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文官ワイト氏と白き職場。

文官ワイト氏、血肉を纏う。

作者: 漆黒の豆腐

「お盆休み? なんですかそれは?」


 夏の雨季で河川が増水し、洪水が起きるという天災の復興予算案の草案を作りながら、ボロ布を纏った白骨死体………ワイト氏が自らの上司である文官長に聞き返した。


「なんでも、死者があの世から家族を見に帰ってくる日らしいぞ」


「家族もない私が千年近くも逝っていないのに、わざわざ逝ってから帰ってくる者が………? そもそも死者の蘇生がそんな簡単に行われて良いはずが………」


「まあ、そういう風習らしいぞ。俺達には関係無いが」


「そうですね。私達には関係ありませんね」


 復興予算委員に復興が終わるまで休みなど無い。今はほとんどの文官が被害調査に出掛けているが、夜になれば昼間の被害調査で集めた資料を持ち寄ってデスクワークが再開される。


「………そのお盆休みとやらは、もしやアンデットが大量発生したりは?」


「はっはっは。恐ろしいこと言うな」


 そうである。そんな地獄絵図が繰り広げられれば………


「そんな災害に予算委員が立ち上がらないとでも!? これ以上俺達の仕事が増えそうなこと言うなよ! ただでさえお前が提案してうっかり採用された災害保険制度のせいで仕事が増えてるのによぉっ! はっはっはっはあああああ!」


「落ち着いてください文官長………我々の仕事は増えますが、結果的に予算と王家の支持も増したのですから………」


「落ち着いてられるか! 予算が増えれば仕事が増えるのは何処か!? 正解は俺達会計課である! そして王家の支持が増えたところで俺らの給料は増えないし仕事は減らない! 革新的企画を上げるのは結構だが、巨大プロジェクトを連続して立ち上げるな!」


「すみません………企画が通るという経験が魔国時代は無かったもので………つい」


「つい、じゃねえわボケえ! お前が来てから処理能力は上がったが、それを倍にする勢いで仕事が増えてるぞ!? おっかしいなあ!」


「文官長! 会議です!」


「またか! またなのか! もうやだよ騎士団の連中に予算の増額迫られんの。もうこいつ(ワイト)いりゃあ軍いらねえじゃん! 予算とかこいつの給料で終わりで良いだろ!」


「なんて恐ろしいことを!? ご存じですか!? アンデットも死ぬんですよ!?」


「元から死んでるくせに何を!? 年に一度お盆休みに帰ってきて仕事を処理しろよ!」


 徹夜四日目。もはや一周回って正常に戻り、そしてまた壊れたワイト氏と文官長が取っ組み合いの喧嘩を始める。ワイト氏は如何に魂度レベルが810あろうと下級アンデットな上に非力なワイト故に鍛え抜かれた労働の奴隷である文官長と腕力の面では同等だった。


 そんな時、文官達の纏う見ているだけで疲労してしまうような澱んだオーラとは違う、清廉で潔白なサボってたら殺されそうなオーラを纏った上品な衣装に身を包んだ女性………ワイト氏の直属の上司である王女様が深淵すら覗かせそうな暗黒オーラに充ち、白骨死体がお茶汲みをする執務室にやって来る。


「あの………良い知らせと悪い知らせ、どちらを先に言った方が宜しいですか?」


「「「悪い知らせで」」」


 満場一致だった。そもそも上からの良い知らせが本当に良い知らせであることの方が少ないのだ。悪い知らせを聞いた上で、良い知らせと偽れる程度の悪い知らせを聞いた方がダメージは少ない。


「では、悪い知らせを。私が開発を任されている旧魔族領で、巨大な銀鉱脈が見つかりました」


 執務室に静寂が訪れた。

 銀鉱脈。それは巨万の富をもたらす国家の重要資源である。これを巡って戦争すら起きるほどだ。

 そんなものが見つかれば、他の公共事業を放置してでも開発する必要がある。大量の人員と技術が移動し、未来への投資だと莫大な金銭が動く。

 国家の金銭が動けば、それは何処が処理することになるか。


 そう、王国の会計課である。


「………ワイト、許可する。魔族領もろとも銀山消し飛ばせ」


「御意に」


「ワイト、止めなさい」


「わかりました」


 ワイト氏は文官長のもとで働いているが、文官長達のように雇用主は王国そのものではなく、王女様に雇われている身だ。故に、王女様には逆らわない。


「そして良い知らせですが………ワイト、貴方が予てより申請していた、『国民の休日』に関する法案を父が承認しましたよ」


「………なんですと?」


「ああ? ワイト、国民の休日ってなんだ?」


「………端的に言いますと、全公共施設の休みです………」


「全公共施設の休み? へー、そりゃ凄いな」


 ………………………………………………………。


「マジか?」


「ええ」


「例えば明日も?」


「社長、どうなんでしょう?」


「お盆休みも国民の休日ですね」


 全員が黙り、文官長が叫んだ。



「うおっしゃあ! 仕事すんぞ野郎共! 明日は休みじゃ飲み会じゃアアアアっ! 銀山など知ったことかあああああああ!」


「「「イエッサアアアアアアア!」」」


「社長! ありがとうございます! これからも社長に着いていかせて頂きます! ああ、本当に………ありがとうございます………!」


 ワイト氏は他の文官よりも仕事が多い。魔王を倒したからと言って魔族を皆殺しにするなんてことは不可能なため、平和的な交渉の必要もある。そして、無駄に広い魔国では地域ごとで民族や言語の壁が存在しており、全てを理解できるのがワイト氏しかいなかったのだ。

 特に最近は魔族の一部族であるオーク族が帝国相手に戦争をしていて、それの仲裁もあって、ワイト氏の労働量は多かった。

 ただ、これでも魔国時代の理不尽な仕事よりはマシだと思えてしまったワイト氏である。


「え、ええ………ところでワイト、お盆休みに用事などは? 私の執務も明日は休みなので、良ければ食事でもと………」


「社長、社長は社長ですが一国の王女でも在らせられるのです。魔族とはいえ婚前に二人きりで食事など、政敵が聞き付ければ格好の攻撃材料に」


「社長命令です。私と来なさい」


「はい。わかりました」


  社長命令ならば魔王すら倒して見せるワイト氏は深々と礼をしてその話を受けます。社長のお言葉は神のお言葉ですから、社長がカラスを白だと言えば三千世界のカラスを白く染め上げるのが社員の仕事なのです。


 そのあと、王女様は上機嫌で執務室を後にして、ワイト氏を初めとした文官達は休みという希望を見て、凄まじいペースで仕事を進めました。そして、六時を回ったら定時に全員が鞄を持ち、文官長に敬礼して、帰路という栄光の道を辿りました。


「帰ったぞ。ジョン、ポチ、ミケ」


 一週間ぶりに家に帰ったワイト氏に三匹の愛犬達はそれぞれの反応を示します。賢いジョンは『お帰り』と書いた看板を掲げ、ポチは嬉しそうに駆け寄り、ミケはガジガジとワイト氏の足の骨にかじりつきました。


「さて………茶でも飲むか」


 ワイト氏はアンデットなので眠りません。なので、夜は夜空を見上げてボーッとお茶を飲みます。

 今日も膝に三匹の愛犬を乗せてぼんやりと縁側でお茶を飲むワイト氏は、何千年後に来るかは定かではない定年後もこうしていたいものだとお茶を啜ります。


 そして、どうせだからと馬に見立ててつまようじで足を作った茄子を飾ったその瞬間、異変が起きました。


「ぐっ──!?」


 まるで頭に鉛でも流し込まれたかのように、頭部が重くなりました。全身の骨格に違和感が生じ、まるで空間そのものがワイト氏を押し潰そうとしているかのような感覚に襲われました。

 

(これは………一体………)


 ワイト氏の意識は、ここで一旦途絶えました。









「ぐっ………一体、何が………」


 カァーカァーという身近な者の死を知らせるで有名なカラスの泣き声を聞いて意識を取り戻したワイト氏は、目に突き刺さる日光に今が朝だということに気付きました。

 体を覆う謎の重さに昨日の現象が抜けきっていないと頭を振り、現状を冷静に分析します。千年以上も生きてきたワイト氏ですが、こんなことは初めてでした。


 まず、場所はワイト氏の家です。当然です。

 そして、ワイト氏は縁側にいます。当然です。

 そして、ワイト氏の周囲には何やら骨っぽい帽子を被った十やそこらの少年少女がボロ布を纏って転がっています。


 ………ん?


「誰だ………お前ら………?」


 気絶している人間の家に捨て子を投げ込む新しいタイプの育児放棄を疑ったワイト氏でしたが、さすがにあり得ないなと、三人の子供を揺すって覚醒を促します。

 すると、子供の中の一人………長い黒髪をした女の子が目を擦って起き上がり、何処からか看板を取り出して掲げました。


『仕事は?』


 ワイト氏は次の瞬間には転移魔法を発動して、職場に飛んでいました。


「「………はっ、今日休みだった! ………ん?」」


 ワイト氏が横を見ると、そこには文官の制服を着た文官長がワイト氏を鏡で映したかのように立っていました。どうやら、文官長も仕事だと勘違いして職場に来てしまっていたようです。


「文官長、おはようございます」


「おう、いやー、こんな時期に休みなんて新鮮だから、つい来ちまうな」


「はい、私も今朝愛犬に仕事と言われて慌てて来てしまいました」


「そうかそうか………で、お前、誰だっけ? 」


「え? 文官長、二日酔いですか………?」


 魔族ならばともかく、ヒト族が白骨死体のワイト氏の顔を忘れるというのは滅多にありません。街に繰り出せば聖職者に浄化をかけられては全力で逃げる程に特徴的な顔立ちなのです。

 なお、全力で逃げるのはワイト氏の方であり、聖職者の間では街中に突然現れる死霊として警戒され、結界で入れないようにされていますが、自在に転移できるワイト氏は結界の存在にすら気づいていません。


「いや、えーっとだな………人事課のクリス?」


「会計課のワイトですよ。全く、私の記憶は飛ばしても、仕事の記憶は飛ばさないで下さいよ」


「いやいや、冗談キツいって。あいつの見た目知ってるか? 俺達の末路だぜ?」


「知ってますよ。だって本人ですからね」


「いやいや、白骨死体だぞ?」


「自覚はありますが、死体と言われると複雑ですね………」


「いやー、あいつ、あれでも生前はそれなりに美形だったって言うんだぜ?」


「はい。千年ほど前の大手の商人の娘との婚約も決まっていましたし、それなりだったと自負しています」


「まだそれ引っ張るか」


「引っ張るって………どこからどうみてもワイトでしょう………」


「は? 鏡見てこいよ。何処がワイトだよ」


 もしかしたらミケ辺りが顔にいたずら書きでもしたのかも知れないとワイト氏はそこらの壁を魔法で鏡に変えて、自らの姿を映し出しました。


「髪が………生えている………!?」


 青い髪をオールバックに纏め、シンプルなモノクルをかけた少しつり目の若い男がそこには映っていました。


「馬鹿な………何故、この姿に………」


 それは、紛れもなくワイト氏の生前の姿でした。

 ワイト氏は、ワイトの姿から魔法で変身することはできますが、アンデット以外の姿には変身できません。ワイトとして、朽ちた遺体の形を保てなければ存在していられないからです。


「え………マジでワイトか?」


「………はい………恐らく………」


 思えば、先程から異常はあった。ワイト氏は骨格から生前の見た目は自分で予想できていましたが、生前の記憶はほとんどありません。ただ、仕事をしなくてはいけないという強迫観念だけが残り、その意思が強すぎて死霊になりました。


「………姫様呼んでくる」


「いえ、別に社長に報告することでも………」


「馬鹿野郎! 言わなかったら俺がクビになる!」


「何故ですか?」


「とにかくだ!」


「ですが、これから家に帰ってやることが………」


「盆栽の手入れと湯飲みコレクションを眺めるとジグゾーパズルと詰将棋以外の用事なら考えなくもない」


「私の趣味を尽く!? ですが、愛犬達が犬から人になって愛人達に化けたので記念を残すために写真を撮りに写真屋に………極東の文化のシチゴサンのフリソデとハカマを着せたいので」


「孫を愛でる爺か!」


「こんなに可愛らしい姿になった愛犬達を愛でるなと言う方が不可能に近いのです」


 ワイト氏は召喚魔法を発動して、家から愛犬達を呼び寄せます。召喚されたペット達はまた竜でも現れたのかと思い、それぞれ子供の体で臨戦態勢を取っていました。


「では、文官長、よい休日を」


 その後、極東に飛んだワイト氏は三人の愛犬にそれぞれ袴と振り袖を着せて写真屋で記念撮影をしました。


 そして、その夜のことです。国民の休日という制度が制定され、共通の休みができた民衆が今日くらいは贅沢をしようと集まる料亭街に、王女様はいました。

 ワイト氏と夕食を共にする約束をしていた王女様は、手鏡で頻りに自分の化粧や服装を確認し、身嗜みに余念がありません。


「社長。お待たせしてしまいました」


 空間を飛び越えて、ワイト氏がやって来ます。

 王女様はその声にドキリとしながら、おそらくは結婚式で見たようなタキシードを着た白骨死体の姿でやって来ると思っているワイト氏に振り向きました。


「ワイ………ト?」


 そこに立っていたのは、上品なタキシードに身を包む、貴族のような立ち振舞いのヒト族の男性でした。


「はい。少々特殊な事情でこのような姿になってしまいました。おそらく明日になれば戻ると思われます。ですので、何卒この姿でご容赦を」


 数秒間思考を停止させた王女様は、昼間の七五三に行くと宣言するワイト氏のような表情、満面の笑みで言いました。


「写真屋に言ったあと、肖像画を書いてもらいましょう」


「………? お食事では?」


「食事などいつもの姿でもできます。しかし、明日には戻ってしまうなら今の姿を記録に残さなくては。さあ、行きますよ」


「あっ、社長、そんなの強く引っ張るとスーツが破け………」



 この日からしばらくの間、王女様に新しい婚約者ができたと王都中で話題になるのを、ワイト氏と王女様、そしてその後ろを光学迷彩魔法で隠れながらついていく珍しい極東の衣服に身を包んだ三人の子供はまだ知らないのでした。

ワイト氏の生前

名前はニイト・フリィタ。貧しい農村の生まれで、戦争で両親を失って孤児になる。

十二歳で孤児院を出てからは、商家の下働きとして働き、いつか独立してお世話になった孤児院を援助し、より多くの孤児を救うという目標のもと働き続け、大手商家の会計を任されるようになるも、現金の輸送中に盗賊に襲われて死亡する。

その後、雨風に曝されて白骨死体となってから『もっと働かないと』という残留思念で死霊となり、ワイトになる。

最近の悩みは何故か王女様が会計課の仕事を手伝おうとしてくること。


文官長「結局一日で戻ったんだな」

ワイト氏「はい。おそらくは死者が帰るという文化を死者の私がやったことで一時的に生者に戻っていたのでしょう。それにしても見てください。これ、家の愛犬達なんですよ。可愛いでしょう? この子達のためなら変異ミュータニングしてレッサー・グリムリッパーになることも吝かではありません」

王女様「ワイト! 大陸全土の死者に関わる文化を纏めました! これを全て休日にしましょう!」

ワイト氏&文官長「王女様(社長)! 休日が多すぎると逆に仕事が溜まります!」


※レッサー・グリムリッパー=下級死神

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― 新着の感想 ―
[良い点] 恋しているのに説明や口説けない姫さまと分かってないワイト氏 [気になる点] 姫さま説明して口説こうよ!命令形じゃない( ´△`) 姫とエロ展開したの?
[一言] 十回以上見てるのに気付かなかった…… >「写真屋に言ったあと、肖像画を書いてもらいましょう」 行ったあと
[一言] ワイトシリーズ、もう短編集ではなく、超不定期連載にしましょうよ。( ̄^ ̄)ゞ
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