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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

異世界物

勇者様の死体を見つけちゃったんですけど!

作者:コーチャー
 あるよく晴れた日、私は深い森の中で死体を発見した。

 死体を発見したらどうするべきか? そんなことはどこの村の子供たちでさえ知っている。
 とても簡単。腐っていなければ金目の物をいただいて、さようなら。
 腐っていれば、すぐにさようなら。とても簡単なことだ。

 だから、今回もそうするつもりでした。私が見つけた死体は、後頭部から頭を鈍器でドスン、と一撃されたのか頭はおろか顔までぐずぐずに腐り落ちたリンゴのように潰されていた。幸いにも腐敗臭はなく新鮮な死体だ。杖を使って死体を転がしてみると腰にはたいそう立派な剣が残っている。これを売るだけで数ヶ月は路銀に困ることもないだろう。

 私はこの出会いを神に祈り、空を仰ぐと木々の枝が折れて光が差し込んでいた。神の恩寵だろうか、と思いながら私は死体から剣を外しました。そして、彼が背中に背負っていた荷袋に手をつける。金目のものは金貨が数枚と手形。あとはよく磨かれたナイフが数本。そして、王国から発行された復仇免許状(ふっきゅうめんじょう)があった。

 私は漁っていた手を止めた。どうするべきか。言葉を発しない死体と復仇免許状を見比べる。復仇免許状は魔族に対して攻撃や略奪することを王国が公式に認めた許可証である。これを与えられた人間は一般的に勇者と呼ばれる。つまり、この死体は勇者様なのだ。

 先日、この近辺を支配した魔族が根こそぎ勇者に討伐された、という話を聞いた。きっとそれは目の前で死んでいる彼のことなのだろう。私はくすねた剣をそっと戻すと大きなため息をついた。勇者の死体から剣を盗んだ、とバレると魔族の協力者との疑いをかけられるかもしれない。もったいないが剣は諦めるしかない。

 金の成る死体は一瞬にして、儲からない死体になった。とはいえ、金に換える術がないわけでもない。
 私は杖を手に取ると死体を中心に様々な図形や呪文を地面に描いた。

『全ては空転する。姿、形、理もいまは何処かに境界を失う。眼に見えた瑕さえもなく。あるべき痕さえも刻むことをやめる』

 私の言葉と魔力は魔法陣をかいして死体へ伝わり、時間を遡るように勇者様の怪我は元の姿へと戻っていく。傷が癒えたことを確認すると私は込めていた魔力をゆっくりと弱めた。血にまみれて潰れていた勇者様の頭は白銀の髪に満ち。窪み落ちていた顔はかつての姿を取り戻していた。

 しばらく様子を見ていると、勇者様は小さな呻きとともに目を開けた。そして、辺りを見渡して私に気づいた。

「お目覚めですか? 勇者様」

 私は礼儀正しくローブの端をつまみ上げ、そっと頭を下げた。こうして見せれば私もそこそこの術師にみえるに違いない。彼はじっと私をみつめたあと思い出したかのように声を発した。

「君は?」
「私は回復術師のレシリー・レグランドと申します。勇者様がたいそうなお怪我をされて倒れておられましたので、私の術にて治療をさせていただきました。どうでしょう? 気分などは」

 勇者様は少し驚いた顔で私を見ました。こうやって傷が癒えると勇者様はなかなかの男前です。多少、目がたれ気味で力強さに欠けるのが残念ですが、そのほかの造形は悪くありません。やはり勇者は姿から良くなくてはなりません。

「ありがとう、レシリー。気分は悪くないよ。ただ、どうして僕がここで倒れていたのかが思い出せない。仲間たちと野宿したことは覚えているのだけど。それからのことがさっぱりだ。僕は一人で倒れていたのか? 仲間たちは?」

 勇者様はひどく焦った様子で私に詰め寄りました。そうでしょう。勇者たるもの仲間を大切にしなければいけません。ですが、私が見つけたのは勇者様の死体だけです。私はひどく残念そうに首を振る、と言いました。

「きっとそれは回復魔法の影響でしょう。回復魔法は人間に備わっている自己治癒力を魔力で強引に高めるものです。怪我の程度が大きければそれなりの負担が身体にはかかるものです。下手な術師が行えば、負担が頭の方に来ることもあります。しばらくすれば思い出すかもしれませんが、すべては私のせいです。
 勇者様のお仲間ですが、私がここに来たときには誰もおられませんでした」

 辺りは深い森で、太陽を遮るように木々が茂り、わずかな湿気を含んだ枯葉が地面を覆っている。勇者様が倒れていた場所には私が描いた魔法陣こそあれ、争ったようなあとはない。つまり、勇者様は完全に不意をつかれたのだろう。

「そうか……。確かにここは僕たちが野宿した場所とも違うようだ」
「この森で野宿といえば滝まわりか炭焼小屋ではないですか?」

 この森は東の町と西の町をつなぐ中間にある。街道は別にあるのだが、森を迂回しているため遠回りで旅路を急ぐ者は多少の危険を冒してもこの森を抜けることが多い。とはいえ森の中に野宿や休憩に適した場所が多いはずもない。この森では滝まわりの開けた土地と古い炭焼小屋跡だけだ。

「そう。僕達は滝のそばで野宿をしたんだ」
「滝の場所ならご案内できます。仲間の方はそちらかもしれませんね」
「それは助かる。だけど、どうして僕はこんな場所で倒れていたのだろう?」

 勇者様はそう言って首をひねりました。それは私にもわかりません。ただ、あたりを見る限り戦闘のあとはないので仲間からはぐれた彼が魔物に襲われた、というのが妥当な気がします。この森には、大型のオークが少なからず生息しているのが知られています。

「勇者様の仲間はどういう方たちなのですか?」

 私は獣道に生えるツタやクモの巣を杖で払いながら尋ねました。勇者様は少し考えて「僕の仲間は三人だ。一人は戦士。出会ったころは山賊だったのだけどいまは改心して僕と一緒に魔物を倒している。次に魔術師だ。彼女は魔術の名門貴族の出だけど、魔族に苦しめられる人々を見捨てられない、と家族の反対を押し切って仲間になってくれた。彼女は冷気を使った魔術が得意なんだ。どんな魔族も魔物も凍らせてしまうよ。最後に君と同じ回復術師だ。彼は北の大きな街で司祭をしていた。だが、魔族に操られた上司に異端者だとでっちあげられて、僕の仲間になった」

 北の大きな街といえばこの大陸で最大の教会がある。そこで司祭までしていた回復術師となれば相当な腕に違いない。私のようなポンコツ回復術師のように記憶の混濁を起こすようなこともなく、生きた人を癒すに違いない。

「すごい方ばかりですね。私のような村の回復術師にはとてもかないません」
「そんなことはない。君は僕の傷を癒してくれたじゃないか?」

 勇者様は優しい声を私にかけてくれました。ですが、回復術師として自分がどれくらい未熟かはよく知っています。

「そのせいで勇者様の記憶を混乱させてしまいました。申し訳ありません」

 私はそう言って歩みを早めました。耳には滝の水音が聞こえる。そこに勇者様の仲間がいれば、彼を救ったことをネタにいくばくかの金銭をいただいてさよなら、するのだ。実入りは剣と比べれば些細なものだが勇者の死体を漁ったことがバレるよりはよほどましというものです。

 薮を強引に突き抜けると開けた場所にでた。足元も草木が一気に消えて岩や小石ばかりになった。滝は身の丈の四倍ほどで水量も多くはありませんが、野宿や休憩に水を汲んで使うには程よいくらいです。岩場には焚き火を焚いたあとがいくつもあり、なかには真新しいものもありました。きっとそれが勇者様一行のものでしょう。

「ここでしょうか?」
「そう、ここだ。だけど仲間の姿が見えない。一体何があったのだろう」

 私たちが困り顔でいると森の奥の方から大きな足音がしました。それもひとつではなく複数です。それらは間違いなくこちらに向かってきていました。勇者様は荷物から二本のナイフを取り出すと身構えました。私も杖を強く握り締めました。

 息を飲んで音の方を見つめていると、木々の間から灰褐色の肌に岩のように隆起した筋肉をもつ生き物が見えた。オークに間違いない。手に持った金棒に動物の皮を結び合わせた簡素の鎧は彼らにわずかばかりの知性があることを匂わせたが、その顔や瞳には野生の色がありありと滲み出している。

 オークの数は二体、彼らは私たちを認めると咆哮をあげた。あまりの声量に木々が震える。

「レシリー。大丈夫だよ。二体だけなら勝てるさ」

 勇者様はそういって駆け出すと手にしたナイフの一本をオークめがけて投げつけた。オークは手にした金棒を振るってナイフを打ち落とした。鋭い金属音が響いた。オークはさらに返す手で金棒を横薙ぎに勇者様を狙ったが、二人の動きには大きな差があった。

 オークの腕が動くより先に彼は懐に飛び込んでいた。勇者様の握ったナイフは生き物のように素早く動くとオークの喉を切り裂いた。噴き出した血が岩場に飛散する。勇者様はそれを簡単に避けると次のオークに襲いかかっていた。

 前方の仲間が急に倒れたことに驚いたオークは動きをわずかに止めていた。それを勇者様は見逃さなかった。岩場を軽々と飛ぶとそのままオークの目にナイフで突き刺したのだ。オークはそのまま崩れ落ちると金棒を闇雲に振り回したが、後ろから音もなく近づいた勇者様によって一匹目のオークと同じように首を切られて動かなくなった。

 それは十を数える暇もない出来事だった。

 私はナイフだけでオークを殺した勇者様の技量に感心した。オークの分厚い皮膚のなかでも柔らかい首筋と目だけに集中したあの動きは電光石火というに相応しかった。

「流石ですね、勇者様」
「オークの急所は人と変わりがないからね。分厚い皮膚を避ければ難敵じゃない」

 そう言って勇者様は、オークに打ち落とされたナイフを拾うと懐にしまいこんだ。オークの死体を見ると見事というほど綺麗に気管と動脈が切断されていた。普通なら魔物から金になりそうなものを失敬するところだが、あまりオークには魅力がない。巨体は移動させるだけで大変だし、彼らが身につけている金棒も毛皮も高値では売れない。しばらくこの道を旅する人間はここでオークの死体と一泊することになると思うと少し罪悪感があった。

 そんなことを考えているとガサガサと草木を踏み鳴らす音がした。また、オークかと思ったがどうにも音が軽い。勇者様も警戒こそしたがすぐに武器を抜くようなことはしなかった。

「そこに誰かいるのか!」

 小石を踏み鳴らす複数の足音と同時に人の声がした。どうやら先ほどの戦闘の音が静まったことで近くにいた人間が出てきたのだろう。しばらくすると三人の人影が森から現れた。彼らは私と勇者様を見るとひどく驚いたように目を見開いた。

「クレイブ! 生きていたのか」
「よかった! クレイブが死んでいたら私どうしようかと」
「本当だ。クレイブだ。一緒にいるのは誰だ?」

 どうやら彼らは勇者様が言っていた仲間らしい。ひょっとすると彼らははぐれた勇者様の搜索に出ていたのかもしれない。いかにも歴戦の戦士という風貌の男が私を値踏みするような顔をしていた。私は少し不愉快であったが我慢した。

「この先で倒れていた勇者様を見つけたので治療を行った旅の回復術師でレシリーと申します。勇者様の仲間の方たちですよね?」

 私が尋ねると少しの沈黙のあと年長の男性が口を開いた。着ている衣装と宝玉で装飾された杖から見て彼が北の大都市で司祭をしていた回復術師のようだった。確かに私のような駆け出しの回復術師とは貫禄が違う。杖一つにしても私のものは樫に簡単な呪印を刻んだ安物で軽い。一方、彼の杖は銀の芯棒に金の象嵌で呪印を刻み、拳ほどもある魔石を至る場所に埋め込んである。旅をするにはちょっと重いのではないか、と心配になるほどだが、勇者の仲間となればそれくらいの重みが必要なのかもしれない。

「なるほど、それはお礼をしないといけませんな。わしはエルネスト。君が助けてくれた勇者クレイブの仲間だ。この顔に傷がある戦士がロルフ。美人の魔術師がアリーシャ」

 エルネストが言うとロルフとアリーシャが軽く頭を下げた。私はようやくお礼がもらえると内心でほくそえんだ。勇者様がいなければ彼らは復仇免許状の恩恵にありつけないのだから、数ヶ月分の路銀とは言わないが七日ほど食事に上等の葡萄酒をつけられるくらいのお礼は期待させて欲しい。

「会えてよかった。昨夜の記憶が消えているし皆もいないし、正直どうしようかと思っていたんだ」

 そう言って勇者様は苦笑いを浮かべました。私はほんのわずかな罪悪感とお礼が減りそうな情報を口にした彼を蹴飛ばしてやりたい気持ちになった。

「記憶が? 何があったのだ」

 エルネストがひどく驚いた顔をしたので私はしぶしぶ、自分の回復魔法の未熟さで勇者様の記憶に混乱が起きたことを伝えた。彼らはそれを聞くとひどく渋い顔をした。

「それは戻るのか?」
「旅に支障はないんでしょうね!」

 ロルフとアリーシャが私を責めるように声を荒げる。それを勇者様とエルネストがなだめてくれたが、私たちの間には気まずい空気が残った。流石にこの空気の中で謝礼をせびるわけにも行かず、私は話題を逸らしてみた。

「そういえば、どうして勇者様だけがあんな場所へ?」
「僕もそれを知りたいんだ。どうして僕はここから移動して傷を負ったんだ?」

 勇者様は心底わからないというふうに顔をしかめました。

「……昨日、わしらはここで野宿をしておったのだが、そこへオークの群れがやってきた。寝込みを襲われたわしらはちりじりになってしまった。夜があけてロルフたちとは合流できたが、クライブとは会えず難儀しておったのだ」

 エルネストは心底大変だったという顔をした。
「ああ、大変だった。みんなバラバラになってしまったからな。俺はこの戦斧一つを握り締めて逃げ回りながらもオークを二匹ほど殺した。夜が明けてようやくアリーシャと合流できたんだ」

 ロルフは自分の豪腕を誇るように戦斧を構えてみせた。彼の戦斧はひどく重そうであんなものが頭に当たれば頭蓋どころか顔まで吹き飛ばされるに違いない。

「私もそうよ。氷結魔法でオークに氷塊をぶつけていたけど、次々に湧いてくるから魔法陣を描く時間はないし、魔力もなくなるかと思ったくらいよ。朝方になってロルフと出会えなかったら危なかったかもしれないわ」

 アリーシャは勝気な表情とは裏腹にかなり危ないところまで押されていたらしい。しかし、氷塊が頭の上から降ってくればいくら人間よりも強固な体を持つオークであっても無傷とはいかなかったに違いない。勇者様の言うとおり彼女は相当な魔術師なのだろう。

「みんな済まない。僕がはぐれなければ!」

 勇者様は二人に頭を下げるとエルネストにも「あなたが一番大変だったのでは?」と優しく訊ねた。

「わしは二人と違って戦う術がありません。逃げの一手だった。さいわい軽量化の法術を知っておりましたので身を軽くして木々の上に逃げて朝を待ったのだ。木々の間からロルフやアリーシャの姿が見えたときはどれほど安堵したことか」

 軽量化は魔力によって自重を支えて身軽に動けるようにする術だが、本来の力が強くなるわけではないので戦いに直接使えるようなものではない。私も使えないことはないがあまり使いたいとは思わない。

「なるほど、大変でしたね……。それはそうと、私はそろそろお暇して村に帰ろうかなぁーと思うのですけど」

 私が揉み手で言うとエルネストは一瞬、あーという暗い目をした。そして、懐から金貨の入った袋を取り出すと二十枚程掴んで「これはお気持ちではありますが」と私に手渡した。復仇免許状の特権があるというのに随分と少ないが、面倒事に巻き込まれるよりはいい。私は手に入った金貨をざっと数えると懐へ押し込んだ。

「助かったよ、レシリー。機会があればまた会おう」
「もったいないお言葉です。勇者様にご武運をお祈りしております」

 私がそういうと勇者様ははにかんだように微笑みました。それは村娘なら恋におとせそうな素敵な表情だった。とはいえ、私は村娘ではない。すれた性格の旅の回復術師なのだ。恋に落ちるよりも墓穴のほうがよほど近い。

 なによりも私は勇者という存在が好きではない。王国は魔王や魔族に対抗するために腕に覚えがある人間たちに復仇免許状を発行した。こうして生まれた勇者たちは、人類の敵を倒すという名目のもと魔族を倒し、彼らの資産を奪う。魔族に協力したとして一般人からも財を掠め取ることもある。公的に許された略奪者だ。それが正義の味方のような顔をしているのは気分のいいものではない。

 だが、いまごろ正義の味方はまた死体に戻っているころだろう。
 必然なのだ。死が確定したなら逃げるすべはない。
 そして、それに慌てたうつけ者もやってくるだろう。

 私は勇者様を生き返らせた場所に戻るともう一度、足元を見つめた。森の柔らかい土は歩くだけで跡が残る。ここで重い武器を振り回すような激しい戦闘をすれば消しようがない痕跡ができる。つまり、勇者様を殺したのはオークや戦斧を振り回すロルフとは思えない。

 では、なにが勇者様の頭を砕いたのか?

 上を見れば木々の枝が不自然に折れている場所がある。神の恩寵によって折れるはずがないので間違いなく意図的なものだ。勇者様の頭蓋を潰したそれは空からやってきたのだ。アリーシャの得意とする氷塊の魔術なら人間の骨をあっさりと破壊してくれるに違いない。

 魔法とは便利なものだ。直接、手をくださなくても人を殺せるのだから。

「魔法がそこまで便利だといいのだけど」

 勇者様が死んでいたあたりの地面を用心深く見ても氷が溶けたようなあとはない。相当な重さでなければ頭は割れない。なによりそれほど大きな氷塊ならすぐに見つかるはずだ。だが、ここには何もない。アリーシャが殺したのではない、とすれば犯人は一人しかいない。エルネストだ。

 彼は軽量化の法術で自身の体を軽くして木々の上をつたって勇者様に近づいたのだろう。そして、頭に強烈な一撃を叩き込んだ。そう、こんな風にだ。

 私は勇者様が死んでいたのと同じ場所に倒れ込んだ。頭上をなにか重いものが通過する音が聞こえた。あれが当たっていたと思うとゾッとする。

「エルネストさん、私を殺す気ですか?」
「お前こそ何をしたんだ! 殺したはずのクライブが生きて帰ってきたと思えば、お前が去ったあと直ぐに死んだ。私が殺したのと同じように頭がぐずぐずに割れてな」

 エルネストは木の上に器用に立っている。手には派手で重々しい杖を握っている。私が知る限りもっとも高価な鈍器だ。金や銀。さらに魔石までついた凶器は振り下ろすだけで頭をかち割っただろう。さらに何度も振るえば無残な死体の出来上がりだ。

「回復魔法って生きている人にしか効かないんですよ。死体には効果がない」
「そんなこと回復術師なら誰でも知っている。だが、クライブは生き返った。まだ死んでいなかったんだろう。そうに違いない」

 エルネストは顔を真っ赤にして叫んだ。

「いいえ、勇者様は死んでいましたよ。だけど、少しの間だけ生き返ってもらいました」
「どうやって! 生命力を強化するのが回復魔法だ。死者に生命力はない」
「回復魔法を使っていると人から言われたことないですか? まるで時間が戻っているみたいだって」

 そう。私は回復魔法なんて使っていない。ただ、時間を巻き戻したのだ。死んでしまう前に。だから、勇者様の記憶は混乱したように途切れていた。仲間たちと野宿をしたときの彼は殺されたときの記憶を持っているはずがない。だから、彼は自分が死んだ理由もここにいたことも分からなかった。

「じ、時間を巻き戻したのか。それは禁呪だ。魔族も人間も手をつけてはならない領域だ!」
「ええ、だって私。回復術師じゃないですから。世界の嫌われ者――禁術師。それが私です。世の中の正義を名乗る人が私から家族を奪った。だから、私は家族を生き返らせるために時間を巻き戻した。だけど、生き返った人間は巻き戻した時間と同じだけ時間が経つとまた死んでしまった。確定した死は決してなかったことにはできない」

 勇者様は死んでいた。だから、戻した時間が終わるとまた死体に戻ったのだ。どうしようもない理だ。

「わしをどうする? 勇者殺しで告発するのか? お前が禁術師だとばれることになるぞ」
「告発? 興味ないです。私があなたに訊きたいのは一つだけ。どうして勇者様を殺したんですか? 魔族を盛大に殺して略奪した財宝で揉めたんですか?」

 エルネストは私の質問に鼻で笑った。

「そうならどれほど良かったか……。私は勇者の仲間から抜けたかったのだ。人類のために魔族を滅ぼす。言葉だけなら美しく見える。だが、それをやる身になればどこまでも醜悪なものだ。殺して奪う。魔族にだって女子供はいる。病気のものもいる。家族を守ろうとするものもいる。それらを毎日毎日殺す。そんな生活、私にはできない」

 彼はまともな人間だったのだろう。王国が掲げる正義も理解できる。だが、自分たちがやっていることがどこまでも悪行であることも理解できた。金のためだと割り切って服や武器を着飾っても心までは騙せなかった。

「だから、勇者様を殺した」
「そうだ。あいつが死んで復仇免許状が失効になれば私は解放される。司祭に戻れなくてもいい。もう、嫌なのだ」

 エルネストは泣いていた。私はこの無様な男を殺してやりたいとも生かしてやりたいとも思わなかった。良くも悪くも彼は普通の人だった。だから、勇者を殺したのだ。特別である人間が普通の人間に殺される。どちらも無様な話だ。

 とても笑えない。

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