10 白冠の調査
その夜、村長の家では、遅くまで灯りが消えなかった。
長い机の上に、地図と報告書が広げられている。
ヴァイスは、村長と向かい合って座っていた。
「……それで、真君は教団の施設へ来ることを了承したのですか?」
「いえ。まだ考えたいと」
村長は、困ったように答えた。
「無理もないでしょう。あの子は、まだ若い。突然、知らない場所へ連れていくと言われても……」
「ええ。理解しています」
ヴァイスは、穏やかに頷いた。
「無理に連れていくつもりはありません」
村長は、ほっとしたように息を吐いた。
しかし、ヴァイスは続けた。
「ただし、彼の力が危険なものである可能性は否定できません」
「……危険、ですか?」
「鉱喰いの外殻を、内側から破壊する力です。もし、その力が人間に向けられたらどうなるでしょう?」
村長は、言葉を失った。
「彼自身が悪意を持っているとは思っていません。ですが、力は意思だけで制御できるものではありませんから」
ヴァイスは、報告書を一枚、村長の前へ滑らせた。
「教団としては、村の安全を守る責任があります」
村長は報告書を見下ろした。
そこには、鉱喰いの死骸についての調査結果が記されていた。
外殻の破損状況。
体内の鉱石の異常な共鳴。
周辺の地面に残された、通常とは異なる振動痕。
そして、最後の項目。
――無色輝石保持者との関連性が高い。
村長の顔が、青ざめた。
「これは……」
「まだ仮説です」
ヴァイスは、静かに言った。
「しかし、放置することはできません」
村長は、しばらく報告書を見つめていた。
「……あの子は、村の人間です」
「もちろんです」
「鉱喰いから、村の子供を救ってくれた」
「そのことも、十分に理解しています」
ヴァイスは、柔らかく微笑んだ。
「だからこそ、彼を守らなければならないのです」
村長は顔を上げた。
ヴァイスの言葉には、筋が通っているように聞こえた。
危険な力を持つ者を調べる。
本人が制御できない力なら、訓練する。
それは、決しておかしなことではない。
だが、村長は、どうしても気になることがあった。
「……もし、本人が望まなかった場合は?」
ヴァイスは、少しだけ沈黙した。
そして、微笑みを崩さずに答えた。
「その場合は、必要な手続きを踏むことになります」
村長の喉が鳴った。
「手続き……」
「はい。力の危険性が高いと判断された場合には、本人の安全と周囲の安全を確保するため、教団が保護を行うこともあります」
それは、丁寧な言葉だった。
しかし、意味は明白だった。
本人が拒否しても、連れていくことがある。
村長は、ゆっくりと視線を落とした。
ヴァイスは立ち上がった。
「今夜は、これで失礼します。村の皆様には、どうか普段どおりにお過ごしいただきたい」
彼は頭を下げ、部屋を出ていった。
廊下には、白い騎士が二人、待機していた。
「ヴァイス様」
そのうちの一人が声をかけた。
「対象の反応はいかがでしたか?」
ヴァイスは、歩みを止めずに答えた。
「まだ不安定だ。本人も、自分の力を理解していない」
「では、やはり施設へ?」
「その必要がある」
ヴァイスは窓の外を見た。
夜の村は静かだった。
家々の灯りが、ぽつぽつと浮かんでいる。
その中の一軒。
真の家にも、小さな灯りがともっていた。
「無色の輝石……」
ヴァイスは、小さく呟いた。
「長い間、記録の中にしか存在しなかったものが、ようやく見つかった」
騎士が、慎重に尋ねた。
「対象は、危険なのでしょうか?」
ヴァイスは、少し考えた。
「危険かどうかは、まだわからない」
そして、静かに続けた。
「だが、価値はある」
その言葉に、騎士は何も答えなかった。
ヴァイスは、窓から目を離した。
「明朝、もう一度訪ねる。今度は、正式な保護命令を提示する」
「承知しました」
「対象が抵抗した場合は、輝石を傷つけないように確保しろ」
「……はい」
白い騎士たちは、深く頭を下げた。
ヴァイスは歩き出した。
その胸元で、白い輝石が淡く光っている。
白は、拒絶の色。
危険なものを遠ざけ、異質なものを隔て、秩序を守るための色。
ヴァイスは、その力を信じていた。
そして、白冠教団もまた、白の力によって世界を守ることを使命としていた。
ただし、彼らが守ろうとしているものが、世界そのものなのか。
それとも、自分たちが正しいと信じる世界の形なのか。
その違いを、ヴァイスはまだ考えようとしていなかった。




