第3話 マルコ編、 恐怖による支配
※彼らはスペイン語で会話している(日本語表記)
悪魔の島の森の中。
湿った土の匂い。
折れた枝。
そして血の匂い。
リディアは木にもたれ、息を荒くしていた。
「……っ……」
足は血だらけだった。
イノシシに弾き飛ばされた傷。
深くはない。
だが歩けない。
マルコが見下ろす。
冷たい目で。
「立て」
リディアは顔を上げる。
「……無理よ……」
「骨はいってない……でも……」
足が震えている。
沈黙。
ハンナが口を開く。
「……休ませるべき」
「このまま動かしたら悪化する」
マルコは即答する。
「ダメだ」
「止まれば死ぬ」
マリアが苛立つ。
「またそれ?」
「人間よ、彼女は」
カタリナは冷静に見る。
リディアを。
その足を。
呼吸。
出血。
そして言う。
「……価値の問題ね」
全員が彼女を見る。
「運べるなら連れていくべき」
「運べないなら――」
言葉を切る。
リディアが笑う。
弱く。
「……合理的ね」
マルコが一歩前に出る。
「全員聞け」
空気が変わる。
「命令だ」
「隊列を維持する」
「遅れる者は切る」
マリアが睨む。
「……“切る”?」
マルコは一切揺れない。
「そうだ」
「それが生き残る方法だ」
沈黙。
森の音だけが響く。
その時。
カサ……
全員が振り向く。
ハンナが低く言う。
「……来る」
重い足音。
ズン……ズン……
マルコが短く命じる。
「移動」
しかし。
リディアは動けない。
マリアが肩を貸そうとする。
「立って、私が――」
マルコが遮る。
「やめろ」
空気が凍る。
「隊列が崩れる」
マリアが怒鳴る。
「見捨てる気!?」
マルコは言い切る。
「全員が死ぬよりマシだ」
リディアが呟く。
「……来たわね」
その目は、恐怖ではない。
“理解”だった。
「これが……崩壊よ」
カサァッ!!
草が弾ける。
巨大な影。
魔イノシシ。
いや、それはもはや獣ではない。
筋肉の塊。
牙は刃のように長く。
一直線に突っ込んでくる。
「散開!!」
マルコが叫ぶ。
だが。
一瞬遅れる。
リディア。
動けない。
「――っ!!」
突進。
ドンッ!!
地面が爆ぜる。
土が舞う。
リディアの体が跳ねる。
「ぐっ……!」
木に叩きつけられる。
鈍い音。
動かない。
マリアが叫ぶ。
「リディア!!」
ハンナが引き戻す。
「ダメ!!今行くな!!」
イノシシは止まらない。
再び、構える。
マルコの声。
「行くぞ」
誰も動かない。
マリアが叫ぶ。
「置いてくの!?」
マルコは振り向かない。
「命令だ」
沈黙。
カタリナが静かに言う。
「……従うわ」
ハンナが歯を食いしばる。
「……チッ」
マリアは震える。
拳を握る。
だが。
動く。
全員が。
リディアを置いて。
森の奥へ。
後ろで。
ズン……
ズン……
巨大な魔イノシシの足音。
そして。
鈍い音。
何かが、終わる音。
誰も振り向かない。
マルコだけが呟く。
「迷うな」
だがその声は。
どこかわずかに、揺れていた。




