2 灰鐘村
2 灰鐘村
灰鐘村は、山と山のあいだに挟まれた、小さな鉱山の村だった。
村の北には、灰色の岩肌をむき出しにした山々が連なっている。南には細い川が流れ、その周囲に畑と牧草地が広がっていた。
春になると、山の斜面には白い花が咲く。
夏には、川沿いの草が背丈ほどに伸びる。
秋になると、山から吹き下ろす風が冷たくなり、鉱山で働く者たちは厚手の外套を着るようになる。
冬は長い。
雪が降ると山道は閉ざされ、村は外の世界から切り離される。
それでも、この村が飢えることはあまりなかった。
鉱山からは鉄や銅、銀のほか、色輝石の原石も採れる。
特に、黄の輝石と相性のよい鉱石が多く、村には金属加工を生業とする家も少なくなかった。
村人たちは、山に感謝しながら暮らしていた。
山が鉱石を与えてくれるから、村は成り立つ。
山を怒らせれば、鉱山が崩れる。
そういう言い伝えが、親から子へと受け継がれていた。
ただし、山の恵みを受け取るためには、危険な仕事も引き受けなければならない。
坑道は暗く、足場は悪い。
落盤もあれば、ガスが溜まる場所もある。
まれに、鉱石を喰らう魔物が現れることもあった。
だからこそ、鉱山で働く者たちは、自分の輝石の力を大切にしていた。
赤の使い手は岩を焼き、脆くする。
黄の使い手は金属を操り、崩れかけた支柱を補強する。
緑の使い手は植物の根を伸ばし、斜面の土を固める。
白の使い手は崩落の危険がある場所に結界を張る。
色の違いは、ここでは生きるための違いだった。
それぞれが、自分にできることをする。
誰か一人の力だけでは、鉱山は成り立たない。
少なくとも、村の大人たちはそう語っていた。
しかし、五歳の彩定の儀で無色と判定された真には、鉱山でできる仕事がほとんどなかった。
彼は力を使って岩を砕けない。
金属を操ることもできない。
植物を伸ばすことも、結界を張ることもできない。
そのため、真に与えられる仕事は、採掘された鉱石の選別や運搬が中心だった。
それは、色輝石の力がなくてもできる仕事だった。
そして、力を持つ者が増えれば、最初に減らされる仕事でもあった。
真は、それを理解していた。
だから、誰よりも早く起きた。
誰よりも長く働いた。
誰よりも丁寧に鉱石を仕分けた。
そうしていれば、少なくとも、役に立たないとは言われずに済む。
そんなふうに考えていた。
家を出ると、朝の空気が頬に触れた。
広場では、彩定の儀が始まろうとしていた。
白い布をかけられた台の上で、水晶盤が朝日を反射している。
判定士の老人が、最初の子供を呼んだ。
「では、最初の者。前へ」
小さな女の子が、母親に背中を押されて台へ進む。
判定士が彼女の胸元に手をかざすと、輝石が淡い緑色に光った。
「緑だ。生命と成長の色」
周囲から拍手が起きる。
「よかったねえ」
「お父さんの畑を手伝えるね」
「将来は森番にもなれるかもしれない」
女の子は、照れくさそうに笑った。
次の子供は青。
その次は黄。
赤が出た男の子には、ひときわ大きな歓声が上がった。
父親が赤の使い手で、村の鍛冶場を切り盛りしている家の子だった。
「やっぱり血筋だな!」
「これで跡継ぎも安泰だ!」
大人たちは嬉しそうに笑い、男の子の頭を撫でた。
真は、少し離れた場所からその様子を見ていた。
誰も悪いことはしていない。
子供が色を得れば、親は喜ぶ。
その子にできることが増えれば、周囲も期待する。
当たり前のことだ。
それでも、歓声を聞くたびに、胸の奥が少しずつ冷たくなっていく。
「おい、真!」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、同じ年頃の少年が二人、手を振っていた。
一人は、赤茶色の髪をした少年。
もう一人は、黄色い鉱石をあしらった首飾りをつけている。
二人とも、真が幼い頃から知っている顔だった。
「何してんだよ。お前も見に来たのか?」
「仕事に行くところだよ」
「今日くらい休めばいいじゃん」
赤茶色の髪の少年が笑った。
「どうせ、お前の色は変わらないんだろ?」
悪意のない言い方だった。
少なくとも、本人はそう思っていた。
真は、笑顔を作った。
「そうだな」
「いいよなあ。何色にも染まらないって、逆にすごくね?」
もう一人が、冗談めかして言った。
「でも、何にもできないんじゃ意味ないか!」
二人は笑った。
真も、笑った。
そうするしかなかった。
怒れば、冗談も通じない奴だと言われる。
悲しめば、気にしすぎだと笑われる。
何も言わなければ、話題にする価値もない人間として扱われる。
だから、笑う。
相手が求める反応を返していれば、余計な争いは起きない。
それもまた、この村で真が覚えた生き方だった。
「じゃあな、真。俺たち、あとで先生のところに行くんだ」
「ああ。頑張れよ」
「お前も、鉱石運び頑張れよ!」
二人は笑いながら去っていった。
真は、その背中を見送った。
そして、広場から目を逸らした。
あそこにいる人たちは、自分の未来を祝福されている。
自分だけが、最初から未来の外側に立っているような気がした。
真は、鉱山へ向かって歩き始めた。
背後では、また一人、子供の色が判明していた。
歓声が上がる。
その音は、村の建物に反響し、山の斜面へと広がっていった。
真は歩きながら、ふと足を止めた。
歓声の最後に、奇妙な音が混じっていた。
遠くの山から返ってきた反響音。
それにしては、少し遅い。
まるで、山の奥で誰かが鐘を鳴らし、その音が地面の中を通って戻ってきたような響きだった。
真は山を見上げた。
灰色の岩肌は、朝日を浴びて静かに輝いている。
何も変わったところはない。
鳥が一羽、山の上を飛んでいった。
「……何だ、今の」
真は首を傾げた。
だが、再び鐘の音が鳴ると、その奇妙な響きは消えてしまった。
真は、今度こそ鉱山へ向かった。
まだ、朝の仕事が残っている。
そして、その日が普通の一日で終わると、彼は信じていた。




