第2話 俺の黒歴史、どうやら加減を知らない
「そんな設定いらないだろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
朝のアルヴェイン男爵邸に響き渡った三度目の絶叫は、今度こそ完全に屋敷中の人間を起こしたらしい。
シュウが自室で頭を抱えていると、廊下の向こうから複数の足音が近づいてきた。最初は一人だったそれが途中で二人になり、さらに階下からも慌ただしい気配が上がってくる。
「シュウ!」
扉が叩かれた。
声の主は、やはりレイモンドだった。
「今度は本当に何だ!?」
「なんでもない!」
「お前は朝から何度『なんでもない』と言えば気が済むんだ!」
「俺だって好きで叫んでるわけじゃないんだよ!」
《実際にはすべてマスター自身の意思による発声ですが》
『原因はお前だろ!』
《正確には十四歳のマスターかと》
『もっと悪いわ!』
「シュウ?」
「ごめん、兄さん! 本当に大丈夫だから!」
扉の向こうで長い沈黙が落ちた。
疑われている。
当然だった。
昨夜は一人で発声練習をしていると言い張り、今朝は誰もいない訓練場で突然叫び、その直後に見たこともない炎の槍を出現させた。さらに部屋へ戻ったと思ったら、また一人で絶叫している。
自分がレイモンドの立場なら、弟の精神状態を心配する。
「……本当に、体調が悪いわけではないんだな?」
先ほどより低くなった兄の声に、シュウは少しだけ申し訳なくなった。
「うん。それは本当に大丈夫」
「胸が痛むとか、魔力がおかしいとかは?」
「ない。むしろ身体は昨日までより調子いいくらい」
「それはそれで心配なんだが」
「分かる」
シュウは苦笑した。
レイモンドはしばらく扉の向こうにいたが、やがて小さく息を吐いた。
「父上が言っていた訓練地へ行くなら、昼前には準備をしておけ」
「昼前?」
「今朝の件を見て、予定を早めるそうだ」
「……父さんも結構心配してる?」
「当たり前だろう」
「だよな」
「それと」
「何?」
「もう少し静かにしろ」
「……努力します」
《善処します、ではないのですね》
『お前のせいでその言葉嫌いになりそうだよ』
レイモンドの足音が遠ざかっていく。
シュウは扉を見つめたまま、しばらく動かなかった。
家族には心配をかけたくない。
それは本心だ。
だからといって、アルカディアの正体まで説明する勇気はない。
「……困ったな」
《何がでしょう》
「お前のことだよ」
《私は特に困っておりません》
「俺が困ってるんだよ」
シュウは寝台の端へ腰を下ろした。
窓から入ってくる朝の風は気持ちいい。
町もいつも通りだ。
なのに、自分の生活だけが昨日から急激に変わってしまった。
「学院へ行くまで三日」
《はい》
「その間に、最低限は確認しないとな」
《賢明です》
「でも全部は無理だろ?」
《登録能力の全項目を詳細に確認する場合、相応の時間を要します》
「どれくらい?」
《読み上げのみであれば――》
「待て。やっぱり聞かない」
《承知しました》
怖い。
聞いてしまえば、十四歳の自分がどれほどのものを残したのか現実になってしまう。
いや、すでに十分現実になっているのだが。
それでもまだ、知らなければ見ないふりができる部分はある。
「まず《心装武器》だな」
《現在選択中です》
「あとどれくらい?」
《二十二時間十三分》
「細かいな」
《二十四時間固定ですので》
今朝発動してから、まだ二時間も経っていない。
今日一日は他の選択式能力を使えない。
ならば逆に、《心装武器》の確認に使ってしまえばいい。
「六種類全部、自由に切り替えられるんだよな?」
《はい》
「切り替えるたびに最初の詠唱が必要?」
《いいえ。選択期間中、一度《心装武器》を起動した後は、転装指定のみで形態変更が可能です》
「つまり『転装、水』みたいな?」
《その通りです》
「……それくらいなら耐えられる」
《昨夜より羞恥耐性が向上しています》
「その言い方やめろ」
《成長を確認しました》
「成長扱いするな」
思わず笑いそうになり、シュウは口元を押さえた。
腹立たしい。
だが、不思議と会話は続く。
昨夜現れたばかりの存在なのに、前世の自分が「唯一無二の理解者」と設定したせいなのか、アルカディアとのやり取りには妙な気安さがあった。
もっとも。
理解者というより、黒歴史をすべて握った脅迫者に近い気もする。
「そういえば」
《はい》
「さっきの常時設定」
《『俺は、平穏に生きようとしても――必ず世界の方から俺を放っておかない』でしょうか》
「復唱するな」
《失礼しました》
「……あれって、本当に効果あるの?」
これが一番気になっていた。
身体能力が高い。
毒や呪いに強い。
漆黒魔力を持っている。
そういった設定なら、まだ「能力」として理解できる。
だが。
世界の方から放っておかない。
そんな曖昧な文章まで、現実になるのか。
《現時点では断定できません》
「断定できない?」
《はい。身体能力や魔力のように、明確な数値または現象として確認できる設定ではありません》
「じゃあ、ただの文章かもしれない?」
《可能性はあります》
シュウは少し安心した。
《同時に、世界事象へ干渉する設定である可能性も否定できません》
「安心させてから落とすなよ!」
《事実を回答したのみです》
「世界事象って何だよ……」
《不明です》
「お前でも分からないんだな」
《私はマスターが記述した内容については把握しています。しかし、この世界そのものについて万能の知識を持つわけではありません》
「そこは普通なんだな」
《私は禁書であって神ではありませんので》
「十四歳の俺なら神って書いてそうだけど」
少し間があった。
嫌な間だった。
「……おい」
《はい》
「なんで黙った?」
《回答の必要性を検討していました》
「あるの?」
《関連記述が存在します》
「聞かなかったことにする」
《承知しました》
即座に撤退した。
神。
絶対にろくな設定ではない。
今は知らなくていい。
シュウは立ち上がり、王都へ持っていく荷物を確認した。
服。
筆記具。
学院指定の教本。
剣の手入れ道具。
今朝追加した常備薬。
そして、父から預かる予定の旅費。
三日後には、これを持って王都へ向かう。
「学院か……」
昨日までは、楽しみの方が大きかった。
今も楽しみではある。
ただ。
「目立たずに済むかな」
《困難かと》
「即答するなよ」
《今朝の時点で屋敷内に《心装武器》の名称が広まりつつあります》
「それはここだけだろ」
《王都までは伝わらないと推測します》
「だろ?」
《学院入学後、マスターが一度でも使用すれば状況は変化する可能性があります》
「使わなければいい」
《可能です》
「だよな」
《ただし》
「なんで絶対『ただし』があるんだよ」
《マスターの常時身体能力は、すでに一般的な十七歳の基準から大きく逸脱しています》
「…………」
《また、《漆黒魔力》も一般的な魔力とは性質が異なります》
「…………」
《完全に普通を装う場合、意図的な能力抑制が必要です》
「できる?」
《可能です》
「できるの!?」
《はい》
シュウは思わず胸へ手を当てた。
「それ早く言えよ!」
《質問されませんでしたので》
「その台詞、禁止にしない?」
《拒否します》
「拒否できるんだ!?」
《私は自我を有しますので》
「十四歳の俺、余計なところだけしっかり設定してるな……」
それでも朗報ではある。
学院で必要以上に力を見せる必要はない。
普通に剣を使い。
普通に魔法を使い。
普通に授業を受ける。
必要なときだけ力を使えばいい。
「よし」
《何か決まりましたか?》
「学院では抑える」
《承知しました》
「《心装武器》もなるべく使わない」
《承知しました》
「漆黒魔力も……」
そこまで言って、シュウは少し迷った。
昨夜の黒い魔力球を思い出す。
あれは。
かなり。
「……ちょっとくらいなら」
《格好よかったですか?》
「違う」
《では使用しない方向で》
「いや、使う」
《格好よかったのですね》
「お前、本当に性格悪いな!」
◇ ◇ ◇
昼前。
シュウは屋敷の前に用意された馬車へ荷物を積んでいた。
大掛かりな旅ではない。
目的地はアルヴェイン領の郊外にある訓練地で、馬車なら一時間もかからない距離だ。
同行するのはシュウ、ローデリック、レイモンド。それに騎士が四人。
エレノアは屋敷に残ることになった。
「本当に気をつけるのよ」
馬車へ乗り込む直前、エレノアがシュウの襟元を整えながら言った。
「分かってる」
「今朝もそう言って人形を消し飛ばしたでしょう?」
「……あれは予想外だったんだよ」
「だから言っているの」
「はい」
反論できない。
エレノアは息子の顔を見つめ、それから少し声を落とした。
「力が強いことを怒っているわけではないのよ」
「うん」
「怖がってもいないわ」
シュウは目を瞬いた。
心のどこかに、ほんの少しだけ引っかかっていた。
突然、息子が異常な力を見せた。
それを両親がどう思うのか。
自分は十七年間、この家で生きてきた。
それでも前世の記憶を持っていることは話していない。
そこへさらに、アルカディアまで現れた。
秘密が増えた。
家族との間に、見えない壁ができてしまうのではないか。
そんな不安が、まったくなかったわけではない。
「ただ、シュウが自分でも分からない力を持っていることが心配なの」
エレノアの手が、シュウの肩へ触れた。
「だから、ちゃんと知ってきなさい」
「……うん」
「危ないと思ったら、すぐやめるのよ」
「分かった」
「ローデリックもいるから大丈夫だとは思うけれど」
「任せておけ」
横からローデリックが胸を張る。
エレノアが夫を見る。
「あなたも一緒になって試したがらないでくださいね」
「…………」
「あなた?」
「もちろんだ」
「今の間は何?」
「気のせいだ」
シュウとレイモンドが同時に父を見る。
ローデリックは視線を逸らした。
「父さん」
「なんだ」
「もしかして、ちょっと楽しみにしてる?」
「息子が未知の魔法を使えるようになったのだ。父親として確認する義務がある」
「楽しみなんだな」
「兄さんもそう思う?」
「思う」
「レイモンドまで何を言う」
父の反論を聞きながら、シュウは笑った。
胸の奥にあった小さな不安が、少しだけ薄れる。
《良いご家族ですね》
不意に。
アルカディアが言った。
いつもの皮肉も、余計な引用もない。
シュウは一瞬だけ黙った。
『……うん』
《十四歳当時のマスターが想定していた家族設定とは大きく異なります》
『おい』
《当時は「一族から忌み嫌われ――」》
『台無しだよ!』
《まだ三行あります》
『読まなくていい!』
やっぱりこいつはこいつだった。
◇ ◇ ◇
馬車が町を抜ける頃には、太陽がかなり高くなっていた。
石造りの建物が並ぶ町中を抜けると、景色は一気に開ける。
左右には春麦の畑が広がり、風が吹くたびに緑の穂が波のように揺れていた。畑の間には農道が走り、作業中の領民たちが馬車へ気づくと帽子を取ったり、軽く頭を下げたりする。
ローデリックも窓から手を上げて応じていた。
シュウは向かい側の座席から、その様子を眺める。
「父さん」
「ん?」
「俺が学院を卒業したあと、領地に戻ってきてほしい?」
何となく口から出た質問だった。
ローデリックは少し驚いたように息子を見る。
「急にどうした」
「いや。学院が近いからかな。最近、卒業したあとのことを考えることが増えて」
「まだ入学すらしていないぞ」
レイモンドが隣から笑う。
「分かってるよ」
「気が早すぎる」
「でも、気になるだろ」
シュウは窓の外を見る。
十七年間暮らした領地。
好きだ。
離れたくないわけではない。
だが、ずっとここにいる未来だけを選びたいわけでもない。
ローデリックはすぐには答えなかった。
馬車の車輪が土の道を進む音が、しばらく車内を満たした。
「戻りたければ戻ればいい」
やがて父が言った。
「戻りたくなければ?」
「好きにしろ」
「軽いな」
「お前は次男だ」
「それ、結構ひどくない?」
「最後まで聞け」
ローデリックが苦笑した。
「レイモンドがいるから、家督の心配を理由にお前を縛る必要がないという意味だ。もちろん、領地を手伝ってくれるなら父親としては嬉しい。だが、そのためにお前がやりたいことを諦める必要はない」
レイモンドも静かに頷いた。
「私も同じだ」
「兄さんまで」
「むしろ、お前まで領地に残って毎日私の仕事へ口を出してきたら面倒そうだ」
「なんだよそれ」
「冗談だ」
「兄さん、最近父さんに似てきたよ」
「それは困る」
「おい」
ローデリックが眉を寄せる。
三人で笑った。
シュウはもう一度、窓の外を見る。
遠くに森が見える。
その向こうにも道が続いている。
さらに先には、王都。
そして。
王都の向こうには、まだ知らない場所が無数にある。
「旅してみたいんだ」
シュウは呟いた。
「旅?」
「学院を卒業したあと。すぐじゃなくてもいいけど、冒険者とかやりながら色んな場所を見てみたい」
口にすると、思っていた以上にしっくりきた。
騎士になることも。
魔術師になることも。
領地を支えることも。
嫌ではない。
ただ。
この世界には、前世には存在しなかったものがある。
それを見たい。
「いいんじゃないか?」
ローデリックはあっさり言った。
「反対しないの?」
「なぜ反対する」
「貴族の息子が冒険者って」
「珍しくはあるが、いないわけではない。お前が自分で食っていけるなら好きにしろ」
「……そっか」
「ただし」
ローデリックの目が少しだけ真剣になる。
「自由に生きることと、無責任に生きることは違う。それだけは忘れるな」
シュウは父を見る。
前世の記憶がある。
だから、十七歳の少年より自分は大人だと思うこともある。
だが。
こういうとき。
ローデリックは間違いなく、自分の父親だった。
「分かった」
「ならいい」
短い返事。
それで話は終わった。
馬車はさらに郊外へ進む。
《マスター》
『何?』
《将来は冒険者を志望されているのですね》
『まだ決定じゃないけどな』
《承知しました》
『……何か変な設定あった?』
《あります》
『聞かない』
《賢明です》
『そこは否定してほしかった』
◇ ◇ ◇
訓練地へ到着したのは、それから三十分ほど後だった。
森の手前に設けられた広い空き地。
周囲を低い丘に囲まれ、町からも街道からも離れている。地面には過去に魔法訓練で作られたらしい焦げ跡や小さな窪みが残り、奥には石と土で固めた標的がいくつも並んでいた。
「ここなら多少派手にやっても問題ない」
馬車から降りたローデリックが言う。
「多少?」
「今朝程度ならな」
「それ以上になる可能性は?」
「…………」
父がシュウを見る。
シュウは胸へ手を当てる。
『どう?』
《十分にあります》
「あるらしい」
「らしい?」
「……勘」
危ない。
ローデリックが怪訝そうな顔をしたが、それ以上は追及しなかった。
騎士たちは周囲の確認を始め、馬車を安全な位置まで移動させる。
レイモンドは訓練地の中央へ立ち、石造りの標的を見た。
「まず炎か?」
「いや」
シュウは首を振った。
「炎は今朝使ったから、別のを試したい」
「別の?」
レイモンドが振り返る。
「《心装武器》は六種類あるんだ」
「六種類?」
ローデリックまで反応した。
しまった。
屋敷で噂にはなっていたが、家族へきちんと説明していなかった。
「炎以外にもあるのか?」
「……ある」
「どんな?」
シュウは少し迷った。
隠す必要があるだろうか。
《心装武器》自体はすでに見られている。
家族にまで全部隠す意味は薄い。
「炎の槍、水の盾、風の銃、雷のアックス、光のバスターソード、闇の双剣」
「…………」
ローデリック。
レイモンド。
騎士四人。
全員が黙った。
シュウの頬が熱くなる。
「……何か言ってよ」
「いや」
レイモンドが先に口を開いた。
「想像していた以上に多かった」
「だよな」
「だが、面白いな」
「……面白い?」
「それぞれ武器が違うのだろう?」
「うん」
「なら、単純に属性を切り替える魔法ではないわけか」
やはり真面目に受け止められる。
シュウは遠い目をした。
《高評価です》
『まだ何も褒められてない』
《時間の問題かと》
『やめろ』
「最初は何を試す?」
ローデリックが尋ねる。
シュウは少し考えた。
炎は攻撃力が高すぎた。
なら。
「水かな」
「水の盾か」
「うん。攻撃じゃないなら、比較的安全だと思う」
《妥当です》
アルカディアも同意した。
シュウは訓練地の中央へ歩く。
他の全員には十分離れてもらった。
右手を前へ。
今朝の感覚を思い出す。
胸の奥。
そこには確かに《心装武器》が存在している。
炎とは違うものを望む。
守るための形。
水。
「――転装、水」
言葉を口にした瞬間。
胸から右腕へ、冷たい感覚が走った。
炎のときとはまったく違う。
熱ではない。
澄んだ水の中へ手を沈めたような心地よい冷たさ。
掌の前に、一滴の水が現れた。
それが落ちるより先に膨らむ。
「……おお」
シュウ自身が声を漏らした。
水が渦を巻く。
透明な流れが何重にも重なり、円形の輪郭を作っていく。
中心から外側へ。
さらに外側から中心へ。
互いに逆方向へ回転する水の層が重なり、やがて大きな盾となった。
淡い青。
透明。
表面には絶えず波紋が走っている。
縁から零れた水滴は地面へ落ちる前に光へ変わり、また盾へ戻っていく。
「……綺麗だな」
レイモンドの声が聞こえた。
シュウは肩を落とした。
「兄さん……」
「何だ」
「いや。もういい」
慣れよう。
褒められるたびに反応していたら身が持たない。
《成長ですね》
『お前は黙ってろ』
シュウは水の盾を構えた。
大きさは上半身を十分覆えるほど。
だが、重さをほとんど感じない。
「試していい?」
レイモンドが尋ねる。
「何を?」
「防御力だ」
「……まあ、そのために来たんだし」
シュウは頷いた。
レイモンドが訓練用の剣を一本取る。
刃は潰されているが、金属製だ。
「まず軽くいく」
「うん」
レイモンドが正面に立つ。
剣を構える。
シュウも盾を前へ。
「いくぞ」
「来い」
レイモンドが踏み込んだ。
剣が振り下ろされる。
水の盾へ触れた。
その瞬間。
ばしゃり、と大量の水が弾けた。
「うわっ!」
シュウは反射的に目を閉じた。
だが。
衝撃が来ない。
目を開ける。
「…………」
水の盾はそこにある。
レイモンドの剣もある。
ただし。
剣は盾の表面へ斜めに流され、シュウの身体から大きく逸れていた。
「……受けたんじゃない」
レイモンドが呟く。
「流したのか」
《正解です》
アルカディアが答える。
『水の流れで?』
《《水の盾》は攻撃を正面から停止させるだけではなく、流動によって衝撃方向を逸らす性質を持ちます》
『なるほど』
これは便利だ。
シュウは盾を見る。
表面には一瞬大きな波紋が広がったものの、すぐに元の静かな流れへ戻っている。
「もう少し強くいくぞ」
「分かった」
二撃目。
今度はレイモンドも踏み込みを強くした。
剣が盾へ当たる。
水が大きく弾ける。
やはり衝撃は流された。
三撃目。
さらに強い。
結果は同じ。
「すごいな」
レイモンドが剣を下ろす。
「これなら相当な攻撃を受けられるんじゃないか?」
「たぶん」
《はい》
『どのくらい?』
《通常攻撃であれば、現在のレイモンド様の全力でも突破は困難です》
シュウは兄を見る。
「全力でもたぶん大丈夫」
「なぜ分かる?」
「……感覚」
「お前、さっきから妙に感覚が正確だな」
「そういう日なんだよ」
「どんな日だ」
苦しい。
このままだと、そのうちアルカディアの存在自体は説明した方が楽になるかもしれない。
もちろん。
前世の黒歴史ノートだという部分だけは、墓まで持っていく。
「じゃあ魔法は?」
ローデリックが言った。
「試す?」
「可能ならな」
シュウは少し迷った。
《問題ありません》
『本当に?』
《現在の試験環境であれば》
「……やってみよう」
ローデリックが騎士の一人へ指示を出す。
選ばれた騎士は火属性魔法を得意としているらしい。
「最初は弱めでお願いします」
「承知しました」
騎士が二十歩ほど離れる。
右手を前へ。
魔力が集まる。
「《火球》!」
拳より一回り大きな炎の球が飛んできた。
シュウは盾を構える。
火球がぶつかった。
水蒸気が爆発的に広がった。
「うわっ……!」
白い霧が視界を覆う。
だが、熱はほとんど届かない。
数秒後。
風に流されて水蒸気が薄れる。
水の盾は。
変わらずそこにあった。
「無傷か」
ローデリックが感心したように呟く。
シュウ自身も驚いている。
「次、少し強くしても?」
「うん」
二発目。
三発目。
威力が上がる。
盾の水は大きく揺れるものの、破られない。
「……これ、かなり強いぞ」
レイモンドが言う。
「防御専門だからかな」
《その認識で問題ありません》
シュウは盾を見つめる。
炎の槍とは正反対。
攻撃するためではなく、守るための武器。
そのとき。
記憶の奥から、一つの文章が蘇りかけた。
「……あ」
《思い出されましたか?》
『たぶん』
十四歳の自分。
水。
盾。
守る。
何か書いた。
《読み上げますか?》
『……短いなら』
《承知しました》
嫌な予感はする。
だが。
少しだけ。
本当に少しだけ、知りたかった。
《『水とは慈愛。俺が守ると決めた者へ、決して悲しみの雨を降らせないための絶対防壁』》
「…………」
シュウは静かに空を見上げた。
青かった。
とても綺麗な青空だった。
《いかがでしょう》
『十四歳の俺を連れてきてくれ』
《不可能です》
『一回だけ説教したい』
《内容については、現在のマスターの行動理念と大きく乖離していないと判断します》
『そういう問題じゃないんだよ』
確かに。
誰かを守れる力は嬉しい。
それは認める。
だが、文章が痛い。
痛すぎる。
「どうした?」
レイモンドが尋ねる。
「……昔の俺が、また殴ってきた」
「朝も言っていたな、それ」
「気にしないで」
「気になるんだが」
「お願いだから気にしないで」
レイモンドは首を傾げた。
シュウは水の盾を解除する。
青い水が光の粒へ変わり、空中へ消えた。
「次」
少しだけ強引に話を変える。
「風を試そう」
「風の……銃だったか?」
「うん」
シュウは頷いた。
そして。
少し遅れて。
気づいた。
「…………」
《マスター》
『何』
《どうされましたか?》
『銃って、この世界にある?』
沈黙。
《類似武器の普及は確認できません》
『だよな』
前世では当たり前に知っていた。
だが、この世界で十七年間暮らしてきて、銃を見た記憶はない。
少なくともアルヴェイン領にはない。
王都の書物でも、一般武器として見たことはなかった。
つまり。
出した瞬間。
説明が面倒になる。
「シュウ?」
ローデリックが不思議そうに見る。
「どうした?」
「……やっぱり風は後にしようかな」
「なぜだ?」
「ちょっと説明しにくい武器だから」
「銃というものか?」
「そう」
「どんな武器なんだ?」
「…………」
どう説明する。
前世に存在した遠距離武器です。
火薬で弾丸を飛ばします。
でも俺のは風で撃ちます。
しかも狙撃形態にも変形します。
「見た方が早いと思う」
《賢明です》
シュウは覚悟を決めた。
右手を前へ出す。
「――転装、風」
空気が変わった。
炎のような熱も。
水のような冷たさもない。
ただ。
風が集まる。
シュウの周囲を流れていた自然の風が、右手へ吸い寄せられるように渦を巻き始めた。
草が揺れる。
服の裾がはためく。
透明なはずの空気が、光を受けて銀白色の線となる。
細い線が重なる。
輪郭を作る。
握り。
引き金。
銃身。
前世の記憶にある、大型の拳銃に近い形。
ただし、金属ではない。
透明。
内部では小さな風の渦が絶えず回転している。
「…………」
シュウは完成した風の銃を見た。
そして。
認めたくない。
認めたくないのだが。
「……格好いい」
《記録しました》
『消せ!』
《削除不能です》
『分かってて言っただろ!』
周囲を見る。
ローデリックたちは。
完全に固まっていた。
「……それが、銃?」
レイモンドが尋ねる。
「うん」
「剣でも槍でもないな」
「遠距離武器」
「弓のようなものか?」
「役割は近い」
シュウは銃口を石の標的へ向ける。
「こうやって狙って」
人差し指を引き金へ。
「撃つ」
軽く引いた。
パンッ、と。
乾いた破裂音が響いた。
ほぼ同時。
五十歩以上離れた石の標的の中心が弾けた。
「…………」
小さな穴。
その周囲へ蜘蛛の巣状の亀裂。
ローデリックがゆっくり標的を見る。
次にシュウを見る。
「……今、何をした?」
「風を撃った」
「見えなかったぞ」
「俺もほとんど見えなかった」
正確には。
発射した本人であるシュウには、圧縮された空気が一直線に走った感覚だけは分かった。
だが、炎のような目立つ軌跡はない。
《圧縮風弾です》
『射程は?』
《通常形態における有効射程は――》
数字を聞く。
シュウは黙った。
『……長くない?』
《風ですので》
『説明になってない』
「シュウ」
レイモンドがまだ石の標的を見ている。
「これは、かなり危険な武器じゃないか?」
「……俺も今そう思った」
音は小さい。
弾は見えにくい。
遠距離。
しかも弾薬がいらない。
「学院では使わない方がいいかな」
「少なくとも、人へ向けるのはやめておけ」
「うん」
《なお》
『何』
《狙撃形態が存在します》
『…………』
覚えている。
少しだけ。
前世で狙撃銃に憧れた時期があった。
映画。
ゲーム。
漫画。
遠距離から一撃で敵を撃ち抜く。
格好いい。
そう思った。
「……アルカディア」
《はい》
「やめといた方がいい?」
《安全な方向へ射撃するのであれば、現在地は試験に適しています》
悪魔の囁きだった。
いや、禁書の囁きだ。
「シュウ?」
ローデリックが見る。
「まだ何かあるのか?」
「……この武器、形が変わる」
「ほう」
父の目が輝いた。
エレノアの予想は正しかった。
絶対に楽しんでいる。
「見たい?」
「確認は必要だ」
「父さん」
「何だ」
「顔が笑ってる」
「気のせいだ」
絶対に嘘だ。
レイモンドも興味を隠しきれていない。
騎士たちに至っては、未知の武器へ完全に目を奪われている。
シュウは風の銃を見下ろした。
「……一回だけ」
《形態変更を確認》
記憶の奥から言葉が浮かぶ。
これは短い。
まだ耐えられる。
「――転装、狙撃形態」
風が爆発した。
「うおっ!」
周囲の騎士たちが腕を上げる。
シュウの右手にあった銃が、風の中で形を変えていく。
銃身が伸びる。
肩へ当てるための銃床が形成される。
上部には透明な筒状の照準器。
内部では複数の風の輪が高速回転を始める。
数秒後。
シュウの両手には。
銀白色の風で作られた、長大な狙撃銃が握られていた。
「…………」
また。
誰も喋らない。
シュウは少し恥ずかしくなってきた。
「……なんか言って」
最初に反応したのは。
ローデリックだった。
「格好いいな」
「父さん!!」
◇ ◇ ◇
「それで、どこまで届く?」
ローデリックの質問に、シュウは狙撃形態となった風の銃を抱えたまま訓練地の奥を見た。
父はもう完全に楽しんでいる。
レイモンドも表情こそ平静を保っているものの、視線が先ほどから一度も銃から離れていない。
騎士たちも同じだ。
「かなり遠くまで」
「具体的には?」
「ちょっと待って」
シュウは心の中で呼びかける。
『アルカディア』
《はい》
『射程』
《現在のマスターの出力であれば、視認可能範囲の多くを有効射程として扱えます》
『雑すぎる』
《狙撃形態では風そのものを制御するため、通常の飛翔物と比較して外的影響を受けにくく――》
『ちょっと待て』
シュウは眉を寄せた。
『風を制御する?』
《はい》
『じゃあ、風向きとか計算しなくていい?』
《原則不要です》
「…………」
思い出した。
十四歳の自分は、狙撃手というものに憧れていた。
風を読み。
距離を測り。
標的の移動を予測して。
一撃。
そこまで想像していた。
だが。
途中で気づいたのだ。
計算、面倒じゃないか。
そして。
風属性なら、そもそも風を操ればいい。
「……台無しじゃん」
《何がでしょう》
『狙撃の醍醐味』
《命中精度を優先した結果かと》
『十四歳の俺、変なところだけ合理的だな……』
「何が台無しなんだ?」
レイモンドに聞かれた。
「こっちの話」
「またか」
「気にしないで」
シュウは訓練地のさらに奥を見る。
丘の斜面。
そこに、人の頭ほどの岩が露出している。
「……あれにする」
「どれだ?」
「丘の真ん中。少し白い岩」
ローデリックたちが目を凝らす。
「遠くないか?」
「たぶん届く」
シュウは狙撃銃を構えた。
銃床が肩へ吸い付くように収まる。
頬を寄せる。
透明な照準器を覗く。
「……え?」
世界が変わった。
遠くの岩が。
近い。
照準器の中では、表面の細かな凹凸まで見える。
それだけではない。
距離。
風。
僅かな高低差。
必要な情報が、感覚として自然に理解できる。
《照準補助を開始します》
『お前も手伝うの?』
《戦闘補助は私の役割です》
『これ、外す方が難しくない?』
《意図的に外すことは可能です》
『そういう意味じゃない』
シュウは息を吐いた。
照準を合わせる。
引き金へ指をかける。
「撃つよ」
周囲へ告げる。
全員が少し身構えた。
シュウは引き金を引いた。
乾いた音。
次の瞬間。
遠くの岩が。
消えた。
「…………」
正確には。
粉々に砕けた。
白い破片が周囲へ飛び散り、遅れて小さな音がこちらまで届く。
シュウは照準器から目を離した。
遠くを見る。
岩はない。
狙撃銃を見る。
もう一度遠くを見る。
「……軽く撃ったんだけど」
《はい》
『また?』
《はい》
「…………」
背後が静かだ。
振り返りたくない。
だが。
ゆっくり振り返る。
ローデリック。
レイモンド。
騎士四人。
全員が。
遠くの丘を見ていた。
「シュウ」
「……何、兄さん」
「学院では」
「うん」
「それを人に向けるな」
「俺もそう思う」
意見が一致した。
◇ ◇ ◇
昼食は、訓練地の端にある木陰で取ることになった。
屋敷から持ってきたパンと燻製肉、チーズ、果物。それに水筒へ入れた薄い果実水。
春の終わりの風が木々の枝を揺らし、葉の隙間から落ちる光が地面でゆっくり動いている。
午前中だけで。
炎。
水。
風。
三形態。
残り三つ。
雷。
光。
闇。
「午後も全部試すのか?」
レイモンドがパンをちぎりながら尋ねた。
シュウは少し考えた。
「……全部はやめとく」
「意外だな」
「俺だって学習するよ」
炎の槍。
軽く突いたら標的人形が消えた。
風の銃。
軽く撃ったら岩が消えた。
この流れで雷のアックスを「軽く」振ったら、何が消えるのか。
考えたくない。
「午後は一つだけ」
「どれを?」
「……光かな」
《バスターソードですね》
『分かってる』
十四歳の自分は。
なぜ。
普通の剣では満足できなかったのか。
答えは分かっている。
大きい方が格好いいからだ。
「光は剣だったな」
ローデリックが言う。
「バスターソード」
「何が違う?」
「……大きい」
「どれくらい?」
「かなり」
「なるほど」
父の顔がまた少し楽しそうになる。
「父さん」
「なんだ」
「絶対期待してるだろ」
「確認は必要だ」
「その言い訳、今日何回目?」
レイモンドが横で笑った。
シュウも笑う。
風が吹く。
遠くで鳥の声。
町から離れた静かな場所。
昨日までなら。
普通の休日だった。
父と兄と騎士たちと訓練へ来て。
昼食を食べる。
ただそれだけ。
なのに。
胸の奥には喋る禁書がいる。
自分の手からは、十四歳の頃に考えた武器が本当に出てくる。
シュウは手元のパンを見る。
「……変な感じだな」
「何が?」
レイモンドが尋ねる。
「昨日まで普通だったのにって」
「不安か?」
「少し」
正直に答えた。
「でも」
シュウは少し笑った。
「ちょっと楽しい」
《記録しました》
『お前は本当にそういうところだけ早いな!』
◇ ◇ ◇
午後。
太陽が少し西へ傾き始めた頃。
シュウは再び訓練地の中央に立った。
午前中より慎重に。
周囲には誰もいない。
全員を十分な距離まで下げた。
「……よし」
《準備完了を確認》
『今回は本当に軽く試すからな』
《承知しました》
『絶対に変な追加設定を後出しするなよ』
《質問された範囲で回答します》
『不安しかない』
右手を開く。
胸の奥へ意識を向ける。
炎。
水。
風。
それぞれまったく違う感覚だった。
なら。
光は。
「――転装、光」
瞬間。
音が消えたように感じた。
眩しい。
けれど、目を焼くような光ではない。
白。
その中に淡い金。
シュウの胸から溢れた光が肩を通り、右腕へ流れ込む。
掌から光が伸びる。
柄。
鍔。
そして。
刀身。
長い。
いや。
「……長すぎない?」
まだ伸びる。
幅も広がる。
普通の剣ではない。
両手で扱うことを前提とした、巨大な刀身。
白銀の表面。
中央には淡い金色の光脈が走っている。
装飾は意外なほど少ない。
だが。
大きい。
とにかく大きい。
光が収束する。
シュウの手へ、確かな重量が伝わった。
「…………」
完成。
光のバスターソード。
十四歳の神代修司が。
普通の剣では満足できず。
「主人公の武器なら絶対これくらい必要」と本気で考えて設定したもの。
「でか……」
思わず漏れた。
《設計通りです》
『知ってるよ』
両手で柄を握る。
見た目だけなら、今のシュウの身体で扱うには明らかに大きすぎる。
だが。
持てる。
それどころか。
自然だった。
腕の延長。
心の延長。
巨大な刀身が、自分の意思へ遅れることなくついてくる。
軽く横へ動かす。
ぶん、と。
空気が鳴った。
「……危な」
慌てて止める。
離れた場所から見ていたローデリックたちも、一瞬身体を固くした。
「シュウ!」
「大丈夫! まだ振ってない!」
「今ので振っていないのか!?」
「位置を変えただけ!」
ローデリックが何とも言えない顔になった。
シュウも同じ気持ちだ。
『これ、本当に剣?』
《はい》
『一振りしたらどうなる?』
《出力によります》
『最低出力』
《現在地であれば試験可能です》
「……本当だな?」
声に出てしまった。
「何がだ?」
レイモンドが遠くから尋ねる。
「独り言!」
「またか!」
「気にしないで!」
もう無理が出始めている。
学院へ行くまでに、アルカディアとの会話方法も練習した方がいいかもしれない。
シュウは深く息を吸った。
正面。
石の標的。
午前中、風の銃で使ったものとは別。
厚い石壁のような訓練標的だ。
「……一回」
剣を構える。
両手。
腰を落とす。
普通の剣術で学んだ動きを、そのまま巨大な剣へ当てはめる。
不思議なほど違和感がない。
《マスター》
『何』
《出力抑制を確認》
『どのくらい?』
《可能な限り最低》
『よし』
安心した。
シュウは地面を踏む。
一歩。
巨大な光剣を。
斜めに振り下ろした。
白い軌跡が走った。
音は。
一瞬遅れて届いた。
ズン、と。
腹の底へ響くような低い音。
「…………」
剣は。
石の標的を通り抜けていた。
抵抗がなかった。
切った感触すら、ほとんどない。
シュウはゆっくり剣を止めた。
数秒。
何も起こらない。
「……失敗?」
呟いた。
その直後。
石の標的の上半分が。
ずれた。
「え」
斜めに。
ゆっくりと。
滑る。
そして。
地面へ落ちた。
轟音。
土煙。
シュウは動けなかった。
切断面は。
異様なほど滑らかだった。
「…………」
《成功です》
『これ最低?』
《はい》
『最低?』
《はい》
「…………」
嫌な汗が流れる。
背後から。
レイモンドの声。
「シュウ」
「……何?」
「学院では」
「うん」
「それも人に向けるな」
「分かってるよ!!」
◇ ◇ ◇
帰りの馬車。
夕方の光が畑を橙色に染めていた。
シュウは窓際へ座り。
疲れていた。
肉体的ではない。
精神的に。
「三種類試しただけなのに……」
「四種類だ」
レイモンドが訂正する。
「炎、水、風、光」
「そうだった」
「まだ雷と闇があるんだな」
「ある」
「明日試すのか?」
「……考えさせて」
今日はもう十分だ。
雷のアックス。
闇の双剣。
名前だけなら覚えている。
細かい設定も、断片的には。
でも。
知りたくない。
いや。
ちょっと知りたい。
その気持ちが一番危ない。
《マスター》
『何』
《本日の試験結果を整理しますか?》
『お願い』
《炎の槍。最低水準の通常攻撃により木製標的を破壊》
『うん』
《水の盾。物理攻撃および初級から中級相当の火属性魔法を無傷で防御》
『うん』
《風の銃。通常形態および狙撃形態の動作確認。狙撃形態では遠距離石標的を破壊》
『うん……』
《光のバスターソード。最低出力による斬撃で大型石標的を切断》
『…………』
《以上です》
『こうやって並べるとひどいな』
《高性能です》
『十四歳の俺、加減を知らなすぎだろ』
《当時の記録に関連する記述があります》
『聞きたくない』
《「最強なのだから、中途半端な強さにする意味はない」》
『聞きたくないって言ったよな!?』
シュウは頭を抱えた。
レイモンドが横目で見る。
「大丈夫か?」
「昔の俺を殴りたい」
「今日はずっとそれを言っているな」
「本気なんだよ」
馬車が揺れる。
外では、仕事を終えた領民たちが家へ戻り始めている。
平和だった。
本当に。
この景色だけなら。
何も起きていない。
シュウは窓の外を眺めた。
三日後。
いや。
もう日が傾いているから。
実質、あと二日と少し。
王都。
学院。
新しい生活。
今日試した力を、そこでどう扱うのか。
まだ決めきれていない。
「……普通に過ごしたいだけなんだけどな」
小さく呟く。
《可能性はあります》
『本当に?』
《はい》
『第一話の最後みたいな設定があるのに?』
《第一話という表現の意味は不明ですが》
『……なんでもない』
危ない。
前世の感覚で考えていた。
シュウは小さく笑う。
《ただし》
『またただしかよ』
《一点、報告があります》
シュウの表情が止まった。
嫌だ。
この流れは。
もう分かる。
『……何?』
《先ほどより、周辺に通常とは異なる魔力反応を検知しています》
シュウは瞬きをした。
『どこ?』
《進行方向》
笑いが消える。
身体を起こす。
窓の外を見る。
街道。
夕暮れ。
畑。
遠くに森。
見た目には何も変わらない。
『距離は?』
《およそ一・八キロメートル》
『何の反応?』
《現時点では特定不能》
シュウは眉を寄せた。
そのとき。
前方を走っていた騎士の馬が突然止まった。
「どうした?」
ローデリックが窓を開ける。
騎士が街道の先を見ている。
「旦那様」
声が硬い。
「前方に人がいます」
「人?」
「はい。……倒れているようです」
馬車が止まった。
シュウは。
しばらく何も言わなかった。
《マスター》
『言うな』
《まだ何も申し上げておりません》
『絶対言うな』
《承知しました》
シュウは胸の奥へ意識を向ける。
《心装武器》はまだ選択中。
残り時間は十分。
炎。
水。
風。
雷。
光。
闇。
必要なら使える。
だが。
今はまだ。
ただ人が倒れているだけだ。
「確認しよう」
ローデリックが馬車を降りる。
レイモンドも続いた。
シュウも扉へ手をかける。
《マスター》
『……何』
《一応、申し上げてもよろしいでしょうか》
『嫌な予感しかしない』
《先ほど話題にされた常時設定について》
『…………』
《検証材料が得られる可能性があります》
シュウは目を閉じた。
十四歳の神代修司。
平穏に生きようとしても。
世界の方から放っておかない。
「……まさかな」
小さく呟いて。
馬車から降りる。
夕方の風が、街道を抜けていった。
少し先。
道の脇に。
一人の人間が倒れている。
その周囲の草だけが。
まるで何かに焼かれたように。
黒く変色していた。
《マスター》
『何も言うな』
《承知しました》
珍しく。
今度のアルカディアは。
本当にそれ以上、何も言わなかった。




