28.落第生の選択
真とガルドは、町の北側にある古い水路を通って、封鎖を抜けた。
水路の出口は森の中にあり、そこから先は人の通らない獣道が続いていた。
空は曇っていた。
朝の光は薄く、濡れた土の匂いが漂っている。
「これから、どうするの?」
真が尋ねた。
「南へ行く」
「南って、どこまで?」
「白冠教団の地図に載ってない場所まで」
「そんな場所、あるの?」
「あるさ。教団が世界のすべてを知ってるわけじゃねえ」
ガルドは歩きながら、懐から古い紙片を取り出した。
そこには、簡単な地図が描かれていた。
南方の山地。
その奥に、小さな印がつけられている。
「ここは?」
「昔、教団の研究施設があった場所だ」
真は目を見開いた。
「また研究施設?」
「ここは、石渡りの地下施設とは違う。教団がまだ各地の輝石を完全に管理できていなかった頃、色の性質を調べるために作られた場所らしい」
「どうして、そんなことを知ってるの?」
ガルドは地図を折りたたんだ。
「施設にいた頃、資料を盗み見た」
「……そこに、無色の輝石についても書かれている?」
「わからねえ。だが、手がかりがあるかもしれない」
真は地図を見つめた。
教団は自分を捕まえようとしている。
その理由を知るためには、教団から逃げるだけでは足りない。
自分の輝石が何なのか。
なぜ、他の色の力に干渉できるのか。
そして、あの地下施設で聞こえた声は、誰のものだったのか。
知らなければならないことが、増えていく。
「……行こう」
真は言った。
ガルドが横目で見る。
「怖くないのか?」
「怖いよ」
真は正直に答えた。
「捕まるのも怖い。自分の力が何なのか知るのも怖い。もし、僕の力が誰かを傷つけるものだったらって考えると……もっと怖い」
彼は、自分の胸に手を当てた。
「でも、知らないまま逃げ続けるのも嫌なんだ」
ガルドはしばらく真を見つめていた。
やがて、ふっと笑った。
「最初に会ったときは、もっと情けない奴だと思ってたんだがな」
「ひどいな!」
「今も大して変わらねえよ」
「じゃあ、何で笑ってるのさ」
「さあな」
ガルドは前を向いた。
「お前がどこまで行くのか、少し興味が湧いただけだ」
二人は歩き出した。
森の奥へ。
教団の地図から外れた場所へ。
そして、自分たちがまだ知らない世界へ。
真は、無色の輝石にそっと触れた。
その力は、まだ名前を持たない。
だが、名前がないからといって、意味がないわけではない。
色がないからといって、何も持っていないわけではない。
自分が何者なのかは、誰かに決めてもらうものではない。
それを、真は少しずつ理解し始めていた。
そのとき、森の奥から、かすかな鐘の音が聞こえた。
真は足を止めた。
「……今の、聞こえた?」
「鐘だな」
「でも、こんな場所に村があるの?」
ガルドは地図を取り出し、現在地を確認した。
そして、表情を険しくした。
「……いや。ここに鐘を鳴らすような場所はない」
もう一度、鐘が鳴った。
今度は、先ほどよりも近い。
その音には、不自然な響きがあった。
真にはわかった。
これは、普通の鐘の音ではない。
音の奥に、別の振動が混じっている。
誰かが、何かを呼んでいる。
あるいは――。
何かが、目を覚まそうとしている。
真の胸の中で、無色の輝石が震えた。
森の木々が、風もないのに一斉に揺れた。
ガルドが拳を握る。
「真。私の後ろにいろ」
「何がいるの?」
「わからねえ」
彼女は、いつになく慎重な声で答えた。
「だが、ひとつだけ確かなことがある」
鐘が、三度目の音を響かせた。
森の奥で、白い光が瞬いた。
「――教団の奴らだけが、お前を探してるわけじゃない」
真は息を呑んだ。
旅は、まだ始まったばかりだった。
彼はまだ知らない。
自分の無色の輝石が、白冠教団だけでなく、世界に散らばるすべての色の運命に関わっていることを。
そして、彼がこの旅で出会う人々の選択が、やがて世界そのものを変えることになるのを。




