14 赤い輝石の秘密
昼過ぎ、洞窟を出た三人は、森の外れにある小川へ向かった。
青い輝石の若者は、少し歩けるまでに回復していた。彼は隣の町に知り合いがいるらしく、街道まで出れば自力で移動できると言った。
ガルドは、彼に食料と水を渡した。
「町へ着いたら、しばらく教団には近づくな。身体を休めろ。輝石の調子が戻らなければ、教団とは関係のない治療師を探せ」
「……ありがとうございます。あなたがいなかったら、僕は……」
「礼なら、無事に生き延びてから言え」
ガルドは手を振った。
若者は何度も頭を下げ、街道へと去っていった。
その背中が見えなくなると、真はガルドに尋ねた。
「……どうして、教団をあんなに嫌っているんですか?」
ガルドは、すぐには答えなかった。
小川の水をすくい、手についた煤を洗い流す。
水面に、赤い髪が映っていた。
「嫌ってる、か」
彼女は、小さく笑った。
「まあ、そう見えるだろうな」
「違うんですか?」
「いや。嫌いだよ」
ガルドは、水を払って立ち上がった。
「ただ、最初から嫌いだったわけじゃない」
彼女の声が、少しだけ低くなった。
「昔、私は教団にいた」
真は驚いた。
「えっ……?」
「驚くことか? 教団には、いろんな色の使い手がいる。赤の使い手がいたって、おかしくないだろ」
「でも、さっきは……」
「だから、さっき言っただろ。最初から嫌いだったわけじゃないって」
ガルドは、川辺の石に腰を下ろした。
「教団は、私に戦い方を教えてくれた。力の使い方も、身体の鍛え方もな。私は自分の力を誇りに思ってた。強くなれば、困ってる人を助けられると思ってた」
彼女は、手袋を外した。
焼けた傷が、午後の日差しにさらされる。
「でも、教団が私に求めたのは、強くなることだけだった」
真は黙って聞いていた。
「もっと力を出せ。もっと速く動け。もっと敵を倒せ。勝つためなら、多少の負担は仕方がない。そう言われ続けた」
ガルドは、傷ついた手を握りしめた。
「最初は、私もそう思ってた。自分が頑張れば、誰かが助かる。自分が傷つくことで、誰かが守れるなら、それでいいってな」
彼女は、ゆっくりと息を吐いた。
「でも、あるとき気づいたんだ」
「何に……?」
「私が守ってると思ってた人たちは、私がどれだけ傷ついても、何も変えようとしてなかった」
風が吹いた。
木々がざわめく。
「私は、使い捨ての武器だったんだよ」
真は、言葉を失った。
ガルドは笑った。
けれど、その笑みは、先ほど騎士たちを相手にしていたときのものとは違っていた。
「だから、逃げた。教団の命令を無視して、勝手に出ていった。今じゃ、教団から見れば厄介者だろうな」
「……それで、追われているんですか?」
「それもある。私が知ってることを、教団はあまり外へ出したくないらしい」
彼女は手袋をはめた。
「まあ、詳しい話は、また今度だ」
真は頷いた。
聞きたいことは、まだたくさんあった。
教団が何を隠しているのか。
なぜ、無色の輝石に興味を持っているのか。
そして、ガルドが何を見て、何を失ったのか。
しかし、彼女の表情を見ていると、今はそれ以上聞かないほうがいい気がした。
ガルドは立ち上がり、街道の先を指さした。
「さて。お前はこれからどうする?」
「……わかりません」
「だろうな」
彼女はあっさり言った。
「帰る場所は?」
真は、少し考えた。
「灰鐘村があります。でも、今は戻れません」
「行きたい場所は?」
「……まだ、ありません」
「金は?」
「ほとんどありません」
「飯は?」
「朝に少し食べました」
「よし」
ガルドは、満足そうに頷いた。
「何も決まってないな」
「……すみません」
「だから、謝るなって」
ガルドは真の肩を叩いた。
「だったら、決めるところから始めればいい。旅に出るんだよ」
「旅?」
「そう。世界は広い。灰鐘村の外にだって、町も国もある。色ごとの蓄積地もあるし、教団が管理してる研究施設もある。お前が知りたいことを調べるなら、ここに留まるよりずっとマシだ」
真は、胸元の輝石に触れた。
「でも、俺には……」
「力がない?」
ガルドが言葉を引き取った。
「なら、これから覚えればいい。金がない? 働けばいい。知らないことばかり? 旅に出れば、嫌でも知ることになる」
彼女はニヤリと笑った。
「それとも、村に戻って、教団に捕まるまで待つか?」
「……それは、嫌です」
「だろ?」
ガルドは背を向けた。
「なら、ついてこい。私も行くところがある」
真は、その背中を見つめた。
ついていっていいのだろうか。
この人は、危険な人かもしれない。
力を使うたびに自分の身体を傷つけ、教団から追われ、どこへ向かうのかも詳しく話そうとしない。
それでも。
彼女は、自分に何色なのかを尋ねる前に、何をしたいのかを聞いてくれた。
力を持っているかどうかよりも、何を選ぶのかを考えろと言ってくれた。
真は、深く息を吸った。
「……俺も、連れていってください」
ガルドは振り返った。
「本気か?」
「はい」
「途中で泣き言を言っても、置いていくぞ」
「……できるだけ、頑張ります」
「ははっ。ずいぶん頼りない返事だな」
ガルドは笑った。
そして、真の頭を乱暴に撫でた。
「まあ、いいさ。最初から何でもできる奴なんて、つまらないからな」
真は少しだけ笑った。
こうして、新城真の旅が始まった。
まだ、目的地も決まっていない。
自分の力の名前も、正体もわからない。
けれど、隣には一人、先を歩く人間がいる。
その背中を追いかけながら、真は少しずつ、自分の足で世界を歩き始めた。




