第一部 色を持たない少年 1 色が決まる日
第一部 色を持たない少年
1 色が決まる日
この世界では、人は生まれながらにして、何かの色を背負っている。
炎のような赤。
深海のような青。
草木のような緑。
太陽のような黄。
夜のような黒。
雪のような白。
そして、そのほかにも、世界には数え切れないほどの色が存在していた。
色は単なる見た目の違いではない。
人間の身体に埋め込まれた輝石の性質を示すものであり、その色によって、使える力も、得意とする仕事も、時には社会的な立場までもが決まってしまう。
赤の輝石を持つ者は、炎や熱、身体能力の強化に秀でることが多い。
青の輝石を持つ者は、水を操り、傷を癒やし、時には生命の境界に触れる力を得る。
緑の輝石を持つ者は、植物や風、土壌の循環と深く結びつく。
黄の輝石を持つ者は、光や電気、金属などに干渉する。
白の輝石は、外から来るものを拒絶し、守るための力を生み出す。
黒の輝石は、侵食し、奪い、形あるものを影へと沈める。
紫の輝石は、幻や毒、呪いといった、人の認識や生命の内側に働きかける力を宿す。
橙の輝石は、熱や化学反応を促し、活力を燃料へと変える。
ほかにも、紅、藍、灰、琥珀、銀、そして名も知られていない色があった。
人々はそれらを総称して、色輝石と呼んだ。
色輝石を持つ者は、色の使い手。
色を持たない者は――。
そこまで考えて、少年は本を閉じた。
「……何だよ、これ」
少年、新城真は、乾いた笑いを漏らした。
灰色の表紙をした古書には、色輝石の種類と性質が、古い文字で細かく記されていた。
その最後のページには、こう書かれていた。
――無色の輝石については、記録が少ない。
――能力の発現は不安定であり、通常の色輝石とは異なる性質を持つと推測される。
――該当する事例は極めて稀であり、研究資料としての価値は高い。
「人間の説明じゃないだろ、これ」
真は本を机に置いた。
窓の外から、子供たちの笑い声が聞こえてくる。
今日は、灰鐘村で五歳を迎えた子供たちが、自分の輝石の色を正式に確認する日だった。
村の中央広場には大人たちが集まり、白い布で飾られた台の上には、色を判定するための水晶盤が置かれている。
村人たちは、この日を「彩定の儀」と呼んでいた。
人は生まれたときから、胸の奥に小さな輝石を宿している。
だが、幼い頃の輝石は眠っていることが多く、その色も力も、はっきりと表に現れない。
五歳前後になると、輝石が成長し、自らの色を示し始める。
その瞬間を確認するのが、彩定の儀だった。
村にとっては、収穫祭と同じくらい大切な行事である。
赤なら鍛冶や狩猟。
緑なら農業や林業。
青なら水仕事や医療の手伝い。
黄なら鉱山の設備管理や金属加工。
もちろん、実際の職業が色だけで完全に決まるわけではない。
それでも、輝石の色が将来を左右することは、誰もが知っていた。
色が判明すれば、周囲の大人たちはその子供に何を教えるべきかを考える。
どの仕事に向いているのか。
どの訓練を受けさせるのか。
将来、誰の弟子にするのか。
そして、どれほど期待していいのか。
たった一つの色が、それらを決める。
真は窓から顔を出し、広場を見下ろした。
同じ年頃の子供たちが、親に手を引かれながら集まっている。
彼らは緊張しているようでもあり、楽しそうでもあった。
自分の色が何になるのか。
どんな力を使えるようになるのか。
それを考えるだけで、胸が躍るのだろう。
真も、昔はそうだった。
赤い炎を出してみたいと思った。
空を飛ぶ鳥のように風を操れたら、と想像した。
青い水を手のひらに浮かべ、友達を驚かせる自分を夢見た。
何色でもよかった。
ただ、自分にも何かができると証明したかった。
真は自分の胸に手を当てた。
服の下、胸骨の少し下あたり。
そこには、小さな石が埋め込まれている。
形だけなら、ほかの子供たちと大差ない。
しかし、その石は、どの色にも染まらなかった。
光を当てても、赤にも青にも緑にもならない。
白く輝くことも、黒く沈むこともない。
ただ、透明とも灰色ともつかない、曖昧な色をしていた。
まるで、色という概念そのものから取り残されたような石。
真は、その石を嫌いにならないようにしていた。
自分の身体の一部なのだから、嫌いになっても仕方がない。
そう考えていた。
けれど、五歳になった彩定の儀の日。
村の判定士は、真の輝石を見て、こう言った。
――無色だ。
それから、真の人生は少しずつ変わっていった。
最初は、みんな珍しがった。
次に、心配した。
その後、哀れんだ。
そして今では、ほとんどの人間が、真を見ても特に何も言わなくなった。
それが、いちばん堪えた。
怒られるなら、まだいい。
笑われるなら、言い返せる。
だが、最初から期待されていない人間には、誰も何も求めない。
真は窓を閉めた。
「……行くか」
今日も、仕事がある。
彩定の儀は、村の子供たちにとって大切な日だ。
けれど、真にとっては、いつもと変わらない一日だった。
彼は古書を棚へ戻し、部屋を出た。
廊下の床板が、ぎしりと鳴った。
その音を聞いて、真は足を止めた。
左足に体重をかけたときだけ、床板がわずかに低い音を立てる。
昨日までは、こんな音はしなかった。
真はしゃがみ込み、床板に指を当てた。
微かな震えが、指先に伝わってくる。
その振動は、床板の下を通って、家の柱へと伝わっていた。
さらに、その先へ。
家の外へ。
地面の奥へ。
真は、指を離した。
「……気のせいか」
そう呟き、再び歩き出す。
このときの真は、まだ知らなかった。
自分が何気なく聞き分けている音が、ほかの人間には聞こえていないことを。
そして、その奇妙な感覚こそが、無色の輝石に秘められた力の、ほんの入り口だったことを。




