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潰れかけの異世界食堂に転生した元冷菜係です。差し押さえまで百日なので、まず食材庫にラベルを貼ります  作者: もしものべりすと


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第二十一章 審問

「霜の客、霜村律。前へ」


宰相の声が、謁見の間の高い天井に響いた。


律は両脇を衛兵に挟まれて、赤い絨毯の上を歩いた。


灰の日の、三の鐘。


謁見の間は、人で埋まっていた。正面の一段高い玉座に、国王。その右に、白と金の衣をまとった老司教。左に、宰相。玉座の脇の椅子に、第二王女ルシール。目の下に濃い隈があった。一晩じゅう祖母の枕元にいたのだ。


両側の壁際には、宴に招かれていた貴族たちが並んでいた。


律の後ろには、縄をかけられた冷菜場の者たちがいた。オーギュスト。ミラ。ベルナール。リュック。


その少し離れたところに、縄のない者たちが立っていた。


ナディア。ティム。ゴドフロワとエメ。そして、市場監督官のレオン・ヴァイス。


ヨアキムの姿は、まだなかった。


◇


告発する側は、玉座の右手に立っていた。


大膳頭のグリモー伯爵。金の鎖を胸に下げ、汗で額を光らせている。


その隣に、紺の上着の男がいた。


白秤商会会頭、ニシナ。宴の食料の納入業者として、証人に呼ばれていた。


仁科は、律を見て、ほんのわずかに口の端を上げた。


◇


「大膳頭、申し立てを」


宰相が言った。


グリモーは一歩前に出た。


「昨日の白麦の宴で、王太后さまがお倒れになった。お召し上がりになっていたのは、冷たい前菜の皿だ」


グリモーは、衛兵の一人に合図した。


衛兵が、銀の盆を捧げ持って進み出た。盆の上に、陶器のテリーヌの型が一つと、木札が一枚のっていた。


型の側面に、焼き付けた黒い番号。


十七。


「この型は、霜の客が宴のために作らせたものだ。四十八の型に、一つずつ番号を焼き付けた。宮廷の誰もが知っている」


グリモーは、木札をつまみ上げた。


「そしてこの札も、あの女のものだ。冷菜、十七、霜。自分の印まで書いてある」


貴族たちの間に、ざわめきが走った。


「王太后さまの皿の脇に、この型と札があった。中に残っていたのは、燻製の牡蠣のムースだ。あの女が冷菜場で作り、王太后さまの皿に盛った。それ以外に、何がある」


◇


宰相が、律を見た。


「霜村律。冷菜場の帳面を出せ。仕込みの記録があるはずだ」


律が口を開く前に、グリモーが声を張り上げた。


「その帳面は、ございません」


謁見の間が、静まり返った。


「昨夜、大膳寮の小部屋で火が出ました。宴の混乱で、燭台が倒れたものと思われます。冷菜場から押さえた帳面は、そこに置いておりました」


グリモーは、悲しげに首を振った。


「一冊残らず、灰になりました」


律の後ろで、ミラが小さく息を呑んだ。


律は、目を閉じた。


三十年前と同じだった。


マルゴの庫帳は、宴の翌朝に大膳寮の小部屋で燃えた。


日本で律の手帳は、調査資料として持ち去られた。


書いてないことは、なかったことになる。


書いたものを燃やせば、書いていなかったのと同じになる。


律は、目を開けた。


◇


「陛下」


律は、玉座を見上げた。


「弁明の前に、一つだけお許しをいただけますか」


国王は、律を見下ろしていた。


五十を少し過ぎた男だった。白髪の混じった顎鬚。疲れた目をしていた。昨夜は、母の枕元で眠っていないのだろう。


「申せ」


「この場にいらっしゃる皆さまに、私の仕事が何なのかを、まずお話ししたいのです。それが分からなければ、私の申し上げることは、何も伝わらないと思います」


国王は、司教と目を交わした。


司教が、小さくうなずいた。


「許す」


◇


律は、謁見の間の真ん中に立った。


二百人を超える目が、律を見ていた。


膝が、少しだけ震えた。


律は、宴の夜のパスを思い出した。三の鐘から六の鐘まで、一度も離れなかった場所。


あそこと、同じだ。


木札を読むように、話せばいい。


「私の仕事は、ガルド・マンジェです」


律は言った。


「私の世界では、厨房で冷たい料理と、食料の倉庫を受け持つ者をそう呼びます。この国でも、昔は王家の食料庫番の官職の名前でした。三十年前に、なくなりましたが」


貴族たちの何人かが、顔を見合わせた。


「食料庫番の仕事は、四つです」


律は、指を一本立てた。


「一つ目は、受け入れです。届いた食べ物を、その場で確かめる。数は合っているか。重さは足りているか。冷えているか。臭いはおかしくないか。樽に刻まれた日付は正しいか」


律は、壁際のパン屋の組合の長らしい男を見た。


「パン屋さんが、朝届いた粉の袋を開けて、湿っていないか確かめるのと同じです。湿った粉でパンを焼けば、店の名前に傷がつきます。それを焼く前に見つけるのが、受け入れの仕事です」


男が、思わずといった様子でうなずいた。


「二つ目は、返品です。受け入れで駄目だと分かったものは、受け取らずに返す。返したことと、その理由を、必ず書いて残す。誰が確かめたかも」


律は、二本目の指を立てた。


「三つ目は、しまい方です。冷やすものは冷やす。古いものを手前に、新しいものを奥に。全部に、日付と作った者の印をつける」


三本目。


「四つ目は、数です」


律は、銀の盆の上の型を見た。


「その日に、何をどれだけ作るか。多すぎれば余り、余ったものは誰の口に入るか分からなくなります。少なすぎれば足りなくなる。だから、その日の客の数から、ちょうどの量を決めます。私の世界では、それをパレベルと呼んでいました。基準の量、という意味です」


謁見の間は、静かだった。


律は、玉座を見上げた。


「この四つを全部、帳面に書きます。そして、その帳面は必ず二つ作ります。一つは庫に。一つは、神の家に」


司教の白い眉が、わずかに動いた。


◇


そのとき、謁見の間の扉が開いた。


衛兵が、慌てて槍を交差させる。


扉の向こうに、灰色の長衣の男が二人立っていた。


一人は、白い髭の老僧だった。杖をつき、両腕で分厚い帳面を抱えている。もう一人は、その後ろで、麻布に包んだ紙の束を胸に抱えていた。


灰岩修道院の院長、アンセルム。


そして、ヨアキムだった。


ヨアキムの長衣の裾は、丘の泥で汚れていた。夜通し丘を登り下りしてきたのだ。


司教が立ち上がった。


「アンセルム院長」


老僧は、司教に向かって深く一礼した。


「お久しゅうございます。陛下の御前に、修道院の受付簿と、預かり物をお持ちいたしました」


◇


アンセルムは、謁見の間の真ん中まで進み出た。


ヨアキムが、麻布の包みを解いた。


紙の束が、現れた。


冬至亭の庫帳と、百日帳の写し。そして、宴の前の十七日間の、宮廷の検品の帳面と食料庫の帳面と冷菜の仕込みの帳面の写し。


ヨアキムが、一晩も欠かさず写し続けたものだった。


「この写しは塩樽通りの冬至亭から一めぐりに一度、宴の前の十七日間は毎朝、灰岩修道院の文書庫に預けられたものです」


アンセルムは、抱えてきた分厚い帳面を開いた。


「これは、修道院の受付簿です。預けられたものを、預かった日の順に、番号をつけて書いております。わしが五十年、一日も欠かさず書いてきたものです。番号は飛ばしておりません。書き直してもおりません」


アンセルムの皺だらけの指が、ある頁を押さえた。


「収穫の月 第三めぐり 火の日の朝。番号、二千八百十一。冬至亭、ヨアキムより。宮廷の検品の帳面の写し。前日、水の日の分」


ヨアキムが、紙の束の中から一枚を抜き出した。


アンセルムが、それを宰相に差し出した。


宰相が、声に出して読んだ。


「返品。品名、燻製牡蠣。数、樽四つ。届けた者、白秤商会手代セルジュ」


謁見の間が、どよめいた。


「返品の理由。一、樽の温み。冷却石の霜なし。二、樽の膨らみ。蓋を開けた際に気の噴き出しあり。三、臭気。油の濁り。身の縁の変色。四、樽印の日付に、削って彫り直した跡あり」


宰相の声が、続いた。


「受け入れ係、ゴドフロワ。上記、相違なし。受け入れ係、エメ。上記、相違なし。市場監督官、レオン・ヴァイス。立ち会い、上記を確かめる」


壁際で、ゴドフロワが拳を握りしめていた。エメが、唇を噛んでうなずいていた。


宰相は、紙の端を見た。


「そして、王太后さまの冷たい前菜を燻製牡蠣のムースに代え、川鱒と根菜のテリーヌとする。これを承認する。第二王女、ルシール」


玉座の脇で、ルシールが立ち上がった。


「わたくしの署名に、相違ございません」


ルシールの声は、謁見の間の隅々まで届いた。


◇


律は、玉座を見上げた。


「燻製牡蠣は、宴の三日前に、私が返しました。宮廷の食料庫には、一粒も入っていません。前から奥にあった六つの樽も、受け入れを始めた日に捨てました。その記録も、写しに残っています。冷菜場の保冷庫にも、牡蠣はありません。私の作った前菜に、牡蠣は一つも使っていません」


貴族たちの視線が、グリモーに向いた。


グリモーの顔が、紫色に変わっていた。


◇


「お待ちください」


穏やかな声が、謁見の間に響いた。


仁科だった。


仁科は、一歩前に出た。両手を軽く広げ、困ったような笑みを浮かべていた。


「陛下。わたくしは商人でございます。数字と帳面で商いをしております。ですから、帳面の恐ろしさもよく存じております」


仁科は、ヨアキムの抱える紙の束を見た。


「写しというものは、いつでも作れます。宴が終わったあとで、都合のいいことを書き足した写しを昨夜のうちに作り、修道院に持ち込むことも」


アンセルムの白い眉が、ぴくりと動いた。


「受付簿の番号は、預かった日の順だ。昨夜持ち込まれたものなら、昨夜の番号になる。二千八百十一番は、三日前の朝の番号だ」


「受付簿も、帳面でございます」


仁科は、やわらかく言った。


「書く者が、番号を一つ空けておけば、後から差し込むこともできる。院長さまを疑うわけではございません。ただ、修道院には、冬至亭の酒番が二十年おりました。その方の古いお仲間が、受付簿の側にもいらっしゃるかもしれません」


ヨアキムの指が、紙の束の上で白くなった。


アンセルムは、何も言わなかった。ただ、静かに仁科を見ていた。


「それに」


仁科は、律のほうへ向き直った。


「仮に、霜の客の申すとおり、三日前に牡蠣を返したとしましょう。返した樽は、商会の荷車で倉庫へ戻りました。その樽を、霜の客が裏で買い戻さなかったと、誰が言い切れますか。返品したと帳面に書いておけば、自分は牡蠣を持っていないことになる。そのうえで、こっそり手に入れた牡蠣を使う。帳面というのは、そういう使い方もできるのです」


謁見の間に、再びざわめきが広がった。


律は、仁科を見ていた。


日本と、同じだった。


書いてあったんですと言った律に、仁科はどこにと訊いた。


今度は、書いてあることそのものを、嘘だと言っている。


◇


「その樽なら、見つけた」


低い声が、ざわめきを断ち切った。


レオン・ヴァイスだった。


レオンは、衛兵の間を抜けて前に出た。紺の上着の肩に、夜露の染みがまだ残っていた。


「昨夜、王女殿下の令状をいただき、衛兵に白秤商会の川沿いの倉庫を改めさせた。夜明け前に、私も駆けつけて立ち会った」


仁科の笑みが、わずかに固まった。


「三番倉庫の奥に、燻製牡蠣の樽が四つあった。秤の焼き印。日付の刻みに、削って彫り直した跡。三日前に宮廷の搬入門で、私が立ち会って返された樽と、同じものだ」


レオンは、懐から一枚の紙を取り出した。


「樽の一つは、中身が半分ほど減っていた。蓋の縁に、新しいへらの跡があった。誰かが、宴の前に中身を取り出したのだ」


レオンは、紙を宰相に差し出した。


「そして、これは同じ倉庫で押さえた、商会の出荷台帳の頁だ。その樽四つの欄には、こう書いてある」


宰相が、紙を見た。


眉をひそめて、読み上げた。


「燻製牡蠣、樽四つ。宮廷より返品。廃棄」


謁見の間が、静まり返った。


「廃棄したはずの樽が、倉庫の奥にあった。中身が半分減って」


レオンは、仁科をまっすぐに見た。


「霜の客は、商会の倉庫の鍵を持っていない。買い戻したのなら、台帳に売った記録があるはずだ。だが台帳には、廃棄と書いてある」


◇


仁科は、長いあいだ黙っていた。


それから、ゆっくりと首を振った。


「……倉庫番の不正でございます」


仁科は、深く頭を下げた。


「わたくしの目の届かぬところで、手代のセルジュが、廃棄すべき品を勝手に取り置いていたのでしょう。前にも、古い腸詰めを勝手に払い下げた者がおりました。商会の恥でございます。セルジュは、すぐに捕らえさせます」


仁科は顔を上げた。


その表情は、もう穏やかに戻っていた。


「ですが陛下。仮に牡蠣が商会の倉庫から持ち出されたとしても、それを冷菜にしたのは、冷菜場の者でございます。この型と、この札が、何よりの証拠。冷菜場の誰かが、セルジュと通じていたのかもしれません」


仁科は、銀の盆の上の十七番の型を、手で示した。


「型の番号は、焼き付けてあって消せない。霜の客自身が、そう申しておりました」


◇


謁見の間の全員の目が、銀の盆の上に注がれた。


陶器の側面の、黒い番号。


十七。


律は、その型を見つめていた。


自分が焼き付けた数字だった。どの型が、いつ、どこへ行ったか。最後まで追えるように。


消えない番号を。


律は、ゆっくりと息を吸った。


震えは、もう止まっていた。


「では」


律は、玉座を見上げた。


「型を、数えましょう」


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