24話 暴かれる
大扉の閉ざされた広間は、しんと静まりかえっていた。
花火の音だけが、遠く、天井の高みから降ってくる。着飾った客たちは、逃げ場を失って身を寄せ合った。
オズワルドが、静かに口を開いた。
「見苦しい騒ぎだ」王太子の声は、もう憂いを装ってはいなかった。「そこの詐欺師と、心を病んだ弟を、別室へ移せ。祝いの席を、これ以上汚させるな」
衛士が、ふたたび動きだす。
シャルロットの背に、エイダンの手がそっと添えられた。守るように。けれど、この密室で二人にできることは、もう何もないように思えた。
* * *
その時だった。
「——お待ちを」
人垣の中から、白髪の老臣が、一歩進み出た。
先王の代から仕えてきた、宰相のセルヴァン公だった。皺深い顔に、静かな厳しさがある。
「殿下。ひとつ、腑に落ちませぬ」
「なんだ、公」
「なにゆえ、扉をお閉ざしになりました」老臣の声は、低いが、広間の隅々まで届いた。「第二王子殿下は、あの露台の手すりを検めよと仰せられただけ。やましきことがなければ、検めさせれば済むはず。それを扉で封じ、力で移せと仰せられる。はて、なぜ、そのように急がれます」
広間の空気が、揺れた。
そうだ、と誰かが小さく言った。手すりを検めればよいだけだ、と。閉ざされた扉が、かえって、王太子の後ろ暗さを照らしていた。
オズワルドの、こめかみが、かすかに動いた。
* * *
「よろしい」王太子は、笑ってみせた。「くだらぬ疑いだ。検めるがいい。誰か、露台へ」
余裕を装った、その一言が、命取りだった。
セルヴァン公は、すぐさま自らの供の者を露台へ上らせた。オズワルドの手の者ではない。公の、忠実な家士を。
張りつめた沈黙のなか、家士が、高い露台の手すりに手をかけた。
そして、軽く、押した。
石の手すりが、ぐらりと傾いだ。芯の栓が抜かれ、外側の石材だけが、そっと乗せてあったのだ。ほんの少し寄りかかれば、人ひとり、まっさかさまに落ちる。
広間じゅうから、悲鳴のような息が、いっせいに漏れた。
シャルロットの目に、熱いものがこみ上げた。
わたしが読んだものは、幻ではなかった。七年、余白に隠された声をたったひとり読み解いてきたこの目は、正しかった。あの人を、救えたのだ。
* * *
「誰の指図だ」セルヴァン公が、広間を見渡した。「この手すりに細工をしたのは」
視線が、ひとりの男に集まった。
笑わない目の付き人。エイダンを、あの露台へ誘い出すはずだった男だ。
男の額に、脂汗が浮いた。何百もの目に射すくめられ、彼はじり、と後ずさる。
「わ、私は、命じられただけだ」声が、うわずっていた。「私は、ただ」
言いかけて、はっと口をつぐむ。けれど、遅かった。命じられた、というひと言が、広間じゅうの耳に届いていた。
男の目が、すがるように王太子へ向いた。
オズワルドは、その男を、氷のような目で見ただけだった。助けるそぶりもない。切り捨てられたと悟った付き人の顔が、恐怖に歪んだ。
* * *
広間の潮目は、完全に変わっていた。
もう、誰も、エイダンを狂人とは見ていない。憐れみの視線は疑いの色に変わり、その矛先は、一段高い席の王太子へと向けられていた。
柱の陰で、姉ロザリンドが青ざめて立ちすくんでいた。妹を見るその目の色を、シャルロットには、まだ読み取れなかった。
だが。
オズワルドは、崩れなかった。
ゆっくりと立ち上がり、乱れた広間を静かに見渡す。そして、うっすらと笑った。
「手すりが、緩んでいた。それだけのことだ」
低い、よく通る声だった。
「誰かが私を陥れようと、細工をしたのかもしれぬ。この詐欺師の女と、心弱った弟が、共謀してな。……手すりひとつで、この私が父上を手にかけたことになるのか。証を、見せてみよ」
シャルロットの背筋が、冷えた。
そうだ。まだ、終わっていない。今夜の企ては暴けても、七年前の、父王の死そのものを兄が手にかけた証は、まだ示せていない。
オズワルドの目が、まっすぐにシャルロットを射た。
「見せられるものなら、な」
その傲然とした目を、シャルロットは、まっすぐに見返した。
胸に抱いた布包みの奥で、七年分の手紙が、こたえるように、かすかに鳴った気がした。
お見せします。あなたが、いちばん読まれたくなかった、その行間を。




