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無色の輝石使い  作者: 神代シン
第一章無色の落第生

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7 英雄になれなかった少年


 灰鐘村に、鉱喰いの襲撃から四日目の朝が訪れた。

 山の稜線から昇った太陽が、鉱山の入口を照らしている。

 崩れた仕分け台は片づけられ、散乱した鉱石も種類ごとに集め直されていた。折れた木材は広場の隅に積まれ、損傷した坑道の入口には、立入禁止を示す赤い布が張られている。

 村は、少しずつ日常を取り戻しつつあった。

 ただし、何もかもが元どおりになったわけではない。

「……あいつだろ?」

「鉱喰いを倒したっていう……」

「色のない輝石で、どうやって?」

 鉱山へ向かう道を歩いていると、そんな囁き声が聞こえてくる。

 真は、聞こえないふりをした。

 いつものことだ。

 自分について話している人間がいても、振り返らない。

 視線を合わせない。

 相手がこちらを見ていると気づいても、気づかなかったことにする。

 そうしていれば、たいていのことは通り過ぎていく。

 だが、今日は少し違った。

「真!」

 呼び止められ、真は足を止めた。

 振り返ると、鉱喰いに襲われた少年が、村の診療所の前に立っていた。

 足には包帯が巻かれている。

 歩くときに少し痛むようだったが、自分の足で立っていた。

「もう歩いて大丈夫なのか?」

「うん。まだ走るのは無理だけど」

 少年は、照れくさそうに笑った。

「……あのとき、ありがとう」

 真は一瞬、返事に困った。

 感謝されることに慣れていなかった。

 何かをしても、できて当然だと言われる。

 失敗すれば、できないことを責められる。

 そういう経験ばかりが積み重なっていたから、まっすぐに礼を言われると、どう反応していいのかわからなくなる。

「いや……俺は、別に」

「でも、真が来てくれなかったら、俺、死んでたと思う」

 少年は、自分の足元へ目を落とした。

「みんな、怖くて動けなかったんだ。俺だって、何もできなかった。あの魔物が近づいてきたとき、もう駄目だって思った」

「……うん」

「なのに、真は来てくれた」

 少年は顔を上げた。

「だから、ありがとう」

 真は、少しだけ笑った。

「……無事でよかった」

 それ以上、何を言えばいいのかわからなかった。

 少年は何度か頭を下げてから、家族の待つ診療所へ戻っていった。

 真は、その後ろ姿を見送った。

 胸の奥に、温かなものが残っていた。

 ほんの小さなものだった。

 けれど、今まで感じたことのない感覚だった。

 自分の行動が、誰かの未来につながった。

 それだけで、こんなにも胸が温かくなるのか。

 真は、ゆっくりと息を吐いた。

 もしかすると。

 自分にも、誰かの役に立てることがあるのかもしれない。

 そう考えかけた、そのときだった。

「英雄気取りか?」

 背後から、冷たい声が飛んできた。

 真は振り返った。

 そこにいたのは、鉱山で働く中年の男だった。腕には黄色い輝石が埋め込まれている。坑道の支柱を補強する仕事をしている男で、真も何度か顔を合わせたことがあった。

 男は、真を見下ろしていた。

「魔物を倒したのは大したもんだ。だがな、自分の力もわからないまま飛び込むのは、勇気とは言わん」

「……はい」

「お前が死んでいたら、どうするつもりだった?」

 真は答えられなかった。

 考えていなかったわけではない。

 ただ、あのときは、考える余裕がなかった。

 少年が死ぬかもしれない。

 それを見ているだけなのは、嫌だった。

 理由は、それだけだった。

「助けられたからよかったものの、次も同じことができると思うなよ」

 男は言い残し、去っていった。

 真は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 男の言葉は、間違っていなかった。

 あのとき、自分は死にかけた。

 鉱喰いの振動を受けたとき、頭の中が真っ白になった。鼻から血が流れ、胸の輝石が砕けるのではないかと思うほど痛んだ。

 もし、もう少し力を使い続けていたら。

 本当に死んでいたかもしれない。

 それでも、少年を助けたことを後悔してはいなかった。

 そのことだけは、はっきりしていた。

 真は歩き出した。

 村の中央を抜け、古い建物が並ぶ通りへ向かう。

 今日の仕事は休みになっていた。

 医者からは、あと数日は無理をするなと言われている。

 ならば、今できることをしよう。

 あの日、自分の中で何が起きたのか。

 少しでも、調べてみよう。

 真は、村の古い記録庫へ向かった。

 そこなら、色輝石や魔物について書かれた資料が残っているはずだった。

 自分の力の正体を知る手がかりも、見つかるかもしれない。

 ただし、真はまだ知らなかった。

 記録庫に残されているものの中には、村の子供たちには決して読ませないよう、長い間隠されてきた記録があることを。

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