第4話 森の呻き
島の朝。
湿った空気。
重い沈黙。
「……探索に行く」
直人が言う。
「水と食料、このままじゃ持たない」
慎吾が頷く。
「俺も行く」
その時。
マルコが前に出る。
「¡No! ¡Juntos! ¡Todos juntos!」
(ダメだ!全員一緒に動け!)
直人が顔をしかめる。
「……だから分かんねえって」
マルコは苛立ちを隠さない。
「¡Separarse es morir!」
(分かれるのは死だ!)
「は?」
空気が一気に悪くなる。
「お前、何様だよ」
直人が睨む。
マルコも引かない。
「¡Escucha! ¡Yo mando aquí!」
(聞け!ここは俺が指揮する!)
「……命令してんのか?」
言葉は通じない。
だが“敵意”だけは伝わる。
直人が吐き捨てる。
「もういい」
「俺たちは俺たちで動く」
慎吾が止めようとする。
「待て、直人――」
「時間がねえ」
彩花も頷く。
「合理的に、分担した方が早い」
恵が震える。
「……一緒の方がいいよ……」
「大丈夫だ」
直人が言い切る。
「なんとかなる」
マルコが怒鳴る。
「¡Idiotas!」
(愚か者が!)
だがもう遅い。
■森の探索班の分裂
◆学生組(日本語)
直人・慎吾・彩花・拓海・恵・美和
◆海外組(多言語)
マルコ・ハンナ・ダニエル・ナディア・他
完全に意思疎通不能なまま分断
森の探索は二つのルートへ
◆学生組
「こっち行くぞ」
直人が先頭を進む。
「……なんか嫌な感じする」
慎吾が呟く。
「気のせいだって」
拓海が笑う。
「なんとかなるって!」
恵が後ろで震える。
「……怖いよ……」
美和は、立ち止まる。
「……あっち……」
「え?」
森の奥を指差す。
「……呼んでる……」
直人が遮る。
「無視しろ」
「今は水だ」
◆海外組
「Stay together.」
(一緒にいよう)
ハンナが指示を出す。
マルコが頷く。
「Bien. Formación.」
(いい、隊列を組め)
ダニエルが周囲を見る。
「Something’s off…」
ナディアが呟く。
「No signal… nothing…」
リディアが低く言う。
「This place… affects the mind…」
こちらは統率が取れている
だが。
森の“呻き”
カサ……
どちらのグループにも、同時に起きる。
何かがいる。
気配。
視線。
見られている。
◆学生組
森の奥へ。
湿った空気。
足音だけが響く。
「……静かすぎる」
慎吾が呟く。
「なんもいねーな」
拓海が笑う。
「ほら見ろ、なんとか――」
カサ……
全員、止まる。
「……今の音……」
もう一度。
カサ……
上。
枝が、揺れている。
ブォォォォォン……!!
重い羽音。
風圧。
「うわっ!?」
上空から影が落ちる。
現れた。
巨大な蜂。
人間の上半身ほどの胴体。
黒く光る外殻。
刃のように鋭い脚。
複眼が
こちらを“見ている”。
「……冗談だろ……」
慎吾の声が震える。
その時。
別の羽音。
ブォォォォン!!
二匹。
三匹。
囲まれる。
「逃げろ!!」
慎吾が叫ぶ。
「は!?マジで!?」
拓海が振り返る。
その瞬間。
影が、落ちた。
ドンッ!!
空気が弾ける。
「え?」
拓海の体が――
止まる。
いや。
止められた。
巨大な脚。
鋭い鉤のような先端が、拓海の肩と胴を挟み込んでいる。
「……え?」
理解が、追いつかない。
「うわっ……!?」
次の瞬間。
ギチッ――
締め付け。
「ぐっ……ああああ!!」
骨が軋む音。
「た、たすけ……っ!!」
拓海の足が宙を蹴る。
空中に、持ち上げられていく。
「離せ!!」
慎吾が走る。
手を伸ばす。
届かない。
蜂の羽が震える。
ブォォォォン!!!
「やめろ!!返せ!!」
拓海が叫ぶ。
「慎吾!!助けて!!」
目が合う。
その一瞬。
恐怖。
理解。
絶望。
全部が詰まっていた。
バサァッ!!
一気に、上昇。
「うわああああああああ!!」
木々の間を縫うように飛ぶ。
枝にぶつかりながら。
拓海の体が揺れる。
「やだ!!やだ!!やだ!!」
声が遠ざかる。
「助けてえええええええ!!」
森の奥へ。
消える。
……。
音が消える。
羽音も。
悲鳴も。
全部。
慎吾は、立ち尽くす。
手だけが、宙に残る。
「……っ……」
恵が崩れる。
「……いや……いや……いや……」
彩花も言葉を失う。
遅れて、マルコが追いつく。
状況を見る。
理解する。
そして、吐き捨てる。
「…Demasiado tarde.」
(……遅すぎた)
慎吾が叫ぶ。
「まだだ!!追えば――」
マルコが怒鳴る。
「¡No! ¡Es inútil!」
(無駄だ!)
「¡Te matará a ti también!」
(お前も殺されるぞ!)
慎吾は理解できない。
「なんだよ……!!」
マルコは歯を食いしばる。
「¡Maldita sea…!」
(くそったれ……!)
拳を握る。
「¡Se los dije… no separarse…!」
(言っただろう…分かれるなと…!)
だが。
誰にも伝わらない。
慎吾は、森を見る。
もう、静かだ。
だが
さっきまで、そこにいた。
友人が“獲物”として、消えた。
その現実だけが残る。
「……助けられなかった……」
風が吹く。
森が、わずかに揺れる。
まるで
何もなかったかのように
森は、不気味に静かだ。
それは優しさじゃない。
“捕食の静けさ”だ。
慎吾は理解する。
この島では人間は、頂点じゃない。
ただの“獲物”だ。
森の奥。
人の目が届かない場所で。
拓海は、捕食された。
巨大な蜂は、彼を“殺す”のではなく運んだ。
巣の奥へ。
そこは、命を終わらせる場所ではない。
命を、“分け与える”場所だった。
身動きの取れないまま。
意識があるまま。
彼は、理解したはずだ。
自分が何に使われるのかを。
やがて。
その体は。
幼い命のための糧へと変えられた。
叫びも。
抵抗も。
すべては、意味を持たない。
悪魔の島の森は、それを受け入れる。
音もなく。感情もなく。
ただ、当然のように。
■拓海 死亡
残り生存者:19名




