控訴審開廷
法廷には、異様な空気が漂っている。
検察席に座る検察官が、弁護人席を怒気のこもった目で見ていた。
弁護人席には2人の男が座っている。
若い男は悠然と手元の書類に目を落としていた。
眼鏡の老人は、黙って水を飲んでいた。
「起立してください。」
法廷に、裁判官3人が入ってきた。
「開廷します。」
女性裁判長の静かだが、よく通る声が、控訴審のはじまりを告げた。
「検察官、控訴状および控訴理由書を陳述しますか。」
「その前に一点よろしいですか。」
「何でしょうか。」
「弁護人席に座る人物の資格について、検察は異議を申し立てます。」
「どちらかの人物ですか、それとも両人ですか。」
「中野広俊氏にです。」
「裁判所は、彼の弁護士資格を確認しております。」
「彼は、この事件の一審で検察官として、被告人と接しております。職業倫理の観点から、また、公務員守秘義務の観点からも、問題があると言わざるをえません。」
裁判長は陪席裁判官の意見を確認する。
「主任弁護人、この点で何かありますか。」
「そうですな。一点だけ、よろしいかな。」
老弁護人がゆっくりと立ち上がる。
「中野弁護人は、一審で検察官の任を拝しておりましたな。これは確かですわな。」
弁護人はゆっくりと検察官を見つめた。
「で、それに何の問題がありますかな?検察には、秘密にしている未提出の証拠でもあるのですかな?もしくは、語って欲しくない、違法な取調べでも行われたのですかな?被告人の不利益は一切ないと弁護人は考えておりますな。もし、検察が『不利益』とおっしゃっるならばですな。それこそ、検察の驕りですわな。検察には、被告を『有罪』にする権利がある訳ではないはずですな。検察に利益が存在し得ない以上、利益相反には当たらないですな。弁護人はそのように考えますが、どうでしょうかな。」
「裁判所も、同様の結論です。」
裁判長は、毅然とした目で検察官を見た。
「何か、問題がありますか。弁護人の指摘にあったような、隠匿事実がありますか。」
「……問題ありません。」
「検察官、控訴状および控訴理由書を陳述しますか。」
「書面の通り陳述します。」
「弁護人、答弁書を陳述しますか。」
「陳述します。」
中野弁護人が立ち上がった。
「弁護人は、控訴状記載の有形力の行使に関して、あらためてそれを否定します。また、一審判決文の以下の点に関しても、それをあらためて否定します。
一、殺意。被告人に殺意はなく、殺意の証拠とされる供述調書の任意性を否定する。
一、未必の故意。被告人はピーナッツパンを摂取した時に、被害者の事を考えていた訳ではなく、ただピーナッツパンを食べていただけである。
一、被害者との接触。被告人と被害者が、本件当日に確実に接触した証拠は存在しない。
以上の点から、弁護人は被告人の無実をあらためて主張いたします。」
中野はどかっと椅子に座った。
「検察官は、控訴状を証明する新証拠として、2人の証人の供述調書を提出しておりますが、この証人を法廷に召喚することは可能ですか。」
「はい。証人の了承は得ております。」
裁判長は、陪席裁判官の意見を確認する。
「弁護人は、答弁書の内容の証明のために、新たな証人申請をされていますね。」
「はい、ぜひお願いしたいですな。」
裁判長は、陪席裁判官の意見を確認する。
「では、次回法廷に証人を召喚します。」




