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夜、一ヶ月ぶりに屋敷に戻った男性を待っていたのは、たくさんの亡骸と、人喰いのバケモノでした。豪奢だったはずの赤い絨毯は赤黒く染まり、気味の悪さを感じさせます。
そんな異様な後継の中、男性はバケモノに話しかけました。
「やぁ、やぁ、お嬢さん。どうしたんだい?」
男性がそう言うと、少女は男性を見ました。一瞬、少女の瞳に理性が戻りますが、それもすぐに消えてしまいます。
少女は小さく呟くように言いました。
「……おなか、すいたの」
「……そうかい、そうかい」
男性は顔を歪めました。何の理由かは知りませんが、少女は飢え、使用人どもを食ってしまったようです。そして、屋敷の使用人を──おそらく全員──食ってもなお、飢えは止まないようでした。
男性は、少女が人喰いのバケモノだと知っておりました。何せ、飴玉しか食べないのですから。それに、男性は妻をバケモノに食われたことから、彼らの存在についてたくさん調べた経験があり、バケモノは人を食べるのではなく、人の、バケモノに対して向けられた感情を食べるものだと知っておりました。そして、食べる度に少しずつ感情を理解し、人に近づくのだ、ということも。
少女は飴玉を食べていたのではなく、飴玉に乗せられた、男性の感情を食べていたのです。
「あのね、おなか、すいたの」
いつの間にか、少女が男性の目の前に立っておりました。そして、男性を床に倒します。
男性はふっ、と笑いました。とても、優しい優しい微笑みでした。
「うん、うん、いいよ。僕の全部を、お嬢さんにあげよう」
男性は、少女のことが好きです。だからこそ、少女の為に何かしてあげたくて、こう言ったのでした。
少女の口が、男性に近づきます。そして──
パラパラ、と大量の飴玉が降りました。宙を舞い、コロコロと床を転がります。
少女は泣きながら、つい先ほどまで男性だったモノの前で座り込んでおりました。
コロコロコロ。手元に転がってきた飴玉を、少女は口にしました。そして、顔を歪めます。どっと溢れた涙が、ポタポタと赤黒い絨毯に落ちます。
「ねェ、教えてよ……。この飴の名前、何なのォ……」
その少女の疑問に答える者は、もう誰もおりません。