24.色を持つ者の値段
宿場町の夜は、思っていたよりも騒がしかった。
通りには旅人や商人が行き交い、酒場からは酔客の笑い声が漏れている。軒先に吊るされた灯りが、石畳の上に黄色い光を落としていた。
真は、食堂の隅でスープをすすっていた。
「……うまい」
「三杯目だぞ」
向かいに座るガルドが呆れたように言った。
「だって、村を出てからまともに食べてなかったし」
「だからって食いすぎだ。明日の分まで食う気か?」
「明日は明日で、なんとかするよ」
「その考え方でよく今まで生きてこられたな」
そう言いながらも、ガルドは自分の皿に残っていた肉を真の方へ押しやった。
真は気づかないふりをして、それも食べた。
食堂の壁には、色ごとの輝石使いを描いた古い絵が飾られている。
赤い炎をまとった戦士。
青い水を操る航海士。
緑の蔓を伸ばす狩人。
白い光の壁を掲げる聖職者。
それぞれの姿の下には、輝石使いの能力を説明する文字が添えられていた。
真はその絵を見つめた。
「ねえ、ガルド」
「あ?」
「色って、どうやって決まるんだろう」
「生まれつきだろ」
「でも、輝石って身体に埋まってるんだよね。だったら、誰かが後から別の色を埋め込むこともできるのかな」
ガルドの手が止まった。
ほんの一瞬だった。
だが、真は見逃さなかった。
「……できるの?」
「知らねえよ」
「今、何か知ってるみたいな顔した」
「どんな顔だよ」
「隠し事してる顔」
「お前は食い物のことだけ考えてろ」
ガルドは乱暴にスープを飲み干した。
真は、それ以上追及しなかった。
ただ、彼女の肩に埋め込まれた赤い輝石が、灯りを受けて鈍く光るのを見ていた。
赤い筋は、肩から首筋へと伸びている。
あの力を使うたび、ガルドは身体を削っている。
それを知っていながら、真はまだ彼女の過去を何も知らなかった。
食事を終え、二人が宿の主人に部屋の鍵を受け取ろうとしたときだった。
入り口の扉が開いた。
冷たい夜風とともに、白い外套をまとった男が入ってくる。
胸元には、白い石を象った教団の紋章。
男の後ろには、武装した兵士が四人。
食堂のざわめきが、少しずつ小さくなった。
「白冠教団の巡察官だ」
誰かが囁いた。
「何の用だ……?」
男は食堂を見渡し、穏やかな声で告げた。
「皆様、ご安心ください。危険な輝石の反応が、この町の近辺で確認されました。住民の安全を確保するため、輝石の検査を行います」
言葉だけを聞けば、何もおかしくない。
教団は、輝石の暴走から人々を守る組織として知られている。
しかし、男が兵士に目配せすると、彼らは客の腕をつかみ、首筋を調べ、胸元に手を当て始めた。
老人が抗議した。
「おい、いきなり何をする! わしらは何もしておらん!」
「危険の有無を確認するだけです」
「なら、そんな乱暴にする必要はないだろう!」
兵士は答えず、老人を壁へ押しつけた。
真の手が止まる。
ガルドが、テーブルの下で真の足を軽く蹴った。
「見るな」
「でも……」
「今は見るだけにしろ」
その声は、いつになく鋭かった。
巡察官が、二人のテーブルへ近づいてくる。
「旅のお二人も、検査にご協力ください」
真は顔を上げた。
「何を調べるんですか?」
「輝石の色と、蓄積地の反応です。すぐに終わりますよ」
男は笑っていた。
けれど、その目は笑っていなかった。
真が答える前に、ガルドが立ち上がる。
「断る」
「……何と?」
「聞こえなかったか。断ると言った」
食堂の空気が凍った。
巡察官は、彼女の肩にある赤い輝石を見た。
「あなたは緋色の輝石使いですね。登録情報と照合させていただきたい」
「私の輝石は、私のもんだ」
「輝石の力は、社会全体の安全に関わります。教団の管理に従っていただく義務が――」
「管理?」
ガルドが笑った。
その笑い方を、真は初めて見た。
楽しそうでも、怒っているだけでもない。
何かを思い出し、それを憎むことに慣れきってしまった者の笑みだった。
「お前らの言う管理ってのは、逆らえないように縛ることだろ」
「不穏な発言ですね」
巡察官の笑顔が消えた。
「では、検査に応じられない理由を、こちらで判断させていただきましょう」
兵士たちが動いた。
真は反射的に立ち上がった。
だが、ガルドが片手で彼を制した。
「動くな、真」
「でも!」
「こいつらの狙いは、私じゃねえ」
ガルドの視線が、巡察官の背後へ向く。
そこにいた兵士のひとりが、小さな白い装置を取り出していた。
真の胸元が、冷たくなった。
無色の輝石が震えている。
装置から、細い音が伸びてきた。
真にしか聞こえない音だった。
白い障壁を生み出したときと同じ、硬質で、均一な振動。
ただし、今回は違う。
その振動は、真の輝石を探っていた。
「……僕を、調べてる?」
巡察官が静かに頷いた。
「新城真さん。あなたには、教団の管理施設まで同行していただきます」
真の喉が鳴った。
どうして自分の名前を知っている。
どうして、ここにいることがわかった。
そして、どうして――。
「君のような無色の輝石は、通常の検査では測定できません」
巡察官は、まるで珍しい鉱石の説明でもするように言った。
「ですから、特別な検査が必要なのです」
真は、その言葉に背筋が冷たくなった。
彼らにとって、自分は人間ではない。
少なくとも、ひとりの少年として見られてはいない。
石渡りの地下施設で聞いた言葉が蘇る。
――白冠管理番号、零号。
「……嫌だ」
真は呟いた。
「僕は、行かない」
巡察官の眉が動いた。
「それは、教団への反逆と見なされます」
「僕は誰も傷つけてない!」
「危険な力は、使用される前に封じる必要があります」
「僕の力を、君たちが決めるな!」
真の声が食堂に響いた。
胸元で、無色の輝石が震える。
初めてだった。
自分の力を恐れながら、それでも自分のものだと叫んだのは。
巡察官が手を上げる。
「拘束しなさい」
兵士たちが一斉に襲いかかった。
ガルドの口元が、わずかに吊り上がった。
「ようやく言えたじゃねえか」
赤い光が爆ぜた。
「自分の意思ってやつをよ」




