3 鉱石運び
3 鉱石運び
灰鐘鉱山の入口には、古びた木製の門があった。
左右には鉄の支柱が立ち、門の上には村の紋章が掲げられている。
灰色の山を背景に、交差した二本のつるはしと、小さな鐘を描いた紋章だった。
鉱山で働く者たちは、朝になるとこの門をくぐり、日が暮れるまで地下で働く。
入口のそばには、採掘した鉱石を仕分けるための広場があった。
そこには大きな木箱が並び、鉄鉱石、銅鉱石、銀鉱石、色輝石の原石などが、それぞれ別の場所に積まれていた。
真の仕事は、運ばれてきた鉱石を判別し、決められた箱へ仕分けることだった。
色輝石の原石は、特に慎重に扱わなければならない。
未成熟な原石の中には、周囲の輝石と共鳴して、不安定な反応を起こすものがあるからだ。
もっとも、真には色輝石の反応を見分ける力などなかった。
代わりに、彼は鉱石の形や重さ、表面の傷を見て分類していた。
何度も繰り返した仕事だった。
どの鉱石が重いか。
どの石が割れやすいか。
どの箱へ入れれば、運搬の際に崩れにくいか。
それらを覚えることなら、色がなくてもできる。
「おい、真。そっちの箱を持ってこい」
「はい」
年配の鉱夫に呼ばれ、真は木箱を抱えた。
箱の中には、採掘されたばかりの鉄鉱石が詰まっている。
見た目以上に重い。
真は膝を曲げ、腰を落として持ち上げた。
「おっと、気をつけろよ」
「大丈夫です」
「無理するな。お前は力がないんだからな」
鉱夫は悪気なく言った。
真は笑って頷いた。
「わかってます」
箱を運びながら、真は周囲を見た。
採掘場では、赤の使い手が岩肌を熱していた。
熱せられた岩が脆くなり、別の鉱夫がつるはしで砕く。
その横では、黄の使い手が金属の支柱を曲げ、崩落しかけた場所を補強していた。
緑の使い手は、坑道の壁に根を張る植物を伸ばし、土砂が流れ出すのを防いでいる。
誰もが、自分の力を使って働いていた。
真は、箱を置いた。
額の汗を拭う。
自分も、ああいう力が使えたら。
そう思わない日はなかった。
しかし、羨ましがっているだけでは何も変わらない。
真は次の箱を取りに戻った。
その途中、鉱石の山の前で足を止めた。
山積みになった岩の中に、一つだけ奇妙な石があった。
手のひらほどの大きさで、表面には細かな筋が走っている。
黒っぽい灰色。
どこにでもありそうな石だった。
ただ、真が近づくと、石の表面が微かに震えた。
いや、石が震えたのではない。
周囲の空気が、かすかに揺れている。
真は目を細めた。
音は聞こえない。
それなのに、何かが響いている気がした。
まるで、耳ではなく、骨の内側で聞いているような感覚。
真は、そっと手を伸ばした。
「おい、真!」
突然、背後から怒鳴り声が飛んできた。
真は驚いて振り返った。
「何をぼさっとしてる! 仕事が溜まってるぞ!」
「あ、すみません!」
慌てて手を引っ込める。
もう一度石を見たときには、先ほどの感覚は消えていた。
ただの石。
そう思おうとした。
しかし、どうしても気になった。
あの震えは何だったのか。
なぜ、自分だけが感じ取れたのか。
真は、その疑問を胸の奥へ押し込めた。
今は、仕事をしなければならない。
そうしていれば、少なくとも、誰かに迷惑をかけずに済む。
真は再び木箱を持ち上げた。
そのときだった。
坑道の奥から、奇妙な音が響いた。
――ギ、ギギギ。
石と石が擦れ合うような音。
それから、何かを噛み砕くような音が続いた。
――ゴリッ。
――ゴリ、ゴリッ。
真は、動きを止めた。
その音は、ほかの鉱夫たちの声や、つるはしの音に紛れていた。
けれど、真にははっきり聞こえた。
音が、坑道の奥から近づいてくる。
しかも、普通の足音とは違う。
重い何かが地面を踏みしめるたび、低い振動が床を伝ってくる。
一歩。
もう一歩。
振動が強くなる。
真は箱を置き、坑道を見つめた。
暗闇の向こうで、何かが動いている。
「……誰か、いるんですか?」
声をかけた。
返事はなかった。
代わりに、また音が響いた。
――ゴリッ。
――ゴリ、ゴリ、ゴリッ。
今度は、何かが鉱石を噛み砕く音だとわかった。
真の胸の奥で、無色の輝石が微かに震えた。
それは、まるで遠くから呼びかけられているような感覚だった。
真は、息を止めた。
坑道の奥にいる何かが、こちらを見ている。
そう感じた。
その直後、鉱山の奥から悲鳴が響いた。
「魔物だあああっ!」
誰かが叫んだ。
次の瞬間、坑道の入口から土煙が噴き出した。
鉱夫たちが一斉に振り返る。
赤の使い手が炎を掲げ、黄の使い手が金属の支柱を構えた。
そして、暗闇の中から。
四本の脚を持つ巨大な影が、ゆっくりと姿を現した。
灰色の鉱石を鎧のようにまとい、口元には水晶のような歯が並んでいる。
背中には、砕けた岩の破片が無数に突き刺さっていた。
その魔物は、周囲の鉱石を喰らいながら、ゆっくりと首をもたげた。
真は、息を呑んだ。
村の古い記録で、読んだことがある。
鉱石を喰らい、輝石の力を取り込む魔物。
鉱夫たちが最も恐れる存在。
その名は――。
鉱喰い。
そして、真の知らないところで、長い間眠っていた何かが、ゆっくりと目を覚まそうとしていた。




