第5話 直人脱出編、出航
夜明け。
空が、白む。
海は静かだった。
あまりにも静かすぎる。
直人は無言で帆を結ぶ。
ロープを締める。
張力を確認。
無駄な動きはない。
「……いける」
帆を上げる。
布が風を掴む。
バサッ――
風が入る。
ギィ……
木材が軋む。
船が、動く。
砂浜が、離れる。
島が、後ろへ流れる。
直人は振り返らない。
「……完了だ」
数分。
いや、数十分か。
時間の感覚が曖昧になる。
島が、小さくなる。
森が点になる。
塔の光も、遠くなる。
「……終わりだ」
初めて。
ほんのわずかに。
安堵が混じる。
その瞬間。
ピタリ。
止まる。
「……?」
帆は張っている。
風も吹いている。
だが。
進まない。
「……は?」
直人の目が細くなる。
即座に状況確認。
・風速 → 正常
・帆 → 展開済み
・船体 → 問題なし
「……ありえない」
水面を見る。
動いていない。
波が、ない。
流れが、ない。
海が“死んでいる”。
「……なんだ、これ……」
その時。
ドンッ
船底に衝撃。
ギシィッ!!
船が大きく揺れる。
直人は即座に重心を落とす。
「……来たか」
水面の下。
黒い影。
一つじゃない。
二つ。
三つ。
無数。
「……群れか」
次の瞬間。
バシャァァァ!!
巨大な背ビレ。
魔サメ。
さらに。
ドォン!!
海が爆ぜる。
黒い巨体。
魔シャチ。
「……想定内だ」
直人は焦らない。
すでに“答え”を持っている。
小型発電機。
配線。
電極。
素早く接続。
海へ。
「電圧……最大」
スイッチ。
カチッ
――ジジジジジジジッ!!!
水面が震える。
青白い光が走る。
バチィッ!!
電流が、海を走る。
次の瞬間。
バシャァッ!!
魔サメが跳ねる。
狂ったように暴れる。
方向を変える。
逃げる。
「……効いてる」
さらに。
ドンッ!!
魔シャチ。
突進が、止まる。
体を捻る。
まるで“拒絶する”ように。
「ロレンチーニ器官……」
「やっぱりな」
電流。
感知。
本能的回避。
「正解だ」
出力を上げる。
バチバチバチバチ!!
海が光る。
魔物たちが、距離を取る。
帆船の電流の円ができる。
船の周囲だけ“安全圏”となる。
直人は、静かに呟く。
「文明の……勝ちだ」
だがその時。
海が、揺れる。
逃げたはずの影。
止まる。
遠くでゆっくりと。
向きを変える。
“戻ってくる”
「……?」
直人の眉がわずかに動く。
違う。
逃げているのではない。
帆船を“囲んでいる”
電流の外側。
円の外。
ぐるりと。
魔サメ。
魔シャチ。
集まる。
増える。
「……なんだ……?」
理解が、追いつかない。
電気は“拒絶”のはずだ。
だが。
これは。
“誘導”されている動き。
「……まさか」
直人の視線が、遠くを見る。
塔。
まだ見える。
光。
脈打つ。
ドクン……
「……制御されてる……?」
電気。
海。
生物。
すべてが繋がっている。
「……ふざけんなよ」
直人の顔から、初めて余裕が消えた。




