結審ーーそして、その夜
「これにて、本件の審理を終結します。」
裁判長の静かな声が法廷に響いた。
弁護人たちは、険しい表情をしている。
検察官も、険しい表情をしている。
被告人は、下を向いて黙っていた。
「判決は2月10日午後1時、本法廷にて言い渡します。」
被告人が廷吏に連れられて、去っていくのを、弁護人の2人は、何も言わずに見送っていた。
ーーその夜、弁護人の事務所で
「すいませんでした。」
一足先に事務所に帰ってきていた、木暮真奈は、老弁護士が帰ってくるなり頭を下げた。
いつもはすぐに笑う老弁護士が、渋い顔をしていた。
「まあ、心象は悪くなりましたが、まだ大丈夫でしょうな。」
「あの後、村島さんの方が心象悪くなったから大丈夫だよ。」
「でも、私のせいで先輩が有罪になったら……」
「傍聴人が騒いだくらいで、判決が揺らいだら、裁判官失格だよ。ね、先生。」
「そうですな。それくらいで揺らげるのなら、いくらでも盤外戦術をしかけられますからな。傍聴人に異議は挟めませんしな。」
「そうそう、何回か騒ぐ傍聴人を見たけど、何の影響もなかったよ。」
「本当ですか。」
木暮真奈は恐る恐る顔を上げて2人を見た。
2人は渋い顔のままだ。
「ただね……」
「え?」
「そうですな……」
「え?」
「木暮さんは、主犯の疑いが強まりましたな……」
「ええっ!!」
「必死になって、彼女に罪をなすりつける主犯にしか見えないですな。」
「そ、そんな……」
「逮捕状でるかもね。」
「…………。」
「ふふふふ」
岡部が笑いだす。
木暮真奈は、キッと岡部を睨んだ。
途端に、2人も笑いだす。
キョトンとする木暮。
「ダメですよ、岡部さん。まだいけたのに。」
「すいません、面白すぎて、つい。」
「どういうこと……?」
「全部、ジョークですな。」
木暮真奈は、口を強く結んだ、そして泣いた。
「ひどい!本気で心配してたのに!」
木暮真奈は、岡部の背中を思い切りグーで殴った。
「え、何で純ちゃん。」
岡部が困惑する。
「うっさい!二度と純ちゃんって言うな!」
「まあまあ、木暮ちゃんが元気ないだろうから、ちょっと元気付けてあげようと、僕が計画したんだよ。」
「変なことしないでくださいよ、心配したじゃないですか。」
「え、純ちゃんと対応違くない。」
木暮が岡部を睨みつける。
「黙れ!二度と喋るな!」
「ええぇ……」
岡部は、シュンとなる。
「さて、漫才はこれくらいにしましてな。とりあえず、みなさんお疲れ様でした。」
老弁護士は頭を下げた。
みんなも、真面目な顔になって、軽く頭を下げた。
「私1人では、戦いきれませんでした、みなさんのおかげですな。」
「何、言ってるんですか、先生なら1人でもやれましたよ。」
「いやいや、一審もギリギリでしたからな。」
「そうやって、変な謙遜するの、おじいちゃんの悪い癖だよ。」
「……もう、冤罪は生みたくないですからな。」
一同無言。
「そうだ、ジャッキーの餌まだだった。」
木暮真奈は、餌を持ってリビングを出ていった。
「懸念点はいくつかありますよね。」
「ありますな。一番は、彼女が保釈されないことですな。」
「そうですね。明らかに別件逮捕で、嫌がらせしてるだけなのに、保釈されないのは、釈然としませんね。」
「え、裁判中は牢屋にいるんじゃないの?」
いつのまにか戻ってきていた木暮が声を出した。
「彼女は一審で無罪ですからな、本来ならそこで釈放ですな。」
「え、じゃあなんで?」
「だから、それが別件逮捕。横領、背任、脱税幇助の容疑がかけられてるの。」
「え、先輩、そんなことする人じゃないよ。」
「死んだ本田社長がやってたんだよ。彼女は経理担当だから、容疑をかけられたんだよ。」
「ああ、あの社長ならやってんな。」
「二度目の家宅捜査が入った段階で嫌な予感はしてましたがな。」
しばしの間、一同無言。
「彼女が保釈されていれば、木暮さんと話してもらって、その言葉を映像として残せたのですがな。」
「私が、聞いてきた内容だと、ダメでしたか。」
木暮真奈が神妙な顔をする。
「いやいや、彼女の人間性が分かる良い内容でしたわな。」
「純ちゃんは、ドラマの話が面白かったな。」
木暮が、キッと岡部を睨みつける。
「黙れ。」
岡部はシュンとなる。
「あれは私も笑ったな。彼女の最初の会話がドラマの続きだものね。」
「そうなんですよ。先輩、急に話したと思ったら、『「星の夜」の淳くん、どうなった?』ですもん。」
一同笑顔。
「だけど、あの日の木暮さんは機嫌が悪かったですな。」
「そりゃそうですよ。先輩とは解釈違いですもん。淳くんは、涼子ちゃんと結ばれて正解なんですよ。なのに先輩は光ちゃん推しなんですよ。分かります?あんな地味な子、好きになりませんて。」
岡部が横から口を挟む。
「でも、光ちゃんは地味なんじゃなくて、オシャレになる勇気が出ないだけじゃない?」
木暮真奈は、岡部の事を睨みつける。
「黙れ。」
岡部はすぐにシュンとなった。
「まあ、彼女が普通の女の子と分かったのは収穫ですな。」
少しの沈黙の後で、木暮真奈がしみじみ言った。
「……先輩は普通の女の子ですよ。静かだけど、優しいし、いつも助けてくれるし、良い人です。」
「そうですな。無罪を勝ち取らなければなりませんな。」
「まあ、もう結審したから、やれることはないですけどね。」
空気の読めない、岡部の発言に対して、木暮真奈が、無言でグーパンチした。
「……また、先輩と笑って話したいです。」
「そうですな。無罪を勝ち取らなければなりませんな。」
岡部の発言は無かったことにされた。




