30.無色の夢
真は、白い場所に立っていた。
地面も、空も、遠くの景色もない。
ただ、どこまでも白い。
しかし、教団の障壁が持つ冷たい白とは違っていた。
ここには、拒絶する力がない。
何かを押し返すことも、何かを閉じ込めることもない。
ただ、何もない。
真は自分の手を見た。
色がない。
いや、違う。
手はいつもと同じだ。
なのに、自分がそこにいるという感覚が、ひどく薄い。
「……誰か、いるの?」
声が、遠くまで響いた。
返事はない。
真は歩き始めた。
どこへ向かっているのか、自分でもわからない。
しばらく進むと、白い地面に小さな石が落ちているのを見つけた。
透明な石だった。
石渡りで拾ったものとよく似ている。
真はそれを拾い上げた。
内部には、いくつもの色が浮かんでいる。
赤。
青。
緑。
黄。
紫。
どれも淡く、触れれば消えてしまいそうな色だった。
「……君は、何なの?」
『原石です』
声がした。
真が顔を上げる。
少し離れた場所に、ひとりの人影が立っていた。
長い衣服をまとった人物。
顔は見えない。
身体の輪郭も、光の加減によって変わっているようだった。
「原石?」
『まだ、何色にもなっていない石』
「無色の輝石と、同じ?」
『似ています。しかし、同じではありません』
人影は、真の手にある石を見つめた。
『無色とは、色を持たないこと。原石とは、これから色を得る可能性を持つこと』
「……何が違うの?」
『何も違わないと考える者もいます』
人影は静かに答えた。
『けれど、可能性を持つことと、可能性を奪われることは違うのです』
真は石を見つめた。
透明な石の内部で、色が揺れている。
「僕の輝石は、何色にもなれるの?」
『いいえ』
答えは、あまりにもあっさりしていた。
『何色にもなれるから無色なのではありません。まだ、あなたが何を選ぶのか決まっていないからです』
「選ぶ……?」
『色は、与えられるものでもあります。生まれ持つものでもあります。奪われるものでもある。そして、ときには、自分で選び直すものでもある』
人影が一歩近づいた。
『あなたは、色を持つ者たちを見ましたね』
真は頷いた。
『色を持つ者たちは、その色によって守られ、その色によって傷つけられる。色は彼らの力であり、誇りであり、時に鎖となる』
「……じゃあ、色なんてない方がいいの?」
人影は答えなかった。
その沈黙が、真には怖かった。
「色がなければ、差別もなくなるのかな。力の強い人と弱い人も、同じになるのかな」
白い世界に、自分の声だけが響く。
「みんなが同じなら、誰も苦しまなくて済むのかな」
『同じであることと、平等であることは違います』
人影は言った。
『色を失った者が、色を持つ者と同じ場所に立てるとは限らない。色を失わせた者が、その責任を取るとも限らない』
真は、何も言えなかった。
『そして、すべてを無色に戻したとき、あなたは何を残すのですか』
また、同じ問い。
その手で、何を残す。
真は透明な石を握りしめた。
「……わからない」
『それでいいのです』
人影は、初めて少しだけ笑ったように見えた。
『わからないまま、見なさい。わからないまま、知りなさい。わからないことを理由に、他者の答えを奪ってはいけない』
「君は誰なの?」
人影は、白い空を見上げた。
『私は、あなたがたの時代よりも前に、この問いを聞いた者です』
「僕と同じ、無色の輝石使い?」
『そうです』
「だったら、教えてよ。僕の力は何なんだ? どうして、他の色に干渉できる? どうして、教団は僕を捕まえようとする?」
真は一歩踏み出した。
「僕は、何のために生まれたんだよ!」
声が震えた。
ずっと知りたかった。
自分には何かが足りないのか。
それとも、自分だけが何かを持っているのか。
なぜ色がないのか。
なぜ、みんなと同じようになれないのか。
人影は、しばらく黙っていた。
そして、静かに答えた。
『あなたは、何かのためだけに生まれたのではありません』
真は目を見開いた。
『使命があるから生きるのではない。生きて、選び続けた結果が、いつか誰かに使命と呼ばれるのです』
人影が手を伸ばした。
その指先が、真の額に触れる。
『忘れないでください。力があなたを選んだとしても、あなたが何をするかまで、力に決めさせてはいけない』
白い世界が、崩れ始めた。
「待って!」
真は叫んだ。
「まだ聞きたいことがある!」
『また、会うでしょう』
「どこで!」
『色が、終わりに近づく場所で』
人影の輪郭が薄れていく。
『そのとき、あなたは今日の問いに、もう一度答えなければならない』
真の手から、透明な石が滑り落ちた。
石が地面に触れる。
その瞬間、世界にひびが入った。
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