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無色の輝石使い  作者: 神代シン
第一章無色の落第生

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9 白い来訪者


 その日の夕方、灰鐘村に白い馬車がやってきた。

 馬車は村の入口で止まり、二人の白衣の騎士が降りた。

 その後ろから、白い外套をまとった男が現れる。

 男は三十歳前後に見えた。

 整えられた淡い髪。

 皺ひとつない白い外套。

 胸元には、白い輝石を埋め込んだ銀の徽章がついていた。

 その徽章を見た村人たちは、自然と道を空けた。

 白冠教団。

 大陸全土に教会と支部を持つ、巨大な宗教組織である。

 色輝石に関する知識を管理し、輝石が原因となる災害や魔物の脅威から人々を守る。

 少なくとも、表向きにはそう説明されていた。

 村人たちにとって、白冠教団は恐れる対象であると同時に、頼るべき存在でもあった。

 鉱山で魔物が出れば、教団へ報告する。

 輝石が暴走すれば、教団の治療院へ連れていく。

 村では解決できない問題が起きたとき、最後に頼れるのは教団だった。

 だから、教団の使者が来たこと自体は、珍しくない。

 しかし、その男が最初に口にした言葉は、村人たちを驚かせた。

「鉱喰いを討伐した少年に、会わせていただきたい」

 男は、穏やかな声でそう告げた。

 村長が慌てて前へ出る。

「は、はい。もちろんです。あの少年のことでしたら、すぐに……」

「ありがとうございます」

 男は、礼儀正しく頭を下げた。

「私は白冠教団、異常輝石調査局のヴァイスと申します」

 ヴァイス。

 その名を聞き、村長はわずかに表情を硬くした。

 異常輝石調査局。

 その名前は、一般の村人にはあまり馴染みがない。

 だが、色輝石に関する特殊な事件を調べる部署だということは知られていた。

「今回の件について、いくつか確認したいことがあります」

 ヴァイスは微笑んだ。

「どうか、ご協力をお願いします」

 その笑顔は、柔らかかった。

 声も、穏やかだった。

 しかし、村長はなぜか、背筋に冷たいものを感じた。

 ヴァイスの目が、村の人々を一人ずつ見ていたからだ。

 まるで、何かを探しているかのように。

 そして、その視線が、ある場所で止まった。

 村の古い記録庫。

 その方向を、ヴァイスはほんの一瞬だけ見つめた。

「……なるほど」

 誰にも聞こえないほど小さく、彼は呟いた。

 それから、再び村長へ向き直った。

「では、少年のいる場所へ案内していただけますか?」

 村長は頷いた。

「わかりました。こちらです」

 二人が歩き出す。

 白い騎士たちは、その後ろに続いた。

 村人たちは道の端に寄り、彼らを見送った。

 その中には、不安そうな顔をする者もいた。

 教団が来たのなら、真の力を調べてくれるかもしれない。

 そう期待する者もいた。

 反対に、真が村から連れていかれるのではないかと心配する者もいた。

 そして、誰もが、少しずつ違うことを考えていた。

 ただ一つ、共通していたことがある。

 彼らは、真が何者なのかを知りたがっていた。

 真自身よりも、先に。

 真は、家の裏で小石を並べていた。

 記録庫で読んだ内容を確かめるため、いくつかの石を用意したのだ。

 一つは鉄鉱石。

 一つは普通の川石。

 もう一つは、わずかに色輝石の反応が残っている原石だった。

 それぞれに触れ、音を確かめる。

 石を叩く。

 震えを感じる。

 その震えが消える前に、意識を集中させる。

 けれど、何度やっても、同じ結果にはならなかった。

「……駄目か」

 真は肩を落とした。

 記録に書かれていたことは、間違いではないのかもしれない。

 しかし、知識があればすぐに力を使えるようになるわけでもない。

 むしろ、知れば知るほど、自分が何も理解していなかったことがわかる。

 鉱喰いを倒したとき、どうしてあんなことができたのだろう。

 もう一度、あのときのように音を聞き分けられたら。

 そう考えた瞬間、背後から声がした。

「新城真君、ですね?」

 真は、振り返った。

 白い外套の男が立っていた。

 胸元には、白い輝石の徽章。

 その後ろには、白い鎧を着た騎士が二人いる。

 真は、思わず立ち上がった。

「……はい」

「突然、失礼します」

 男は丁寧に頭を下げた。

「私は白冠教団のヴァイスと申します。先日の鉱喰いの件について、少しお話を伺いたく、参りました」

 真は、男の胸元を見た。

 白い輝石。

 その石から、微かな振動が伝わってくる。

 いや、正確には、輝石そのものではない。

 ヴァイスの身体を通して、何かが周囲へ広がっている。

 真は無意識に、一歩だけ後ずさった。

 ヴァイスは、その動きを見逃さなかった。

「おや?」

 彼の目が、わずかに細くなる。

「私が怖いですか?」

「……いえ」

「そうですか。ならば、少し安心しました」

 ヴァイスは微笑んだ。

「教団は、あなたのような特殊な事例を見過ごすわけにはいかないのです」

 真は、眉を寄せた。

「特殊な事例……?」

「はい。鉱喰いの外殻は、通常の攻撃では破壊が困難です。それを、色の力が確認されていないあなたが破壊した」

 ヴァイスは、一歩近づいた。

「非常に興味深いことです」

 その言葉に、真は奇妙な違和感を覚えた。

 感謝ではない。

 心配でもない。

 まるで、珍しい鉱石を見つけたときのような声だった。

「……俺は、ただ、あの子を助けようとしただけです」

「もちろんです。その勇気は称賛に値します」

 ヴァイスは、穏やかに頷いた。

「ですが、あなた自身が、自分の力を理解していないのでしょう?」

 真は黙った。

「それは危険なことです。力というものは、本人の意思に関係なく、周囲を傷つけることがあります」

 ヴァイスの声には、責めるような響きはなかった。

 むしろ、真を心配しているように聞こえた。

「教団には、特殊な輝石を研究する施設があります。そこで検査を受け、適切な訓練を行えば、あなた自身も力を制御できるようになるでしょう」

「……検査?」

「ええ」

 ヴァイスは頷いた。

「あなたのためでもあり、村のためでもあります」

 真は、地面に並べた小石を見た。

 自分の力を知りたい。

 それは、本当だった。

 何ができるのか。

 なぜ、自分だけがこんな力を持っているのか。

 教団の施設へ行けば、その答えが見つかるかもしれない。

 けれど。

 真は、ヴァイスの目を見た。

 その瞳は、穏やかだった。

 しかし、その奥には、別のものがあった。

 興味。

 期待。

 そして、確信。

 ヴァイスは、すでに何かを知っている。

 真の力が何なのか。

 あるいは、真という人間が、何に利用できるのか。

 だからこそ、こんなにも迷いなく話しているのではないか。

「……少し、考えさせてください」

 真は、そう答えた。

 ヴァイスは、一瞬だけ黙った。

 しかし、すぐに笑顔を戻した。

「もちろんです。突然の話ですからね」

 彼は懐から、白い封筒を取り出した。

「こちらに、教団の支部の場所が記されています。もし、ご自身の力について詳しく知りたいと思われたら、いつでも訪ねてください」

 真は、封筒を受け取った。

「ありがとうございます」

「いいえ」

 ヴァイスは、静かに頭を下げた。

「あなたの未来が、正しい方向へ進むことを願っています」

 そう言って、彼は踵を返した。

 白い騎士たちが、その後に続く。

 真は、三人の背中を見送った。

 手の中には、白い封筒が残されている。

 紙は上質で、教団の紋章が銀色に輝いていた。

 真は、封筒を裏返した。

 そこには、小さな文字で一文が記されていた。

 ――無色の輝石について、あなたが知らないことがあります。

 真は、息を止めた。

 どうして。

 どうして、教団が自分の輝石について、何かを知っているのだろう。

 その疑問が頭をよぎった瞬間、胸元の輝石が、かすかに震えた。

 真は顔を上げた。

 遠くの道を歩くヴァイスが、一度だけ振り返った。

 視線が合う。

 ヴァイスは、笑っていた。

 まるで、真が何を考えているのか、すべてわかっているかのように。

 真は、封筒を強く握りしめた。

 自分の力を知りたい。

 それは変わらない。

 けれど、知らないまま誰かに委ねることは、もうしたくなかった。

 色がないから。

 何もできないから。

 だから、誰かに決めてもらう。

 そんな生き方を、これ以上続けたくはなかった。

 真は封筒を懐へしまった。

 そして、再び小石へ目を向けた。

 自分の力が何なのか。

 自分に何ができるのか。

 その答えは、自分で見つけたい。

 少なくとも、今はそう思っていた。

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