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判決ーーそのあと、一本の電話が鳴った。

「主文。」


静かな法廷に、裁判長の声が響く。


「原判決を取り消す。」


裁判長は、手元の判決文を淡々と読み上げる。


「被告人を拘禁12年に処する。」


裁判長の乾いた声が法廷に響いた。


「……異議ありですな。」


弁護人は小さな声でつぶやいた。

隣に座っていた中野はうなだれていた。

傍聴席に座っていた木暮真奈は、視線が定まらず、あちらこちらを見ていた。


被告人は、何も変わらず、下を向いて黙っていた。


「判決の理由を朗読します。」


裁判長は、事務的に裁判を進めていく。


「被告人の計画性に関して、これを認定する。


被告人が、無垢な新人を計画に巻き込み、自らの計画を補完しようとしていたことは明白である。


被告人は、被害者、本田義徳を自らが殺害しなければならないという、強い信念を有していたと推察できる。


弁護人が指摘している、供述調書のねつ造に関して、これを認めない。


取調を行なった、元職から、ねつ造したとの証言があるが、これを認めない。


映像証拠から、その取調が道理に適った範囲で適切に行われていたと、認定する。


証人の証言は、自らが退職させられたことへの逆恨みである。


被告人が、本件当日、被害者と接触しなかった可能性があることに関して、これを認めない。


弁護人が提出した、被告人と被害者が接触しなかった可能性を示唆した、専門家意見書を認めない。


被告人が被害者と接触したと、視認できる証拠映像の真正を認める。


一審判決で争点となった、有形力の行使に関して、これを認める。


映像証拠からも推察できるように、被害者から接触した可能性は否定できないが、ピーナッツ成分を有するパンを摂取したこと、故意に、ピーナッツ成分を増量させたと思われること、自らの計画の補完のために、他者にもピーナッツ成分を有するパンを摂取させたことは、非常に悪質な犯行であり、有形力を行使したと認定する。


被告人は一貫して黙秘しており、黙秘は権利であることを考慮したとしても、反省しているとは認められず、酌量すべき点は見い出せない。


以上の点から、被告人を拘禁12年に処するのが、適当だと結論する。」


被告人は下を向いて黙っている。


「これにて、本法廷を閉廷します。」



ーー後刻、弁護人事務所で



リビングには、重たい空気が流れていた。


「そうだ、ジャッキーに餌あげなきゃ」


木暮真奈が餌を持ってリビングを出ていく。


「すいません、役立たずで……」


岡部が神妙な顔で、頭を下げた。


「いや、岡部さんは精一杯やってくれましたな。問題はあの判事ですわな。あってはならんことですが、結論ありきの茶番控訴審ですな。」


ドン!


中野が、拳で机を叩いた。


「ありえないっすよ。あの判事、逆転有罪が好きな判事です。調べたら、逆転有罪率が50%を越えてました。最初に調べとけば良かったですよ。」


「え、裁判なんだから、どっちになる可能性もあるんじゃないの?」


いつのまにか戻ってきた、木暮が声を出した。


「違うんですよ、木暮さん。控訴審は、一審で審理を尽くしたあとですので、判決が覆ることはほとんどないんですな。無罪から有罪になるパターンは比較的高めとはいえ、それでも3割くらいですな。」


「ふーん、でも、もう一回裁判できるから、そこで勝ちましょうね。」


3人は俯いていた。


「え、違うの?」


「上告するには、相当な理由が必要なんだ。法律に違反した判決か、事実認定が大きく間違ってるかなんかを指摘しないといけないんだよ。」


「え、先輩はやってないんですから、やってないですって裁判所に言えばいいんじゃないの?」


弁護士2人は少しだけ笑った。


「本当にそうですな。」


「でしょ?何でダメなの?」


「この控訴審判決には穴がありませんな。正直言って、一審の方がおかしな判決でしたな。」


「私も同感です。あれだけ事実認定しておきながら、有形力だけ認めないのは変でしたね。」


「おそらく、あの左陪席判事の信念のようなものでしょうな。私は嫌いではないですがな。」


一同無言。


「え、じゃあ諦めるの?先輩、牢屋にいれられちゃうんですか?」


「諦めは悪い方ですぞ?あとは、時間との戦いですな。上告期限までに、判決の穴を探すしかありませんな。」


「もちろんですよ先生。針の穴を突いてみせます。」


「木暮さんは、引き続き、彼女から話を聞いて下さい。岡部さんはツテを頼って、とにかく情報を集めてください。何を集めるかは、あなたの経験に任せますわな。」


その時、老弁護士のスマートフォンに着信があった。


「公衆電話……今どき妙ですな。」


スマートフォンの通話ボタンを押す。

そしてスピーカーにした。


「もしもし、どちらさまですかな?」


電話口から、荒い呼吸音が聞こえてくる。


「私は、左です。」


弁護士2人は顔を見合わせた。

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