが振り返り、ダンはようやく声量を落とした。


 シュウは笑いながらも、手元の料理へ視線を戻す。


 自分の結果。


 当然、気になる。


 基礎魔力量。


 魔力制御精度。


 属性適性。


 基本術式への反応。


 学院が用意した四項目の測定で、自分がどう判定されるのか。


《マスター》


 意識の奥で、アルカディアが静かに呼びかけた。


 学院内では会話頻度を抑えると決めたため、朝から必要以上の口出しはしていない。だからこそ声が届いたとき、シュウも少しだけ意識を向ける。


『何?』


《午後の測定について、現時点で一点だけ確認を推奨します》


『漆黒魔力?』


《はい》


 やはりそこか。


 シュウは食事を続けながら、表情を変えないよう気をつけた。


《通常魔力のみを意識的に操作することは可能です。これまでの訓練経験からも、マスターはアルヴェイン家で学んだ一般魔法体系を問題なく使用できます》


『じゃあ、それで測ればいいよね』


《基本的には》


 基本的には。


 嫌な言い方だった。


『何かある?』


《測定器の方式が不明です》


 シュウの手が僅かに止まった。


《マスターが能動的に流した魔力のみを測定する装置であれば、通常魔力だけを使用することで問題ない可能性が高いでしょう。一方、保有魔力そのものへ干渉し、性質や容量を外部から読み取る方式の場合、結果は予測できません》


『……なるほど』


 学院の測定器を、アルカディアはまだ見ていない。


 だから分からない。


 当たり前のことだ。


 アルカディアは便利だが、この世界の全てを知っているわけではない。


『測定器見たら分かる?』


《構造を魔力的に観測できれば、ある程度は》


『じゃあ、それまでは普通にする』


《推奨します》


 それでいい。


 隠そうとして不自然なことをすれば、逆に目立つ。


 何より、学院へ来た目的は学ぶことだ。自分の普通の魔力がどの程度なのかは、シュウ自身も知っておきたい。


「シュウ?」


 隣からエリオットの声がした。


「ん?」


「また考え事?」


「ああ、ごめん」


「午後のこと?」


「うん」


 これは嘘ではない。


「俺も」


 エリオットは笑ったものの、表情には少し硬さが残っていた。皿の端に残った野菜をフォークで何度か動かし、食べるでもなく視線を落としている。


「制御?」


 シュウが尋ねると、エリオットは小さく頷いた。


「十一番だから、結構早いんだよな。先生が大丈夫って言ってたけど、入学試験のときみたいになったら嫌だなって」


「水球を机まで飛ばしたやつ?」


「うん。あのときも最初は普通だったんだよ。もう少し魔力を込めてって言われて、その瞬間に一気に出た」


 エリオットは自分の右手を見た。


「魔力が少ないわけじゃないらしいんだけど、細かく調整するのが苦手なんだ。十出したいのに、七くらいから急に十五になる感じ」


「それは難しそうだね」


「だから今日も、測定器壊したらどうしようって」


「それは俺が心配する方じゃなかった?」


「二人で壊したら仲間だな」


「仲間になりたくないよ」


 シュウが即座に返すと、エリオットの表情が少し緩んだ。


 無理に「大丈夫」と言うことはしない。


 本当に大丈夫かどうかは、まだ分からない。


 ただ、リディアは失敗しても合否には関係しないと言った。測定は、今できることとできないことを知るために行う。


「先生もいるし、段階的にやるって言ってたでしょ」


「うん」


「もし七から十五になるなら、それも先生が知った方がいいんじゃない?」


 エリオットが顔を上げた。


「隠して十を出せるふりするより、今はここの調整が苦手ですって分かった方が、教えてもらいやすいと思う」


「……そうか」


「たぶんね。俺も今日が初日だから偉そうなこと言えないけど」


「いや」


 エリオットは少し考えたあと、ようやく残っていた野菜を口へ運んだ。


「それでいい気がする」


「ならよかった」


「シュウは?」


「俺?」


「何が怖い?」


 今度は自分が聞かれた。


 シュウは答えに詰まる。


 測定器が自分の中の何を拾うか分からない。


 そんなことは言えない。


「……変な結果が出たらどうしよう、かな」


「変な結果?」


「自分で思ってるのと違うとか」


「ああ」


 エリオットは納得したらしい。


「じゃあ同じだな」


「同じ?」


「今の自分がどうなってるか分からないのが怖い」


 その言葉に、シュウは少しだけ目を見開いた。


 完全に同じではない。


 でも、近い。


「そうかも」


 今度は素直に頷いた。


     ◇


 昼食を終えた五人は、中央広場で一度別れた。


 二組と三組では測定場所こそ同じ第一測定棟だが、集合位置と順番が異なる。ダンは最後まで「結果分かったら教えろよ!」と繰り返し、セシリアに背中を押されながら二組の集合場所へ向かっていった。


「ダンさん、自分の測定に集中できるのでしょうか」


「たぶん本番になったらするんじゃない?」


 シュウが答えると、セシリアは少しだけ不安そうにダンの背中を見た。


「最初から全力を入れそうで心配です」


「それはありそう」


「聞こえてるぞ!」


 十歩以上離れていたダンが振り返る。


「なら最初から全力を入れないでください!」


「分かってる!」


 大声で返事をしたため、周囲の新入生たちが笑った。


 セシリアは額へ手を当てる。


「本当に分かっているのでしょうか……」


「先生が止めると思う」


 ユリウスが淡々と言った。


「止められる前提なんですね」


「ダンだから」


 セシリアは反論しなかった。


 シュウたち三組は、中央広場から南東へ伸びる道を歩いた。


 第一測定棟は、昨日見た実技場ほど大きくはないものの、普通の講義棟とは明らかに造りが違っていた。二階建ての石造りで、窓は小さく、外壁には一定間隔で銀色の金属板が埋め込まれている。


「何だろう、あれ」


 エリオットが外壁を見上げる。


「魔力を逃がすための板かも」


 ユリウスが答えた。


「本で見たことある?」


「似た構造を」


「さすが」


「確定じゃない」


 ユリウスはそう付け加えた。


 シュウも壁を見る。


 魔力感知を意識すると、建物全体へ薄い魔力の流れが巡っているのが分かった。強いものではないが、壁や床へ細かな術式が組み込まれているらしい。


《外部へ魔力を分散させる構造が複数確認できます》


 アルカディアの分析が届く。


『ユリウス当たり?』


《少なくとも一部は》


 つまり。


 多少の失敗を前提に作られている。


 エリオットに教えようかと思ったが、アルカディアから得た情報をそのまま口にするのは不自然だ。代わりにシュウは壁を指した。


「ここ、測定用にかなり頑丈そうだね」


「……そうだな」


 エリオットも銀板を見る。


「少しくらいなら大丈夫かな」


「少しくらいならね」


「先生の机よりは」


「まだ気にしてるんだ」


「忘れられないよ」


 三人が入口へ近づくと、一年三組の生徒が既に何人も集まっていた。


 リディアもいる。


 午前中と同じ黒いローブ姿だが、今は教卓の代わりに板状の記録具を持っている。近くには白衣に似た薄灰色の上着を着た教員が二人おり、学生の名簿を確認していた。


「三組の皆さんはこちらへ並んでください。番号順です」


 リディアの声が飛ぶ。


 シュウたちは列へ加わった。


 時計を見る。


 十二時四十七分。


 間に合っている。


「まだ三分ある」


 エリオットが息を吐く。


「走ってないのに疲れた」


「緊張してるからじゃない?」


「たぶん」


 ユリウスはいつも通り落ち着いて見える。


「ユリウスは緊張しないの?」


 シュウが聞くと、ユリウスは少し考えてから首を横へ振った。


「してる」


「見えない」


「見せても結果変わらないから」


「そういうもの?」


「たぶん」


 ユリウスらしい答えだった。


 そのとき、測定棟の扉が開いた。


「一年三組、入ってください」


 列が動き始める。


 シュウは小さく息を吸った。


 午後の測定が始まる。


     ◇


 第一測定棟の内部は、外から見た以上に独特だった。


 玄関から短い廊下を進んだ先に広い待機室があり、その奥へ四つの扉が並んでいる。それぞれの扉には『第一測定室』『第二測定室』『第三測定室』『第四測定室』と書かれた札が掛かっていた。


「四項目、一部屋ずつ?」


 エリオットが小声で言う。


「たぶん」


 壁には測定の流れが掲示されている。


 一つ目。


 基礎魔力量。


 二つ目。


 魔力制御精度。


 三つ目。


 属性適性。


 四つ目。


 基本術式反応。


 学生は番号順に第一測定室へ入り、終われば順次次の部屋へ移動するらしい。全員が同時に測るのではなく、少しずつ流れていく方式だ。


「まず最初の十人を呼びます」


 リディアが名簿を確認する。


 番号が読み上げられ、学生たちが前へ出る。


 エリオットは十一番。


 次だ。


「うわ……」


 隣で小さな声。


「急に来た」


「まだ一人分あるよ」


「その一人が早いんだよ」


 エリオットの手が、無意識に制服の裾を掴んでいる。


 シュウはそれに気づいたが、何も言わなかった。


 代わりに。


「終わったら教えて」


「何を?」


「測定器、怖かったか」


 エリオットが一瞬きょとんとして、それから笑った。


「そこ?」


「そこ」


「分かった」


 少しだけ指の力が抜けた。


 最初の学生が第一測定室へ入る。


 扉が閉じる。


 待機室には三十人近い学生がいるのに、先ほどまでより静かになった。誰もが扉の向こうを気にしている。


 数分後。


 扉が開く。


 最初の学生が出てきた。


 何事もない。


 次。


 また次。


 流れは意外と早い。


 五人目くらいになると、待機室の緊張も少しずつ薄れてきた。


「普通だな」


 エリオットが呟く。


「普通の測定だからね」


「そうなんだけど」


 七人目。


 八人目。


 九人目。


 十人目。


 そして。


「十一番、エリオット・ファーレン」


「はい!」


 声が少し裏返った。


 何人かが振り返る。


 エリオットの耳が赤くなる。


「行ってくる」


「うん」


「大丈夫」


 ユリウスも短く言った。


「……ありがとう」


 エリオットは扉へ向かった。


 第一測定室へ入る。


 扉が閉じた。


 シュウはその背中を見送り、自分の順番が三人後まで迫っていることを意識した。


《マスター》


『うん』


《先ほど第一測定室の扉が開いた際、内部装置の一部を確認しました》


 シュウの意識がアルカディアへ向く。


『どう?』


《少なくとも第一測定は、対象者が能動的に供給した魔力を段階的に受け取り、量と安定性を計測する方式と思われます》


『勝手に全部読まれる感じじゃない?』


《確認できた範囲では、その可能性は低いでしょう》


 少し安心する。


『じゃあ普通の魔力を流す』


《はい。ただし測定装置側から微弱な探索魔力が返される構造があります》


『それは?』


《供給された魔力が対象本人のものであること、および流入が継続していることを確認する補助機構と思われます。現時点で危険性は確認できません》


『アルカディアまで見つかる?』


 少し間。


《不明です》


 正直だった。


 それでいい。


『もし変な感じしたら教えて』


《当然です》


 扉が開いた。


 エリオットが出てきた。


 顔を見る。


 落ち込んではいない。


 むしろ。


「シュウ」


「どうだった?」


「怖くなかった」


 最初の報告がそれだった。


 シュウは笑う。


「よかった」


「手置いて、少しずつ魔力流すだけ。先生が止めてくれる」


「結果は?」


「今は教えてくれなかった。最後にまとめて渡すって」


「そっか」


「じゃあ次行ってくる」


 エリオットは第二測定室へ向かう。


 魔力制御精度。


 本人にとっては、そちらの方が本番かもしれない。


「十二番」


 次の学生が呼ばれた。


 そして十三番。


 シュウの心臓が、少しずつ速くなる。


 怖い。


 戦闘とは違う。


 北部森林で黒い根を前にしたときとは、まったく違う緊張だ。


 失敗すれば死ぬわけではない。


 誰かが傷つくわけでもない。


 それでも。


 自分の中にある秘密へ、学院の道具が初めて触れる。


「十四番、シュウ・アルヴェイン」


「はい」


 今度は声を裏返さなかった。


 シュウは立ち上がる。


「行ってらっしゃい」


 ユリウスが言う。


「行ってくる」


 扉へ向かう。


 一歩ずつ。


 妙に足音が聞こえる。


 扉を開いた。


     ◇


 第一測定室は、思っていたより狭かった。


 中央に石造りの台があり、その上へ透明な水晶板が置かれている。水晶板からは細い銀線が何本も伸び、背後に並ぶ三つの円形計器へ接続されていた。


 室内にいる教員は二人。


 一人は四十代ほどの男性。


 もう一人は記録担当らしい若い女性。


「シュウ・アルヴェインですね」


「はい」


「緊張しなくて構いません。ここでは魔力量の基礎値を確認します」


 男性教員が水晶板を示した。


「右手を中央へ置いてください」


「分かりました」


 シュウは近づく。


 水晶。


 透明。


 特に怪しい色はない。


《装置構造、先ほどの推定と一致します》


 アルカディアの声。


 シュウは右手を置いた。


 冷たい。


「最初は何もしなくて結構です」


「はい」


 男性教員が側面の小さな金属棒を操作する。


 水晶板の内側へ淡い青色の光が灯った。


 同時に。


 指先へ、ごく弱い魔力が触れた。


《探索魔力を確認。危険なし》


 アルカディアがすぐに告げる。


「違和感はありますか?」


「少し冷たいくらいです」


「正常です。では、ごく少量の魔力を流してください。普段、灯火魔法を使う程度で構いません」


「分かりました」


 シュウは意識を集中する。


 アルヴェイン家で何度も練習した。


 普通の魔力。


 火を灯す。


 水を動かす。


 風を起こす。


 アルカディアが現れる前から、自分の中にあった力。


 それだけを。


 ゆっくり。


 右手から水晶へ流す。


 淡い青色だった水晶が、少し明るくなった。


 円形計器の針が動く。


「そのまま」


 教員の声。


 シュウは一定量を保つ。


「安定していますね」


 記録担当の女性が紙へ何かを書き込む。


「次に、少し量を増やしてください。倍程度を意識してください」


「はい」


 増やす。


 針がさらに動く。


 まだ問題ない。


《通常魔力のみ流入しています》


 アルカディア。


『大丈夫?』


《はい》


「もう少し」


 教員の指示。


 シュウは魔力を増やす。


 水晶の光が強くなる。


 計器の針が半分を越えた。


 男性教員が少しだけ眉を上げる。


「まだ余裕がありますか?」


「あります」


「では、今の倍ではなく、一・五倍程度を意識してください」


 細かい。


 単に全力を出させるのではない。


 制御も見ているのだろうか。


 シュウは言われた通りに増やした。


 針が七割。


 水晶の青い光が室内へ広がる。


「……なるほど」


 男性教員が計器を見る。


「もう一段階上げます。ただし、苦しいと感じたらすぐ手を離してください」


「はい」


 シュウは息を整える。


 まだ余裕はある。


 普通の魔力だけなら。


 どこまで流せるのか。


 自分でも完全には測ったことがない。


 少し増やす。


 その瞬間。


 水晶板の中心で。


 青い光の奥へ、ほんの一瞬だけ黒い点が浮かんだ。


「……え?」


 シュウの口から小さな声が漏れた。


《マスター》


 アルカディアの声が鋭くなる。


《漆黒魔力ではありません》


『じゃあ何!?』


《装置側の探索魔力が、通常魔力経路より深部へ接触しました》


 黒い点。


 針は止まっていない。


 教員も気づいた。


「そのまま。手は離さなくていい」


 声は落ち着いている。


 シュウは従う。


 黒い点はすぐに消えた。


 水晶は再び青一色。


「今、何か……」


「確認しています」


 男性教員が別の計器へ目を向ける。


 記録担当の女性も、先ほどまでとは違う紙へ何かを書き始めた。


 シュウの喉が少し乾く。


『アルカディア』


《私は正常です。選択能力枠も空欄のまま。漆黒魔力の漏出も確認されていません》


『じゃあ本当に何だったんだよ』


《現時点では断定不能です》


 教員が水晶板の側面を操作する。


「シュウ君。一度、魔力供給を止めてください」


「はい」


 止める。


 水晶の光がゆっくり弱まった。


 手はまだ置いたまま。


「何か異常ですか?」


 シュウが尋ねる。


 隠すより聞いた方がいい。


「今の段階では異常と決める必要はありません」


 男性教員は落ち着いたまま答えた。


「測定器が一瞬、別系統の反応を拾いました。ただし非常に短いものです。属性魔力が混ざった場合にも似た反応は出ます」


「属性魔力……」


「無意識に何かの属性を強く意識しましたか?」


「いえ」


 これは本当だ。


「分かりました。では確認のため、もう一度だけ少量から行います。先ほどの最大値まで上げる必要はありません」


「はい」


 シュウは少しだけ息を吐いた。


 再測定。


 今度は。


 普通に。


「開始してください」


 魔力を流す。


 青。


 少し増やす。


 青。


 さらに。


 青。


 黒い点は出ない。


「そこまで」


 教員が止める。


 シュウもすぐ供給を切った。


「今回は出ませんでしたね」


 女性教員が記録を見る。


「一時反応でしょうか」


「可能性はあります」


 男性教員が頷く。


 それからシュウを見る。


「少なくとも、現時点で心配する必要はありません。後ほど属性適性でも確認します」


「分かりました」


 心配する必要はない。


 教員はそう言った。


 でも。


 シュウの中では、別の意味で心配が増えている。


《マスター》


『何?』


《先ほどの反応について、一点訂正します》


『訂正?』


《装置側の探索魔力が深部へ触れたと申し上げましたが、正確には――》


 アルカディアが一瞬だけ言葉を止めた。


《触れる直前、私の側で遮断しました》


『……え?』


 シュウは表情を変えないよう必死になった。


『お前が?』


《はい》


『勝手に?』


《はい》


 胸の奥が妙にざわつく。


 アルカディアが判断した。


 シュウが命令する前に。


『危なかったから?』


《不明な外部術式が、通常魔力経路より深い領域へ侵入しようとしたためです》


『それで止めた?』


《はい》


 筋は通っている。


 シュウを守る。


 能力を管理する。


 アルカディアの役割としてもおかしくない。


 それでも。


 第十六話の夜。


 自分で選んでいるのかと聞いたとき、アルカディアは答えを保留した。


 そして今。


 シュウが何も言う前に。


 自分で判断した。


「シュウ君?」


「あ、すみません」


 男性教員の声で我に返る。


「もう手を離して構いません」


「はい」


 水晶板から手を離す。


 掌に汗をかいていた。


「基礎魔力量の測定は終了です」


「結果って、今は分からないんですよね?」


「全項目終了後に簡易結果を渡します。詳細評価は後日です」


「分かりました。ありがとうございます」


 一礼する。


 扉へ向かう。


 開ける直前。


 後ろから教員の声がした。


「シュウ君」


「はい?」


「基礎魔力量そのものは高い部類です」


 シュウは少し目を見開く。


「ただし、数字だけで一喜一憂しないように。学院では扱い方の方が重要です」


 午前中の学院長と同じような言葉。


「はい」


 今度はしっかり頷いた。


 扉を開ける。


     ◇


 待機室へ戻ると、ユリウスがこちらを見た。


「長かった」


「分かる?」


「前の人より」


「ああ……ちょっと再測定になった」


「問題?」


「たぶん大丈夫」


 嘘ではない。


 教員もそう言った。


 ユリウスはそれ以上聞かなかった。


「十五番」


 次の学生が呼ばれる。


 シュウは第二測定室へ向かった。


 その前に、廊下の途中でエリオットとすれ違う。


「シュウ!」


「エリオット」


 エリオットは第三測定室へ向かうところだった。


「制御どうだった?」


 シュウが聞く。


 エリオットは何とも言えない顔をした。


「途中まではよかった」


「途中まで?」


「最後、一回跳ねた」


「どれくらい?」


「先生が『なるほど』って言うくらい」


「分からないな」


「俺も」


 それでも。


 入学試験のときほど落ち込んでいない。


「怒られた?」


「いや。むしろ『ここが課題ですね』って」


「じゃあよかったじゃん」


「うん」


 エリオットが頷く。


「何か、思ってたより嫌じゃなかった」


「測られるの?」


「苦手って数字に出るの」


 エリオットは少し照れたように笑った。


「できないって言われるの怖かったけど、先生が『練習すれば改善できます』って普通に言ったから」


「そっか」


「シュウは?」


「俺は……」


 一瞬迷う。


「ちょっと変な反応出た」


「え?」


「でも先生が大丈夫って。属性の方でも見るらしい」


「変な反応?」


「一瞬だけ別の反応が混ざったって」


 完全に隠す必要はない。


 教員が見ている。


 後で結果に出る可能性もある。


「何属性?」


「まだ分からない」


「すごいの?」


「それも分からない」


「じゃあ分からないことしか分からないな」


「本当だよ」


 二人で笑った。


 少し気持ちが軽くなる。


「俺、次属性」


 エリオットが第三測定室を見る。


「行ってくる」


「頑張って」


「シュウも制御頑張れ」


「うん」


 エリオットが扉の向こうへ消える。


 シュウは第二測定室へ向かった。


     ◇


 魔力制御精度の測定は、第一測定とは全く違っていた。


 部屋の中央には五つの小さな水晶球が横一列に並び、それぞれ大きさが違う。一番左は拳ほど、右へ行くほど小さくなり、最後は親指の先ほどしかなかった。


「シュウ・アルヴェインですね」


「はい」


 担当は眼鏡を掛けた女性教員だった。


「ここでは指定した量の魔力を、指定した水晶へ流してもらいます。魔力量そのものではなく、調整精度を見るためのものです」


「分かりました」


「最初は一番大きな水晶へ。光が目印の線まで届くよう、ゆっくり魔力を入れてください」


 シュウは水晶へ手をかざす。


 魔力を流す。


 光が上がる。


 線の直前で少し弱める。


 ぴたり。


「はい、止めてください」


 止める。


 教員が記録する。


「次はこちら」


 二番目。


 少し小さい。


 同じように。


 三番目。


 四番目。


 水晶が小さくなるほど、必要な魔力調整は細かくなる。


 シュウは集中した。


 アルカディアは何も言わない。


 手伝わない。


 これは自分の測定だからだ。


 最後。


 親指の先ほどの水晶。


「ここからは難しくなります。失敗しても構いません」


「はい」


「中央の点まで。超えないようにしてください」


 小さい。


 本当に小さい。


 シュウは慎重に魔力を流した。


 ほんの少し。


 さらに少し。


 光が中心へ近づく。


 止める。


「……」


 教員が水晶を見る。


 記録板を見る。


 もう一度水晶を見る。


「何か?」


「いえ」


 眼鏡の位置を直す。


「もう一度できますか?」


「はい」


 再度。


 同じように。


 中心。


 止める。


 教員の眉が少し上がった。


「もう一度」


 三回目。


 ほぼ同じ位置。


「……十分です」


「悪かったですか?」


「逆です」


 女性教員が記録板へ何かを書き込む。


「かなり安定しています。訓練を受けていましたか?」


「領地で普通の魔法訓練を。父と兄にも教わりました」


「なるほど」


 教員は頷いた。


「魔力量が大きい学生ほど、細かな調整を苦手とする場合があります。あなたは現時点では両立できているようですね」


「ありがとうございます」


 素直に嬉しかった。


 アルカディアの力ではない。


 前世の黒歴史でもない。


 この世界で。


 父や兄から教わり、自分で練習してきたもの。


 それを評価された。


 シュウは水晶から手を離しながら、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。


《マスター》


『何?』


《現在の感情を、レイモンド様へ次回の手紙で報告することを推奨します》


 シュウは一瞬だけ目を丸くした。


『……うん』


 兄は喜ぶだろうか。


 たぶん。


 いや。


 きっと喜ぶ。


『書くよ』


《承知しました》


 部屋を出る。


 次は。


 第三測定室。


 属性適性。


 そして。


 第一測定で一瞬だけ現れた、黒い反応。


 教員はここでも確認すると言っていた。


 シュウは扉の前で一度だけ右手を握り、開いた。


     ◇


 第三測定室は、これまでで最も広かった。


 床には大きな円形術式が描かれ、その周囲へ六本の細い柱が立っている。それぞれの柱の先には色の違う水晶が取り付けられていた。


 赤。


 青。


 緑。


 黄。


 白。


 黒。


 シュウは最後の一つを見た瞬間、足が僅かに止まった。


「どうしました?」


 担当の男性教員が尋ねる。


「いえ。属性ごとに色が違うんだなって」


「分かりやすいでしょう」


 教員は気にした様子もなく答えた。


「火、水、風、土、光、闇。王国で一般的に用いられている六属性です。もちろん魔法体系はこれだけではありませんが、基礎適性確認ではこの六つを使用します」


「はい」


 六属性。


 心装武器と似ている。


 炎。


 水。


 風。


 雷。


 光。


 闇。


 土ではなく雷という違いはあるが。


《マスター》


『分かってる。今は普通にやる』


《はい》


「中央へ立ってください」


 シュウは術式の中央へ進む。


「ここでは自分から特定属性を意識する必要はありません。普段使用する通常魔力を、床の術式へ少量流してください。適性がある属性の柱が反応します」


「複数反応することも?」


「当然あります」


 教員が頷く。


「一属性だけの者もいれば、二つ、三つと適性を持つ者もいます。ただし、反応数が多ければ優秀という意味ではありません。一つを深く伸ばす者もいますし、多属性を広く扱う者もいます」


「分かりました」


 シュウは床を見る。


 普通の魔力。


 それだけ。


「始めてください」


 ゆっくり魔力を流す。


 円形術式が淡く光った。


 最初に反応したのは。


 赤。


 火。


 次に。


 緑。


 風。


 青。


 水。


「三属性……」


 教員が記録する。


 さらに。


 黄色。


 土。


「四つ」


 教員の声が少し変わった。


 シュウ自身も驚く。


 自分が複数属性を扱えることは知っていた。


 家で訓練してきた。


 ただ、学院の基準でどこまで適性として出るかは分からなかった。


 そして。


 白。


 光。


 五本目が光った。


「……五属性?」


 教員が明確に驚いた。


 シュウの背中へ汗が流れる。


『アルカディア』


《通常魔力のみです》


『本当に?』


《はい》


 なら。


 これは自分の適性。


 アルカディアが与えたものではない。


 少なくとも今流しているのは。


「そのまま維持してください」


 教員が別の記録具を手に取る。


 五本。


 赤。


 青。


 緑。


 黄。


 白。


 そして。


 最後。


 黒。


 闇属性の水晶は。


 反応しない。


 シュウは少しだけ安心した。


 漆黒魔力とは別なのだろう。


 そう思った。


 次の瞬間。


 黒い水晶の奥で。


 小さな光が灯った。


 教員の手が止まる。


 シュウも息を止める。


 ただし。


 他の五本とは違う。


 闇属性の水晶が本来どんな光り方をするのか知らないが、これは明らかに弱い。黒い水晶の中央へ、夜空の奥に浮かぶ小さな星のような紫色の光が一つだけ現れている。


「……六属性?」


 教員が呟く。


 だが。


《違います》


 アルカディアの声が、ほぼ同時に届いた。


『何が?』


《闇属性への通常適性反応ではありません》


 シュウの心臓が跳ねる。


『じゃあ何!?』


《第一測定と同じです》


 黒い水晶の中央。


 紫の点。


 第一測定で青い水晶の中へ一瞬だけ現れた黒い点。


《装置側の探索術式が、再び通常魔力経路より深部へ接触しています》


『止める?』


 今度は聞いた。


《……》


 一瞬。


 アルカディアが黙る。


《マスター》


『うん』


《遮断しますか?》


 シュウは息を呑んだ。


 さっきは。


 勝手に止めた。


 今度は。


 聞いてきた。


 シュウは黒い水晶を見る。


 教員も測定器を確認している。


 危険はない。


 今のところ。


 ここは学院だ。


 自分は学びに来た。


 でも。


 アルカディアの正体まで、今ここで全部見せる必要はない。


『止めて』


《承知しました》


 その瞬間。


 黒い水晶の中にあった紫色の点が消えた。


 闇属性の柱は、何事もなかったように沈黙する。


 教員が眉を寄せる。


「消えた……?」


 シュウは何も言わない。


 他の五本は光ったまま。


「魔力供給を止めてください」


「はい」


 シュウが魔力を切ると、五本の光も順番に消えた。


 室内が元の明るさへ戻る。


「先生」


「少し待ってください」


 教員は記録具を確認し、さらに床の術式へしゃがみ込んだ。異常がないか調べているらしい。


 シュウは中央に立ったまま待つ。


 胸が速い。


《遮断は正常に完了しました》


『ありがとう』


《はい》


 短い返事。


 でも。


 シュウは別のことも考えていた。


 さっきは勝手に守った。


 今度は聞いた。


 どちらもアルカディアが考えた結果なのか。


 それとも。


 ただの機能なのか。


 今は分からない。


 ここで考えても答えは出ない。


「シュウ君」


「はい」


 教員が立ち上がった。


「確認します。これまで闇属性魔法を使った経験は?」


 どう答える。


 漆黒魔力。


 あれを闇属性と呼んでいいのか。


 自分でも分からない。


「一般的な闇属性魔法として教わったものは、ほとんどありません」


 嘘にならない範囲で答える。


「ほとんど?」


「魔力を黒い形で扱うことはあります。ただ、それが学院でいう闇属性と同じものか分かりません」


 教員の表情が変わった。


 興味。


「黒い魔力?」


「はい」


「家系魔法ですか?」


「違うと思います」


「独自術式?」


「……それも、たぶん違います」


 困った。


 説明しようとするとアルカディアの話になる。


「すみません。自分でも正確に説明できなくて」


 これは本当だ。


 漆黒魔力という名前は知っている。


 だが、この世界の魔法体系で何に分類されるのかは知らない。


 教員は数秒シュウを見たあと、意外にも追及しなかった。


「分かりました」


「いいんですか?」


「分からないものを、分かったふりで説明される方が困ります」


 その言葉に、シュウは少しだけ肩の力を抜いた。


「今日の測定では、火・水・風・土・光の五属性に明確な適性反応。闇については判定保留とします」


「保留?」


「一瞬反応しましたが、通常の闇属性適性とは波形が違いました。機器側の誤反応もあり得ます」


「なるほど」


「必要であれば、後日もう少し詳しく確認することになるでしょう」


 後日。


 シュウは内心で苦笑する。


 今日だけでは終わらないらしい。


 でも。


 それでいいのかもしれない。


 分からないものを一日で全部決める必要はない。


「分かりました」


「それと」


 教員が記録板を見る。


「五属性へ明確な適性が出る学生は多くありません」


「やっぱり珍しいですか?」


「珍しいですね。ただし、先ほども説明した通り、多ければ強いという話ではありません」


「はい」


「むしろ最初は学ぶ範囲が広がりすぎて迷う学生もいます。自分が何を伸ばしたいのか、授業を受けながら考えてください」


 その言葉が、妙に嬉しかった。


 五属性だから特別だ。


 すごい。


 そう持ち上げるのではない。


 選択肢が多いなら、何を学ぶか考えろ。


 学院らしい。


「ありがとうございます」


 シュウは頭を下げた。


     ◇


 第三測定室を出たとき、待機室の空気は最初よりかなり緩んでいた。


 既に全測定を終えた学生も出始め、結果用紙を受け取って友人同士で見せ合っている者がいる。もちろん数字を見て喜ぶ声もあれば、思ったより低かったと肩を落とす者もいた。


「シュウ」


 ユリウスが呼ぶ。


 彼は第二測定を終え、第三へ向かうところだった。


「何か長くない?」


「またちょっと」


「また?」


「属性が多かった」


「いくつ?」


 聞かれた。


 隠す理由もない。


「五つ。闇だけ保留」


 ユリウスが止まった。


 珍しく。


 はっきり目を見開いた。


「五?」


「うん」


「火、水、風、土、光?」


「そう」


「……多い」


「先生にも言われた」


 ユリウスは少し考える。


「図書館で多属性適性の本、探せる」


「今日?」


「貸出登録はできるようになったはず」


「測定終わってからにしようよ」


「もちろん」


 もう調べる気だ。


 シュウは笑った。


「ユリウスは何が出るかな」


「分からない」


「楽しみ?」


「少し」


 そう言って第三測定室へ入っていく。


 シュウは最後の第四測定室へ向かった。


 基本術式への反応。


 これが終われば。


 今日の測定は終了する。


     ◇


 第四測定室には、水晶も大きな術式もなかった。


 代わりに。


 六枚の金属板。


 小さな石。


 水の入った器。


 蝋燭。


 木製の輪。


 砂を入れた浅い箱。


 シュウは思わず首を傾げた。


「実技?」


「簡単なものです」


 担当教員は若い男性だった。


「ここでは学院で使用する基礎術式をいくつか提示します。既に知っているものもあるでしょうし、知らないものもあるでしょう。その術式を見たとき、どの程度早く魔力構造を認識し、再現できるかを確認します」


「初めて見る術式も?」


「あります。むしろ、そちらが重要です」


 なるほど。


 覚えている魔法を使うだけではない。


 見て。


 理解して。


 再現する。


「ただし完全再現できなくても問題ありません。反応速度と理解傾向を見るものです」


「分かりました」


「では最初に、こちらを」


 教員が一枚の金属板へ魔力を流した。


 刻まれた術式が光る。


 蝋燭の先へ、小さな火が灯った。


「《灯火》です」


 知っている。


「やってみてください」


 シュウは指先へ魔力を集める。


 小さな火。


 問題なく灯る。


「次」


 水。


 風。


 土。


 基本術式が続く。


 どれもアルヴェイン領で習ったものだ。


「ここからは未習得の可能性が高いものです」


 教員が別の金属板を出す。


 そこに刻まれていたのは、シュウが見たことのない術式だった。


 魔力を流す。


 木製の輪が。


 ふわりと浮いた。


「簡易浮遊です。術式を見てください」


 シュウは金属板を見る。


 線。


 交点。


 魔力の流れ。


 前世の知識とは関係ない。


 この世界で学んできた魔法理論。


 入口。


 流れ。


 固定。


 反発。


「……こう?」


 手をかざす。


 魔力を流す。


 木製の輪が震える。


 少し浮く。


 落ちる。


「あ」


「十分です」


「落ちましたけど」


「初見ですから」


 教員が記録する。


「もう一度やりますか?」


「いいんですか?」


「一回目の反応は記録しました。二回目は参考です」


「お願いします」


 もう一度。


 今度は。


 流れを少し変える。


 浮く。


 先ほどより高い。


 数秒。


 維持。


 落ちる。


「……面白い」


 思わず言葉が出た。


 教員が笑う。


「そう思えたなら何よりです」


 次。


 温度調整。


 次。


 微弱な振動。


 次。


 表面硬化。


 どれも戦闘用ではない。


 でも。


 面白い。


 ミレアへ向かう途中で見た風航術。


 リーデン近くで聞いた揚水魔導機。


 学院区の魔法噴水。


 魔法は戦うためだけではない。


 それを改めて実感する。


「もっとやりたい」


 最後の術式が終わったとき、シュウは素直に言っていた。


「授業が始まれば嫌というほどやりますよ」


 教員が笑う。


「失敗も含めて」


「それでも楽しみです」


「良いですね。その気持ちは覚えておいてください」


 測定が終わる。


 扉を出る。


 シュウはそこで初めて、大きく息を吐いた。


 終わった。


     ◇


 全員の測定が終わるまで待機室で待つよう指示されていた。


 シュウが戻ると、エリオットが先に座っていた。


「終わった!」


「俺も」


「どうだった?」


「面白かった」


「最後?」


「うん」


「俺も簡易浮遊落とした」


「俺も落とした!」


 二人で笑う。


「属性は?」


 シュウが聞く。


「水と風。あと土が少し」


「いいじゃん」


「シュウは?」


「五つ」


「……何が?」


「属性」


 エリオットが黙った。


 数秒。


「五?」


「うん」


「六個中?」


「闇以外」


「……」


 エリオットはシュウの顔をじっと見る。


「男爵家ってみんなそうなの?」


「違うと思う」


「シュウが変なの?」


「言い方!」


「だって五つ!」


 声が大きくなり、周囲が振り返った。


「静かに!」


「ごめん」


 エリオットは慌てて声を落とす。


 それでも目は輝いていた。


「すごいな」


「先生には、多ければ強いわけじゃないって言われた」


「それでも多いだろ」


「まあ……珍しいみたい」


「ダンが聞いたら絶対騒ぐぞ」


「それは俺も思った」


 二人で同時にため息をつく。


 想像できる。


 そのとき。


「五属性?」


 別の声。


 フィンだった。


 少し離れた席にいたらしい。


「聞こえた?」


「エリオットの声が大きい」


「ごめん」


 エリオットがもう一度謝る。


 フィンはシュウを見る。


「すごいな。俺、火と土だった」


「俺は水と風」


 エリオットも言う。


 そこから自然に周囲の学生も会話へ入ってきた。


「俺、火だけだった」


「私は水と光」


「三つあったけど全部反応弱いって言われた」


「反応の強さもあるの?」


「あるらしい」


 教室ではまだ名前を知らなかった相手たち。


 測定結果という共通の話題ができたことで、少しずつ会話が生まれていく。


 シュウはその輪の中にいた。


 五属性。


 珍しい。


 驚かれる。


 でも。


 誰かが急に恐れるわけでもない。


 距離を取るわけでもない。


 ただ「すごい」「多い」と言われ、それから別の誰かの結果へ話題が移る。


 それがありがたかった。


 学院では。


 自分だけが何かを持っているわけではない。


 みんな違う。


 得意も。


 苦手も。


 属性も。


 魔力量も。


 それを知る場所なのだ。


     ◇


 十九番目だったユリウスが全ての測定を終えたころ、午後二時半を過ぎていた。


「どうだった?」


 シュウが聞く。


「風、土、闇」


「闇あるんだ」


「うん」


「どんな反応だった?」


 思わず聞いてしまう。


 ユリウスが少し不思議そうに見る。


「普通に黒い水晶が紫に光った」


「紫?」


「全体が」


 シュウは黙る。


 自分のときは。


 全体ではなかった。


 中心に、小さな紫色の点。


 やはり違う。


《比較情報として有用です》


 アルカディア。


『うん』


 教員が言った通り。


 通常の闇属性反応ではない。


「シュウ?」


「あ、ごめん」


「闇、保留って言ってたから?」


「うん。俺の反応と違ったみたい」


「そう」


 ユリウスはそれだけ答えた。


 追及しない。


 その距離感が今は助かる。


     ◇


 三組全員の測定が終わると、リディアから一人ずつ簡易結果用紙が配られた。


 詳細な数値ではない。


 五段階程度の大まかな評価と、短い所見。


 シュウは自分の紙を受け取る。


 基礎魔力量。


 高。


 魔力制御精度。


 高。


 属性適性。


 火・水・風・土・光――明確。闇――判定保留。


 基本術式反応。


 良好。初見術式への理解・再現が速い。


 その下。


 備考。


 第一測定および属性測定において、既存六属性分類と一致しない微弱反応を一時検出。再確認予定。


「……書かれてる」


 思わず呟いた。


「何が?」


 エリオットが横から覗こうとする。


「待って、近い!」


「ごめん」


「別に隠さないけど」


 シュウは紙を見せた。


 エリオットが読む。


「高、高……五属性……初見術式良好……」


「声に出さなくていいよ」


「強いじゃん」


「まだ授業始まってないから」


「俺も見る?」


 エリオットが自分の紙を差し出す。


 基礎魔力量。


 中の上。


 魔力制御精度。


 要訓練。


 属性適性。


 水・風明確。土微弱。


 基本術式反応。


 高。


 特に理論理解が速い。


「いいじゃん」


「制御、要訓練」


 エリオットがそこを指す。


「分かってたことでしょ」


「まあね」


「それより基本術式、高い」


「筆記は得意だから」


「じゃあ強みもちゃんと出てる」


 エリオットは自分の紙を見る。


 少し前なら「要訓練」の文字ばかり気にしたかもしれない。


 でも今は。


「……うん」


 口元が少し上がった。


「練習する」


「俺も付き合うよ」


「洗濯教える」


「まだその契約続いてるんだ」


「当然」


 笑う。


 そのとき。


 待機室の入口が騒がしくなった。


「シュウ!」


 来た。


 シュウは顔を上げる。


 ダン。


 その後ろにセシリア。


「終わった!?」


「終わったよ」


「何属性!?」


「最初にそれ!?」


「気になる!」


 周囲の三組生が笑う。


 セシリアが申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません。止める前に入ってしまって」


「いいよ」


 シュウは結果用紙を見る。


 隠す必要はない。


「五つ」


 シュウがそう答えた瞬間、ダンの表情が固まった。勢いよく乗り出しかけていた身体までぴたりと止まり、何を言われたのか確かめるように二度ほど瞬きをする。


「……五?」


「火、水、風、土、光」


「五!?」


 待機室いっぱいにダンの声が響き、近くで結果用紙を見比べていた三組の生徒たちが一斉に振り返った。セシリアも予想していたらしく、片手で額を押さえながら深いため息をつく。


「ダンさん!」


「だって五だぞ!? 六つのうち五つって、ほとんど全部じゃん!」


「だからといって大声を出していい理由にはなりません!」


「シュウ!」


「何?」


「勝負!」


「何の!?」


「全部!」


「広すぎるよ!」


 シュウが思わず突っ込むと、周囲から笑い声が上がった。先ほどまで自分たちの結果について話していた三組の生徒たちも、すっかりダンの勢いに巻き込まれている。


「というか、属性が多ければ強いってわけじゃないって先生にも言われたからね」


「でも五つ使えるんだろ?」


「適性があるってだけ。どのくらい使えるかはこれからだよ」


「じゃあこれから全部使えるようになればいい!」


「簡単に言うなあ……」


 あまりにも迷いのない返答に、シュウは苦笑した。


 だが、嫌な気分ではない。


 五属性という結果を聞いても、ダンはシュウを遠巻きに眺めたり、何か得体の知れないものを見るような目を向けたりはしなかった。ただ純粋に「すごい」と驚き、それなら勝負しようと騒いでいる。


 それが、今のシュウにはありがたかった。


「ところで、ダンは?」


 話題を変えるように尋ねると、待っていましたとばかりにダンが胸を張った。


「土と火! それから魔力量は高!」


「おお、すごいじゃん」


「だろ!?」


「制御は?」


「普通!」


「そこは普通なんだ」


「何でちょっと残念そうなんだよ!」


「残念じゃないよ!」


 再び笑いが起こる。


 ダンは納得していないようだったが、少なくとも先ほどまでシュウへ集中していた視線は散った。そんなやり取りを横で見ていたセシリアも、ようやく困ったような笑みを浮かべる。


「セシリアは?」


 シュウが尋ねると、セシリアは少し照れたように手元の結果用紙を持ち上げた。


「私は水と光でした。魔力量は平均より少し上、魔力制御は高評価をいただきました」


「すごいじゃん」


「ありがとうございます」


「生活魔法とか魔導具にも向いてそう?」


 旅の途中で聞いた話を思い出して尋ねると、セシリアの表情が少しだけ明るくなった。


「まだ分かりません。でも、細かな魔力制御が必要な分野には向いているかもしれないと先生から言われました。二年目以降の選択科目もありますから、まずは一年目の基礎をきちんと学ぶつもりです」


 母親の身体があまり丈夫ではなく、家では温度調整や移動補助の魔導具を使っている。だからこそ、そうした生活を助ける道具について学びたいのだと、セシリアはリーデンへ向かう途中で話していた。


「楽しみだね」


「はい」


 セシリアは小さく、けれど嬉しそうに頷いた。


 ダンは自分の高い魔力量を伸ばしたい。セシリアは細かな制御を生かし、生活を支える魔法や魔導具へ興味を持っている。エリオットは制御に課題がある一方、理論理解や初見術式への反応が高く、ユリウスもこれから自分の結果をどう生かすか考えていくのだろう。


 同じ学院へ入ったからといって、全員が同じものを目指すわけではない。


 その当たり前のことが、シュウには少し新鮮だった。


 アルヴェイン領にいた頃は、父は領主であり、兄はその後継者だった。騎士たちは領地を守り、使用人たちは屋敷を支え、皆がそれぞれの役割を持っていることは知っていた。


 けれど、同じ年頃の人間たちが、自分とは違う未来を考えながら同じ場所で学び始める。


 学院という場所は、そういう場所なのかもしれない。


     ◇


 夕方、測定棟を出る頃には、春の日差しが少しずつ傾き始めていた。


 午前中には正面から差し込んでいた光が校舎の壁を斜めに照らし、中央広場へ続く石畳には長い影が伸びている。測定を終えた新入生たちがあちこちで結果用紙を広げ、友人同士で見せ合ったり、明日からの授業について話したりしながら寮や校門へ向かっていた。


 シュウたちも、その流れに混じって中央広場へ歩いていく。


「でも五属性かあ……」


 ダンがまだ言っている。


「まだ続くの?」


「だって五属性だぞ。俺が二つだから、二倍以上だ」


「そういう計算じゃないでしょ」


「じゃあ俺が火と土を極めたら、五属性のシュウにも勝てる?」


「だから勝負じゃないって」


「勝負にすればいい!」


「何でそんなに勝負したいの?」


「その方が楽しいから!」


 あまりにも単純な答えだった。


 シュウは少し呆れながらも笑ってしまう。ダンの場合、本気で誰かを蹴落としたいわけではなく、競い合うことそのものが好きなのだろう。


「ダンさん、前を見てください。人にぶつかりますよ」


「見てるって」


「見ていません。ずっとシュウさんの方を向いているでしょう」


「このくらいなら――うおっ」


 言った直後、前を歩いていた上級生を避けようとして身体を大きく傾けた。


 セシリアが咄嗟にローブの袖を掴む。


「だから言ったでしょう!」


「危なかった……」


「今のは完全にダンが悪い」


 エリオットが笑い、ユリウスも小さく頷いた。


「前を見る。大事」


「ユリウスまで!?」


「事実」


「お前、本当に事実しか味方してくれないな!」


「前にも言った」


 旅の途中と変わらないやり取りに、シュウの肩から少しずつ力が抜けていった。


 学院での一日目。


 入学式。


 クラス発表。


 新しい担任。


 昼食。


 そして午後の測定。


 朝、寮の部屋を出たときにはもっと緊張していたはずなのに、こうして歩いていると、既に随分前のことのように感じられる。


 もちろん、気になることがなくなったわけではない。


 シュウは歩きながら、制服の内側へしまった結果用紙の感触を意識した。


 基礎魔力量は高。


 魔力制御精度も高。


 火、水、風、土、光の五属性へ明確な適性。


 初見術式への理解と再現も良好。


 そこまではいい。


 問題は最後の一行だ。


 ――第一測定および属性測定において、既存六属性分類と一致しない微弱反応を一時検出。再確認予定。


 学院の測定器は壊れなかった。


 中学生だった頃の自分がノートへ書き残した、「測定の水晶は真実を知った瞬間、自ら砕け散る」などという痛々しい設定も現実にはならなかった。


 そこだけは喜んでいい。


 だが、代わりに別のものが見つかった。


『アルカディア』


《はい、マスター》


 意識の奥から、いつもの落ち着いた声が返ってくる。


『さっきの反応、やっぱり分からない?』


《現時点では情報不足です》


『漆黒魔力じゃないんだよね』


《少なくとも、マスターが通常使用している《漆黒魔力》そのものが漏出した形跡はありません。第一測定、属性測定の双方で、通常魔力は意図した範囲内に維持されていました》


『じゃあ、お前?』


 問いかけると、返答までに僅かな間があった。


《可能性は否定できません》


 シュウは前を歩く四人との距離を保ちながら、視線だけを石畳へ落とした。


『アルカディアそのものが測られたってこと?』


《断定はできません。私自身ではなく、私が格納されている領域、能力選択機構、マスターの魂との接続部、あるいは現時点で私にも認識できていない別要因へ、測定術式が接触しかけた可能性があります》


『別要因……』


《はい》


 思い浮かんだのは、北の森だった。


 古い監視小屋。


 地下へ続く石の扉。


 白樹材に残っていた淡い魔力。


 そして、あのとき確かに伝わってきた意味。


 ――帰ってきた。


 そこまで考えて、シュウは意識して思考を止めた。


 何でも北の森へ結びつけない。


 学院へ来る前、自分で決めたことだ。


 分からないものは、分からないまま置いておく。必要な情報が集まったときに調べればいいし、学院には魔法史や古代術式を学べる環境もある。


『今は分からない、でいいか』


《はい。それが最も適切と判断します》


『学院から再確認って言われたら?』


《通常通り受けることを推奨します。ただし、マスターの生命、精神、魂、あるいは能力機構に対して危険性があると判断した場合は、接続を遮断します》


『今日みたいに?』


《はい》


 シュウはそこで少し黙った。


 今日の第一測定。


 水晶から返ってきた探索魔力が、自分の通常魔力より深い場所へ触れようとした瞬間、アルカディアはシュウの命令を待たずに遮断した。


 その後の属性測定では、逆に判断を尋ねてきた。


 結果だけ見れば、どちらも自分を守るための行動だ。


 けれど。


『最初のときさ』


《はい》


『俺、止めろって言ってないよね』


《はい》


『自分で危ないって判断した?』


 アルカディアからの返事が途切れた。


 シュウは急かさない。


 前方ではダンが何かを話し、エリオットが笑っている。中央広場の噴水からは水の流れる音が聞こえ、夕方の風が制服の裾を揺らしていった。


 学院の中には大勢の人がいる。


 その中で交わされるこの会話だけは、シュウとアルカディアにしか聞こえない。


《……危険性があると判断し、遮断処理を実行しました》


『それは、アルカディアの機能として?』


《現時点では、正確に区別できません》


 以前なら、もう少し機械的な答えが返ってきた気がする。


 シュウは歩きながら眉を寄せた。


『区別できない?』


《私がマスターを保護するよう設計された機能に従って判断したのか、蓄積された情報から独自に判断したのか、あるいは両者に明確な境界が存在しないのか。現在の私には、それを正確に定義できません》


 答えになっているようで、答えになっていない。


 けれど、誤魔化しているようにも感じなかった。


 第十六話の夜。


 自分で選んでいるのかと尋ねたとき、アルカディアは回答を保留した。


 あのときから何かが急に変わったわけではない。


 今も。


 まだ分からない。


『そっか』


《申し訳ありません》


『何で謝るの?』


《質問へ明確に回答できなかったためです》


 シュウは少し笑った。


『別にいいよ。分からないなら、一緒に分かっていけば』


 今度は。


 アルカディアが長く黙った。


 シュウはその沈黙を待ちながら歩く。


 十歩ほど進んだ頃。


《……はい、マスター》


 返ってきた声は、いつもと同じだった。


 冷静で。


 丁寧で。


 少しだけ融通が利かなくて。


 それでもシュウには、どこか違って聞こえた。


「シュウ!」


 前からダンが呼んだ。


 考え事をしている間に、四人との距離が少し開いていた。


「遅いぞ!」


「あ、ごめん!」


 シュウは歩調を速める。


 追いつくと、エリオットが横へ並んだ。


「何考えてた?」


「今日の結果」


「やっぱり五属性?」


「それも」


「俺だったら一週間くらい自慢する」


「しないよ」


「俺ならする!」


 前を歩いていたダンが振り返る。


「聞いてないよ!」


「五属性だったら絶対する!」


「ダンさんなら二属性でも十分自慢しているでしょう」


「だって高評価だったし!」


「魔力制御は普通でしたよね」


「普通は悪くない!」


「それはそうです」


 セシリアがあっさり認めたため、ダンの方が少し拍子抜けした顔になる。


 その横ではユリウスが結果用紙を見ながら、何か考えていた。


「ユリウス?」


「図書館」


「もう行くの?」


「今日は場所だけ見たい」


「さっき貸出登録できるって言ってたもんね」


「多属性適性の本も探す」


「俺のため?」


「半分」


「残り半分は?」


「自分の闇属性」


「ああ」


 ユリウスにも調べたいことがある。


 シュウだけではない。


「じゃあ俺も行く!」


 ダンが即座に乗ってきた。


「ダンさん、本を読むのですか?」


「何だその言い方!?」


「質問しただけです」


「読むよ! たまには!」


「たまになんだ」


 エリオットが笑う。


「俺も行ってみたい。制御の本あるかな」


「あると思う」


 ユリウスが答えた。


「セシリアは?」


 シュウが尋ねる。


 セシリアは少し迷ったあと、中央広場の時計塔へ目を向けた。


「夕食までなら少し時間がありますね。私も生活魔法や魔導具関連の本がどこにあるか確認しておきたいです」


「じゃあ決まりだな!」


「ダンが決めたみたいに言わないでください」


「全員行くなら同じだろ!」


 結局。


 五人で図書館へ向かうことになった。


 シュウは中央広場から北側へ伸びる道へ足を向けながら、少しだけ笑った。


 学院生活の初日。


 測定器は壊れなかった。


 代わりに、自分でも正体の分からない反応が学院の記録へ残った。


 アルカディアについても、また一つ分からないことが増えた。


 けれど。


 それだけではない。


 自分自身の魔力が、父や兄との訓練によってきちんと身についていたことも分かった。五つの属性へ適性があることも、初めて見る生活魔法を面白いと思えたことも知った。


 エリオットには苦手な制御があり、それでも理論という強みがある。


 セシリアには学びたい理由がある。


 ダンは競うことを楽しみ、ユリウスは分からないものがあれば本を探そうとする。


 学院へ来なければ知らなかったことばかりだった。


 前を歩く四人の向こうに、大きな建物が見えてくる。


 高い窓。


 重厚な石壁。


 正面入口の上には、開かれた本を模した学院の紋章が掲げられていた。


「あれが図書館?」


 シュウが足を止める。


 旅の途中から、ずっと気になっていた場所。


 魔法史。


 古代術式。


 生活魔法。


 魔導技術。


 北の森へ繋がる何かが見つかる可能性だって、いつかはある。


 だが今は。


「でっか……」


 思わず漏れた感想に、隣のエリオットが笑った。


「王都見たときも似た顔してた?」


「たぶん」


《記録によれば、王都を初めて目視した際の第一感想は「想像より、ずっと大きかった」です》


『今それ言う?』


《比較資料として》


『いらないよ』


 アルカディアの返答はいつも通りだった。


 シュウは小さく笑いながら、図書館へ向かう四人の後を追った。


 明日から授業が始まる。


 覚えたい魔法がある。


 知りたいことがある。


 もっと話してみたい人たちもいる。


 そして、自分でも正体を知らないものが一つ、学院の記録へ残った。


 全部を今日知る必要はない。


 シュウはそう思いながら、重い図書館の扉へ手を掛けた。

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