20 追跡者の影
二人が地上へ戻ると、町の鐘が鳴っていた。
昼を告げる鐘ではない。
短く、鋭く、何度も繰り返される警告の鐘だった。
ガルドの顔が険しくなった。
「……見つかったか」
「何がです?」
「お前の居場所だよ」
ガルドは、通路の入口を塞ぐように立った。
遠くから、足音が近づいてくる。
複数の人間が、こちらへ向かっている。
「新城真君!」
聞き覚えのある声が響いた。
ヴァイスだった。
「そこにいることはわかっています。どうか、抵抗せずに出てきてください」
真は、ガルドを見た。
「どうして、ここが……」
「さっきの装置が、何か信号を出したのかもしれない」
ガルドは剣を抜いた。
「それに、教団はこの町を管理してる。宿も市場も、見張りくらい置いてるだろうさ」
「でも、俺たちは何も……」
「何もしてない、か」
ガルドは真を見た。
「それを決めるのは、相手じゃない。お前自身だ」
真は、拳を握った。
教団に捕まれば、研究施設へ連れていかれる。
そこで何をされるのか、わからない。
しかし、逃げ続けるだけでいいのだろうか。
自分の力を知りたい。
教団が何を隠しているのか、確かめたい。
ならば、いつかは向き合わなければならない。
そう思った瞬間、ガルドが真の肩を強く押した。
「今は逃げるぞ」
「……はい!」
二人は、水路の奥へ駆け出した。
背後から、白い光が走る。
通路の入口に、白い壁が展開された。
「逃がすな!」
騎士たちの声が響く。
ガルドは舌打ちし、手のひらに炎を灯した。
「真、耳を塞げ!」
「えっ?」
彼女の拳が、壁へ叩きつけられた。
爆音。
白い壁が砕け、破片が飛び散る。
しかし、ガルドの身体も大きく揺れた。
「……っ!」
彼女は一瞬、膝をつきかけた。
真は、その腕を支えた。
「ガルドさん!」
「大丈夫だ。少し、燃やしすぎただけだ」
そう言いながらも、彼女の呼吸は荒かった。
手袋の隙間から、赤い傷が覗いている。
真は、胸が締めつけられるような気持ちになった。
自分を逃がすために、彼女はまた力を使った。
身体を傷つけて。
自分の何かを燃やして。
「……俺が、もっと力を使えれば」
「馬鹿言うな」
ガルドは即座に言った。
「今のお前にできないことを、無理にやろうとするな。できることを考えろ」
足音が近づいてくる。
真は、目を閉じた。
音を聞く。
足音の数。
間隔。
壁を叩く鎧の音。
石畳を踏む靴底の音。
そして、白い輝石が発する、微かな振動。
その振動は、一定のリズムで繰り返されていた。
真は、研究所の装置を思い出した。
赤、青、緑、黄、紫、白、黒。
異なる振動が、同じ場所に並んでいた。
それらは、違う。
しかし、違うからといって、完全に無関係なわけではない。
真は、壁に手を当てた。
「……ガルドさん。少しだけ、時間をください」
「何をする気だ?」
「わかりません。でも、音が……聞こえます」
真の胸元の輝石が、かすかに震えた。
通路の奥で、白い壁が再び形成される。
真は、その振動を感じ取った。
白の力は、周囲を隔てる。
ならば、その壁を構成している振動にも、一定の秩序があるはずだ。
真は息を整えた。
自分の輝石から、小さな振動を送り出す。
壁の振動に重ねる。
鉱喰いの殻を破ったときと同じように。
しかし、今回は、ただ壊すのではない。
ほんの少しだけ、ずらす。
壁を支えている振動の、隙間を探す。
真の胸に痛みが走った。
「……っ、く!」
「真!」
ガルドが支えようとする。
真は首を振った。
「大丈夫……もう少し……!」
白い壁が、震えた。
その表面に、細い亀裂が走る。
ガルドは目を見開いた。
「お前、まさか……」
真は、最後の力を振り絞った。
壁の振動が、わずかにずれる。
その瞬間、白い壁に小さな穴が開いた。
人一人が、かがめば通れるほどの隙間だった。
「今です!」
真は叫んだ。
ガルドは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに真の腕をつかんだ。
「よくやった!」
二人は、壁の隙間を抜けた。
背後で、白い壁が崩れ落ちる。
「何だと!?」
騎士たちの驚く声が響いた。
真は、振り返らなかった。
胸が痛い。
息が苦しい。
視界が揺れる。
それでも、足は動いていた。
今、自分は何かをした。
ただ、音を聞いただけではない。
ただ、振動を感じただけでもない。
相手の力を理解しようとして、その構造に干渉した。
鉱喰いのときとは違う。
少しだけ、自分の意思で力を使えた。
その実感が、真の中に残っていた。
やがて、二人は地下水路の別の出口へたどり着いた。
外へ出ると、町の北側に広がる丘が見えた。
ガルドは真を支えながら、木陰へ移動した。
「……よし。ここまで来れば、すぐには追いつかれない」
真は地面に座り込んだ。
胸元の輝石は、まだ小さく震えている。
「……俺、今、何をしたんでしょう」
ガルドは、真の隣に腰を下ろした。
「さあな」
「また、それですか……」
「でも、ひとつだけ言える」
彼女は、真の胸元を見た。
「お前の力は、ただ音を操るだけじゃない」
真は顔を上げた。
「どういうことですか?」
「白の壁を壊したんじゃない。壁を支えている力の振動に干渉して、構造を崩したんだ」
ガルドは、少し考えながら続けた。
「つまり、お前は相手の力を感じ取って、その性質を理解し、変化させられる可能性がある」
「そんなことが……」
「できるかもしれない、って話だ。まだ決めつけるなよ」
真は、ゆっくりと息を吐いた。
自分の力は、音を操ることだけではないのかもしれない。
相手の力を理解する。
そして、その力へ干渉する。
それが本当に可能なら。
自分は、今まで考えていたよりも、ずっと多くのことができるのかもしれない。
しかし、同時に、恐ろしさもあった。
相手の力を理解できるということは、その力を壊すこともできるということだ。
壁を崩すことも。
鉱喰いの殻を破ることも。
いつか、人間の輝石にまで干渉できてしまうのだろうか。
真は、自分の手を見つめた。
この手で、何を残す。
石碑の問いが、再び頭の中に響いた。
まだ、答えは出ない。
ただ、今の自分には、力を使う責任がある。
それだけは、少しずつ理解し始めていた。




