22 まだ名前のない力
町から十分に離れた丘の上で、真はようやく立ち上がった。
ガルドは周囲を確認し、街道の先を見た。
「しばらく、この道は使わないほうがいいな。教団が見張りを置いている可能性がある」
「……すみません」
「だから、謝るなって」
ガルドは真の頭を軽く小突いた。
「お前が研究所を起動させたのは、わざとじゃないだろ」
「でも、俺のせいで……」
「お前のせいだけじゃない。教団は、最初からお前を探していた。今回のことがなくても、いずれ追ってきただろうさ」
真は、黙って頷いた。
自分が逃げたことで、周囲の人々を巻き込んでしまうかもしれない。
その不安は、消えなかった。
しかし、今は立ち止まるわけにはいかない。
「これから、どこへ行くんですか?」
ガルドは、遠くにそびえる山脈を指さした。
「まずは南だ。街道を避けて、谷沿いに進む。その先に小さな集落がある。そこなら、教団の目も少しは届きにくい」
「わかりました」
「それから、ひとつ聞きたい」
ガルドは真を見た。
「さっきの力。白壁に干渉したとき、何を感じた?」
真は、自分の胸元に手を当てた。
「……音が聞こえました。壁が作られるときの振動です。でも、それだけじゃなくて……」
言葉を探す。
「白い壁が、どうやって形を保っているのか。その仕組みが、少しだけわかった気がしました」
「仕組み?」
「はい。白い力が、周囲を拒絶して、外側と内側を隔てている。その力の流れが、音みたいに感じられたんです」
真は、自分の指先を見つめた。
「それで、ほんの少しだけ、流れをずらしたら……穴が開きました」
ガルドは、考え込むように黙った。
「……なるほどな」
「俺の力は、何なんでしょう」
「今のところ、名前をつける必要はないんじゃないか?」
「でも……」
「名前があれば理解しやすくなることもある。けど、名前をつけた瞬間に、わかったつもりになることもある」
ガルドは歩き出した。
「お前の力は、まだ成長の途中なんだろ。今は、できることと、できないことを一つずつ確かめればいい」
真は、その後を追った。
名前のない力。
色の定まらない輝石。
それは、欠けているものなのか。
それとも、まだ形が決まっていないだけなのか。
真には、わからなかった。
けれど、少なくとも今は、無理に答えを出さなくてもいいと思えた。
自分の知らないことを、知らないまま認める。
そして、少しずつ確かめていく。
それもまた、前へ進むということなのだろう。
丘を下りる途中、真はふと足を止めた。
道端に、小さな石が落ちていた。
透明に近い、灰色の石。
表面には細かな傷があり、光を当てると、内側に淡い輝きが浮かぶ。
真はそれを拾い上げた。
「どうした?」
ガルドが尋ねる。
「……なんでもありません」
真は石を握りしめた。
なぜか、捨てていく気になれなかった。
その石には、色がない。
少なくとも、真にはそう見えた。
しかし、光の角度を変えると、ほんの一瞬だけ、内側に淡い色が浮かんだ気がした。
赤だったのか。
青だったのか。
それとも、ただの光の反射だったのか。
わからない。
真は、その石を袋へしまった。
いつか、この石が何なのかわかる日が来るかもしれない。
そう思った。
ガルドが先へ進む。
真は、その背中を追いかけた。
旅は、まだ始まったばかりだ。
少年の輝石には、色がない。
その力には、名前がない。
そして、彼自身も、まだ自分が何者なのかを知らない。
それでも。
彼はもう、色がないという理由だけで、自分の未来を諦めるつもりはなかった。
遠くの空には、薄い雲が広がっていた。
その向こうで、世界の色を管理する者たちが、静かに動き始めている。
そして、まだ誰も知らない。
この無色の少年が、いつか世界のすべての輝石を消し去ることになるなど。
そのとき、色を失った世界に残るものが何なのか。
その問いに答えられる者は、今はまだ、どこにもいなかった。




