26.彼女が燃やしたもの
二人は町外れの廃屋へ逃げ込んだ。
屋根は半分崩れ、壁には蔦が絡んでいる。人が住まなくなって久しいらしく、床には乾いた葉が積もっていた。
ガルドは扉を閉めると、その場に座り込んだ。
「……くそっ」
荒い呼吸。
震える指。
赤い輝石から伸びる筋が、いつもより濃く浮かび上がっている。
真は彼女の前にしゃがんだ。
「ガルド、見せて」
「何を」
「肩。輝石のところ」
「触るな」
「でも、さっきから様子が――」
「触るなって言ってんだろ!」
怒鳴り声が、廃屋の中に響いた。
真は息を呑んだ。
ガルド自身も、声を荒らげたことに気づいたらしい。彼女は顔を背け、唇を噛んだ。
「……悪い」
「いや、僕こそ……」
「お前が謝ることじゃねえ」
しばらく、沈黙が続いた。
外では風が吹き、壊れた窓枠がかすかに鳴っている。
やがてガルドは、自分の肩に手を置いた。
「私の輝石はな、普通の緋色とは少し違う」
真は顔を上げた。
「違うって?」
「緋色の輝石は、炎を生み出したり、熱を操ったりする。だが、私の力は……自分自身を燃料にする」
彼女は淡々と語った。
「体温。血。筋肉。寿命。そういうもんを燃やして、身体能力に変えるんだ」
真は言葉を失った。
「使えば使うほど強くなる。だが、使いすぎれば戻らないものもある」
「そんなの……」
「わかってる。馬鹿げてるだろ」
「どうして、そんな力を使うんだよ!」
真の声が震えた。
「身体を壊してまで戦う必要なんて、ないじゃないか!」
ガルドは、笑わなかった。
「必要があったんだよ」
その言葉は、ひどく静かだった。
「昔、私のいた場所で、白冠教団が人を集めていた。輝石の力を測るためだとか、暴走を防ぐためだとか、立派なことを言ってな」
彼女は、赤い輝石を見つめた。
「そこには、私みたいな奴が何人もいた。強い力を持つ奴。珍しい力を持つ奴。身体に特殊な反応が出る奴。教団はそいつらを保護すると言って、施設へ連れていった」
「……保護?」
「そうだ。外から見れば、な」
ガルドの指が、輝石の縁をなぞった。
「私たちは、力を使うための方法を教えられた。どうすれば強くなれるか。どこまで身体を酷使できるか。どのくらいの痛みなら耐えられるか」
彼女は一度、目を閉じた。
「そのうち、仲間がひとりずつ消えていった」
真は何も言えなかった。
「逃げようとした奴もいた。教団に逆らった奴もいた。力を使えなくなった奴もいた。……そいつらがどこへ行ったのか、私は知らない」
「ガルドは、どうして逃げられたの?」
「施設が襲撃されたんだ」
彼女は、遠くを見るような目をした。
「誰が襲ったのかは知らねえ。白い壁が壊れて、火が上がって、みんなが逃げた。私もその中のひとりだった」
「それから、ずっとひとりで?」
「そうだ」
ガルドは肩をすくめた。
「最初は生きるために戦った。次は、追ってくる奴らから逃げるために戦った。そのうち、戦うことしか考えなくなった」
彼女の声に、わずかな苦笑が混じった。
「だから、他人のために力を使うなんて、まともなことはできねえと思ってたんだがな」
彼女は真を見た。
「お前は、私と違うらしい」
「……そんなことないよ」
「あるさ」
ガルドは言い切った。
「私は力を使うとき、まず敵をどう倒すか考える。お前は、相手をどう止めるか考える。似てるようで、全然違う」
真は俯いた。
自分だって、怖かった。
教団に捕まることも。
無色の輝石を調べられることも。
いつか、自分の力が誰かを傷つけることも。
それでも、さっきは男を救いたかった。
そして今も、目の前の少女が自分の身体を削って戦うことを、見過ごしたくなかった。
「……僕は、ガルドにも生きていてほしい」
ガルドの目が、わずかに見開かれた。
「は?」
「力を使わなくても、生きていてほしい。強くなくても、戦えなくても……」
真は言葉を探した。
「君が君であることまで、燃やさなくていいと思うんだ」
ガルドは、長いあいだ黙っていた。
やがて彼女は、顔を背けたまま呟いた。
「……本当に、お前は面倒な奴だな」
「よく言われる」
「誰にだよ」
「今のところ、君にしか言われてない」
「じゃあ、これから増やしてやる」
ガルドは立ち上がった。
足元はまだ少しふらついていたが、先ほどよりも呼吸は落ち着いている。
「今日は休む。明日の朝、町を出るぞ」
「うん」
「それから、さっきの力の使い方を教えろ」
「え?」
「白い壁を壊さずに消しただろ。あれをどうやったのか、知りたい」
真は驚いて彼女を見た。
「僕も、まだよくわかってないよ」
「なら、二人で考えりゃいい」
ガルドは、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
「お前は力の流れを聞く。私は、力が身体にどう返ってくるかを知ってる。二人でやれば、少しはマシになるだろ」
真は、ゆっくりと頷いた。
初めてだった。
誰かが、自分の力を恐れるだけでなく、一緒に理解しようとしてくれたのは。
その夜、二人は交代で見張りをしながら眠った。
町では、白冠教団が逃亡者を捜していた。
真たちは、もう安全な道を歩くことはできない。
それでも、真は少しだけ安心していた。
無色の自分にも、共に歩く相手がいる。
そして、その相手にもまた、救われるべき傷がある。
旅は、ただ世界を知るためのものではなくなり始めていた。




