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無色の輝石使い  作者: 神代シン
第一章無色の落第生

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19/40

19 廃棄された研究所


 翌朝。

 ガルドは、町の北側にある古い水路へ真を連れていった。

 水路は、すでに使われていないらしかった。石の壁には苔が生え、底には枯れ葉や泥が溜まっている。

「この先にあるんですか?」

「そうだ。昔は、鉱石を運ぶための地下水路だったらしい」

 ガルドは壁の一部を押した。

 すると、石壁の一枚がわずかに沈み、奥から低い音が響いた。

 ごとり。

 壁の一部が横へ動く。

 その向こうに、暗い通路が現れた。

 真は目を丸くした。

「こんな場所が……」

「昔の研究所は、表から見えないように作られていたらしい。理由は知らないけどな」

 ガルドは腰の袋から、小さな灯り石を取り出した。

 淡い光が、通路を照らす。

「ついてこい。足元に気をつけろ」

 二人は、地下へ降りていった。

 通路は、思ったよりも長かった。

 壁には、ところどころ金属製の器具が取りつけられている。錆びているものもあれば、今も微かな光を放っているものもあった。

 真は、歩きながら耳を澄ませた。

 地下は静かだった。

 しかし、完全な無音ではない。

 遠くで水が滴る音。

 壁の向こうを通る、細い振動。

 そして、もっと奥から響く、奇妙な周期音。

 真は足を止めた。

「……ガルドさん」

「どうした?」

「この先から、音がします」

「魔物か?」

「わかりません。でも、一定の間隔で……何かが動いているような」

 ガルドは、真を見た。

「その感覚、どのくらい正確なんだ?」

「まだ、うまく説明できません。ただ……音の位置は、なんとなくわかります」

「なら、先に行くのはお前だ」

「えっ!?」

「冗談だよ。半分はな」

「またですか!」

 ガルドは笑い、真の肩を叩いた。

「無理はするな。危険を感じたらすぐに言え。お前の感覚を信じるが、全部を任せるつもりはない」

 真は、少し安心した。

 二人は、慎重に通路を進んだ。

 やがて、広い部屋へ出た。

 そこには、壊れた机や棚が並んでいた。

 床には割れたガラスが散らばり、壁には何枚もの紙が貼られている。中央には、大きな円形の装置が設置されていた。

 装置の周囲には、色ごとに異なる小さな石が並んでいる。

 赤。

 青。

 緑。

 黄色。

 紫。

 白。

 黒。

 そして、その中央には。

 何も色のついていない、透明な石が置かれていた。

 真は息を呑んだ。

「……これ」

 胸元の輝石が、強く震えた。

 装置の中央にある透明な石が、かすかに光る。

 真は、一歩近づいた。

 すると、部屋の奥で、何かが起動する音がした。

 がちり。

 壁に埋め込まれた金属板が動き、古い文字が浮かび上がる。

 ガルドが剣を抜いた。

「おい。何か起きてるぞ」

「……わかっています」

 真は、装置から目を離せなかった。

 文字は古く、見たことのない形をしていた。

 それでも、石碑のときと同じように、意味が頭の中へ流れ込んでくる。

 ――色相共鳴観測装置。

 ――全色波長の測定を開始します。

 ――無色反応を確認。

 ――観測対象を登録します。

 真の背筋が凍った。

「……観測対象?」

 装置が、低く唸った。

 七色の石が、一つずつ光り始める。

 赤い石が熱を帯びる。

 青い石が水滴を生み出す。

 緑の石から、細い蔓が伸びる。

 黄色の石から、火花が散る。

 紫の石の周囲に、揺らめく影が生まれる。

 白い石が光を放ち、黒い石が周囲の明かりを吸い込む。

 そして、中央の透明な石が、それらすべての光を受け止めた。

 真の胸元に、激しい痛みが走った。

「ぐっ……!」

 膝が折れそうになる。

 ガルドが、すぐに真の腕をつかんだ。

「おい、真! 大丈夫か!」

「わかりません……! 輝石が、熱い……!」

 胸の奥で、何かが動いていた。

 色の違う振動が、次々と流れ込んでくる。

 赤い熱。

 青い流れ。

 緑の脈動。

 黄色の鋭い震え。

 紫の歪み。

 白の隔たり。

 黒の沈み込み。

 それぞれが違う。

 違うはずなのに。

 真には、そのすべてが、どこかでつながっているように感じられた。

 装置の表面に、文字が浮かび上がる。

 ――無色反応、安定。

 ――共鳴適性、判定不能。

 ――色相固定、未確認。

 ――対象の観測を継続します。

 真は、歯を食いしばった。

「やめ……!」

 自分でも、何を止めようとしているのかわからなかった。

 装置なのか。

 胸の痛みなのか。

 それとも、身体の中へ流れ込んでくる、得体の知れない感覚なのか。

 真は、中央の透明な石へ手を伸ばした。

 指先が触れる。

 その瞬間。

 世界から、すべての音が消えた。

 ガルドの声も聞こえない。

 装置の唸りも、石の光が生み出す音もない。

 ただ、真の意識だけが、暗闇の中に浮かんでいた。

 そして、暗闇の向こうから、誰かの声がした。

『――まだ、早い』

 真は、息を止めた。

 その声は、男とも女ともつかない。

 幼くも、老いてもいない。

 遠くから聞こえるようで、耳元で囁かれているようでもあった。

『お前は、まだ何も選んでいない』

 真は、声の主を探そうとした。

 しかし、暗闇には何も見えない。

『色を得ることと、色を理解することは違う』

 声が続く。

『力を持つことと、力を使うことも違う』

 真の胸が、強く脈打った。

『無色の者よ』

『お前は、その手で何を残す』

 石碑と同じ問い。

 真は、答えようとした。

 しかし、言葉が出てこなかった。

 何を残すのか。

 まだ、わからない。

 何を守りたいのか。

 何を変えたいのか。

 自分が何者なのかさえ、わからない。

 だから。

「……わからない」

 真は、正直に答えた。

「まだ、何もわからない。でも……」

 胸の奥が熱くなる。

「わからないまま、誰かに決められたくない」

 暗闇が、揺れた。

「俺が何者なのかも。何ができるのかも。何を選ぶのかも……自分で知りたい」

 声は、しばらく沈黙した。

 やがて。

『ならば、歩け』

 静かな声だった。

『色を見よ。違いを知れ。力の美しさと、残酷さを知れ』

『そして、選べ』

 暗闇に、ひびが入った。

『選んだものが正しいとは限らない』

『選ばなかったものが、間違いとも限らない』

『それでも、お前は選ばなければならない』

 光が弾けた。

 真は、目を開いた。

 そこは、地下の研究所だった。

 装置は止まり、七色の石も光を失っている。

 真は床に膝をついていた。

「真!」

 ガルドが、彼の肩を支えていた。

「おい、しっかりしろ! 何があった!?」

「……俺は」

 真は、息を整えた。

 胸元の輝石は、静かだった。

 透明な石も、ただの石に戻っている。

「何か、声が聞こえました」

「声?」

「はい。でも、誰の声なのか……」

 真は、装置を見つめた。

 その表面に、新しい文字が浮かび上がっていた。

 ――観測記録を保存しました。

 ――無色の輝石。

 ――未確定の色相。

 ――次段階への移行を保留します。

 その下に、さらに小さな文字があった。

 ――白冠管理番号:零号。

 真の顔から、血の気が引いた。

「……白冠管理番号?」

 ガルドが、文字を覗き込んだ。

 そして、表情を険しくした。

「これは……」

「ガルドさん?」

 彼女は、装置から目を離さなかった。

「この研究所は、昔の施設なんかじゃない」

「え?」

「少なくとも、ただの廃墟じゃない。誰かが、お前の輝石を調べるために使っていた可能性がある」

 真は、息を呑んだ。

 白冠教団は、すでに自分のことを知っていた。

 昨日、ヴァイスがそう言った。

 しかし、こんな装置が残されているということは。

 教団は、無色の輝石について、真が想像している以上のことを知っているのかもしれない。

 そして、真は知らないうちに、誰かの研究対象になっていた。

 ガルドは、真の腕を引いた。

「ここを出るぞ。早く!」

 二人は、研究所の出口へ向かった。

 その背後で、装置が再び、微かな音を立てた。

 中央の透明な石に、小さなひびが走る。

 ひびの奥で、一瞬だけ、七色の光が交差した。

 そして、すぐに消えた。

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