17 無色の値札
宿を探す前に、ガルドは真を町の市場へ連れていった。
「まずは金を稼ぐ」
「えっ、いきなりですか?」
「旅は金がかかるんだよ。食べ物も、寝床も、装備もな。私が全部払うと思ってたのか?」
「……少しだけ」
「正直でよろしい。だが駄目だ」
ガルドは真の背中を押し、荷運びの仕事を斡旋する店へ向かった。
店先には、求人札が何枚も貼られている。
荷物の運搬。
倉庫の清掃。
鉱石の仕分け。
街道の補修。
真は、その中から荷運びの札を指さした。
「これなら、村でもやっていました」
「よし。話してこい」
真は店主へ事情を説明した。
灰鐘村から来たこと。
旅の途中で、仕事を探していること。
重い荷物を運ぶことには慣れていること。
店主は、真の顔を見て、それから胸元へ視線を落とした。
「輝石は?」
「……無色です」
店主の表情が変わった。
「無色か」
彼は真の身体を一度見回し、すぐに首を振った。
「悪いな。荷運びは力仕事だ。色の力を使える奴を優先してる」
「でも、俺は村でずっと鉱石を運んでいました。力仕事なら、できます」
「そう言われてもな。緑の使い手なら荷物を持ち上げられる。赤なら身体を強化できる。青なら水場での作業も任せられる。お前を雇う理由がない」
真は唇を噛んだ。
「……賃金が安くても構いません」
「そういう問題じゃないんだよ」
店主は、手を振った。
「次の奴を呼んでくれ」
真は、店を出た。
外では、ガルドが壁にもたれて待っていた。
「どうだった?」
「……駄目でした」
「だろうな」
「わかってたんですか?」
「色で仕事を決める町だ。無色の見習いを雇うより、色の力を使える奴を雇ったほうが効率がいい。そう考える商人は多い」
真は、拳を握った。
「俺、仕事はできます。鉱石の重さも、種類も、見分けられます。色の力がなくても、できることはあるのに」
「そのとおりだ」
ガルドは言った。
「だが、お前ができることを、相手が知ってるとは限らない」
「じゃあ、どうすれば……」
「証明すればいい」
ガルドは、通りの先を指さした。
そこには、荷車の車輪が外れ、道の真ん中で立ち往生している商人がいた。
荷車には鉱石の箱が積まれ、車輪の軸が地面に引っかかっている。商人は何人かに助けを求めていたが、誰も足を止めようとしなかった。
「ほら、仕事だ」
「え?」
「手伝ってこい。金になるかは知らないが、少なくとも経験にはなる」
真は、荷車へ走った。
「手伝います!」
商人は、困り果てた顔で真を見た。
「本当か? 車輪が外れちまってな。積み荷も重いし、動かせないんだ」
「見せてください」
真は、車輪と軸の状態を確かめた。
軸が歪んでいるわけではない。
ただ、車輪を固定する金具が緩み、片側が石畳の隙間へ落ちている。
「まず、荷物を少し下ろしましょう。それから、車体を持ち上げて、車輪を戻します」
「持ち上げるって、どうやって?」
「てこの原理を使います。あそこにある木材を借りられれば……」
真は近くの木材を二本持ってきて、車体の下へ差し込んだ。
村で鉱石を運んでいたとき、荷物が崩れないように支柱を組んだ経験が役に立った。
商人にも手伝ってもらい、少しずつ荷重を移していく。
やがて、車体が持ち上がった。
「今です!」
真が声を上げる。
商人が車輪を戻し、金具を締め直した。
荷車は、再び四つの車輪で地面に立った。
「おお……!」
商人は、何度も車輪を確かめた。
「助かった! ありがとう、坊主!」
「いえ、これくらいなら」
「いやいや、礼をさせてくれ。ほら」
商人は、銅貨を数枚、真の手に乗せた。
真は驚いた。
「こんなに、いいんですか?」
「当たり前だ。仕事をしてもらったんだからな」
商人は笑った。
「力があるかどうかだけじゃ、仕事は決まらねえ。頭を使える奴も、手先が器用な奴も必要だ。お前みたいな奴がいなきゃ、俺は今日一日、ここで荷車を眺めてたところだ」
真は、手の中の銅貨を見つめた。
小さな金属片だった。
しかし、真にとっては、初めて自分の力で得た旅の報酬だった。
色の力を使ったわけではない。
輝石が光ったわけでもない。
ただ、これまで身につけてきた知識と経験を使っただけだ。
それでも、誰かの役に立てた。
「……ありがとうございます」
真は、深く頭を下げた。
商人は荷車を動かしながら、手を振った。
真は、ガルドのもとへ戻った。
「どうだ?」
「……少しだけ、稼げました」
「よかったじゃねえか」
ガルドは、真の手にある銅貨を見て笑った。
「その金は、お前が自分で稼いだ金だ。大事にしろよ」
真は頷いた。
ほんの少しだけ、胸を張れた気がした。
自分には、できることがある。
色がなくても。
力の正体がわからなくても。
今まで積み重ねてきたものまで、なくなったわけではない。
真は銅貨を袋へしまった。
そして、もう一度、通りを見渡した。
さっきまでは、色の力を使う人々ばかりが目に入っていた。
今は違う。
荷物を整理する商人。
壊れた籠を直す職人。
道に落ちた野菜を拾い集める子供。
それぞれが、自分のできることを使って暮らしている。
色は、その一つにすぎない。
真は、そのことを少しだけ理解した気がした。
しかし、町のすべてがそう考えているわけではなかった。
市場の端。
白冠教団の紋章を掲げた建物の前で、一人の男が、真を見つめていた。
白い外套。
胸元の銀の徽章。
ヴァイスの部下だった。
男は、真が銅貨をしまうのを見届けると、懐から小さな紙片を取り出した。
そこには、真の顔と名前が記されていた。
男は紙片を折りたたみ、建物の中へ消えていった。




