27.白冠の命令
翌朝。
宿場町の鐘が鳴るより早く、白冠教団の巡察隊は町を封鎖した。
東門、西門、南門。
すべての出入口に兵士が配置され、旅人たちはひとりずつ検査を受けていた。
教団の命令は明確だった。
無色の少年、新城真。
緋色の輝石使い、ガルド。
二人を発見した者は、ただちに報告すること。
抵抗があれば拘束。
無色の輝石については、いかなる理由があっても破壊してはならない。
巡察隊の本部では、昨夜の報告を受けたヴァイスが、ひとりの上官と向き合っていた。
上官は白い長衣をまとい、胸元には銀色の装飾が施されている。
「逃がしたそうだな」
「はい」
「緋色の輝石使いひとりに、障壁を破られたのか?」
「正確には、障壁は破壊されていません」
ヴァイスは、記録紙を差し出した。
「無色の少年が、障壁を構成する振動をずらしたようです。複数の輝石が連携していたにもかかわらず、全体の構造だけを崩しました」
上官の目が細くなる。
「それは、あり得ない」
「私もそう考えていました」
「では、なぜ報告した?」
「実際に起きたからです」
ヴァイスは視線を逸らさなかった。
上官はしばらく沈黙したあと、机の引き出しから一枚の古い書類を取り出した。
紙は黄ばんでおり、端が焼け焦げている。
そこには、教団の現行記録とは異なる古い紋章が描かれていた。
円環の中に、色のない石。
その下には、短い文章が記されている。
――色を分かつものにあらず。
――色を結び、色を終わらせるもの。
ヴァイスの表情が変わった。
「これは……」
「旧研究院の記録だ」
上官は書類をしまった。
「無色の輝石は、歴史上、極めて稀にしか現れない。教団が現在の形になる以前から、存在が確認されている」
「なぜ、今まで秘匿を?」
「知る必要のないことだからだ」
上官は冷たく言った。
「白冠教団の役割は、色の力を管理し、世界の秩序を維持することだ。無色の輝石は、その秩序に干渉する。だからこそ、我々が管理しなければならない」
「彼はまだ少年です」
「だから何だ?」
上官の声に、温度はなかった。
「危険な力を持つ者が、少年であれば許されるとでも?」
ヴァイスは答えなかった。
上官は立ち上がり、窓の外に広がる街並みを見た。
「捕獲しろ。生きたまま連れてこい。必要なら、緋色の女も利用しろ」
「利用……?」
「彼女の身体に埋め込まれた輝石は、特殊な反応を示している。無色の少年と接触させれば、何かが起こるかもしれない」
ヴァイスは、拳を握った。
「彼女も、教団の施設から逃げ出した者です」
「だからこそ、価値がある」
上官は振り返った。
「世界を守るためなら、個人の事情など些末な問題だ」
その言葉を聞いた瞬間、ヴァイスは、昨夜の真の叫びを思い出した。
――僕の力を、君たちが決めるな。
彼は一瞬だけ、目を伏せた。
しかし、命令に背くことはなかった。
「……承知しました」
白い外套を翻し、ヴァイスは部屋を出た。
廊下の壁には、教団の教義が刻まれている。
秩序は平和を生む。平和は人々を守る。
かつての彼は、その言葉を疑わなかった。
だが今、その言葉の裏側に、別の意味が隠れているように思えてならなかった。
秩序を守るために、人を犠牲にする。
平和を守るために、異なるものを排除する。
それでも世界が平和ならば、それでいいのだろうか。
ヴァイスは答えを出せないまま、追跡の準備を始めた。




