16 色で値段の決まる町
夕暮れが近づく頃、真とガルドは街道沿いの宿場町へたどり着いた。
町の名は、石渡り。
灰鐘村から馬車で一日ほどの距離にある、小さな交易の町だった。鉱山から運ばれた原石が各地へ送られ、商人や旅人が行き交う。規模こそ大きくないが、周囲の村々にとっては重要な中継地点らしい。
町を囲む石壁はところどころ崩れ、門の脇には荷車が列を作っていた。
門番の胸には黄色い輝石が埋め込まれている。彼が手をかざすと、門の上に設置された金属板がかすかに震え、荷車の積み荷が一つずつ検査されていった。
「黄色の使い手は、金属や電気に干渉する者が多い。ああいう仕事には向いてるな」
ガルドが説明した。
「じゃあ、門番は黄色の人が多いんですか?」
「多いだけだ。絶対じゃない。黄色でも別の力を持つ奴はいるし、同じ黄色でも得意なことは違う」
「同じ色でも?」
「輝石の色は、力の大まかな性質を示しているだけだ。どんな力になるかは、本人の身体や経験にも左右される」
ガルドは門をくぐった。
「色だけ見て相手を理解したつもりになるなよ。そういう奴は、色のないお前より物が見えてない」
「……それ、俺を励ましてくれてるんですか?」
「さあな」
ガルドは笑いながら歩いていった。
真も、その後を追った。
門を抜けると、町の賑わいが一気に押し寄せてきた。
露店には色とりどりの鉱石が並び、商人たちが声を張り上げている。焼きたてのパンの匂い。香辛料の刺激的な香り。荷車の車輪が石畳を軋ませる音。
真は、思わず足を止めた。
灰鐘村にも市場はあった。
しかし、ここは違う。
見たことのない色の輝石を身につけた人々が、当たり前のように行き交っている。
青い輝石を持つ女性が、水の入った樽を手も触れずに持ち上げていた。緑の輝石を持つ男は、荷車に積まれた木材を蔓で縛り上げている。黄色の輝石を持つ職人は、指先から生み出した微弱な電流で、壊れた計量器を修理していた。
人々の暮らしの中に、色の力が溶け込んでいる。
真は、それを眺めながら歩いた。
自分にはできないことばかりだった。
けれど、悔しさよりも先に、好奇心が湧いてきた。
こんな力もあるのか。
あんな使い方もできるのか。
自分の知らない世界が、目の前に広がっている。
「おい、真。あんまりきょろきょろしてると、財布を抜かれるぞ」
「えっ?」
「冗談だよ。半分はな」
「半分って……!」
真は慌てて懐を確認した。
ガルドは、また笑った。
だが、その笑い声は途中で止まった。
通りの向こうで、男の怒鳴り声が響いたからだ。
「ふざけるな! 昨日は銀貨三枚だっただろう!」
「相場が変わったんだよ。文句があるなら、別の店へ行きな」
「お前、俺が無色だからって足元を見てるんだろ!」
真の足が止まった。
露店の前に、一人の老人が立っていた。
老人は布袋から小さな鉱石を取り出し、店主へ突きつけている。
店主は、鼻で笑った。
「無色の原石なんて、使い道がないだろ。銀貨一枚でも高いくらいだ」
「これは、母親の形見なんだ……。せめて、正当な値段で買い取ってくれ」
「知らねえよ。売りたきゃ売れ。嫌なら持って帰れ」
老人の肩が震えた。
真は、胸の奥がざわつくのを感じた。
色がない。
それだけで、値段まで決められてしまう。
自分が村で受けてきた扱いと、よく似ていた。
「……ひどい」
真が呟くと、ガルドは彼の腕をつかんだ。
「待て」
「でも……」
「よく見ろ」
ガルドは、老人の持つ鉱石を見ていた。
「値段をつけてるのは、色だけじゃない」
店主は老人から鉱石を取り上げ、手のひらで転がした。
「ほら、傷もある。加工にも向かない。売り物にならねえんだよ」
老人は何も言えなかった。
やがて、鉱石を取り戻し、肩を落として歩き去っていった。
真は、その背中を見つめていた。
「……助けなくていいんですか?」
「助けるって、どうやって?」
ガルドは尋ねた。
「店主を殴るか? 鉱石を取り返してやるか? それとも、老人に金を渡すか?」
真は答えられなかった。
「怒るのは簡単だ。けど、怒っただけじゃ、何も変わらないこともある」
ガルドは通りを歩き始めた。
「それに、あの老人が本当に求めてたものが何なのか、私たちにはわからない」
「……でも、あんな扱いを受けていいはずがありません」
「そうだな」
ガルドは、今度はすぐに肯定した。
「だから、覚えておけ。理不尽を見たとき、腹を立てるのは悪いことじゃない。ただ、怒りに任せて動く前に、自分が何を変えたいのかを考えろ」
真は、老人の消えた路地を振り返った。
何を変えたいのか。
その問いは、古い石碑に刻まれていた言葉と、どこか似ていた。
――その手で、何を残す。
真は、まだ答えを持っていなかった。
ただ、色がないという理由だけで、誰かの価値まで決められてしまう世界を、当たり前だとは思いたくなかった。
それだけは、はっきりしていた。




