25.赤い残火
最初の兵士が床に叩きつけられた。
ガルドの拳が、白い防具を砕いていた。
続く兵士は剣を抜いたが、彼女は刃の軌道を身体ひとつ分だけずらし、肘で相手の顎を打ち抜いた。
残る二人が距離を取る。
白い輝石が光り、食堂の床から壁へ、薄い障壁が広がった。
「緋色の輝石使い、抵抗を確認!」
巡察官が叫ぶ。
「周辺への被害を抑え、対象を確保しなさい!」
「対象、対象って……!」
真は奥歯を噛みしめた。
「人のことを、物みたいに呼ぶな!」
白い障壁が閉じた。
ガルドと真は、食堂の一角に閉じ込められる。
白い壁は薄いのに、触れた瞬間、硬い金属のような反発が返ってきた。
真は壁に手を当てる。
振動を聞く。
複数の兵士が、別々の位置から障壁へ力を送り込んでいる。ひとつひとつの振動は小さいが、互いに重なり合うことで強固な壁を作っていた。
先日、地下施設で逃げるために開けた壁と同じ構造。
だが、今回は違う。
障壁の外側には兵士がいる。
ひとりの力を乱せば、残りの力が補う。
単純に穴を開けるだけでは、すぐに塞がれてしまう。
「ガルド、壁を壊せる?」
「壊せるが、時間がかかる!」
「じゃあ、時間を稼いで!」
「注文が多いな!」
ガルドが両腕に炎をまとった。
赤い光が強くなる。
その瞬間、真には聞こえた。
彼女の身体の内側で、何かが燃える音。
血が熱を帯び、筋肉が限界を超えて収縮し、心臓が普段よりも強く脈打っている。
炎が強くなるほど、彼女自身の身体が削られていく。
「ガルド、力を上げすぎないで!」
「今さら何を言ってやがる!」
「身体が――」
「わかってる!」
彼女の声が、壁に跳ね返った。
「自分の身体のことくらい、わかってるんだよ!」
その叫びに、真は言葉を失った。
ガルドの拳が障壁に叩きつけられる。
一度。
二度。
三度。
白い壁に亀裂が走るが、外側から新しい振動が送り込まれ、すぐに修復される。
ガルドの呼吸が荒くなった。
額から汗が落ちる。
それでも彼女は、拳を止めない。
真は目を閉じた。
壊す必要はない。
力の流れを変える。
先ほどの緑の輝石と同じように。
だが、白い障壁は緑の力とは違う。
白は、外からの干渉を拒絶する色だ。
他者の力を弾き、異なるものが入り込む余地をなくす。
その強さは、まさに教団の思想そのものだった。
異なるものを受け入れない。
危険なものを遠ざける。
すべてをひとつの秩序に閉じ込める。
真は障壁の振動を聞きながら、ひとつのことに気づいた。
壁は、外からの力を拒んでいる。
しかし、壁を維持するための力まで拒んでいるわけではない。
むしろ、兵士たちの力を受け入れ、互いに重ね合わせている。
ならば。
「……壁そのものじゃない」
真は呟いた。
「壁を作っている、みんなの力を……」
兵士たちの振動が聞こえる。
ひとりは強く、ひとりは弱い。
ひとりは一定で、ひとりはわずかに揺れている。
それぞれの力は違う。
その違いを、白い障壁が無理やり同じ形に整えていた。
真は自分の輝石を震わせた。
それぞれの振動を壊すのではなく、ほんのわずかにずらす。
完全に止める必要はない。
互いを支える拍子を、少しだけ外せばいい。
――トン。
――トン。
――トン。
真の胸に痛みが走る。
無色の輝石が熱を帯びた。
だが、彼は力を強めなかった。
ただ、聞き続けた。
白い壁の向こうにいる兵士たちも、それぞれ別の人間だ。
同じ色を持っていても、同じ音を刻んでいるわけではない。
ならば、その違いを無理に消す必要はない。
違うまま、ほんの少しだけ拍子をずらす。
障壁が震えた。
「何だ!?」
兵士の声が聞こえた。
壁の表面に、細かな波紋が走る。
ガルドが真を見た。
「お前、何をした?」
「わからない。でも、今なら――!」
「なら、任せた!」
ガルドが最後の一撃を放った。
同時に、白い障壁が崩れた。
粉々に砕け散ったわけではない。
白い光が、音もなく消えただけだった。
兵士たちの身体が前につんのめる。
力を送り込んでいた先が、突然なくなったからだ。
その隙に、ガルドは真の腕をつかんだ。
「逃げるぞ!」
二人は食堂の裏口へ走った。
巡察官の怒号が響く。
「追え! 対象を逃がすな!」
夜の路地へ飛び出した真は、胸を押さえた。
痛い。
さっきよりも、ずっと痛い。
だが、障壁は壊していない。
人も傷つけていない。
力の形を変えただけだ。
それが正しいことなのか、まだわからない。
けれど、真は初めて、自分の力を自分で選んだ気がした。




