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無色の輝石使い  作者: 神代シン
第一章無色の落第生

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29.森に響く四度目の鐘


 鐘の音は、森の奥から聞こえていた。

 一度目は遠く。

 二度目は近く。

 三度目は、まるで真の胸の内側で鳴ったかのように。

 そして、四度目は――鳴らなかった。

 音が来るはずだった瞬間、森からあらゆる音が消えた。

 風が止まったわけではない。木々は揺れている。鳥も飛んでいる。落ち葉だって地面に落ちているはずだった。

 それなのに、何も聞こえない。

 真は思わず耳を押さえた。

「……何だよ、これ」

 自分の呼吸さえ聞こえない。

 胸の奥で脈打つ無色の輝石も、今は沈黙していた。

 世界そのものが、音を失ったようだった。

「真!」

 ガルドの声が、聞こえない。

 けれど彼女の口が動いているのはわかった。

 ガルドは真の腕をつかみ、何かを叫びながら森の外側を指さした。

 その先に、白い光があった。

 光は木々の間に浮かんでいた。

 直径は、人ひとりほど。

 その中心には、細い亀裂のような黒い線が走っている。

 白い光なのに、どこか暗い。

 真は、その光を知っている気がした。

 石渡りの地下施設。

 透明な石を中心に据えた装置。

 そして、記録紙に残されていた文字。

 ――白冠管理番号、零号。

 光の中心にある黒い線が、ゆっくりと開いた。

 目のように。

 真の胸元が熱くなった。

 無色の輝石が、沈黙を破る。

 ――トン。

 たった一度の振動。

 それだけで、世界に音が戻った。

「……っ、はあっ!」

 真は大きく息を吸い込んだ。

 ガルドも荒い呼吸を繰り返している。

「おい、今のは何だ……?」

「わからない。でも、あの光……」

 真が言い終える前に、白い光の前に人影が現れた。

 白い外套。

 胸元の教団の紋章。

 そして、銀色の杖。

 昨日、宿場町で真たちを追った巡察隊の男だった。

 男の背後には、白い装甲をまとった兵士たちが並んでいる。

「ようやく見つけました」

 巡察官は、穏やかな声で言った。

「新城真さん。ガルドさん。どうか、抵抗せずに同行してください」

 ガルドが舌打ちした。

「ずいぶんと便利な道具を持ってるじゃねえか。森の中まで追跡できるとはな」

「この装置は追跡用ではありません」

 巡察官は白い光を見上げた。

「あなた方の位置を探知したのではなく、無色の輝石が発する反応を確認したのです」

「同じことだろ」

「違いますよ」

 男は微笑んだ。

「追跡する必要などないのです。あなたがたのような存在は、こちらが何もしなくても、いずれ自分から反応してくれる」

 真は、男の言葉に違和感を覚えた。

「……僕を探してたんじゃないの?」

「もちろん、あなたを確保するために来ました。しかし、この装置が反応したのは、あなたがここへ来る前です」

「じゃあ、何に反応したんだ?」

 巡察官は答えなかった。

 代わりに、白い光の中心へ目を向ける。

「あなたは、まだ知らないのでしょうね。自分が何に触れようとしているのかを」

 その瞬間。

 白い光の向こうから、声が聞こえた。

『……零号』

 真は凍りついた。

 声は男とも女ともつかない。

 幼いようでいて、ひどく年老いている。

 耳で聞いているというより、頭の奥へ直接響いてくる声だった。

『……ようやく、来たのですね』

 ガルドが真の腕をつかんだ。

「おい。今の、聞こえたか?」

「うん……」

「誰だ?」

「わからない」

 真は白い光を見つめた。

 中心の黒い亀裂が、さらに広がっていく。

『無色の子よ』

 声が続いた。

『おまえは、何を残すために生まれたのですか』

 真の脳裏に、あの地下施設で聞いた言葉が蘇った。

 ――その手で、何を残す。

 同じ問いだった。

 けれど、今度は違う。

 あのときは、問いを投げかけられただけだった。

 今は、答えを待たれている。

「……僕は」

 真は唇を噛んだ。

 答えられない。

 自分が何のために生まれたのかなど、わからない。

 色がないから。

 輝石の力がわからないから。

 そんな理由で、周囲から落第生と呼ばれてきた。

 何か特別な使命があったなどと、考えたこともなかった。

「僕は……」

 そのとき、巡察官が杖を掲げた。

「これ以上の接触は危険です。装置を停止しなさい」

 兵士たちが動く。

 白い光の周囲に、幾重もの障壁が生まれた。

 黒い亀裂が、ぴたりと止まる。

『……また、白ですか』

 声が、ひどく寂しそうに響いた。

『いつも、白は私たちを閉じ込める』

 白い障壁が震えた。

 巡察官の顔から、初めて余裕が消えた。

「何だ……?」

 装置から、耳障りな音が鳴り始めた。

 真の無色の輝石が、激しく震える。

 白い光が膨れ上がった。

「全員、退避!」

 巡察官が叫ぶ。

 次の瞬間、光の中心から無数の黒い線が飛び出した。

 それらは障壁に触れると、白い光を食い破るように広がっていく。

 白が、黒に侵食されていた。

 真は、その光景を見つめた。

 白い力が、別の力に侵されている。

 それは、先ほど自分が白い障壁に干渉したときとは違う。

 もっと乱暴で、もっと深い。

 力の構造そのものを、根元から削り取っている。

「ガルド、逃げよう!」

「わかってる!」

 二人が走り出した、そのとき。

 白い光の向こうから、黒い腕が伸びた。

 細く、長い腕。

 人間の腕に似ている。

 しかし、指先は影のように揺らぎ、輪郭が定まらない。

 その腕が、真へ伸びた。

『……見つけた』

 声が響く。

『今度こそ、見つけた』

 真は逃げようとした。

 だが、足が動かなかった。

 腕が真の胸元へ近づく。

 無色の輝石が、これまでにないほど強く震えた。

 ――トン。

 ――トン。

 ――トン。

 真の意識が、深い闇へ引き込まれていく。

 最後に聞こえたのは、ガルドの叫びだった。

「真――ッ!」

     *

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