29話 裁き
建国祭の夜から三日が過ぎた。
シャルロットは、もう下女の衣を着てはいなかった。追放を解かれ、久方ぶりにラヴィエール家の娘として、王城の広間に立っていた。
貴族会議。先王の死と王太子オズワルドの企てを、あらためて糺す場だった。
高い天井の下に、幾人もの重臣が居並ぶ。三日前、うつむいて盆を運んでいた同じ広間に、いまは顔を上げて立っている。それだけのことが、まだ夢のようだった。
* * *
あの付き人の自白が、糸口になった。
露台の手すりを命じられた男は、洗いざらい話した。そしてその口から、思いがけないことが知れた。七年前に姿を消した侍医が、殺されたのではなく、生きているらしい、と。
消されたはずの男は、逃げ延びていたのだ。
やがて、その老いた侍医が、辺境の村から会議の場へ連れてこられた。名を変え、七年、息を潜めて暮らしていたという。骨と皮ばかりに痩せた老人だった。
「先王さまは、病ではございませんでした」侍医の声は、震えていた。「あの夜、召し上がった葡萄酒に、鳥兜の毒が盛られておりました。わたしはそれと知りながら、病死と記すよう命じられたのです」
広間がしんと静まりかえる。
「逆らえば、一族もろとも消すと脅され、わたしは記録を偽って逃げました。……七年、そのことだけが、喉に刺さった棘のように消えませんでした」
「命じたのは、誰か」セルヴァン公が、静かに問うた。
老侍医は、ひときわ深く頭を垂れた。
「王太子、オズワルドさまにございます」
* * *
最後の証がそろった。
シャルロットが暗号から読み解いた真実は、いま、その一つひとつが別の者の口から裏づけられた。手すり。付き人。侍医。恋文の行間に埋められていたものは、幻でもこじつけでもなかった。
オズワルドは、廃嫡された。
玉座を継ぐ資格を永久に失い、北の塔に幽閉されると、その場で決した。処刑ではない。それは、いっそ重い裁きだった。七年、この国のすべてを手にしてきた男が、これから何もない石の部屋で、奪ったものの重さを数えて生きる。
王家の系図から、その名は静かに削られた。
* * *
そして、新たな王太子として、エイダンの名が読み上げられた。
物言わぬ影の王子と嗤われてきた人が、いま、玉座のいちばん近くに立っている。その横顔を、シャルロットは胸を詰まらせて見つめた。
あなたは、生きのびた。無様に死ぬことも、影のまま消えることもなく、ちゃんと光の射す場所まで、たどり着いたのだ。
* * *
最後に、セルヴァン公が、会議に向き直った。
「ラヴィエール家の娘、シャルロット。この者にかけられた追放は、いっさい根拠のないものであった。よって、これを取り消す」
老臣の声が、広間に響く。
「そればかりか、この娘は、王家に迫った危難を、その知恵ひとつで退けた。国は、この者に深く恩がある」
シャルロットの胸に熱いものがこみ上げた。
七年前、この家を追われた朝。お前の言葉に価値などない、と言われた。その同じ言葉が、いま、王国を救った証として満座の重臣たちに認められている。
列席の末に、父の姿があった。ラヴィエール侯爵は、娘と目が合うと、気まずげに顔を伏せた。かつて、娘を切り捨てた側の顔だった。
けれど、シャルロットはもう、その目を求めてはいなかった。
* * *
会議が果てて、エイダンが、静かに歩み寄ってきた。
「終わったな」
「はい」
「いや」エイダンは、小さく首を振った。「終わったのではない。ここから始まるんだ。私にも、あなたにも」
「はい」と、シャルロットは応えた。「これからは、余白ではなく、あなたの隣で」
「ああ」エイダンが、はじめて、やわらかく笑った。「今度は、声で話そう」
王太子となった人の前には、これからいくつもの困難が待っているだろう。追放されていた娘を隣に望むことに、眉をひそめる者もきっといる。
それでも、とシャルロットは思った。
もう、影に隠れて書くことはない。この人の隣で、自分の名で、自分の言葉を綴っていける。
窓の外では、三日前に明けた空が、今日も静かに晴れていた。




